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「遅かったじゃないの、フサオ―――ってフサオよね? なんかそのメット……なの? 動いているけどなんなのそれ?」
昨夜のことが何でもなかったかのように、その人は堂々とした佇まいでそこにいた。
翌朝、割と早めにハーメルを出てまっすぐギルドに来たので、そんなに遅い時間じゃないはず。多分、八時かそこらの時間だ。
まあ僕たちは徒歩なので馬車を使えば先回りできないことはないけど、一体どうしてこの人たちがここにいるのだろうか。
「え? え? どゆこと?」
「ふふん、これを見なさい!」
と、なぜここにいるのかわからないハーメルのお嬢様ことエメロッテさんと、その執事のセバスさん。セバスさんからはどうです? 驚きましたかな? と言いたげな表情がありありと見える。
状況が把握できず、狼狽える僕に向かってエメロッテさんが何をドヤ顔で突き出した。
あれはタグだ。冒険者であることを証明する、僕もナナリーも持っているタグだ。
それが何だと言うんだろう。意図が読めず、首を傾げているとイラっとした顔のエメロッテさんがダンッ! と床を踏み鳴らした。
「察しが悪いわね。私も冒険者になったのよ!」
「え、あ、はい。おめでとうございますって痛い! なんで杖でどつくんですか⁉」
「態度が余所余所しい。歳もそう変わらないのに敬語なんて気持ち悪くてしょうがないわ」
「ええ……」
昨日の騒動が嘘のように平常運転だ。それよりもなぜに僕がどつかれなければいけないのか。
一応お偉いさんの娘さんなんだからそりゃ気を遣うに決まってる。まあ、向こうがいいと言うならそうしないと逆に失礼なんだろうけど。
と言うわけでセバスさんがいる手前で申し訳ないけど遠慮はしない。この仮面戦士フサオは生まれ変わったのだ……!
「……私はお母さま譲りの魔力があるから上級魔法も使えるわ!」
またもドヤ顔で、聞いてもないことを大声で主張するエメロッテ。
うん、だから何? 魔法が使えない僕は魔法に対する興味がすこぶる薄く、率先して知ろうとはしてない。
ナナリーの回復魔法は凄く助かってるけど、その他の魔法は見たことがないからなんとも言えない。
「へ、へー、凄いねって痛い! なんでまたどつくのさ⁉ 今度はお腹じゃなくて頭だし!」
「あ、その帯みたいなの硬いのね、触ってもいい? と言うか触るわよ」
僕の微妙な返答がお気に召さなかったエメロッテが、先端が渦巻き状に丸まった木の杖で何の遠慮もなくどついてきた。
本当は帯状の拘束具に当たって痛くないんだけど、衝撃は伝わるのでつい口に出てしまう。
その感触が新鮮で面白かったのか、エメロッテが目を輝かせて近寄ってきた。そして言うが早いか僕がだめと言う前にもう側面に回って帯を弄り回していた。
刹那、嫌な予感がしてさっと体を捩ると、両手を構えて仮面を取ろうとしていたであろうエメロッテが悔しげに舌を打った。
ふふ……そんなもの今の僕にはお見通しさ。なんてったって仮面戦士って痛い! 杖の先端で腹をどつくのやめて地味に痛い!
「と言うか、どうしてここに? それにセバスさんまで……」
僕に暴行を加えようと杖を構えてじりじりとにじり寄ってくるエメロッテから視線を外し、後ろで悠然と待機しているセバスさんに視線を移す。
するとセバスさんは恭しく頭を垂れた後、穏やかな目でエメロッテをじっと見つめた。
途端にエメロッテが大人しくなり、忙しなく視線をあっちこっちにやってあーとかうーとか何事を呻き始めた。
「うぐ……それは、その……」
「お嬢様。まずは昨夜の事にお詫びしないといけませんよ。それと、きちんとご自分でお伝えくださってください。私は付き添いですので、何も口出し致しませんよ」
エメロッテが不安そうにセバスさんへ振り向くも、セバスさんは突き放すような口調できっぱりと言い切り、それきり口を閉ざしたまま深緑の瞳をエメロッテに向け続ける。
エメロッテはぐぬぬ……と悔しそうに唸り、涙目になりながらうーうー呻いていた。
これじゃ埒があかないと口を開こうとすると、ちょうどそのタイミングでエメロッテが顔を上げたので黙って待つことにした。
「フサオ! とナナリーちゃん!」
「はいフサオです」
「は、はい。何でしょうか」
「……フサオ!」
「はい僕フサオです」
「フサオ!」
「はいフサオだよー。って何回繰り返せばいいのさこれ」
三回繰り返したところで突っ込みを入れる。いつまで経ってもこのループになりそうだったので一応ストップをかけておいた。無限ループって怖くない?
「昨日はその……ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げた事により、いかにも魔女っぽいとんがり帽子がぽろっと床に落ちた。
エメロッテはそのままの体勢で微動だにしなかった。その姿を見て、昨夜セバスさんが話してくれたことを思い出す。
彼女は多分、知らないだけだ。知らないだけの純粋無垢な子供なんだ。だからこうやって不器用なことしかできない。
何が良くて、何が悪いとかを全く知らないなら、これから知っていけばいい。その時間はいくらでもあるのだから。
「僕は気にしてないよ。それより叩いてごめんね。痛くなかった?」
「私も気にしてなので、気に病まないでください」
「じゃあこれで終わりね」
それはもうあっさりと頭を上げて微笑むエメロッテに、僕とナナリーはおろか、セバスさんまでもが絶句した。
見事な変わり身に呆れを通り越して尊敬するしかない。
「……お嬢様」
「うぐ……フサオがいいって言ってるからいいじゃない! 私だって悪かったなってほんの少し反省してるんだから……」
「反省してさっき脱がそうとしたの? ねえそこんとこどうなの?」
「男が細かいことぐだぐだ気にするものじゃないわ。あんた絶対モテないでしょ」
「生まれてこの方モテたことないですけど、何か?」
迫真の真顔できっぱりはっきり言い切ると、何故かほっとされた。何が? 何を察してほっとしたのかな。そこんとこ小一時間ほど問い詰めたいけどどうなの?
しかもエメロッテならず、ナナリーまでもどことなく安心したような顔をしている。なんなの新手のイジメなの?
「ねえフサオ。あなたがリーダーなのよね、仲間の」
「そうなる……のかな? 僕とナナリーだけだけど」
僕が心の迷宮に閉じこもろうとしていたところを、エメロッテの声が現実に引き戻した。
リーダー。リーダーとか特別意識したことはないけど、二人で行動するときはだいたい僕が決定権を持ってるのかな?
こうしたいけど、どうする? って感じでこうしたい! ああしたい! とか強く言ったりはしてないけど。
何かと判断をナナリーに仰いでる気がするなあ。ナナリーもナナリーで僕を立てて、じゃあそうしましょうかとしか言ってくれないけども。
「私を仲間に入れて」
突拍子もない話に、なんと言ったらいいかわからずに固まってしまう。
セバスさんもそうだし、何よりあれだけ溺愛しているダレンさんの事とかはどうするのかとか、色々問題がありそうだったからだ。
何も言わない僕に焦ったのか、エメロッテが慌てた様子で次々と話し始めた。
「その、ずっと夢だったのよ。お母さまが元凄腕の冒険者で、ちっちゃいときに色々お話を聞いてたの。それでね、私もお母さまと同じ場所を見てみたい、同じものを感じてみたいって憧れたの。それから頑張ったわ。お母さまに無理言って魔法を教えてもらったり、こっそり抜け出して冒険ごっこをしてセバスにこっぴどく叱られたり……」
かつてお母さんと過ごした時間を思い返しているのか、懐かしむように、そしてとても嬉しそうに、ぽつぽつと語り出す。
それはエメロッテならず、セバスさんも同様、どこか遠い目をして口元には笑みを湛えている。
ダレンさんには気の毒な話だけど、エメロッテは本当にお母さんが大好きなようだ。まるで宝物を前にした子供のように、きらきらと目を輝かせながら喋っている。
ここで何かを言って水を差す無粋な真似はしない。ただ時折相槌を打ち、エメロッテの話に耳を傾け続ける。
「お母さまが冒険者になったのも私と同じ十五歳。私はお母さまと並びたいの。ううん、お母さまを超えて認めてもらうの。私が世界一の魔法使いになったってね」
強い決意を秘めた瞳が真っ直ぐ注がれる。彼女は憧れるだけでなく、その背中を目標とし、いつの日かそれを追い越す夢を持っている。
ナナリーから聞いた話だけだけど、それがどれだけ大変で、どれだけの偉業を成し遂げるのか僕には到底わからない。
それでも彼女は強い決意をその瞳に宿している。それがある意味、剣道をやっていた頃の僕と何故か重なって、少し笑った。
「それ、一体何年かかるのさ」
「言っておくけど私は天才なのよ? お母さまもびっくりするくらい覚えが速いんだから。私を仲間に入れないと、こ、後悔する、わよ?」
勢いだけで喋っていたのか、断られることを恐れたのか徐々に言葉尻が萎んでいった。
自信満々だった顔が急に泣きそうになるのだから見ていて面白い。エメロッテはほんとコロコロ表情が変わる。
素直になれない分、感情はストレートに出るようで、目まぐるしく変わっていく彼女の表情は見ていて飽きない。
うん、これなら僕も大丈夫だ。きっと友達になれる。そんな気がする。
「うん、わかった。よろしくね、世界一の魔法使いさん?」
僕は笑顔を浮かべ、そっと手を差し伸べる。
最初差し出された手の意味が分からないようだったけど、挨拶みたいなものだと伝えてこれからよろしくと言うと、
「うん!」
それは向日葵のような、とても可憐で、眩しい笑顔だった。
泣き笑いを浮かべる彼女の小さな手をしっかりと握り返し、僕もちょっとだけ目が潤んだ。
こうして、僕の記念すべき二人目の仲間が加わった。彼女が本当に夢を叶える日が来るのは、そう遠くない未来のお話。
【奇面英雄 第二章:奇面 完】




