第六話 戦う理由
「さてと、そろそろ先輩たちと合流した方がいいと思うんだがな」
「う、うん。私もそう思う。悔しいけど、私たちだけじゃダメみたい」
そう項垂れながらそう言った。その通りだ。俺自身、今のように上手くいかないかもしれない。それに、有紗は明らかに戦意を喪失しているから。
『千早さん、工藤隊長と七宮さんは現在第八区画にて敵の第二陣と交戦中です。移動するなら手短にお願いします。どうやら敵の動きがおかしく、前衛部隊を無視してこちらに向かっているようなんですよ』
「こっちに?」
『はい、なので速く移動をお願いします』
「わ、分かった」
その通信を聞いた俺と有紗は急いでその場から離れていく。同時にまだ戦いは終わっていないのだと感じた。
遠い向こうでは引っ切り無しに爆音や激しい戦闘音が聞こえて来る。危なく、自分の中で勝手に終わらせてしまったような部分があったので、再度気を引き締めて走り出した。
俺たちが大通りにでて奥で戦闘している工藤隊長と七宮先輩を発見した。
直ぐに合流しようと思ったその瞬間、隣のビルを破壊して巨大な四足歩行のロボが出現した。俺たちを発見するなり、両手で殴りかかって来る。
「っ!大きすぎるだろうが!」
あんなものをまともに食らってしまえば、俺なんかは一発KOで沈んでしまう。そうなる前にどうにかしてこいつを倒さないと。そう思いつつも攻撃を仕掛けるが、予想以上に硬く、簡単に弾き返されてしまう。
力任せでは倒せそうにない。
「千早君!私に任せて!」
そんな声が俺の耳に入って来た。見れば有紗が離れた場所からライフルを構えてロボを狙っている。
「・・・・分かった!頼んだぞ!」
彼女に向かって俺は精一杯そう言った。
私は初めて挫折を味わった。それは、今まで何でも努力でなんとかして上手くやれていたからだ。
学校でも猫を被って先生にいいように思われたり、別に好きでもない相手にだって愛想振りまいたりなどして周囲からの好感を上げていた。
だから、何でも出来ると勘違いしていたことがあったのかもしれない。けど、それ以上に私は一番大切なことを忘れていた。
必死になり過ぎて見えなかったのだ。
この三ヶ月間。只管、私は引き金を引いたが的にこの弾丸が命中することはなかった。それでも、私は撃ち続けた。
何故?
才能がないなら諦めてしまえば良かったのに。逃げれば少なくとも私の心は救われるのに。
『お前は何の為に戦う?』
そう千早君に言われた時、私の心は止まった。だって、私はただそう成りたかっただけだから。
何を持って、何を成し得るのか。
一発目。弾丸はロボの顔面にヒットしたが大したダメージは与えていないようだ。何処か、何処かに弱点がある筈だ。と、スコープで確認した時にロボの首の装甲が薄いように
感じた。
私は決して強くはない。それは精神面というものでは脆く、割と深くまで落ち込んでしまうことがあると自分でも理解している。
それでもそこは自分自身の努力で挽回したりして補ってきた。けど、今日は違う。自分の努力ではどうにもならないことが目の前に立ちふさがっている。
それを超えて私は初めて強くなれる。物理的なことじゃない。だって私には信じてくれる、隣で戦ってくれる仲間がいるから。千早君、あなたがいてくれたから!
この思いを弾に込めて!
私は力強く引き金を引いた。離れた弾丸は私の思いに答えるように直線を描き、装甲の薄いロボの首を貫通した。一撃で伝達系回路を切断してしまったのか、その一撃でロボはそのまま動かなくなった。
「・・・私」
その光景を自分が作り出してしまったことに少し高揚した。私にも力がある。私にもあの背中を守れる力があるのだと。
私の情報処理能力は普通らしいが、どちらかというと前衛でバリバリ処理していくよりかは後衛で仲間をサポートする方が向いているらしく、私自身もどうもそちらの方が好きだ。
「大丈夫か?」
倒れたロボの方向から千早君が走って来た。三ヶ月間、彼とは特に何か親しげなことがあったりなど特にはなかった。けど、それでも一緒に戦ってくれると言った。
だからこそ、私は思った。彼なら二足歩行で歩んでいけるのではないかと。
「問題ないよ、ありがとう。千早君」
私がそう言うと彼は微笑みながら軽く首を縦に振った。
『順調のようですね。そろそろ隊長たちの状況も変わってきそうですね。敵の漏れてきた輩は大方倒せたようです』
「分かりました。私たちも隊長たちと合流します」
それから十分後に今回の戦闘は終了した。俺とアリサの初陣撃破スコアは決して良いとは言えないものだったが、無事に帰ってきただけでも新人には賞賛に値するものらしい。
そこは素直に喜んでおいた方がいいのかもしれない。
それに俺も有紗も初陣のおかげで実戦での感覚が掴めた。ただパワーゲームで戦うのではなく、もう少し落ち着いて簡単に考えればいいのだと。
あまり考え過ぎると逆によくないってことを。
「お疲れ様です、千早さん」
目が覚めると礼の顔があった。その顔は少し安堵したような表情であった。
リンクチェアから降りる。体が全身が少し熱く、かなり激しい戦闘をしたせいか頭がやはり気怠い感じは取れない。
「っ・・・も、戻ってきた」
すると、隣で横たわっていた有紗が目を覚ました。やはりその顔は良いものとは言えないが、徐々に明るい雰囲気に戻っていた。
余程自分のおかげで敵を倒せたことに喜んでいるのであろう。なんだか無邪気で可愛らしく思える。
「っし、取り敢えず俺はシャワーでも浴びてこようかな」
「分かりました。事後処理は私はしておくでの、ゆっくり休んでください。今日はよく眠れそうですね」
俺は苦笑しながらルームを出て行く。やはり夏ということもあり、体は少し熱い。しかし、そんな火照った体を冷ますかのように汗も流れているので、少々肌寒かった。
シャワーを浴び終え、俺は食堂で空っぽの胃を埋めるようにカレーを食べていた。少ししてシャワーを浴びてきた有紗が俺の前にトレーを持ってきて座った。
「お疲れ。今日は大変だったね」
「そうだな。今日は・・・ホントに疲れた。けど・・なんつーの、俺はやるよ。覚悟としては甘いのだろうが、そんなの関係ないな。やれることをやるだけ」
「そっか・・・」
彼女は口元まで持ってきたスプーンを一旦下げて真っ直ぐ俺を見て言った。その瞳は酷く美しく、何か意を決した綺麗な眼だった。
「私もやることにした。どうやら、隣で一緒に戦ってくれる人がいるから」
彼女は俺を見ながら得意気にウインクした。俺が言った恥ずかしいことを蒸し返してくるのはなんだかこちらとしてもムズムズする気持ちなってしまったのだが、自分自身は何も嘘は言ってない。
「そうだな。まぁ、一緒にがんばろーぜ」
俺は彼女に向かって拳を作って向けると、彼女も拳を作り、コツンと当ててくれた。
それから十分ぐらい無言でカレーを食べていた。なんとも気まずい空気がその場に流れている。
確かに彼女とは同年代らしいのだが、同年代だからこそ喋れないものだってあるじゃな
いか。そうこうしていると、彼女は思い出したかのように俺に聞いてきた。
「あっ、そういえば千早君に聞かないといけないことがあったんだ」
「ん?俺にか。ふむ、特にこれといって答えられそうなワードは持ち合わせていないのだがな」
「ああ、うん。大丈夫。ちょっとした質問だから」
「質問ね。なるほど。ほら、言ってみろ」
「なんでそんなに偉そうなの・・・まぁ、いっか」
少し呆れた声で言いながらも彼女はその言葉紡いでいく。
「えっと、千早君はさ。何の為に戦うの?」
「何の為か・・・」
何の為かと言われれば迷わず姉の為にと言うだろう。日本の未来の為などというどデカイ目標を背負えるほど俺は強くはない。
だから、あの時の俺の気持ちを素直に言えばいいのだ。
「有紗の為だ」
「・・・え・・・えぇ!?」
と、彼女は頬を染めながら驚く。
「おい、何故そんな驚く。正直な、俺は日本の為なんていうそんなものは大き過ぎて背負えない。俺には姉さんを助けるという目標もある。だけどな・・・あの瞬間はお前の為に戦おうって決めたんだ」
「・・・・・・・」
「一緒に戦うって決めたからな」
彼女の言葉を反復するように俺は軽くウインクした。
「じゃぁ・・・これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
何故か顔を赤くする彼女であった。