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第一話 提案

 五月 京都

 今年で大学の二回生となる俺は京都の街を歩いていた。大学の帰りということもあるのだが、何故だか姉が好きだったこの景色を見たいと思ったからだ。

 いつもならそんなことはない。だけど、何故だか今日はそう思ったのだ。

 晩ご飯を買って少し遅く自分の自宅へと戻った。そろそろ汚くなってきたのか、表札の浅間という文字が少し滲んできた。

 しかし、ドアを開けた瞬間俺の体が止まる。何故そうしたのかは俺にもよくわからないが、全身のあらゆる感覚が危険信号を出した。何かおかしい。と。


「・・・・・・・」


 なんか・・・いつもと家の様子が違う。なんだ、なんなんだこの感じ。まるで誰か奥の部屋にいるような。


「・・・・ふっ」



 バカか。厨二病は中学で卒業したんだ。誰がそんな世迷言を・・・危ない危ない。またあの黒歴史を繰り返すところだった。きっと、最近疲れていたのだろう。

 そう思い不自然な感覚を振り切って家の中に入る。

 ガラッと自分の部屋に戻ると暗い部屋の中に一人の女が座っていた。もう一度言う。一人の女が座っていた。

 黒いスーツ姿だがグラサンのような類ものはかけていない。

 そう、ただ黒スーツの女が座っていたのだ。


「あの・・・あなたは?」


「あっ、ああ・・すみません。寝ていました」


 ね、寝ていただと!?あれでか!?完全に見開いていたような気がするんだが。

 どうやら見る限りじゃ泥棒には見えないし、かと言ってここ最近俺が何か犯罪を犯したという事実は一切ない。

 俺は部屋の電気を点けて女の目の前に座った。


「・・・・・・」


「どうかしましたか?」


 少しばかり俺は彼女に見惚れてしまった。というのも暗くて女性が見えなかったので、電気を点けてようやく見えた。

 整った顔立ちに美しく長い黒髪。細身でありながらも全身からなにかしろの力強さを感じる。


「そ、それで・・・どうしたんですか?俺に何か用ですか?」


「・・・・あなたはあの浅間蓮花さんの弟さんで間違いありませんか?」


「!?・・・は、はい。浅間千早と申します」


 こいつ、姉貴のことを知っているのか?俺の姉貴、浅間蓮花は防衛省のサイバーテロ対策課に所属している。しかし、半年前にいきなり気を失って今も意識が戻らない。


 何故この女が。

 美人さんから俺の中では一気に不審人物に変更する。


「申し遅れました。私は防衛省のサイバーテロ対策本部、CDTオペレーターの黒崎礼と言います」


 名刺を受け取る。そこにはサイバーテロ対策課電脳防衛部隊、CDTオペレーターと書かれていた。


「CDT?サイバーテロ対策課はわかるんですが・・・・なんですか?この電脳防衛部隊って?」


「その質問に答えることは今は出来ません。先に一ついいですか?」


 突然、女の顔向きが真剣そのものになる。それに合わせて俺の表情も引き締まる。


「あなたは何故自分の姉、蓮花さんが意識を失ったかご存知ですか?」


 確か、医者からはどうにも濁されてしまう。どれだけ問いただしても正式な病名までは教えてくれない。


「・・・・脳の病気だと聞かされています」


「そう、脳の病気。それ自体は間違っていません。ですが、本当の理由は病気なんていう甘いものではありません」


「・・・どういうことですか?」


 その言葉に俺の目が鋭く目の前の女を射抜く。


「そんな怖い顔しないでください。私はそのことを踏まえて浅間千早さん、あなたに提案を持ってきました」


「提案?」


 女が続けて言う。


「あなたが蓮花さんがやっていた仕事を引き継ぐというのなら、彼女が何故意識を失ってしまったのか、そして意識を取り戻す糸口が見つかるのかもしれません」


「え!?ほ、本当なのか!?」


「ええ、千早さんが蓮花さんのやっていたことを引き継ぐというのなら」


 姉の蓮花は中学生の頃に親が死んでからこのサイバーテロ対策課で仕事をするようになった。何故だかその仕事は給料がよく、二人で暮らしていくには十分過ぎる給料を姉は受け取っていた。姉のいうこともあり、俺は大学まで進学した。本当に悪いと思っていたが姉はそれが一番良い決断だと言った。


 しかし、ある日自宅に電話がかかって、姉が倒れた。意識が戻らないという電話が来た。直ぐに働こうと思ったが姉が作った金は一人の男にとっては大きすぎた。

 ただえさえ中学生の頃に両親を失ってしまった俺にとっては姉こそが唯一の心の居場所だった。

 だから、姉が戻ってくるなら俺はどんなことでもやってのける。そう思えた。


「分かりました・・・やります。俺」


「いいのですか?まだ内容は確認していませんが?」


「問題ないですよ。姉にできるならきっと、俺にも出来ますよ」


 笑顔で笑ってみせる。


「それでは場所を変えましょう」

 女が立ち上がる。どうやら場所を移動するのだろう。俺はその後ろ姿を追うべく外に出た。

 すると、外には先ほどまでいなかった他の黒服を着た男女がいた。気配を感じながったがどれもこれも鋭い目つきの持ち主だ。

 訓練でもされているのか?


 黒い車に乗せられて俺はそのまま何処かに移動し始めたが、意外にも近くにその移動先があったらしく数分もすれば車が止まった。


「ここは・・・」


「普通のビルに見えますか?実はここはCDTの京都支部なんですよ」


 車から出た正面にはどこにでもありそうなビルがそびえ建っていた。他のビルと比べてあまり変わっている部分が見られない。


「CDTはその性質上極秘扱いされています。だから、こういう大したことのないビルに紛れているんです」


 なるほど。カモフラージュという訳か。

 彼女に誘われるように俺はそのビルの中に入っていく。中も映画やテレビで見たようなものと変わらない。受付があり奥に繋がっている。


 連れてこられたら場所には少し大きめの機械柱があり、それに接続するように三つの寝る為に作られたような椅子が設置されていた。


「あれが、リンクチェア。我々の活動において不可欠なものです」


 リンクチェア?一体何と接続するっていうんだ?


「さて、ここから先は再度確認が欲しいのですが、ここにサインを」


 後ろにいた男が俺に一枚の紙とペンを差し出してきた。


「これは・・・」


 内容はCDTにおける一切の情報の他言の禁止。および生命の権限だった。


「生命の権限?」


「千早さんは考えたことがありますか?この情報社会の中、日本が何故こんなにも無事でいられるのか、と?」


「・・・・・・」


 日本は毎年他国から何十万というハッキングを受けている。確かに疑問ではあったが、そこまで深くは考えたことはない。実際に何も起こっていないのだから。


「それだけ、凄い対策があるということなんじゃないのか?」


 彼女はその言葉を聞くと軽く頷いた。


「フルダイブシステム。電脳世界に人間の意識を潜らせることの出来るシステムです」


「はぁ、それとサイバーテロが一体どういう・・・」


 不意に彼女が言った言葉が次々と繋がっていく。たった数ピースしかないパズルであったが、とても難しい。そして、とてもじゃないが信じられない。


「まさか、サイバーテロを実際に電脳世界で止めるっていうのか?」


「その通り。我々、CDTの目的は外部からのハッキング行為を直接、物理的に止めること。下手な電子戦をするよりかは遥かに単純で有効的な手段です」


 おいおい、つまりこのCDTってのはウイルスバスターを実際にやってるってことなのか?


「それで、生命の権限ってのは・・・」


「まさか、意識が死ねば肉体が死なないとは限った話じゃありませんよね?」


 意識が死ぬ?ってことは電脳世界で死ぬことを意味しているのか。つまり、電脳世界で死ねばリアルでも死ぬ。原理自体はよくわからん。


「まぁ、今はやるのかやらないのか」


「断ったら?」


「何も問題ありません。次に目が覚めた時には何もかも忘れています」


「代わりに姉は帰ってこない。永遠に・・・」


 肯定するかのように目の前の女は黙って俺を見る。もし、もし本当にこいつらの言うことが本当なら俺に選択するだけ無駄な話だ。

 唯一の心の拠り所であった姉がもう一度戻ってくるなら。

 俺は契約書に自分の名前を書き込む。


「これで、いいか?」


 契約書を後ろの男に手渡すと女がそれを確認する。


「では、今日からあなたも我々の仲間、ということになります。明日の朝、またここに来てください」


「分かった」


 俺はその後一人で帰った。送るよと言われたが、どうにも一人で帰りたいと思ったからだ。

 布団を出して風呂にも入らずその上に寝転がる。暗くてよく見えないが見慣れた天井が随分と恋しく感じる。

 姉の蓮花はかけがえのない存在だった。時に優しく、時に厳しく、親代わりに俺をここまで育ててくれた。俺は自分のことばかり必死になって、姉の小さな変化にさえも気がつかないでいた。


 姉の存在を失って初めて姉が時折寂しそうな表情をするのを思い出す。あれが何のサインかは今でも理解することは出来ない。だけど、姉が意識を失ってしまった原因がそれだというのなら、今すぐ昔の自分をぶん殴ってやりたい。

 同時にこれから先のことを考えると期待と緊張で胸が潰れそうになってしまう。何があるのか、何が待っているのか。




 その日の夜は少し寒かった。












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