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奇面英雄  作者: 叢雲@ぬらきも
第二章 奇面
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 ルルさん曰く、ファンターハンでこの人の右に出るものはいないとまで絶賛される鍛冶師、アルフレッドさん。

 ファンターハン商業地区の外れ、その人の拠点はそこにあった。

 わざとそうしているかとしか思えない、居住区から離れたあまり人気のない場所。

 見るからに古めかしい建物の中に、その人はいた。

 その人―――アルフレッドさんは客が来たと言うのに決して手を止めず、こちらを一瞥すらせずに黙々と槌を振るい続けていた。


 打ち付ける度にぱっと瞬いて消える火花が、まるで花火のように儚くて、とても幻想的に映った。

 言葉を失って、ただただその光景を眺めていた。どれくらいそうしていただろうか。

 ふっと気が付くと、いつの間にかアルフレッドさんの手は止まっていて、すぐ傍に立つルルさんと何やら話し合っていた。


鋼殻熊ドルトガを倒したってのはそこの小僧か?」

「ああそうだよ。ちっと訳あって兜は取れねえからそこは勘弁してくれ。クレイヴのおっさんから話は聞いてるだろ?」

「ふん……まだ冒険者ハンターでもない餓鬼が鋼殻熊ドルトガを倒したってえから期待してみれば……随分と小せえな。あのデカブツをこんなチビがどうやって倒した―――」


 鉄床の前に座るアルフレッドさんの鷹のような鋭い眼光が僕をぎろりと睨みつける。

 思わず悲鳴を上げて腰を抜かしてしまいそうな威圧感だ。だけど、ここに来る前にルルさんから散々念押しされたことだ。これしきのことでビビってちゃいけない。

 僕が直立不動でいると、アルフレッドさんが近寄ってきてどん、と拳で胸を叩いてきた。その瞬間、僅かに目が見開き、口端を吊り上げてにやりと笑った。


「ほぉ……餓鬼にしちゃ上等な鍛え方してんじゃねえか。まあいい、どれだけ持ってきたんだ?」

「甲殻と爪、牙と毛皮だな。結構でかめの個体だったから、結構量はあるぜ」


 ルルさんがくいっと親指で後ろを指すと、アルフレッドさんは僕らが運んできた大きな麻袋の山をちらりと一瞥し、すぐに視線をルルさんに戻した。


「……ふん、で、何が欲しいんだ」

「獲物がイカれちまってるから獲物と盾が最優先だな」

「おい、さっきからルルしか喋ってねえだろうが。お前のモンになるんだからお前が喋れ」

「うえ、あ、はい! えっと武器と盾と」


 急に話題を振られて慌てる僕。何も考えてなかったためルルさんが言ったことをそのまま復唱してしまう。

 するとアルフレッドさんの威厳に満ち溢れた皺だらけの顔に更なる皺が寄り、もともと鋭い目付きがより一層鋭くなった。

 思わずひぃ、と悲鳴を上げかけて、なんとかそれを飲み込む。


「それは今聞いただろうが。他だ他」

「うっ……他に何が作れます?」


 僕の質問にアルフレッドさんは入り口近くに無造作に積まれた麻袋の山をじっと見つめ、すぐに僕へと視線を戻した。


「余った素材で作るとなると、鎧がいいとこだろうな。他には兜、小手、足具、腰回り、端材でそこの嬢ちゃんの被りモンってとこだ」

「うーん……」


 見ただけで何がどれだけ入ってるかわかるのかと舌を巻きつつ、言われた製作可能な品目に頭を悩ませる。

 元々一体分なので防具が全部揃えれるとは思っていなかったが、予想以上に作れるものが少ない。

 テレシアさんにもらったこの兜もベッコベコにへこんでそろそろ替え時かなあと考えてはいたが、まだ使えないことはない。

 小手、足具、腰回りはまだどうにかなる。となれば、まずは致命傷を避けるためにも、身を守っていると安心感を得るためにも鎧が先決だな。


「すみません、鎧と被りものってできます?」

「ギリギリいけるだろう。それでいいか?」


 そうと決まった僕の答えは早かった。

 僕の質問にアルフレッドさんはもう一度麻袋を見つめ、僕に視線を戻す―――ことなく槌を掴んで鉄床の前にどっかりと腰を下ろした。

 僕の返事を待たず、自分のやりたいように動く。そのマイペースさに思わず苦笑してしまった。

 ふと視線を感じ、隣を見るとナナリーが形の良い眉をハの字に下げて何やら言いたそうな顔をしていた。

 それを見て何故かほっこりしてしまい、頭をぽんぽんと撫でる―――ことなんてできるはずもなく、ぐっと親指を立ててサムズアップしておいた。


「銀貨十二枚だ。俺は現物でしか受け付けねえから現物で持ってこい。足りねえ素材は……そうだな、クレイヴにでも都合をつける。座れ」

「え、ちょ、ええ?」

「さっさと座れ。採寸できねえだろうが」

「じゃああたしが現金持ってきてやるよ。フサオ、タグ貸しな」


 アルフレッドさんがかんかん、と鉄床を叩いて出した音に顔を向けると、いつの間にか椅子が用意してあり、麻袋もアルフレッドさんのすぐ後ろに積まれていることに気付いてぎょっと目を剥いた。

 何この人忍者かなにかなの? 全く気付かなかったんだけど……と僕が戦々恐々としている内にあれよあれよと話が進んでいく。

 何が何やらわからない僕はルルさんとアルフレッドさんに促されるまま椅子に座り、タグを手渡すのだった。


「あんま人の話聞かない爺さんだけどよ、腕は確かだ。んじゃちょっくらいってくらあ」

「うるせえぞルル。無駄な話をしたくねえだけだ」

「だから人が寄り付かなくなんだって言ってんだろ? もうちょっと愛想良くしろよ、あたしみたいにな!」

「いいからとっとと現物持ってこい。断ってもいいんだぞ俺は」

「へいへい。んじゃ頼むなー」


 ルルさんがタグを手に、アルフレッドさんの工房から出ようとしながらそんなやり取りを交わす。

 やっぱりギルドの職員だけあって、色々な人と知り合いなのかなあと採寸されながら、ひらひらと手を振りながら小さくなっていく背中を眺め、ぼんやりとそんなことを思っていた。

 と、突然背後からがすっと足蹴にされ、椅子から蹴落とされた。 

 全く身構えてなかったのでそのまま顔から床に突っ込んだ僕は、ついこの間までテレシアさんの匂いがしていた、今では僕の汗と悪臭しか染み付いていない兜と熱いキッスを交わす羽目になった。

 何すんだとすかさず振り向くと、アルフレッドさんはもう既に僕を見ておらず、ナナリーに視線を向けていた。


「嬢ちゃん、座れ。採寸するからよ」

「あ、は、はいっ!」


 かんかん、と同じように急かされたナナリーが僕と椅子を交互に見ながらおろおろしていたが、やや強めに鉄床を叩く音にびくっと肩を跳ね上がらせてささっと椅子に座った。

 無言で黙々と採寸し、それが終わるとナナリーにはひと声かけていた。くそ、扱いに雲泥の差がある……! 当然だけど納得いかない……!

 僕が密かに怒りの炎を燃やしていると、採寸を終えたアルフレッドさんが素材を麻袋から取り出し、早速製作に取り掛かろうとしていた。

 ほんと無駄な話しないんだな。職人さんって皆こうなのかなと先ほどルルさんが言っていたことをふと思い出す。


「全部出来上がるのは早くて一週間だな。獲物と盾は三日後には出来上がる。その他は一週間後で構わんだろ?」

「あ、はい。お願いします」


 突然話題を振られたのでどもりながら返事する。

 返事を聞いたアルフレッドさんはそうかとも言わず、うんと頷きもせず、くいっと顎をしゃくった。

 意味が分からずただ棒立ちしていると、もう一度顎をくいっとしゃくる。


「は?」


 思わず声を出していた。するとアルフレッドさんはがん、と割と強めに鉄床を槌で叩き、ぎろりと鋭い眼光で睨みつけてきた。


「仕事の邪魔だ。用が済んだらとっとと出ていけって言ってんだ」


 言葉通り僕とナナリーは叩き出された。もうホント何が何やら分からない僕は涙目でため息を吐くことしかできなかった。

 ルルさんがお金を現金に換えて戻ってきた、ちょうどその時だった。

 ルルさんは気にすんな、と笑ってぽんぽんと僕の肩を叩いて、アルフレッドさんに断りを入れてお金が入っているであろう小さな麻袋を投げ入れた。

 がしゃんと何かに当たる音が響き、槌を振る音が一瞬だけ止まったが、すぐに断続的な音が響き始めた。

 ひとまず装備作製の依頼を終えた僕たちは、ルルさんに誘われて夕食を共にすることになったのだった。



           ◇



「くっはぁー! 仕事上がりのエールは美味い! おーいおっちゃーんエール追加ー!」

「ええ……」


 目の前でどんどん無くなっていく金色のしゅわしゅわした飲み物。どこかで見たことのあるそれは、予想通りお酒だった。

 エールとは醸造酒の一つで、炭酸によるのど越しとキレを味わう大衆に大人気のお酒のことらしい。

 つまりビールと同じようなものかと、既に四杯目に突入したジョッキを見ながら頬を引き攣らせた。

 どうやらこの世界では未成年による飲酒が認められていると言うより、十五を過ぎれば立派な成人扱いとなり酒も飲んでいいそうなのだ。

 酒も嗜みの一つだと勧められたが、当然飲酒などしたこともない僕は丁重にお断りした。のに何故かナナリーは蜂蜜の醸造酒である蜂蜜酒ミードをちびちび飲んでいる。

 

 ナナリーすら飲んでるのにあたしの酒が飲めねえってかと脅迫、もといお勧めされ僕も蜂蜜酒ミードを頼む羽目になった。

 初めてのお酒は甘くて、ちょっと酸っぱかった。でも美味しい。そういうとナナリーが小さく笑ってくれた。うん、可愛い。


「まあさっきのは気を悪くすんな。あの爺さん昔からああなんだよ。職人ってのはどうも堅物ばっかでつまんねえんだよな」

「でも、すごく信頼できそうな方でしたね」

「ああ、そこは信用してくれていいぜ? 気に入った相手しか打たないって有名な糞爺だけあって、腕は一級品だ。ま、さすがにドワーフにはちと劣るがな」

「ドワーフの作品より少しだけしか違わないなら、それは凄いことじゃないですか!」

「おお。だけど問題は、ドワーフと変わらんくらい偏屈ってこった。それさなきゃもっと繁盛すんのによお……」


 豪快な飲みっぷりで七杯目の追加を飛ばすルルさんと、すごいすごいと目を輝かせているナナリー。

 話についていけない僕は黙って蜂蜜酒ミードを飲むことに徹した。しかしまあルルさん飲むなあ。ここまでぐいぐい飲んで酔ったりしないんだろうか。

 気になって周囲に目を走らせると、ルルさんの飲みっぷりはもう周知の事実らしく、他の卓から相変わらず良い飲みっぷりだと笑い声が聞こえてきた。

 それだけでここがルルさんの行きつけであり、これくらい軽く飲むのだろうと納得した。納得はしたけど、それを理解できるかはまた別の話。

 そんなことを思って二人の会話を聞き流しつつ、フライドポテトっぽいものをちみちみつまんでいると、ルルさんがどんっと木製のジョッキをテーブルに叩きつけ、ぶはぁぁぁっと大きく息を吐いた。


「てか今更だけどナナリーちゃん、あたしのこと引かない(・・・・)ね?」

「え? 何をです?」


 ちょっと顔が赤くなってはいるけど、呂律はしっかり回っているし、どうやら酒に酔って我を失うタイプじゃなさそうだ。

 これなら安心かなと聞きに徹すると、ナナリーは言われた意味がわからない、とばかりに首を傾げた。


「大抵素を見せると敬遠されるし、の言いつけもあるから猫被ってるけど、怖いとかそういうのないの?」


 ルルさんがエールの追加注文を飛ばしつつ、横目でナナリーを見ながら言葉を続ける。

 奴って誰だろうか。そんなことを気にしつつナナリーを見やると、ナナリーは少し考える素振りを見せて、小さく首を振った。

 

「いえ、特にそういったのは……最初は驚きましたけど、フサオさんからとても優しくて、面倒見の良い女性だと聞いてましたので」

「ほぉん……わかってんじゃねーかフサオ。ほんのちょびぃぃぃぃぃとだけ好感度アップだ、ご褒美としてあたしのスマイルをやろう」

「それいつも見てるやつですやん……」


 指と指でほんのちょびっとを作って見せると、僕に向かってにっこり微笑むルルさん。満面の笑みだけど、ギルドでいつも見てるからそろそろ見飽きてます、とは口が裂けても言えな……あ、もう言ってた。酒の力って怖いねー。

 しまったと思いつつも、いつもより少しだけ大胆になっている僕は気にせず蜂蜜酒ミードをちびちび飲んだ。

 するとルルさんの目がすっと座り、美しいご尊顔が台無しになるほどの三白眼で僕を睨んできた。


「あーん? あたしみたいな綺麗なお姉さんのスマイルだぞ。泣いて喜べよ豚野郎」

「痩せたのにまだ豚呼ばわりって酷くないですかねえ⁉」

「豚? 痩せた?」

「お? ナナリーちゃん知らねえの? 実はな……」

「ちょ、ナナリーにあることないこと吹き込もうとするのやめてくださいよ⁉」


 ナナリーに顔を寄せ、ごにょごにょと何かを耳打ちするルルさん。これはまずいと止めに入ったが最後、僕はしこたま酒を飲まされて意識がブラックアウトしていった。

 最近ほんと気を失うなあとぼんやり思いつつ、高笑いが聞こえる中目の前が真っ暗になっていくのだった。


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