第十一話 出撃前
CDT京都サーバーはいつにもまして忙しく動いていた。今回のフェンリル討伐作戦に参加する部隊は、悪鬼隊、絶鬼隊、剛鬼隊のこの三部隊のみである。
俺は出撃前に楠木穂乃果の元へとやって来ていた。
「やぁ、来たか」
彼女は珈琲を片手に椅子に座りながら俺を出迎えてくれた。
「なんですか?戦争の前に呼び出して」
「戦争か。確かにその表現は間違ってなさそうだな。今から同じ人間を殺しにいくのだから」
そうだ。これからの戦いは今までのようなちまちましたウイルスを相手にするのではなく、ちゃんとした自分たち同じ人間を殺しにいくのだ。
「最初に言っておこうと思っているのだが、アメリカは信じないほうがいい」
「と、言いますと?」
「今回の作戦はどうにも腑に落ちないところがあってな。そもそも、何故彼らがアメリカが今の今まで亡霊のような存在であったフェンリルを見つけたのか私には疑問でしかなら
ない」
確かに言いたいことは分かる。
今まで見つからなかったものがどうして見つかったのか私は不思議だと。だが、そんなものは偶然と言いようがない。
偶然アメリカの部隊がフェンリルを見つけた。
実際に彼らの偵察部隊にも死者が出ていると報告がある。楠木さんの言うことが本当だったとしてもそれはアメリカの本意ではないと俺は推測した。
「当然、私としてそれがアメリカの総意ではないことは十分に理解しているつもりだ。だが、それでも一部の組織では既に内部分裂が起こっているらしいからな」
「そんなにアメリカじゃ組織が酷いんですか?」
「ああ、酷いと言えている。電脳世界じゃ既に過激な戦闘訓練が行われたり、死ぬはずのない訓練プログラムの中で死人が出ている。全く、物騒な奴らだ。だからだ・・・・裏切りが起こる可能性がないわけではないが、必ずしも全てが予定通りにいくとは限らないと」
「分かりました」
俺はそんな情報をくれた楠木さんに一礼して作戦室へと戻ろうとした。
「ああ、そう言えば」
途中で彼女に呼び止められる。
「君のそのAVSの名前を教えていなかったね」
そう言えばあの黒い刀には名前がなかったような。
「そのAVSの名は鬼火。どうだ?我が京都サーバーらしい名前だと思わないか?」
京都サーバーは全部隊の名前をその鬼の名前から取っている。
まぁ、ある意味これもカッコイイとはカッコイイのだろう。いや、別に中二病ということではない。確かにこの二十歳の頭は未だに中学、高校の時の思いを忘れていない訳ではないし、時たま俺だって脳内で妄想することもあるのだが、それを口に出したしない分、俺もまた大人へとなっているのだと感じてくる。
「ということだ。今からブリーフィングだな?」
「まぁ、そうですね。正直、実戦二回目にしてこんな大規模作戦に出るとか、どんだけ人材不足なのかと思っちゃいますけど」
「ふむ。そう言われると言い返せないな。多国間との合同作戦なんて、その分戦力が減るからね。一応は京都サーバー内でも上位部隊を入れてみたいんだが、君はそう思うのか」
「楠木さんの言うとおり、悪鬼は確かに上位部隊。撃破スコアが多いと思いますが、俺と有紗は新人なんですよ?そこを考慮するなら」
と、俺の言葉を遮るように楠木さんは口を開いた。
「何を言っているのだね?君はもう一人の戦力だよ。確かに君の言う通り。他の者と比べると圧倒的な力の差を工藤と七宮がカバーしているのは周知の事実だし、今の君たちに何が出来るとは思っていない。だけど、君は一人のダイバーだ。君がその立場である以上はそれは揺らぐものでもないし、ましてや上からの決定を覆すことが出来るほどの立場に君はいないだろう?」
「・・・・・・確かに」
「それに、上層部だって何も考えがない訳じゃないだろう。日本人はそこまで馬鹿じゃないさ。まぁ、文句があるというのならまず強くなれ。そして、それだけの権力を得ろ。それが人間社会というものさ」
「わ、分かりました。俺はやってやりますよ」
そう言い俺たちの会話は終了した。楠木さんの研究室から出て、俺は廊下を歩く。
正論である。幾ら俺が何を言おうとこれは既に決定されてしまったものであり、これ以上の変化は認められないのだ。
新人とは言え、俺も有紗も一戦力ということなのか。
「千早さん?」
「あっ、礼」
廊下に出て礼さんと出会う。俺たちは目的を同じくする会議室へと肩を並べて歩き出した。
「今回の作戦、正直に言えば反対なんです」
「反対?」
「今回の作戦に悪鬼隊を推薦したのは支部長なんですよ。支部長がかけあって、悪鬼隊に出撃するよう言ったんです」
支部長が俺たちを推薦したのか。どうして、俺たちが。
エレベーターが来たので俺たちはエレベーターに入る。
「私は言ったんです。まだ、悪鬼隊の新人は実戦経験が少ないと。けど、支部長はこれでいくと。すみません。私の力不足で、こんなにも大きな戦いにいきなり飛び込ませることになってしまって」
「いや、別に礼が謝ることじゃないだろう。まぁ、正直すげー不安だけどさ。楠木さんに言われたよ。俺も一戦力なんだって。確かに新人とか力の差は大きいかもしれないけど、俺はダイバーなんだって。その覚悟があるから、俺はあの紙に名前を書いたんだ」
「・・・・・・そう、ですか。迷っていたのは私だけなんですね。なんだか少し気恥ずかしいです。じゃぁ、千早さん。これだけは約束してください。必ず帰ってくると」
そう彼女は真剣な眼差しで俺にそう言った。何かの冗談と言う訳でもなく、彼女自身の本心から言われたような気がした。
そこで漸く俺は彼女の職業を理解した。
オペレーターとはつまり支援の職であって、俺たちダイバーと同じくて肩を並べることは出来ない。そう、彼女はいつも俺たちを戦地へと行くのを見守ることしか出来ないのだ。
何度仲間の遺体を見ただろうか。何度仲間が死ぬ場面を画面から見たのだろうか。その苦悩は俺には分からない。
気が付けば俺は彼女を抱き締めていた。
「えっ、あの、千早さん?」
その気持ちは理解出来た。誰かを送り、帰ってこない。
俺の場合は姉の蓮花だ。彼女はどうして帰ってこなかったのか。何故心を失くしてしまったのか。
分からない。何故、あんな悩ましげな表情の姉をいつものように見送ってしまったのか。そのことは今でも後悔し続けている。
「姉さん・・・」
あの寂しそうな表情を思い出すだけで胸が痛むんだ。
と、俺の背中を温かい手が擦ってくれる。
「千早さん、心配しないでください。きっと、上手く行きます。その為に私がいるんですから、きっと」
その声を聞いて俺はやっと自分が礼に抱き締めていることがどれだけ恥ずかしいことは今更ながら気が付いた。
抱き締めていたということは理解していたが、そこに何らかの恥ずかしさと言うものがあったかと言えばない。
「勝ちましょう、この戦い」
俺は大きく頷き、エレベーターを降りた。




