第十二話 戦禍
無法エリア 第七十区
『クライシスリーダーより各自へ。我らはこれよりフェンリルが拠点としている第八十六区にあるビルに向かって突撃し、その隙に奇襲部隊が背後から敵を襲う。猿でも分かる簡単な作戦だが、我々の働き次第ではどうなるか分かったものではない』
『配置としてはロンドンサーバー全ての部隊がB-67地点にて砲撃陣地を構築。我らクライス隊、トマホーク隊、ルクス隊、ホルス隊は敵前方より接近してくる敵攻撃部隊をロンドンの支援部隊と一緒にこれを叩く』
『敵が大きくこちらに戦力を傾けたところで、こちらの待機していた部隊が合流してくれる。同時に背後から迫っていた部隊が敵拠点を奇襲。前に攻撃が集中してさえいれば背後の接近に気づくことがあっても、戦力をまわすことは難しいと思っている』
『なぁに、アメ公どもと合流する前にこちらで全て狩ってしまえ』
自分の言うことを全て言うと改めて椅子に座り直す。周りには部下たちが俺のことをジッと見つめているが、これ以上何か彼らに言えることはない。
彼らはつい三ヶ月前にこちらに来たばかりのヒヨっ子が多いが、実戦はそれなりに積み重ねており、経験としてはまずまずと言ったところだろう。
この戦いを超えて彼らとしても一人前の兵士という自覚が生まれるものだと俺は確信している。
クライシス隊は俺を含む全三十名と特別多い部隊へと編成されており、自分らが今回の作戦の要だということには全員が覚悟を持っている。
「隊長、勝てますかね」
部下の一人が俺にそんなことを言ってきた。
偶にいるんだよな。こういう勝てるかどうか他人に聞く奴が。神でもない、俺が知っているわけがないというのに。
まぁ、こういう時はお決まりのセリフがあるのだがな。
俺はそれを口にする。
「バカ野郎、勝てますかね。じゃねーよ。勝つんだよ」
ただ俺にそう言われるかで活力が漲ってきたのか、その部下は大きく返事をしてやる気に満ちた顔になった。
『トマホークリーダーよりクライシスリーダーへ。バレンダ、とうとうこの日が来たな』
そうトマホークリーダーより俺に向かってそんな通信が入ってきた。
「ああ、やっとこの日が来た。俺たちの手で・・奴らを、フェンリルを倒すことが出来ると」
何故そんなことをいうかと言われればフェンリルと俺たちの間ではとある因縁があったからである。
因縁にというほどのことでもない気がするが、俺が入隊として三年目に彼らは突如として現れた。
最初は大したことのないテロ組織だったのが、それが月日を重ねる度に膨らみ上がっていく。
そして、半年前。俺の恋人はチェーンソーを持った男に殺された。今回と同じようにフェンリルの拠点らしき場所を襲撃した時の話だ。
俺と恋人とトマホークリーダーのジェイクの三人は同期だったので、それはそれで仲良くやっていたものだ。
だからこそ、俺たちはフェンリルを許すことが出来ない。
聖書には右の頬をぶたれたなら、左の頬を差し出します。
と、ある。が、生憎防戦一方は俺としての意志が許さなかった。確かに宗教に準じて、信じるものを作って生きていくのはとても素晴らしいことだと思う。
だが、それ以上に俺は人間としてこんなことをした奴らを許さない。平和を勝ち取る為に戦いをする。
人類はこうした矛盾した考えを何度も何度も繰り返しながら生きてきたのだと思うと、自分を含めて随分と浅はかな考えの生き物だと痛感してしまう。
『この戦いが終わったらさ、墓参りに行かねーか?』
「分かった。仇討ちの報告に行かねーとな。リリスに」
不意に右手に冷たいペンダントがあるのは分かった。リアルでリリスから受け取った唯一形あるものである。
プログラマーに無理を言ってこちらでリアルのペンダントを再現してもらった。所詮はこのペンダントも数字の羅列に過ぎない。ただの電子構造体なのかもしれない。
それでも俺にとっては意味のあるものであり、かけがえのない心の支えである。
不意に彼女の表情が頭に浮かんだ。
「体は死んでも心は生き続けるか・・・ったく、随分とカッコつけてくれるじゃねーか」
ペンダントを握り締める。初々しかったあの頃よりかは俺は随分と出世をして、力をつけた。
誰にも引けを取らない、鬼の隊長バレンダ。それが今の俺だ。
今までにも多くの仲間が戦友が死んでいった。そこにはそいつ自身の人生があり、俺にそれを語る権限は何処にもない。
そして、若かりし頃の出陣前の震えはもう俺にはなかった。全てを賭けて奴らを蹴散らす。それは俺の悲願であり、彼女との最後の約束なのだから。
『司令部より各リーダーへ。調子はどう?』
と、司令部オペレーターより出撃前のチェックが来た。
「クライシスリーダー、特にこれといった不備はなさそうだ。いつものノイズは今回ばかりは出てはくれないらしい」
『トマホークリーダー、こっちも特に異常はない。敢えて言うなら昼に食ったハンバーガ
ーが死んだ時に発見された恥ずかしいなと思っているくらいだ』
『バカ、なんで昼にハンバーガー食べたりするのよ』
『だってよ、これが最後の食事かもしんねーと思ったらいてもたってもいられなくてさ』
「司令部、何も言ってやるな。俺もハンバーガーは食ったからな」
『二人共っ・・・まぁ、いいけど』
この司令部オペレーターとも長い付き合いになると思うとなんだか懐かしい気持ちがこみあげて来た。
こんな風に作戦中にも関わらず軽口が言えるのはこのメンツだけなんだと改めて理解した。
『クライシスリーダー、あなたの言った通り第一防衛戦を突破したあとはポイントA-02地点にて再集結。阻害する敵勢力の全てを排除。いい?』
「ああ、問題ないさ。俺とジェイクがヒヨっ子どもの活路を作ってやればいい」
『その通りだ。ここはベテランダイバーが先陣切っていかねーとな』
『なーにがベテランよ。初陣じゃお漏らししていたくせに』
『あっ!そいつは言わねぇっていう約束だろう!』
「ははっ!諦めろ、トマホークリーダー。今じゃ誰もが知っている逸話だぜ?」
『ぐぅ!』
さてと、そろそろ時間か。
時計を見るとまもなく作戦時刻であった。一度戦域に突入すれば恐らく敵のジャミング装置によって司令部との遠距離通信は難しくなってくるだろう。
そうなればこれも彼女との最後の会話だ。
少し名残惜しいが、俺は言った。
「クライシスリーダー、世話になった」
『トマホークリーダー、こちらもだ。運が良かったらまた会おうぜ』
『・・・・・死んだら二人の灰は太平洋にでも撒いてあげるわ』
『おお、そいつは嬉しいことで』
「じゃぁな。ありがとう」
通信を切る。
「ありがとう・・・・か」
柄でもなく、お礼なんて言ってしまったな。
『さっ、そろそろ時間か。俺たちはクライシス隊の横から戦う。そう簡単に死ぬなよ?先鋒部隊なんざ死んで当然の部隊なんだが、その分エリートということだからな』
「勿論だ。俺の部隊で犬死ぬは絶対に許さん。どうせ死ぬなら敵を道連れにして死ね。それが出来ないなら帰ってスナックの袋でも開けろ。これが俺らのモットーだ」
『おお、怖い怖い。流石は鬼のバレンダ隊長だな。さっ、攻撃ポイントだ』
輸送ヘリが目標地点に着陸した。俺を含むダイバーたちがゾロゾロとヘリから降りていく。
『こちらロンドン支援部隊。こちらは全ての部隊が攻撃準備完了。いつでもいけるぞ』
「了解した。こちらも司令部より作戦開始の合図があった。これよりフェンリル討伐作戦を開始する」
俺は馴染みのある近接ブレードを手に取る。
「各自、全AVS展開!」
全てのダイバーがAVSを展開し終えるのを確認すると陣形を確認してこちらに気づいて向かってきている敵部隊。と言ってもウイルスの集団を睨みつける。
「各自、前方の敵を排除しつつA-01地点にて再集結。その後、ビル内部へと突撃を開始する!行くぞぉぉ!」
「「「「「おおお!!」」」」」
真っ直ぐ奴らに向かって走り出した。
隣の通りではトマホーク隊、ホルス隊、ルクス隊が各自敵に向かって応戦する。後方支援部隊も一斉に攻撃を開始した。
第一目標は敵陣の第一防衛ライン。これさえ突破することが出来ればこちらとしても本当の意味で活路を開くことが出来る。
今回の作戦に参加したダイバーは三百名。うち、二百名は俺たちと同じよう各所で攻撃を開始している頃なのであろう。
そして、わずか百名足らずでの背後からの奇襲。先鋒部隊にしろ、奇襲部隊にしろその被害は決して少なくないわけではない。
前方では敵のウイルスたちが待ち構えている訳なのだが、どうにも動きがおかしい。いつもならこちらを発見次第攻撃を開始してきのだが、奴らは攻撃せずにこちらの様子を伺っている。
『これはっ!クライシスリーダー!それ以上行くな!』
「っ!何だ!」
突然トマホークリーダーより通信が入る。
すると、一歩前に出した足がザザッとノイズ混じりに消えそうになった。
「おいおい、下手な冗談よしてくれ」
電脳世界で奇跡的な確率で起こる領域干渉現象。通称、バグ。こいつは空間そのものに対して作用するもので、確率してしまったこの世界では殆ど見ることのない現象である。
なるほど、だからこそ敵はこちらを発見しても攻撃しなかったわけなのか。
この領域干渉現象に体を入れてしまうと、入れてしまった箇所の電子体がノイズとともに分解されてしまう。
その発現条件までは不明だが、それを知らずに踏み込んでしまえばあっという間に体は分解されて電子の世界に消えてしまうと言うわけだ。
「助かった、トマホークリーダー。こちらのセンサーには何も異常を感じなかったんだ。何か異常でも?兎に角助かった」
『なぁに、一つ借りってことで問題ないさ。それよりも、速く修正パッチをあてないとこちらとしてもこれ以上行軍はできないぞ』
「ああ、それは分かってる。俺は部下を連れてポイントA-23地点にて司令部にかけあってみる」
『了解だ。なら、残りの部下は一時的にこちらの指揮下に入ってもらうことになるが、構わないな?』
「ああ、何ら問題はない。油断するなよ?」
『勿論だ』
トマホークリーダーとそう約束を取り付けると、待機している部下たちに今の状況を説明した。
俺は部下を二人連れて一旦輸送ヘリが待機している場所まで下がり、そこにある通信装置を使って司令部に繋いだ。
「こちらクライシスリーダー。司令部、バグを発見した。即時修正パッチの支給を求む。データを送信するぞ」
『こちら司令部。面倒なことになったわね。了解したわ、三分で作るよう指示するわ』
「解析してプログラムを作るのに三分もあれば上等だ。うちのプログラマーは心強いな」
『ふふ、確かに。腕だけは一流だわ』
三分してこちらに修正パッチが送信されて来た。
「助かった。感謝するぜ」
『ええ、必ず生きて帰ってきてよ』
「・・・・ああ」
彼女と二度目となる別れを済ませると、俺は真っ直ぐ仲間たちが待っている合流地点まで走り出した。
すると、途中でトマホークリーダーより通信が入ってきた。
『クライシスリーダー!敵だ!敵が攻めて来た!』
「バカな!あのバグの中を抜けてきたっていうのか?」
『分からん。だが、ウイルスじゃない!ダイバーだ!』
「分かった。直ぐにそちらの部隊と合流する!」
戦闘は既に始まっており、両陣死者を出しながらも乱戦へとシフトした。既に俺の部下も死んだ者がいるが、今は彼らを弔っている時間はありはしない。
俺は死んでいった者たちの為にも戦い続ける。自分の肩には自国民の生活というそれは大きな使命が与えられているのだと思うと、その分自分自身のプレッシャーというものは大きい。
だが、それでもこの戦場にいる限りでは全てを賭けてそれを成し得る。
それが、俺が彼女に出来る唯一の贖罪なのだから。




