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第九話 デートその1




 CDTの給料は割と高い。それこそ、今の給料だけで十分に家族が養っていけるぐらいにまで。ひょっとすると一般のサラリーマンより高いんじゃない?というぐらい高い。だからこそ、我が姉、蓮花もあれだけの金を持っていたのかもしれない。

 そんな大量に現金が入った財布を後ろポケットに入れ、俺はアパートの一室から外に出た。 


 日曜日。


八月の高密度太陽エネルギーは容赦なく道を歩く者たちへと降り注いでくる。その中に当然俺も含まれているわけであり、今すぐダッシュでアパートに戻りたいわけなのだが、約束ということもあり、その願いは虚しく熱い太陽の下で焼き消される。


 いつもなら日向ぼっこしていた猫もこの時期になれば一つ隣の民家の影で暑そうに寝転がっているではないか。

 そんな様子を見て苦笑しながら俺は電車へと乗り込む。車内は既に冷房がかかっているはずなのだが、人の多さにより虚しく暑い熱気が俺を襲ってきた。

 二、三駅目でやっと動くサウナから開放された俺は駅の入口で待っている一人の女性の元へとフラフラと歩いて行った。


「おーす、有紗」


「あっ、あはよう。千早君」


 約束の時間より十分前には来たのだが、どうやら彼女の方が一枚上手だったらしく、既に彼女は待機して俺を待っていたようだ。

 遅れてもないのに少し悪かったなと思いつつも彼女を見た。


 と、俺は驚愕した。

 一体何に驚いたんだという人が多いかもしれないが、大方予想はつくだろう。そう、有紗の服装である。 


 いつもなら堅苦しいスーツというイメージがあったのだが、今日の彼女は少しナチュラルにメイクをして来て、最近長くなってきた髪を後ろでひとつ括りにしている。服装もそこまで派手ではなく、白を几帳面としたワンピースの上から赤色の薄いカーディガンを着ている。


「む?女の子の服を見て何か言うことはないの?」


 いたらずらっぽく言う彼女に俺は慌てて「似合っている」と言ったのだが、「そんなありきたりな答えは聞きたくない。今日が終わるまでに感想を考えておいて」などという随分と酷なことを指示してきた。


「それじゃぁ、行くか」


「うん、そうしよっか」


 俺たちは駅から離れてショッピングモールへと向かう。やはり日曜日ということもあってショッピングモール内はかなりの人で溢れかえっていた。

 家族連れやお年寄り、学生たちの集団や若いカップルなどがよく見受けられる。俺たちは二階の中央広場よりのファンシーな店へと入る。


 若いカジュアルな服装のチャラい男が出迎え、ぐるりと中を一周する。

 店の中はその外見から分かるように男女のアクセサリーが並べられており、安いものから高いものまで色々なものが売っていた。


 正直、自分自身こういったものとは特別無縁というわけでないのだが、あまり興味を持ったことがない。

 だから、こういった場面では一体何を選べばいいのかサッパリ分からん。というのが俺の今の思いだ。


 このことをブチまけようと思ったのだが、隣に楽しそうに友人へのプレゼントを選んでいる有紗を見ているとなんだか申し訳ないような気がしてきて、中々言い出すことが出来なかった。

 三十分ぐらい見たのだがどうにも中々良いのが見つからず、次の店へと持ち越しになってしまった。


「別にあの店でも十分いいのあったんじゃないのか?」


「ええ?ホントに?私的にはもうちょっと・・・こう、シンプルなのでもいいんじゃないかなと。ジャラジャラあればちょっと邪魔になるから」


「まぁ、確かにそれは言えてるな」


 それから更に見て回ったのだが、どうにも有紗が納得するようなものはなく、お昼の時間になってしまった。

 俺たちは食事を取るべくレストランに入り各自注文をする。

 待ち時間になると有紗が話しかけてきた。


「ねぇ、千早君って一人暮らしなんだよね?」

「うー・・・ん、まぁそうだな。大学入ってからはずっと一人暮らしだな。そういう有紗もそうなのか?」


「うんうん、私は実家暮らしかな?家がここからちょっと近いからそこから大学に通ってたの」


「ああ、そういえば有紗は難関大学にいたんだっけな?大学辞めてこっち来て良かったのか?俺は特別何か優秀で、名門とは言えない二流の大学だけど」


 そう質問すると有紗は二、三度唸ってから口を開いた。


「私はね、狙撃手。スナイパーに憧れてたの」


「・・・・・」


「だから、スナイパーになれるという話を聞いて私は初めて親の言うことも聞かずに名門大学を辞めてやったわ!」


「自分で名門って言うなよ・・・まぁ、お前が自分で決めたんならいいけど。別に。その友達いう輩もお前の大学時代の?」


「あ、うん。そうなるかな。辞めた今でも友人たちとの交友関係は継続しているからね」


「ふむ、そういうものか。なら、いいんだけどな。ちょっとトイレ行ってくるわ」


「あ、うん。分かった」


 膀胱が少しばかり危険サインを出してきたので俺はサッとトイレへと向かう。スッキリして戻ってきたのだが、有紗に何かプレゼントでもしようかと思って帰る途中にブラブラと見回る。

すると、スヌーピーのネックレスがあったのでそいつを一つ購入して有紗の待つ席へと戻ってきた。


 すると、丁度俺が戻ってきたタイミングで注文しておいたナポリタンとペペロンチーノが運ばれてきた。パスタとパスタ。意外と食事面では彼女とは気が合うのかもしれない。


「そうそう、私の話の続きなんだけど、千早君は私に言ったよね?お前は何の為に戦うのか?って」


「ああ、そう言えばそうだな」


「私の原因はそこなんじゃないかなって」


 その言葉を聞いてパスタを絡めるフォークの回転が止まった。彼女は真っ直ぐに俺の目を見て言う。


「私たちには日本なんていう大きなものを背負う覚悟はない。けど、私はそれ以前にただ狙撃手になりたいという思いしかなかった。だから、私のAVSはグレちゃったんじゃな

いかなって思うの」


「ああ・・・なるほど。そういうことか?」


「?」


「有紗、お前の言うとおりさ。楠木穂乃果と話した時に、彼女はこう言ったんだ。『私たちの仕事は所詮は数字の羅列に過ぎないのかもしれない。だけど、この世界には数字を超える力があるということを、君は知っておいた方がいい』って。多分、俺たちとAVSはもっと心の奥深くの部分できっと繋がっているのかもしれない」


 そうだ。俺の中にだって姉を救うという漠然とした目標しかなかった。その為に一体俺は何をすればいいのかという目先のことが見えていなかった。

 先を見通すということは何事においてもとても大切なことだ。だが、それと同じくらいその先に行くべく今を、この一瞬を全力で生きるということも必要なのではないかと俺は思う。


 だから、未来の姉の為ということではなく、天宮有紗という少女の為に戦う俺の意志を感じとった俺のAVSが力を貸してくれたんだと。やっと今理解出来た。


「なるほど。それじゃぁ、有紗は何の為に戦うんだ?」


 興味がある。


 彼女にはそこに戦うだけの理由を見出したのだ。俺だけ言ったのに彼女だけ聞かないとなると、それはそれで不公平ではないか。

 そう思って聞いてみたいだのだが、何故だか彼女は急に頬を染めてモジモジし始める。

 ん?何か俺はマズイことでも聞いたのだろうか。いやいや、特別何かマズイことなどないはずだ。


「私はさ、千早君の為に戦うよ」


「・・・・・」


 俺の?


 一瞬その言葉を聞いて硬直する。彼女は言った。俺の為に戦うと。俺に彼女が戦うだけの理由を見出してしまったのだと。


「何故、俺の為に?」


「何の為に戦うのか。日本を守るっていうのは私はとても凄いことだと思うの。祖国を、故郷を守る為なら私は戦う。けど、それだけじゃダメだったんだ。私には私の隣で戦ってくれる仲間がいる。頑張れと応援して、そして自信を持って私に背中を預けてくれた仲間がいる。だから、その人の為なら私は戦えるなって、思ったの。それってさ、素晴らしいことだと思わない?誰かの為に全てを賭けて戦うってことは」


「・・・そうか。ふっ、そいつは光栄なことだ。お前がそれでいいっていうのなら、俺なんか十分に利用して構わない」


 こいつの支えになるなら喜んで支えになろうではないか。もう、誰も勝手に悩んで勝手にいなくならせはしない。

 巻き込んでしまう、なんてそんなの間違っている。そんな風に思うならそんな奴は友人でも家族でもない。


 友人なら、家族なら迷惑かけて上等。引っかきまわして、頭の中がぐちゃぐちゃになって、全てが終わった後に「ごめんなさい」じゃなくて「ありがとう」って言えばそれだけでお互い十分だ。


 変な風に取り繕って自分の中に抱え込み続ければいつかそいつは破産する。だから、そうなる前に誰かに頼ればいい。

 それでなんらかの負い目を感じるなら、次は自分がそいつの悩みを聞いてやればいいのだ。


 そうやって俺たちは生きて来たんじゃないのか?


 まるで自分自身に言い聞かせるように俺は自問自答する。


 あの時姉の変化に気づいていればこんなことになったのかもしれない。だから、今度は誰もいなくならないように。


「どうしたの?」


 俺の顔色の変化に気づいたのか、有紗はそんな心配するように声をかけてきた。


「ああ、何でもない。まぁ、兎に角、ちょっとばかしムズムズするのだが、お前がそれでいいならいいと思うぞ。戦う理由なんて人それぞれなんだし」


 そう言うと彼女は気恥ずかしそうに首を縦に振るのであった。


 それから食事を済ませた俺たちはまだ行ってないと思われるショッピングモールの端っこまで行き、有紗の友人へ渡すアクセサリーを購入した。

 あれだけ迷った割には随分と最後はてきとうに決めていたのは俺の見間違いだったのだろうか。


「それにしても、本当に俺なんかで良かったのか?もっといい適任の人間がいると思うんだがな」


「んー、そう言われればそうだけど、千早君ともお出かけしたいなって思ったのもあるしね」


「ふぅん、そういうもんか。それで、どうする?プレゼント買ったんならこれ以上は別に何もないわけなのだが?」


「うーん、そうだねぇ。なら、映画でも見に行かない?」


「映画か」


 確かに最近は忙しかったからなんにも見ていなかったな。


 俺は有紗の提案を了承して映画を見に行くことにしたのだが、流石というべきか。俺は

何かアクション映画てきなものが見たかったのだが、有紗が選択したのはCMでやっていた恋愛小説をそのまま映像化したものであり、若い男女が出会って恋をするというだけの随分とありきたりな設定の映画であった。


 だってそうだろ?イケメンと美少女が出会って恋して付き合って終了なんて何処が面白いんだか。


 と、我ながら自分も酷い考えの持ち主なんだと痛感した瞬間だった。

 流石にこのことは本人に言わず、無難に面白かったねと言った。


「あっれぇ?有紗じゃね?」


 などと言う俺にとってはあまりよろしくない展開が起こりそうな声が後ろから聞こえて来たのはショッピングモールの三階の本屋の前であった。

 有紗が丁度新刊を買いたいというので行ってみると、後ろからそんな声が聞こえてきたのだろう。


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