第八話 会議
何度かサーバーを経由しながら俺たちはロサンゼルスサーバーに来ていた。連続サーバージャンプは初めてのことだったのでやはり脳に少し負担がかかり、足元がおぼつかない。
日本内部でなら良かったのだが、こうして多国間になればなるほどその距離は長くなっていく。当然、こちらとしても面倒なことが多くなっていく訳なのだがな。
自立防衛プログラムである戦車が何両か展開しており、その隙間を埋めるかのようにアメリカ人のダイバーたちがAVSを展開して護衛をしていた。
ロサンゼルスサーバーなので仮にも敵の侵入ということはないかと思うが、それでも念の為なのかかなり厳重な警備体制だった。
エレベーターで最上階まで上がり、何人かのボディーガードを通り過ぎで一番奥の部屋へと入る。
会場には既に無数の各国の代表者らがおり、席に座っている者もいれば俺たちのように席を立って他の者たちと交流を広げようとする者がいた。
更に言えばその殆どが俺よりも少し年齢が高かったり、大人の雰囲気というのを醸し出しており、つい三ヶ月前まで大学生だった俺にとっては少し刺激的な場であった。
ここにいる各国のCDTは日本、アメリカ、ロシア、中国、フランス、ドイツ、イギリスであった。この七カ国がCDTだけでいう規模の中ではかなり大きいと言えるからである。
「あら、日本人ね」
そんな声が後ろから聞こえた。誰かと思って振り返るとそこには赤髪ロングのグラマラスな女性が立っていた。
程よい化粧に武器を持っていないことからこの人は何処かの重役だということを察すると直ぐに俺は背筋を伸ばして固くなる。
「そんなに固くしないでもいいのにね。初めまして、私はドイツ、ベルリンサーバーの支部長。メアリー・リゼグルドよ」
「自分は日本、京都サーバー悪鬼隊所属、浅間千早と言います」
やはり支部長であったか。つまり我らが本田仁支部長と同じ権限の持ち主。しかもドイツのベルリンと来たか。それ相当の権力の持ち主なんだろう。
だが、それにしても大して有名でもない俺なんかを何故気にかけて話をしに来たのだろうか。
「本田から話は聞いているわ。あなた、お姉さんの為にCDTに入ったんだって?」
「え、ええ・・・まぁ、そうですね。自分にはどうやら日本の為になんていう志はどうにも大きすぎて」
「へぇ、案外ちゃんと考えているのね。うんうん、関心関心」
正直にそう答えるとメアリーさんは納得したように軽く頷いてくれた。俺としても機嫌を損ねるようなことにならないで安堵した。
それから数度彼女と会話をしていると、どうやら今回の発端であるアメリカ人の男が前に出てきた。
トレードマークでありそうなメガネをかけた黒髪のアメリカ人はこちらをチラリと見てからここにいる全員に聞こえる声で言った。
「今日は緊急の用件で皆さんに集まっていただきありがとうございます。私はロサンゼルスサーバー、ガイ・ヒリアと言います。今回火急の件で集まっていただいたのは、以前から敵視していたテロ組織、フェンリルの所在が明らかになったものです」
ザワッと室内にザワめきが起こる。どうやら有名なテロ組織らしい。
「千早さん、フェンリルというのはここ二、三年で名を上げてきたテロリストです。構成員やその目的は不明ですが、各国のサーバーにちょいちょい現れて暴れているんですよ。実際、彼らに殺されたダイバーも少なくないでしょう」
「そ、そんな奴がいたのか」
各国に現れるということは日本にもいつ来るのか分からないということなのか。俺たちもうかうかしていられないのか。
「はい。フェンリルのリーダー、ジョン・スミコフは来る者を誰でも歓迎しているようなので、その規模は大規模なものとなっているんです」
「なんでそんなに膨れ上がるまでほっておいたんだ?」
「いえ、何度も部隊が送り込まれたのですが、厄介だったのは彼らのアジトだったんですよ。彼らの拠点は無法エリアにあると判明したんですが、千早さんも知っていると通り、
無法エリアはかなり広大なエリアにとなっているので、中々発見が困難だったんですよ。それが判明するのはかなり重要なことだと思います」
確かに、無法エリアはCDTはあまり手を出さない分、拠点にするのはもってこいと言うわけか。
テロリストは何処の世も頭が良いということなのか。
アメリカ人は続けて言う。
「しかし、敵の拠点発見と同時に我がロサンゼルスサーバーでは既に多数の死者を出しています。そこで、我が精鋭部隊を中心としたフェンリルの大規模討伐合同作戦をここに提案したいと思っています。彼らの規模はここ最近でかなり大きく膨れ上がっています。そう簡単には見つからないダイバーがあちらにはたくさんいるわけなので、ここで彼らを叩かないと我々はとてもじゃありませんが、防戦一方をすることになるでしょう」
精鋭部隊ねぇ。
「質問一つ」
すると、紳士のような男が一人立ち上がった。
「今、先ほど我が精鋭部隊を中心としたと言いましたが、貴君らが何故今回の作戦指揮なのですか?」
そう俺も少し気になった。
我が精鋭部隊というのはアメリカの部隊。つまり今回の作戦は立案者であるアメリカを中心とした作戦行動になる訳なのだが、そこで発生するのが戦果の問題であろう。
全ての作戦がこちら側の通りにいくとは思わないが、それでも各国に被害を出しているフェンリルというテロ組織に対して皆が平等の関係の後倒したいというのは誰もが思うことではないのだろうか。
それとも、大国アメリカがこれに成功して更なる増長を見せるのが嫌なだけなのだろうか。そこまでいくと俺でも個人の問題だっ!となってしまうが、それでもアメリカが立案した作戦に全てを任せるというのは些か難しいのではないかと思う。
そうこうしているうちにアメリカが口を開いた。
「いやだな。英国紳士の方は我が国が一年でどれだけテロ被害にあっているか知らないんですか?」
少し皮肉のように言う。
我々は過去何百回もテロと戦っている。ここは黙って指示に従ってもらう。そう言っているのだろう。
俺がインストールしたこの翻訳プログラムは電脳世界ならどの外国語でも全て日本語に変換して聞こえている。だから、プログラムがどう解釈しているかどうか分からないが、それでも今のアメリカ人はそれを出来るだけオブラートに包み、そして真意が相手にワザ
と聞こえるようにしたのだ。
ったく、性格がこの上なく悪いな。
「っ・・・・だが、我々としても君たちの立案した作戦を全てを委ねて大事な部下たちの命を危険に晒すわけにはいかないのだよ」
「何を言いますか。テロとの戦いは常に危険が付き物。それはあなた方もご存知のことではありませんか。それに、何も全て我々の指示で動けとはいいません。作戦を成功させる最低限のことさえ抑えてもらえれば、我々としても・・・皆さんとしても悲願のフェンリルを討伐することは特に問題はないのではないですか?」
一旦間をおいて更にアメリカ人は続ける。
「今回の作戦で多数の被害が出るかもしれません。しかし、それは我々がそれだけのリスクを負ってでもすることではないのですか?」
そう、結局のところは敵の拠点情報を知り得ているのはアメリカなのだから、これに参加しないという選択肢はない。参加しなければしなかったで次回からのこの会議における発言力は一気に低下するだろう。
アメリカとのではなく、この作戦に参加した国とだ。
更に言えばテロリストを一サーバーで攻撃するよりかは他国からのサーバーから同時に攻撃にした方がリスクとしてもかなり軽減されることになるだろう。
「それでは、この作戦に参加しても良いという方は挙手をお願いします」
結果論で言えばやはり我が京都サーバー、本田仁は手を挙げる以外の選択肢は持ち合わせていなかったようだ。
その後、作戦詳細は後日送るということでCDTの緊急会議は幕を閉じた。会議の後はそれぞれで話を持ち寄ったり、これでテロリストを倒せるなどと喜んでいる者もいれば、先ほどの男のように何か疑惑を持ち続ける輩も少なくなかった。
俺自身もあの内容がどこまで信用出来る内容なのか分かったものではないと、内心では疑いも抱いている。
が、末端の俺がどうにかなる問題ではないと悟り、本田支部長とともに直ぐにその場を後にした。
「そう言えば、ジョン・スミコフってどんな人物なんだ?」
不意に俺はその名を聞いてみた。すると、前を歩いていた礼は一言。
「ただの革命家ですよ」
CDT京都サーバーに戻ってきた俺はやはり連続サーバージャンプを受けたことにより気持ちが悪く、三時間ぐらい寝てから帰ることにした。
明日は休みということもあり、明日は何をしようかと色々と考えながらビルから出る。外は七時だというのに相変わらず明るく、ムシムシした熱気から開放されて少し涼やかな風がビルから出てきた俺を迎えてくれた。
「あっ、千早君。今帰り?」
そんな自分の名前が後ろから聞こえてきたので、振り返ってみるとスーツ姿の有紗が
いた。シャワーでも浴びた後なのだろうか、ほんのり顔が赤い。どうやら緊急会議が終わった後にもダイブして訓練していたようだ。
「今帰りだ。お前は今の今まで訓練なのか?」
「うん。前にあったあの感覚を忘れたくなくて」
二人して自然に並んで歩き始める。
「会議の後なんだから、そのくらいゆっくりしても良かったんだが・・・真面目というかなんというか。あんまり追い詰め過ぎると、あんまり良くないぞ」
「えへへ、千早君に心配されるなんてなんか嬉しいね」
彼女は微笑みながらそんなことを言った。
「おいおい、あんまり変なことを言うなよ。思わず惚れちゃうだろ?」
「へぇ・・女の子にあんまり興味ないもんだと思ってた」
「俺はゲイじゃない」
全く、この女は一体俺をどういう眼で見ているというのだ。いや、俺だって女性には興味あるよ。そりゃ・・ね。
高校生の時だって可愛い彼女いたし、大学だって可愛い人いたけど、姉が倒れたとなるとそんな暇なくなって来たからな。
不意に無邪気に笑う彼女を見て、少しドギマギしたのは特別誰かに言うほどのことではないと判断した。
「あっ、そう言えば明日って千早君暇?」
「明日?そう言えば休みだけど・・・ああ、特に何もないと思うぞ」
そう言うと彼女はニコッと笑いながら耳元でこういうのであった。
「明日はどっか行こうよ」
と、彼女は言った。
「どっかか・・・具体的には何か考えているのか?」
「うん、今度友達の誕生日だから買い物に付き合ってもらえないかなぁ・・・と」
と、言われたのだが男の俺よりも別の女友達でもいいんじゃないのか?そう思っても仕方がなったが、どうせ明日はゴロゴロする予定だったので俺は了承した。
「それじゃっ、また連絡するね。さよならっ!」
明日の買い物が楽しいのか、それとも俺が了承したことが嬉しいのか。そのどちらか分からないが、彼女は元気よく手を振りながら去っていった。
いや、きっと前者であろう。
俺はそんな後ろ姿を見ながら手を振る。オレンジ色の夕日が俺を照らす。何故頬が赤いのかは、きっとそのせいだ。