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第五話 弾丸




「時間か・・・」


 八月七日。その日はかなり暑い日だったのをよく覚えている。だが、電脳世界はそんなことは関係なく俺達が戦いやすい環境下だった。

 まず手渡されたのは膝に丁度当たる程度のフード付きの黒のコートであった。


「はい、これが私達ダイバーが戦闘する上での戦闘服のようなもの。これである程度のダメージも緩和されるはずだから。まぁ、ないよりかはマシね」


 そう言って工藤隊長から手渡されたコートを着る。材質も良く肌触りもいい。大して戦闘に差支えはないだろう。


「有紗、大丈夫か?」


「あ・・うん。問題ないよ。なんか、ごめんね。この三ヶ月間全然いい成績が出せなくて」


「いいさ、別に。その分は皆でカバーし合えば問題ない。だからさ、あんまり無茶するなよ?」


 俺がそう言うと彼女は黙ってコクリと頷いた。


『それでは、悪鬼隊には先ほど侵入してきたウイルスの撃破を行ってもらいます。敵は第七区を進行中。絶鬼隊及び蒼鬼隊が応戦中です。我々のミッションはその取りこぼしの排除になります』


 確か戦闘エリア内では緊急脱出と呼ばれる命に危機に瀕した場合に発動する緊急離脱装置がある。これはこのCDTが作った電脳世界でなければ発動しない装置だがこれがある限りは死ぬことはない。


 だが、緊急脱出が敵のジャミングだったり妨害工作により発動しない場合もあるので油断はするな。とのお達しだ。まぁ、信じられるのは己の力と仲間のみということだ。

 それもその通りであろう。臆して敵前逃亡などしていられては守る側としても話にならない。


「まぁ、二人共。これが初陣になる訳なんだけど、気軽にいこう。あんまり緊張していると出せる力も出せないから」


 そう工藤隊長がアドバイスしてくれた。やはり年上、先輩、隊長ということもあってその言葉に重みを感じる。体がさっきから震えるんだよな。


 武者震いなのか、緊張なのか、それとも単純に恐怖を抱いているのか。その全てなのか。どれか分からないが自然と手は震えている。息をするかのように、自然体だった。


「私もだよ」


 隣にいる有紗がそう言った。彼女の持っているライフルがさっきからカタカタと音を立てている。それは彼女が震えているからだと気づいた。

 そのことに気づいたのか、彼女は口を開く。


「私もさ、三ヶ月頑張ったんだけど結局成果なんて一つも出せなかった。憧れていたスナイパーになれたっていうのに何も出来なかった。酷い話だよね、一番なりたいもののチャンスがあるのに私には結局その才能はなかった」


 彼女が、有紗に狙撃手としての才能がないのは俺も知っていたことだ。いつも訓練後の彼女のスコアを見ていたから。そして、彼女がそれで悩み苦しんでいたことも俺は知っていた。

 だからこそ、俺には彼女にかける言葉がなかった。頑張れなどという人任せの言葉に頼りたくはなかった。


「・・・悪いな。こんな時、慰める言葉を俺は持ち合わせはいない」


「・・・・・」


 彼女は何も答えない。


「だけどさ、何も言えないけど・・・一緒に戦えることは出来るよ」


 そう言うと有紗はハッとしたように俺の方を向いた。その顔は今にも泣きそうであったが、それ以上に何か希望を見出したようなものだった。


「ありがとう、千早君と会えて良かった」


 彼女は微笑みながらそう言った。

 戦闘が開始されたのはそれから五分後のことだった。有紗は指定されたポジションへ行き、俺と七宮先輩、そして工藤隊長とが向かってくる敵に向かって大通りで待ち構えていた。


 三百メートル離れた地点に突起を生やした球体が浮遊していた。中心には何やらギョロギョロと嫌な瞳がこちらを見ている。こちらを確認するなりその球体はこちら向かって突撃してくる。


『敵はB-TY7。数は二十。中国製の一番多いウイルスですね。所詮はコピーのウイルスですがその突進は正面からは厳しいです!』


 なるほど、真正面から受けるのは相当厳しいと言うわけか。出来るなら初撃を避けて背中をバッサリやるのが一番いいのだろうが、どうにも数が多い。

 今は七宮先輩と工藤隊長の戦いを参考にするのかもいいか?

 敵の突撃に対して七宮先輩は走り出す。右手に持ったレイピアを構え、さきほどの警告を無視して正面から貫いた。


 っ!なんてことをするんだよ先輩。正面からの攻撃は無理だっていうのに・・・やっぱりこれが差なのか。当然、三ヶ月程度で埋まる訳もない。

 今度は工藤隊長の方を見た。その手には一本の槍がある。隊長は槍を構えて走り出すと正面一体目を踏み台にして遠く上へと上がる。


 それをチャンスと見たのか他の球体が上空へと集まっていく。


「隊長!」


 が、その瞬間隊長は地面に向かって槍を投げる。それは一線の光となり地面へと落ちていく。そう、敵を巻き込みながら。

 槍が地面に直撃する頃には周辺にいた全ての敵がボロ雑巾のように道路に転がっていた。

 さながらそれは我が隊の名、悪鬼の如く。俺がその二人の間に助太刀する場所などありはしなかった。


 ただ俺はそれを見ていることしか出来なかった。


『千早さん!正面来ます!』


 礼の声で俺は正面から突撃している敵に気づかされる。直ぐに刀を構えて迎撃に移る。すると、一発の弾丸が敵近くの地面に着弾した。


 今のは有紗か?あいつ、やっぱりテンパっているな。もうちょい落ち着いていけよ。

 正面からの突撃を大きく横にジャンプして攻撃を回避する。空中で体勢を整えるとそのままの状態で着地し、同時に攻撃後の硬直で止まっている敵の側面にある突起物を切断する。


 っ!本体まで攻撃が届かない。だが、次の一撃で仕留める。

 そう意気込んで俺は敵と対峙する。どうやらこいつをプログラムした奴は相当性格が悪いのか、敵は一本角を無くしただけでは諦めることはないらしく、こちらに向かって突撃して来る。


 すると、また近くに弾丸が着弾する。一瞬それに気をとられていたせいか正面から敵の突撃をモロに受けてしまう。衝撃と同時に俺は大きく後ろに飛ばされ、ビルの壁に叩きつけられた。


 痛・・・なんちゅう一撃だ。まともに受けてなんていられないぞ。


『だ、大丈夫ですか!』


「あ、ああ。問題ない!」


 だが、先輩方はあれを簡単にやってのけた。俺があの程度に到達するには一体どれほどの時間を有するのかは分からない。今はまだ・・・・・これでも。

 敵に向かって走り出す。


 つい三ヶ月前までこんなことが実際に起こっているなんて思ってもなかっただろう。いつも通りに朝起きて、いつも通りに講義を受けて、いつも通りのそんな日常を過ごしていたに違いない。平和で何もない普通の生活を送っていただろう。

 そして、姉の蓮花は絶対に目を覚ますことはない。俺は姉の真相を知らずにずっと生きていたに違いない。


 運命という言葉は使いたくはない。だが、これはある一つの定めなのではないかと思う。いつまでもくよくよしてはいられない。姉を救うという目標がある以上はどんなリスクでも背負う覚悟はある。


 自分でもそこまでの覚悟があるのかどうかは本当には分からない。だけど、いつか必ず姉を助けたい。この思いだけは本物だ!


 大きくジャンプして刀を振り上げる。そのゴツゴツした球体の表面は分厚い装甲盤である。通常、リアルであればこんなちんけな刀の刃がこの装甲盤が斬れるとは思わない。だが、ここは電脳世界だ。

 やれないことだってやってのける!


 ガッと刃が装甲に入った瞬間俺は大きく後ろへ衝撃とともに弾かれてしまった。


「なっ!冗談キツいぜ」


 くそっ!なんで刃が入らない。スペック上はこのAVSの方が強力なはずだ。まだ、俺がこのAVSを扱いきれてないっていうのか?一体、一体何がダメだっていうんだよ!

 次の突進を刀を盾として受けるがその衝撃が凄まじいもので大きく体が揺れたと思ったその瞬間、二度目となるビルの壁に激突した。


衝撃が背中を通じて体全体に広がり、それを追うように体が悲鳴を上げる。冷たいコンクリートの地面に頬が触れる。もう何がなんだかよく分からない。相手が予想以上に強かったのか、それともただ単に俺がまだ弱いのか。

 その正確な答えまでは分からない。もしかすれば、敵が予想以上に強く更に自分自身の力不足なだけかもしれない。

 だからこそ、悔しかった。必死で鍛え上げた三ヶ月間がまるで無駄だったかのように。 


「くそ・・・が・・・んだよ、これ」


 クソゲーじゃねーか。セーブもロードもなし、過ぎてしまえば後戻りは一切出来ない。


「千早君!」


 そんな声が横からした。見ればライフルを両手に持った少女が一人こちらに向かって走ってきている。

 ダメだ・・・今のあいつにこいつは倒せない。


 必死にそう叫ぼうとするも激痛が体中を走り回り、それどころではなくなってきた。

 電脳世界だというのに不思議なくらいリアルに似ている。冷たいコンクリートの床や無機質なあの敵にも現実的な何かを感じてしまう。


 そして、とうとう有紗が俺の前にやって来た。この距離なら外さないと思ったのだろうか、持っているライフルを敵に向け、引き金を引いた。だが、弾丸は敵の斜めに当たるとそのまま上空へと弾かれてしまう。


「嘘・・・当たったのに」


 あの丸い表面が有紗の放った弾丸を空に向かって逸らしたのだろう。だが、それは今まで必死に頑張ってきた有紗の心を折るには十分だった。


「はっ・・はっはっはっ・・何これ。スナイパーとか、バカみたい」


 ブツブツとそんなことを口から漏らしながら有紗は地面に尻餅をつく。ライフルは既に下ろされ、戦意すら彼女からは感じられなかった。


「おい、有紗!逃げろ!」


 その必死に叫んだ声は虚しく、有紗はそのまま動こうとしない。


「違う・・・違う、こんな筈じゃない!私がこんなところで死ぬなんてありえない。一体どうして!」


 少し錯乱状態になっているのか有紗は何やら叫び始める。それは彼女自身の本音であり、今まで心に留めていた叫び声だ。


「どうして!私は現実だったら勉強も出来て運動も出来る!なんで私なんかが!こんなところで!」


 今まで上手くいってきた人間は一回の挫折で心を折る。それは心を折ってしまった後の処理が出来ていないから。彼女の場合はもっと悪い。

 天宮有紗という人間はとてつもない努力家なのだろう。それはこの三ヶ月間見ていた俺でも分かる。毎日、ひらすら引き金を引く。何故当たらないのか調整しながら何度も何度も撃つ。


 きっとリアルでも自分が掴み取りたいものはなんでも努力して手に入れたのだろう。だからこそ、この努力が報われない瞬間を彼女は何よりも嫌う。

 自分自身は決して努力家という訳ではない。中学や高校のテストだって赤点ギリギリだったりする時もあった。 


 だが、俺も彼女と同じように自分で欲しいものは自分の力で手に入れてみせる。それは決して他人から与えられるものではないから。

 それで身が削れるなどそれこそ本望だ。


 だけど、そんなことは関係なしに目の前で仲間がやられるのはどうにも我慢出来ないようらしい。痛みなど考えるより先に体が息をするように自然に前へと出た。


「千早・・・君」


 弱々しい女の子の声。

 俺はこの子の力になりたいと思った。それは同情ではなく一つの気持ちとして。確かに可哀想という感情が中には入っているのかもしれない。意識などしていない深層心理の中にそんなものは隠れているのかもしれない。


 決して数字じゃ表せない。


「有紗、俺たちは自分が思っている以上に可能性の問題なんだ。お前自身に何があるのか、そんなものは俺には分からない。だけど、お前は何の為に戦うんだ?」


 そうだ。日本を守る。そんなものは所詮は建前に過ぎない。もっと皆の心の支えになっているのはそんな大きなことじゃなくて小さくて個人的なことだ。

 俺だってそうだ。俺は姉の蓮花の為に戦う。いつの日か無法エリアに侵入して彼女を救うという。何処までも短絡的で単純な願いだ。


「私は・・・」


 ――――何の為に戦うのか。私は一体何の為に。


 敵はその体をこちらに向けて飛ばしてくる。突起物の一つを俺が切り落としたが、その姿から十分にその敵の恐ろしさは分かる。

 モーニングスターのようなものを想像させるが、実際はそんな生易しいものではないだろう。自由自在に飛んでくるモーニングスターなど聞いたことがない。


「お・・・おおおおおおおおっ!」


 刀を上段に構えて敵の突進を正面から斬る。黒の刃と分厚い丸い装甲が衝突した。何故あの時刃が敵を通らなかったのかは俺には全く理解出来ない。

 それでも敢えて正面から斬り込んだのは何か勝算がある訳でも、弱点を見つけた訳じゃない。

 その時、俺は頭の中で攻撃のことなど考えていなかった。

 考えていたのは俺が何の為に戦うのか。

 姉の為に戦うということは間違っていない。最終的には無法エリアに侵入して調査したいのだから。

 だけど、この戦いは。この戦いだけは後ろにいる不器用な女の子の為に。真っ直ぐで努力家の君に。


 勝負はその一瞬でついた。

 黒い刀が敵の装甲盤を切断した。回線を切断したのかバチバチと電気が漏れる音がしている。

 体を真っ二つに引き裂かれた敵はそのまま地面へと落ちるが地面に衝突すると同時にその破壊された機械の体は炎上してしまう。

 刀を杖代わりにして自分自身の体を支える。自分の体を褒めるように膝を数度撫でる。


「はぁ・・・はぁ・・・やった、やってやったぞ」


 再び柄を握り締める。AVSはそんな俺を嘲るようにその刀身をギラつかせる。

 達成感と同時に振り返る事の出来ない世界へと踏み込んでしまった自分自身に少しだけ後悔を感じる。

 後悔?何故、何故そんなことを感じる。甘くみていたからか?こんなことは分かっていたことじゃないか。 


 不意に柄を握り締めている反対側の手が微かに震えていることに気が付いた。


「ああ、なるほど」


 そうか。俺は怖いのか。これから起こり得る未来に対して不安という解決しようのない気持ちを抑えることが出来ず、こうして手が震えているのか。

 覚悟もなく俺はこの話を承諾した。


 俺は・・・・。


「千早君」


 すると、震えた手を誰かが握り締める。それが彼女だというのに気付くのは直ぐに察した。温かく、柔らかく、スベスべしている。やはり男のゴツゴツとした手とは大違いで、女性の手だ。


「ありがとう、有紗」


 リアルとは違って俺たちの体は電子体で出来ている。偽りの体でもあるが、そこには確かな温もりとリアルと同じ人間らしさを感じた。









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