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奇面英雄  作者: 叢雲@ぬらきも
第一章 異世界への招待
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9

「あの……本当に申し訳ありませんでした。酷い怪我をしているのに、傷が開くような真似をしてしまって……」

「あ、いえ、すみません、気を遣ってもらって。えっと、大丈夫です。初級治癒術ヒールもかけてもらいましたし、もう痛みも引きましたから」

「私の力が足りなくて、申し訳ありません」

「ああ、すみません! そういう意味で言ったわけじゃないんです!」

「申し訳ありません……」

「いえこっちこそすみません……ぷふっ」


 ペコペコと交互に頭を下げる僕と修道服を着た女の子。何度繰り返したかわからないやり取りに思わず笑ってしまった。

 頭を上げると、ちょうど女の子も頭を上げたところだったのか、ばっちり目が合った。

 きょとん、と一瞬だけ綺麗な空色の瞳を丸くさせていたが、僕が笑った意味が分かったのか、彼女もくすりと小さく笑った。

 それがまた可笑しくて、僕と女の子は小さく笑い合った。素直に笑えたのは久し振りかもしれない。


「……私はナナリー・ルミアーデと申します。冒険者ハンターになって間もない私ごときの命を救っていただき、本当にありがとうございます。このご恩は、絶対に忘れません」

「僕はき……フサオ、フサオ・キワタです。別に恩を売るつもりでやったんじゃないので、大丈夫ですよ。僕が弱かったからここまでやられちゃった訳ですし、僕なんてまだ冒険者ハンターにすらなれてない、なんちゃって冒険者ハンターですから」

「そうなんです……えっ?」

「あっ」

「まだ仮登録なのに鋼殻熊ドルトガを? ……す、凄い! もしかして元王国騎士だったのですか⁉」

「え、いや、違います違います、そんな大層なものじゃないです。ちょっと剣ど……我流で鍛えてただけです。それより、その……仲間の方のことですけど……」

「仲間? っ、いえ、あのお二人は……違います」

「え……どういうことです?」


 まだ僕が仮登録であると言うことに凄い食い付きを見せたナナリーさんは興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせた。

 鋼殻熊ドルトガを倒せたのは本当に奇跡に近いし、もう一度同じことをやれと言われたら僕は間違いなく死ぬだろう。正直、何をどうやって倒したか記憶が曖昧なのだ。

 自分のことを上手く話せる自信がない僕は、咄嗟に話題を切り替えた。あまり触れない方がいい話題だろうけど、僕がもう少し早ければ助けられたかもしれない。

 そのことを謝らなければ、と意を決したのだけど、ナナリーさんが発した言葉に思わず聞き返してしまった。違うとはどういうことだろうか。一緒にいたのだから、仲間ではないのだろうか。

 僕がナナリーさんの言葉を待っていると、彼女は自分の体を抱くようにして震え始め、絞り出すような声で真相を語り出した。


「……私は見ての通り、半人前の僧侶クレリックです。癒す力も弱く、覚えている魔法も初級治癒術ヒールだけ。田舎から王都まで出て、貧困に喘ぐ故郷に支援金をと思い、冒険者ハンターになりました。ですが、現実はそう甘くありませんでした。私を雇ってくれる人などいるはずもなく、細々と生活するだけで手一杯でした。そんな時、あのお二人が声をかけてきてくれたのです」

「森の奥での採取を手伝って欲しいと、報酬として銀貨二枚支払う、あのお二人はそう言ってくれました。今思えば、どうしておかしいと気付かなかったのでしょうね。私はそのままお二人の後を着いていきました。これで故郷に少し仕送りができると、私は浮かれていたんです。森の奥に着くと、あの人たちは……」

「もういいです。すみません、辛いことを思い出させて」


 ぎゅっと強く肩を抱き、震える声で続けようとしたナナリーさんの言葉を遮った。ふつふつと怒りが込み上げてくるのがはっきりと分かった。

 死んで当然、とまでは言わないが、彼女に乱暴しようとした報いが来た、なるべくしてなったとしか言いようがない。

 重い空気の中、沈黙が続く。なんて声をかければいいか言葉が見つからない。

 何かしてあげられることはないだろうか。この世界の事をまだ何も知らない僕にでも、できることはないだろうか。


「あの……フサオ様」

「様なんてつけなくていいですよ。僕はまだ十六の若造なんですから」

「私の一つ上……なんですね。お声がとても落ち着いてらっしゃるから、もっと年上なのかと」

「良く老けてるって言われます。ナナリーさんも僕の一個下とは思えませんよ、もちろんいい意味で、ですけど」

「……お上手ですね、女性に慣れてるんですか?」

「まさか。そうだったらこんな兜つけてないですよ」


 こんこん、と兜を小突いて笑うと、ほんの僅かに笑顔が戻っていたナナリーさんの表情が曇る。

 何かまずったと悟った僕は慌てて次の話を切り出すしかなかった。


「えっと、僕について、クレイヴさんから何か聞いてます?」

「戦で酷い火傷を負って、記憶も失ってしまったと。だからそれは取らないでやって欲しいと聞きました」

「え、そんな重い設定? どうすんだこれ……」

「……申し訳ありません。気持ちの良いお話じゃないですよね」

「あ、いえ、お気になさらず。それで、さっき何か言いかけてましたけど、どうしたんですか?」


 予想の斜め上を行くクレイヴさんの設定にこの先どう誤魔化せばいいものかと口に出てしまっていたらしい。

 それを悪い方向で勘違いしたナナリーさんがどんどん暗い表情になっていく。これはいかんと早急に話題を切り替え、どうぞどうぞと手で先を促す。

 何か言いたそうにしていたが、僕がどうぞどうぞと急かすので言葉を飲み込み、そっと目を伏せた。数泊置いて、きゅっと唇を引き結び、何かを決意した瞳で僕を真っすぐ見つめてきた。


「フサオさ……フサオ、さん。私を、雇ってくれませんか?」


 突然の申し出に固まって言葉を失っていると、それを拒絶の意と捉えたのか、ナナリーさんが泣きそうになりながら言葉を続けた。


「命を救ってくださった恩人に恩返しがしたいのです。出来ることならなんでもやります。私を身売りして、奴隷にしていただいても構いません。だから」

「ちょ、ちょっと待ってください。落ち着いて、落ち着いてください。身売りとか奴隷とか穏やかじゃない単語が出てきてますけど、それってそういうこと(・・・・・・)ですよね?」

「……私はフサオさんが助けてくださらなければ、あの場所で死んでいました。だから、いいんです。私の命はフサオさんのものですから」

「ちょっと落ち着きましょう。はい深呼吸して。吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー」


 ぐっと身を乗り出して早口で捲し立てるナナリーさんは本気のようだった。

 少しばかり落ち着く時間が必要だと判断した僕は、ボロボロと涙を流すナナリーさんに深呼吸するように促す。

 僕も一緒に深呼吸して、濡れた瞳で、上目遣いにじっと見上げてくるナナリーさんの目を見て、気持ちを声に乗せた。


「えっと、一番言いたいことから先に言いますね。まずナナリーさん、僕が助けたかもしれませんが、人間に所有権とかどうとか、そういうの嫌いです。あなたの命はあなただけのものです。それに身売りとか奴隷とか、どういう扱いを受けるか詳しく知らないですけど、自由はないですよね? もっと嫌です。第一あなたがそんな目に遭ったらご両親はなんて思うんですか。誰が故郷に仕送りするんですか。もっとちゃんと考えてから言ってください」

「あ……う……も、もうし……」

「すぐ謝る癖、直した方がいいですよ」


 そこまで言い切ると、ナナリーさんは俯いて嗚咽を漏らし始めた。どの口がそんなことほざけるのか、と自分でも反省する。

 でもこうでも言わないと、彼女はきっと気付いてくれなかっただろう。命は一つしかないし、誰にだってあるもので誰のものでもない、自分のものなのだ。

 またも沈黙が続く。静かな嗚咽が聞こえる度に、胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。


「……ごめんなさい、言い過ぎました。それに、僕が言えた立場でもないのに偉そうにべらべらと……本当にごめんなさい。それと雇うと言っても、具体的にどうすればいいんです? パーティーを組むとかそういったのじゃダメなんですか?」

「―――え?」


 ぱっとナナリーさんが顔を上げた。流れる涙をそのままに、大きな空色の瞳を見開いて茫然と固まった。

 あれ、何か的外れなことでも言ったんだろうか。ナナリーさんの反応が読めなくて、つい僕は首を傾げてしまった。


「い、いいんですか? 私なんかが」

「良いも何も、こちらからお願いしたいくらいです。言っときますけど僕、まだ冒険者ハンターですらないんですよ? それに右も左もわからないド素人なんですから、先輩の助言を乞いたい所存です。ヘルプミーです」

「あ……ああ……」


 頭をつけるつもりで深々と下げた途端激痛が走った。そういえば大怪我してたの忘れてた超痛い!

 痛みに悶絶しながらもナナリーさんを見ると、両手で口を覆って感極まったようにまた大粒の涙を流し始めた。


「歳も近いようですし、お近づきの証ってことで気楽に話しましょう。敬語もやめて、友達として」


 こんな時にハンカチの一つでも持ってればスマートな男なんだろうけど、生憎と僕はこの程度の男だ。

 兜で表情は見えないと思うけど、僕は努めて柔らかく微笑み、すっと手を差し出した。


「僕の仲間パーティーになってくれませんか?」

「……はい……!」


 二つの手のひらが重なり合い、お互いの温もりが伝わり合う。ナナリーさんの握る力が強くて少し痛いけど、今はこのままでいいと思えた。

 こうして僕の異世界での長い長い旅の、最初の仲間が加わってくれた。

 ナナリーさんが泣き止むまでこうしてたいなあ……と少しだけ下心を抱いた瞬間だった。


「おーおー青臭い青臭い。おじさんまで恥ずかしくなってくらあなあ」

「ひゃあああああああ⁉」

「だからいるならいるって言ってくださいよもおおおおおおお‼」


 本日二度目となるクレイヴさんの横槍のせいで、僕はまたも赤っ恥をかく羽目になるのだった。


 



 【奇面英雄 第一章:異世界への招待 完】

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