10
「こんにちは、フサオさん。お加減はどうです……かにゃ?」
「こんにちは、ナナリー。慣れないうちは無理しなくていいよ。そうは言っても、僕もあんまり慣れないんだけどね」
今日も今日とて、ナナリーが治療院に足繁く通ってくれている。
あれから僕たちは晴れてパーティを組むことになった。歳も近いこともあり、まずは敬語をやめることから始めようってことになったんだけど、お互いどこか気を遣ってしまいがちだった。
いきなり女性を呼び捨てにすることに僕もかなり抵抗を覚えたけど、兜で顔を見られてないせいか、気が強くなっているのかもしれない。
まるで自分が自分でないみたいでちょっと怖い。でも悪い気はしない。と言うよりむしろ気分が高揚してしまう。
だってこんなに可愛い女の子が毎日僕のために来てくれるなんて夢のようだ。
「ぐふっ、ぐふふ……」
「フサオさん、ちょっと気持ち悪いです。あ、気持ち悪い」
「敢えて二回も言わないで⁉ 確かに気持ち悪かったと思うけど酷くない⁉」
僕の情けない声に、ナナリーは口元を押さえて小さく笑った。むう、いかんいかん。一挙一動が可愛らしくてついつい目を奪われてしまう。
ここ三日間でだいぶ打ち解けた僕たちは(打ち解けたはずだとそう思いたい)、穏やかな毎日を送っていた。
三日前、鋼殻熊との戦いで死にかけたとは思えないほどに。
「腕はまだかかりそうだけど、肋骨の方はもう大丈夫そうかな?」
「治癒は続けてもらってるし、私の力じゃほんの少ししか治癒できま……できないし、完治とまでは言えないけど……」
「そろそろ歩いても問題なさそうかな……ん、歩く分には問題なさそうだ」
「だぁれが動いていいって許可出したかバカタレッ! 普通なら一月は安静にしとく大怪我なんだよ!」
ベッドから降りて、感触を確かめるようにゆっくりと歩いて、これなら大丈夫かなと頷いた瞬間、怒声と共に個室のドアが壊れるんじゃないかって程の勢いで開かれた。
びくん! と肩が跳ね上がった。僕より遥かに小柄なお婆ちゃんが老いを感じさせないしっかりとした足取りでずんずんと僕の方へと歩いてきたかと思ったら、身構える暇もなく尻が爆ぜた。
声にならない悲鳴を上げる。うまいこと傷に響かないよう、かつ尻に甚大なダメージを与えるこの一撃はお見事としか言いようがない。
「ナナリー! あんたもあんただよ! この馬鹿は隙あらば動こうとするんだ、パーティーならしっかり監視しときんさい!」
「も、もももも申し訳ありません!」
「まったく……かすり傷でピーピー泣きわめくより何倍もマシだけど治療するこっちの身にもなれってんだい。ああもうボサっと突っ立ってないでとっとと座りな。どうせあんたにゃ何言っても無駄だろうしね」
本気で呆れたようにため息を吐き、持っていた木の杖でぱしぱしとベットを叩くこのスーパーお婆ちゃんはこの治療院の院長、シアさんだ。
なんでも昔は凄腕の治癒魔法士として引っ張りだこだったらしく、治療の腕は文句なしで凄い。口よりも先に手が出るのは勘弁して欲しいけれど。
「……あたしゃ数えきれないほど怪我人を見てきたけどね、あんたみたいにここまで馬鹿げた回復力を持つ人間を見たことがないよ。肋骨はほぼ完治、潰れた内臓もほぼ再生済み、腕もあと二日ほどすれば元通りだろうね。あんた本当に人間かい? ここまで来ると魔物か始祖様くらいのもんだよ」
「人を化け物呼ばわりしないでください。シアさんとナナリーのおかげですって」
「いえ、私の力なんて回復薬より全然絶対確実に弱いですから……」
「あんた筋はいいんだから後は要領を覚えるだけさね。うちで働くってんならみっちり仕込んであげられるんだけどねえ」
「すみません……」
シアさんが僕に治癒魔法をかけながら心底残念そうにナナリーを見つめる。ナナリーも本当に申し訳なさそうに頭を下げていた。
ん、なんだろうこの空気。シアさんの意味ありげな視線はなんだろうか。それとなんでナナリーは微妙に赤くなって目を逸らすの。地味に傷付くからやめて欲しい。
それよりも始祖様とはなんだろうか。魔物と同系列で扱われているとなると、凄い存在なのだろうとは想像できるけど。
「とりあえずこんなもんかね。もう固定具も腹の包帯もいらないねえ」
「あの、シアさん。始祖様ってなんなんです?」
「あん? ああそうか、あんた記憶がないって言ってたね。始祖様はあたしたち人間の先祖様さ。神様が生み出した最初の人類、それが始祖様。今じゃもう風化しちまってる古い古い言い伝えさ。言い伝えによると始祖様は常識外れの生命力を持ってたって話さね」
「へえ……」
僕の世界で言う原始人みたいなものか、と感心して相槌を打つ。
そんな凄い存在のものと僕が一緒だなんて恐れ多い。僕はただの人間で、英雄だとか勇者だとかが持ってる素質なんて何一つ持ち合わせてない。
あるのは積み重ねてきた地道な鍛錬のみ。天才と凡人では埋められない差があるのを知っているからこそ、欠かさずやりこんできたものだけだ。
「これで良し、と。いいかい、まだ完治してないんだから無茶すんじゃないよ。特に腕はまだ重たいものとかを持たないこと。間違っても素振りとかするんじゃないよ? もし言いつけを破ったら治療費を二倍に増やして請求するからね。分かったかい? ナナリー、あんたもしっかり見張っとくんだよ 」
「は、はい!」
「さすがに何日も動かないと体が疼いて……いえ、なんでもないです」
「ほんとにわかってるのかね……ああ、そうそう。どうせ外に行くんならギルドに顔出しといで。クレイヴが報酬がどうとか言ってたよ」
「クレイヴさんが? 一体何だろ?」
ナナリーと顔を見合わせて、揃って首を傾げる。スライム討伐の報酬はとっくに受け取っているし、その報酬も治療費に消えていった。
幸い雑務とこなしていた時の貯金が少しあったので治療費が足りなくなると言うことはないけど、それでも手持ちは心許ない。
それを察してナナリーがシアさんの治療院の手伝いをしてくれており、治療費の負担を減らしてくれている。ほんの少しだけど報酬ももらえてるらしい。
何から何まで周りの人にお世話になりっぱなしで頭が上がらない。そのお世話になっている筆頭の一人であるクレイヴさんからの謎の報酬。
一体なんだろうか、と僕とナナリーは覚えのないものに首を傾げ、動けるんならとっとと出ていきな! 仕事の邪魔だよ! と尻を思いっきり叩かれて治療院を追い出されたのだった。
◇
ギルドは相変わらず人でごった返していて、見ているだけで人酔いしそうになる。ナナリーもあまり人混みは得意でないようで、少しだけ顔が強張っていた。
多種多様の人々が行き交う中、身に纏う装備の質の違いに毎回羨ましいなあとついつい眺めてしまう。前にそれが原因で揉め事が起こったこともあるので、ちらっと見る程度に済ませてはいるけど。
入り口付近でぽけっと突っ立っている僕たちに気付いた冒険者たちがおや? と何やら 色めき立つ。いつでもどこでも兜を被った変質者と、見目麗しい美少女が並んで立っているからだろうか。そんなことはない、ないと思いたい。
注目される理由がこれと言って見当たらず、ナナリーと二人で身を縮めて奥へと移動し、目当ての人物、もはや顔馴染みとなった完全擬態モードのルルさんのカウンターへと向かう。
どうやら向こうも僕に気付いたようで一瞬だけ眉根を寄せたが、隣にナナリーがいると気付くとにっこりと微笑んでくれた。いつ見ても完璧な笑顔に女の人って怖いなあと再認識してしまう。ナナリーは違うと思いたい。いや、思わせて欲しい。そのままの君でいて。
ナナリーに顔を向けてうんうんと頷いていると、ナナリーがどうしたんですか? と可愛らしく首を傾げた。
おっといかん、目的を忘れていた。ルルさんの顳顬辺りに青筋が浮かんできてるし、目が「いちゃつくなら他所行けや」と物語っている。
「三日ぶりです、ルルさん。クレイヴさんから報酬がどうとかって聞いてますか?」
「ええ、伺っております。鋼殻熊の討伐報酬及び、素材の受け渡しの件ですね。申し訳ありませんが、肉や内臓は腐りやすいと言うこともあり、こちらで処理させていただいております。では、鋼殻熊討伐報酬は銀貨十五枚です。フサオ様のタグをお借りしてよろしいでしょうか?」
「え、そんなに⁉ と言うか討伐報酬って、依頼受けてないですよ⁉」
「元々騎士団が請け負うはずのものをフサオ様が代行したので、その報酬だとクレイヴ副隊長より言伝を預かってます」
「……でも、あれはたまたまというか、まぐれというか、ええ……」
「ぐだぐだ言ってねえでもらえるもんはもらっとけよ。ナナリーちゃんだっけ? この子、あんたが助けたんだろ? ちょっとばっかし見直したぜ、フサオ」
言われて隣を見る。突然言葉遣いが変わったものだから驚いた様子でルルさんと僕を交互に見るナナリー。
僕が助けた。僕が守れた。あの時間に合わなかったら、彼女はこうして僕の隣にいなかったかもしれない。今こうして隣にいる、僕の初めての仲間として、ここにいてくれている。
それがなんだか無性に嬉しくて、笑った。
「……見直したと思ったらブヒブヒ気持ち悪い声で鳴きやがって。ナナリーちゃん、こいつに何かされそうになったらいつでもあたしに言ってね、半殺しにするから」
「え、あ、は、はい? 大丈夫です、はい。いえ、半殺しはその、困ります?」
「つか早くタグ寄越せよ。で、素材はどうすんだ?」
「どうするってったって、どうすればいいんです?」
「売るか素材を元に武器防具を作るかのどっちかだな。テレシアからもらったもんイカレちまってんだろ? ちょうどいいから装備新調したらいいんじゃね?」
新調するって言われてもそれすらわからない。隣のナナリーに助けを求めるも、ナナリーも知らないようで小さく首を横に振った。
「まあそうだろうと思って腕利きの職人を紹介してやるよ。もうちょっとしたら上がりだから向こうで待ってろ」
何がなんだかわからないまま話は進み、僕とナナリーは言われた通りギルドの隅っこでルルさんを待つのだった。
ちなみに待っている間、ルルさんがどんな人か聞かれたので答えに困ったのは言うまでもない。




