12
「お前に合わせて拵えたモンだ。獲物がなくちゃ冒険者として名折れだろうしな。で、どうだ?」
「……」
僕は新しい装備を手に、言葉を失っていた。
鋼殻熊の素材で作られた、西洋の刀剣の一つであるサーベルを意識しているであろうこの剣は、凄いの一言に尽きた。
全長百センチ、刃渡り七十センチと大振りにも関わらず、片手で扱える程の驚くべき軽さだった。鍔に当たるは部分には硬い甲殻を加工して使っており、柄頭までなだらかな曲線を描いて護拳の役割を担っている。このまま打撃としても十分な威力がありそうだ。
刀身は緩やかに弧を描き、光に反射して妖しげな輝きを放つ。そして何より、初めて持つはずのこの武器が驚くほど手に馴染むのだ。
まるで長年使い込んだ竹刀のように、ぴったりと手に吸い付いて全くの違和感がない。これは凄い、凄いとしか言いようがない。
アルフレッドさん命名のこの剣―――甲殻剣・荒削。僕はこの剣を前に、言葉すら忘れて歓喜に打ち震える事しか出来なかった。
その様子をじっと見ていたアルフレッドさんは何も言わず、すっと盾を差し出してきた。
それを受け取り、またも僕は言葉を失う。こんな凄いのを続けざまに渡されれば、誰だってこうなるだろうと断言できる。それくらいこの盾も素晴らしいものだった。
甲殻盾・荒研。甲殻を何層にも重ねて加工し、鋼殻熊の甲殻で最も硬いと言われる黒い甲殻を盾の中心に埋め込んだ、凧のような形状が特徴のカイトシールド。サイズとしてはやや大きめだが、腕に固定して使える他、きちんと手持ちも出来るように設計されている。これもまた、驚くほど軽い。
出来上がった剣と盾をじっと見つめ、強く、確かめるように強く頷く。これならいける。どんな敵だろうが僕の必殺技で一刀両断できそうな業物だ。
「ふん、なかなか様になってるじゃねえか。だが自惚れんなよ。いくら武器が良かろうが武器は所詮武器だ。武器を死ねば手前も死ぬ。武器が生きりゃ手前も生きる。生かすも殺すも持ち主次第。手前の相棒だ、雑に扱うんじゃねえぞ」
「―――はい!」
それは、僕に剣を教えてくれた恩師と同じような言葉だった。アルフレッドさん、そしてかつての恩師に向けて僕は強く頷く。
力に奢ることなかれ。力に溺れることなかれ。曇りなき心にて振るう刃にこそ、真価は集う。―――僕はこの教えを愚直なまでに守ってきた。今までも、そして……これからも。
「嬢ちゃんにはこいつだ、受け取りな」
「え?」
「わあ、可愛らしい帽子ですね。あ、耳の部分と額当て、すっごく硬いです」
僕に続いて、アルフレッドさんがナナリーに手渡したそれを見て、失礼ながらぎょっと目を剥いてしまった。
どう見ても厳つい年配の方にしか見えないのに、そんなものも作るんですかとつい我を忘れて突っ込みそうになるほど、それは驚きの一品だった。
シスターさんが被っているフードっぽいものの頭頂部に、猫耳なのか熊耳なのか良く分からない三角形のものがぴんと存在を主張している。
おそらく甲殻を加工したものなのだろうけど、なんでこの形にしたのかちょっと理由を小一時間問い詰めたい。そんなことできるはずもなく、ただただ目を剥いてそれを見つめるばかり。
ナナリーはこのデザインがとても気に入ったらしく、にこにこしながら耳を弄りまわしていた。いや、どうしてそうなったの。僕の武骨な作品と180度路線が変わってませんかそれ。
「え、これって……」
「何か文句でもあるってえのか?」
「いえ、ナニモ……」
ほんとにアルフレッドさんが作ったんですか? と聞く前に一睨みされて、僕はさっと目を逸らして言葉を飲み込んだ。
ちなみにこの帽子は甲殻頭巾・荒魂だそうだ。名前はかっこいいのになんでこのデザインなの。いや、ナナリーが着けたら破壊力が凄いことになりそうだけども。
「嬢ちゃんに似合う帽子を作ってたら自然とこうなっただけだ。たまにこういったモンも出来る。まあ、出来上がったモンを見て何をやってんだと後悔するんだが」
僕の言いたいことを察してくれたのか、アルフレッドさんが小さくため息を吐いて説明してくれた。
その気持ちがなんとなくわかってしまう。夢中になって何かをしてると、熱が冷めた時に途方もない羞恥心が襲ってくることがある。
中学生まで患っていたから理解できてしまった。なお、それは黒歴史として記憶の奥底に厳重に封印してある。無意識に出てくることが稀に良くあるけど気にしてはいけない。
「フサオさん、貴重な素材を使ってまでありがとうございます。えへへ、似合います?」
早速ナナリーがナゾミミフード……もとい荒魂を被ってほんのりと頬を染めてはにかむ。守りたい、この笑顔。
やっぱりまだ慣れてないのか、時々敬語に戻ってしまうけどいちいち指摘するのも野暮だ。ゆっくりと距離を縮めていけばいい。
「うん、すごく似合ってるよ。アルフレッドさん、ありがとうございます。鎧の方はまだかかるんですよね?」
「取り急ぎ、そっちを優先したからな。まだ手を付けてねえ。約束の期日にはきっちり間に合わせる。適当な依頼でもやって待ってろ」
「わかりました。お願いします」
他にも仕事があるだろうに、優先して作ってくれたアルフレッドさんに二人でお礼を言い、槌を片手に持ったのが見えたので深く頭を下げ、邪魔にならないよう速やかに退出した。
僕たちが工房を出ると、すぐに槌を振るう音が響き始めた。僕たちはもう見えてないだろうけど、感謝の意を込めてもう一度頭を下げ、言われた通り依頼がないかギルドへと足を向けた。
◇
「うーん……」
「……ないですねえ……」
目の前の大きな掲示板の前で、僕とナナリーは揃って首を捻っていた。
ギルドに来た僕たちは、適当な依頼でも受けて生活費を稼ぎつつ時間を潰そうかと考えていたのだが、今の僕たちに受けれる依頼がほとんどない。
あっても到底達成出来そうにない高難易度のもの、もしくは何年も放置されて塩漬け状態になっている依頼ばかりだ。
これはどうしたものか……とナナリーと顔を見合わせ、掲示板とにらめっこを続けていた時だった。
ぽん、と肩を叩かれ何事かと振り向くと、片手を上げて笑顔を浮かべるルルさんの姿があった。
「フサオとナナリーちゃんじゃねーか。おうおう、様になってんじゃねーか。言った通り、良い腕してんだろ?」
「はい。もう凄いとしか言いようがありませんよこれ」
「ナナリーちゃんも可愛い帽子じゃねーか。これ作ったのがあの強面の爺さんだと思うと笑えて来るけど。んで、今日も仕事探しか?」
僕たち二人の装備をくまなく観察し、手放しに賞賛してくれた。紹介した側としても嬉しいのだろうか、ルルさんは満足そうにうんうんと何度も頷いて親指を立ててぐっとサムズアップした。
それで満足したのか、ルルさんはちらりと掲示板に目をやり、張り出されている依頼を見て「あー……」と苦笑した。
「今日はやけに人が多くてな、簡単なのはもう残ってねーんだ。残ってんのは四ツ星以上の高難易度のもんくらいしか……」
申し訳なさそうに言うルルさんに、仕方ないですよ、と苦笑しながら返す。実際、依頼が常時あるとは限らない。
王都に住む人が多い分、依頼の量も多いけど冒険者の数もそれなりに多い。
細々と生活している僕たちみたいな人も結構いるみたいなので、時間帯によっては全く依頼がない時もある。だいたい朝から昼にかけて受注のピークを迎え、それ以降は緩やかに減っていく。
緊急、飛び込みの依頼もあるかもしれないが、ちらっと周りを見ると同じように依頼待ちの冒険者の姿がちらほら見える。
鋼殻熊討伐の報酬がまだ少し残ってるとは言え、いざと言う時のために蓄えは必要だと意気込んで来たものの、これじゃあ今日は無理そうだ。
仕方ないので今日は諦めようか、とナナリーに伝えようとした時、ルルさんがあっと声を上げて掌に拳をぽんと打ち付けた。
何事かと見つめると、ルルさんが小走りでカウンターへと戻っていき、何やらカウンター内で作業を始めた。
しばらくするとルルさんがカウンター内から来い来いと手招きしてきたので、ナナリーと顔を見合わせてカウンターと向かうのだった。
「納品依頼があってな。場所がちょっとアレだけど巣に近付かなきゃー問題ねーだろ。いい機会だからファンターハン以外のとこも見て来い」
僕たちが目の前に来ると、ルルさんは投影されたコンソールパネルを慣れた手付きで操作しながら、いつもながらにざっくりとした説明を始めた。
うん、納品はわかったけど何をどこに納品するのかさっぱりわからない。猫被ってる時でも面倒なことは全部端折るからなこの人……。
兜の奥で目を細めて見つめていると、ルルさんの腕がすっと僕に伸びてきた。思わずびくっと肩が跳ね上がってしまった。
そんな僕に、ルルさんは何ビビッてんだ? と言いたげに首を傾げ、タグを寄越せとだけ告げてパネルの操作に戻った。
殴られると思っていた僕はほっと胸を撫で下ろし、言われた通りにタグを手渡す。ん、と短い返事の後、タグを受け取ったルルさんがちゃちゃっと手続きを完了した。
「ほれ、依頼内容は全部入ってるから確認しとけよ。あ、字読めねーんだっけ。ナナリーちゃん、悪いけどフサオに通訳してやって、っとやっべ混みだしたわ。んじゃな!」
依頼を終えてきたであろう冒険者たちの姿が一気に増え、次々とカウンターが埋まり始めたのを見たルルさんが片手を上げて会話を打ち切り、順番に並んでいた冒険者の処理に取り掛かった。
いつまでもそこにいては邪魔になるので、僕は渋々カウンターから離れるしかなかった。
仕事は速いんだけど、割と雑なんだよなあ……結局何も聞けてないし。
いつものことだから仕方ないか……とため息が出る。
「フサオさん、タグを操作して依頼内容を見せてもらえますか?」
「あ、うん。まあいいや。ごめんね、まだ全然覚えれなくて……」
「これくらいしかお役に立てれないので、全然大丈夫です。えっとなになに……」
未だにタグの操作に慣れてない僕はどうだっけ、あれ、どこだ? あれ、あれ? と悪戦苦闘しながら依頼内容を表示させた。
嫌な顔せずじっと待っててくれて、しかも気遣ってくれてる。ほんと良い子だなあ……と感動していると、内容を確認し終えたナナリーからタグを返却された。
「依頼主はハーメルの町長さんですね。ギーグの卵三つの納品、うち一つは高品質のもの。報酬に銀貨三枚もくれるそうですよ」
「へえ、でもそうなると難しいんじゃないの?」
「ギーグは大人しいので危険度自体は低いです。家畜としても飼われてるくらいですしね」
ギーグって魔物がどんなものかはわからないけど、聞いてる限りでは鶏か何かに近いのかな?
それなら問題なさそうかと思考を打ち切り、早速目的地へ向かうことにした。
「それじゃ、ハーメルの町に行こうか。って、場所わからないんだった」
「ここから徒歩で二時間くらいのとこです。私が案内しますよ」
勇んだはいいものの、土地勘のない僕はハーメルに着くまで終始ナナリーに頼りっぱなしだった。
ちなみに、ハーメルまで続くタハン街道に出没したスライムで試し切りしたところ、めちゃくちゃ切れ味が良くて斬った僕がびっくりするほどだった。
なのになんで謎ミミ。解せぬ……。




