20
「なんか……凄かったね」
「はい。ちょっと……びっくりしました」
モッドさんたちに回収をお願いした僕たちは水蹄幻馬討伐報告のためにギルドに来ていた。
僕たちが討伐したと職員に伝えると、ギルドマスター、職員全員に何故か感謝の言葉を贈られた。
なんでもあの水蹄幻馬はなんと七ツ星冒険者数名でも歯が立たなかったらしく、常駐している冒険者ではどうにもならないと困り果てていたらしい。
これで観光客も戻ってくるし、やっと落ち着いて採取に行けるので本当に良かったと、その場にいた全員が安堵の表情を浮かべて心からの感謝の言葉を次々と口にした。
見知らぬ冒険者からもやるじゃねえかとばしばし肩を叩かれるし、ナナリーとエメロッテも賞賛の言葉を贈られつつ、ナンパされていたのですかさず止めに入った。
色んな人にもみくちゃにされた僕たちはげっそりとした顔でギルドを出て来たのであった。まあ、僕は鼻から下しか見えてないので表情らしい表情は見えないけども。
「エメロッテ、大丈夫?」
その中で一際顔色の悪いエメロッテに声をかけると、いつもは無駄に元気なはずの彼女にしては弱弱しく、そしてぎこちなく微笑んだ。
「エメロッテさん、大丈夫ですか?」
「ん、ありがと。魔力枯渇の影響だから、大人しくしとけば楽になるわ。あー……それにしても久し振りに空になるまで魔法使ったかも」
足元のおぼつかないエメロッテに、元より心配性のナナリーは気が気でないようで、そわそわとどこか落ち着きがない。
そんなナナリーと僕に心配かけまいとするエメロッテだが、やっぱりちょっときつそうだ。
今日のところはスイセンで宿を取って、回復してからファンターハンに戻った方が良いと判断したので二人にそう話すと、二人ともそれでいいと了承してくれた。
「……? 何か騒がしいですね」
方針も固まったことだし、まずは可愛らしい音を立ててそのことを主張するエメロッテのお腹を満たすために少し遅めの昼食を取ろうと言うことになった。
そんな時、町が突然ざわめき始めた。それにわかったのは、ナナリーが真っ先に気付いて首を傾げたからだったけど、大通り辺りにすごい人だかりができているのが遠巻きからでもはっきりとわかった。
一体何だろうと顔を見合わせ、気にはなるけどエメロッテの体調のこともあり、今は食事を優先しようと人混みを避けて通ろうとしたのだが―――。
「勇者様だ!」
「勇者様の凱旋だ!」
「え、勇者? どこに―――あいたぁ⁉」
人の壁で先が全く見えない。けれどそこに集まっている人々は勇者様、勇者様と歓喜に打ち震えている様子で手を振ったり感激している。
勇者と言う単語が聞こえたものだからつい余所見して歩いていると、何故か壁にぶつかった。
さっき確認したときは壁なんてなかった。なのになんで……と鼻面を押さえて顔を上げた瞬間―――僕は固まってしまった。
「……どこ見て歩いてやがる、クソガキ」
そこには巌のような男が、顔を顰めて僕を見下ろしていた。
優に二メートルを超える身長。獰猛な肉食獣のような、鋭く吊り上がった濃い赤の瞳。腰まで無造作に伸びる濃い赤の髪。
その肉体はどこを見ても筋肉、筋肉、筋肉。どうすればそこまで膨張するのかってくらいゴリゴリマッチョ。
剥き出しになっている肌には、この人がどれだけの死地を潜り抜けたかを物語る傷跡が所々に刻まれている。
見るからに最高級の素材を使って作られたであろう重厚な鎧は至るところに傷跡があり、数えきれないほどの修羅場から持ち主を守り続けたであろうことが一目でわかった。
そして何より目を引いたのは、背負っている武器。身の丈とほぼ同等のそれは、僕では振り回すことはおろか、持ち上げることすら困難であろう巨大な戦斧。
見るからに普通じゃないこの巌のような男を、僕は鼻面を押さえてただただ茫然と見上げていた。
「ガ、ガガガ、ガムギン様⁉ も、もももももも申し訳ございません!」
「フサオあんた何ぼさっとしてんの⁉ あんたも頭下げなさいよ!」
「は、え? うごぉ⁉」
男の腕がぬっと僕に向かって伸ばされようとしたところで、さっと間に入って土下座するナナリーとエメロッテ。
エメロッテは何が何やら状況が把握出来てない僕の後ろ頭を引っ掴むと、何の遠慮もなく硬い地面に叩きつけた。
仮面があるから大した痛みはないんだけど、一瞬だけチカッと火花が飛んだ。ガムギン、ガムギン……どこかで聞いた事あるような……?
ぐりぐりと上から押し付けられている中で、ようやくこの巌のような男が何者かを悟った瞬間、さあっと血の気が引いた。
勇者カイン率いる狂戦士ことガムギン。生ける伝説である勇者一行の一人だ。
そんな恐れ多い存在である人にぶつかり、あろうことか非礼を詫びようともしていなかった。それが何を意味するか、考えるまでもない。
「見苦しいから土下座はやめろ。目立つとめんどくせぇしよ……にしても、随分と趣味の悪ぃ被りモンつけてんな。まあいい、てめぇら冒険者か? 見かけねえ顔だが」
「は、はい! キワタ・フサオと申します! 十ツ星です!」
「いや、名前なんざ聞いてねぇし興味もねぇ。十ツ星にしちゃあ上等な装備持ってんじゃねぇか。まあ、大方上級者の腰巾着で掠め取ったモンなんだろうけどよ」
その一言で空気が変わった。正確には僕が変えたと言った方が正しい。
たとえ勇者の仲間だろうが僕なんかよりも遥かに格上だろうが、この物言いは許せない。
誰が腰巾着だって? 確かに僕たちは弱い。弱いけれど、これは僕たちが精一杯足掻いて勝ち取ったものだ。
それを誰かに笑われたり、馬鹿にされる謂れはない。強さに奢り、他者を見下した振る舞い。僕が心の底から嫌悪する人種だ。
「……何か言いたそうなツラしてんな、ガキ」
「……」
仮面の下で僕がどんな目をしているのか感じ取ったのか、ガムギンが鼻を鳴らして顔を歪める。
何も言わないでいるのはナナリーがエメロッテがいるからだ。二人がいなければ僕は間違いなくこの男に嚙みついていただろう。
仮に殺されたとしても、確実に腕のどちらかは持っていける。それだけの自信と実力は、間違いなく今の僕にはある。
しばし見つめ合っていると、ガムギンが白けたとばかりに小さく舌打ちし、ため息を吐いた。
「おいガキ、それ取れや。ツラ覚えておいてやるからよ」
「嫌です」
ぴしっ、と空気が凍った。ナナリー、エメロッテは勿論、ガムギンに気付いて寄ってきた人たちさえも表情を凍てつかせた。
言葉にせずとも感じている。こいつは何を言ってるんだと。狂戦士ガムギン様に向かってなんと無礼な態度だと言っている。
元より引く気はないし、仮面を他人の前で外すつもりは毛頭ない。二人には悪いけど、これは男のつまらない意地だ。
「ほぉ……今なんつった? この俺に逆らうってぇのか? 十ツ星の冒険者が? この狂戦士様に?」
「どうしてもこれだけは外せないんです。それが貴方に逆らう結果になったとしても、これは絶対に外せない」
「……いい度胸だガキ。度胸だけは買ってやる。腕の一本くらいは覚悟しろよ?」
ゆらりとガムギンの腕が動き、背負っている戦斧の柄を掴んだその瞬間。
―――視界が紅蓮の炎に包まれた。
「っ、があああああああああああああっ⁉」
何が起こったと把握する前に、僕は全身を焼かれる激痛で絶叫を上げ、地面をのた打っていた。
「フサオ!」
「フサオさん!」
二人が駆け寄ってくる。すぐさまエメロッテが水の魔法で消火を行い、ナナリーが初級治癒術をかけて治療してくれる。
それでも火の勢いは消えない。ぶすぶすと肉が焦げる異臭が鼻を突く。酸素を求めて息を吸うと喉が焼けて更に呼吸が苦しくなる。
目も開けていられないほどの炎が、僕を焼き続けた。
その様子を顔を歪めて見ていたガムギンは大きく舌を打ち、少しだけ首を巡らし、背後に立つ人物をぎろりと睨みつける。
「……邪魔すんじゃねぇよ、オリヴィア」
「不敬者への見せしめとしては十分でしょう。そんなことより何を遊んでいるのです。カインはとっくに要件を済ませてここを発つ準備をしていると言うのに」
オリヴィアと呼ばれた、ほっそりと尖った耳が特徴の、完成されたその美貌の持ち主であるエルフの女性は冷めた目付きでガムギンを一瞥し、目の端で未だのたうち回っているフサオを見やる。
するとあれだけ燃え盛っていた炎が煙の如く掻き消え、見るからに深い火傷を負った英雄が横たわるだけとなった。
「ああ? 湖の調査はどうなったんだよ?」
「聞こえませんでしたか? 要件は済んだと先程伝えましたが」
「無駄足ってことかよ。つまらねえ」
「事前に解決出来たのであれば、それに越したことはないと思いますが?」
その場にいる者全てを差し置いて、オリヴィアとガムギンの間に不穏な空気が流れ出す。
そんな中、人混みをすみません、すみませんと手刀を切りながら掻き分けてくる青年がいた。
その青年は人混みから出て来るや否や、見知った顔を見つけてぶんぶんと手を振り、爽やかな笑顔を浮かべた。
「おーい二人ともー! やっと見つけたー! ―――って大丈夫か君⁉ ヨーゼフ、彼に手当を!」
「はい、直ちに!」
オリヴィア、ガムギンの間に流れる空気などお構いなしに小走りで駆け寄ってきた青年は、倒れている英雄を見るや否や、遅れて人混みから出てきた壮年の男に向かって声を張り上げ、それに気付いた男も直ちに英雄に駆け寄った。
「オリヴィア、これは君がやったのかい?」
「不敬者への見せしめとしては十分と思いますが?」
「……ガムギン、また君が原因かい?」
「そこのクソガキが先にぶつかってきやがったんだ。俺は悪くねぇ」
「ぶつかったって……たかがそれくらいで、これはいくらなんでもやりすぎだろう。相手はまだ子供じゃないか。大人として恥ずかしくないのか」
「あーあー勇者カイン様は品行方正ですこって。はいはい俺が悪ぅござんした。これでいいか?」
「ガムギン!」
「白けた。先に馬車に戻ってるぞ」
カインと呼ばれた青年が真顔で声を荒げるも、ガムギンはまるで意に介した素振りも見せず、鬱陶しそうに手をひらひらさせてくるりと踵を返し、去って行った。
その背中を鋭い目で見つめ続けていたカインだったが、英雄が動けるまでに回復したことに気付いて、意識をそちらに向けた。
「……すまない。彼は素行は悪いが根は仲間想いの熱い男なんだ。だからその……誤解しないでやって欲しい。いつもはもっと気前が良くて、さっぱりしてるんだけどね……。
君、立てるかい?」
「あ、はい、大丈夫……です。あの、申し訳ありませんでした。非礼を詫びる事すら出来ず、治療までしていただいて……」
「いえいえお気になさらず。おそらくはあの脳筋がしでかす前に、オリヴィア殿があなたを庇った行動でしょう。うまい具合に加減されてましたしね」
「庇ったつもりも助けたつもりもありません。身の程を弁えない愚か者に灸を添えただけです」
ふん、と鼻を鳴らし、明後日の方へ顔を向けるエルフ族の女性――賢者オリヴィアさん。初のエルフを見た感動は状況が状況なだけにそこまで胸にクるものはなかった。
凄い美人だなあとくらいしか思えなかった。透き通るような白い肌に、腰まで届く金糸のような長い髪。少しだけナナリーと似ているなあと思った。
意思の強さの表れか、吊り上がった蒼の瞳はまるで海のような静けさを感じさせる。
僕を心配そうに見つめる、この金に近い茶髪と瞳の美青年は勇者カインさん。近くで見るとイケメンであることには変わりないが、予想していたよりもずっと親しみやすい雰囲気が出ている。
もしかするとこの親しみやすさが勇者たる所以なのかもしれない。なんとなくだけど、そう感じた。
僕を治療してくれた、修道服に身を包む物静かな雰囲気の人は大司祭ヨーゼフさん。
意外と毒舌らしく、柔らかな表情と纏う空気からは想像もつかない。ちなみに、目が開いているかどうかすらわからない糸目だ。
「言い方はきついけど、根はとても優しい人なんだ。エルフは長寿だし、どうしても言い方が厳しくなっちゃうところが玉に瑕なんだけどね。それにしても変わった仮面だねそれ。でもなんかいいね、なんか正義のヒーローっぽくてかっこいいじゃないか。そのうねうねしてる帯はまあ、うん」
と、三人を観察していた僕に向かって笑顔を浮かべるカインさん。初めて仮面をかっこいいと言ってくれた。
それだけで心躍るはずなのに、どうしてかあ、はい。ありがとうございますと無難な返ししか出てこなかった。
胸の辺りがもやっとする。それはどうしてか、カインさんの一挙一動を見る度にそれは強く、大きくなっていく。
「カイン殿、そろそろ戻りましょう。脳筋……ガムギン殿がまたへそを曲げますぞ」
「はは、そうだね。それじゃ、お互い女神さまの加護が在らんことを」
それから、カインさんとヨーゼフさんが何かを言っていたが正直耳に入ってこなかった。
しばらく雑談を交わしていると、ヨーゼフさんが咳払いをして区切りを入れる。
それに頷いたカインさんが笑顔のまま片手を上げ、爽やかに立ち去って行った。
―――いくつかの疑問だけを残して。
「ちょっとフサオ! あんたガムギン様に何喧嘩を売るような―――ってフサオ? まだ痛むの?」
「ん、ああ、いや……何でもないよ」
そう、何でもないはずだ。勇者と名高い、物腰の柔らかく、誰にでも分け隔てなく優しい聖人のような存在―――そのはずだ。
なのにどうしてこんなにも胸のつかえは取れないのか。
どうして彼は―――一度たりとも本心を口にしなかったのか。
どうして僕は―――それが偽りの言葉と分かったのか 。
気のせい。そう、これは気のせいだ。
そうやって頭を振って打ち消すも、猜疑心は真水に垂らした墨のようにじわじわと広がって浸食していく。
この時、上げていたバイザーの奥―――三つ目の瞳が淡い光を放っていたことを、僕が知る由もなかった。
本日はここまで。評価とブクマが急に伸びてびっくりです。これからも更新してまいりますので、よろしくお願い致します。




