狼将軍と恋文について
グランティルドの休日の過ごし方は大体3通りある。1番確率として高いのが休日出勤、2番目に鍛練、そして時折あるのが実家の両親や姉夫婦にこき使われながら過ごすというものだ。そこへ新たなパターンが出来たのは最近のこと。条件が揃った者のみの特権、則ち恋人と過ごすという選択肢だ。
朝に夕に、その存在は常に感じられるがやはり本物には遠く及ばない。会えない日々にこんなにも焦れったく思うのは初めての感覚だ。これが恋か、と過去の恋愛に対する認識を改めながら、いそいそと便箋を手に取る。早速約束を取り付けようとペン先を壺に浸すが、紙に一滴の染みを作っただけでその動きが止まった。ここにきて彼は困った事態に直面したのだ。
というのも、仕事で手紙を認めることは日常的にあるが、私的な、それも女人に対してどう書けば良いのか全く分らないのである。そもそも支給品として渡されているこの安っぽい便箋を使うのも彼女に失礼だろう。嘗て、恋人から一方的に送られていた手紙はもっと色や模様のついた、凝った作りのものだったはずだ。しかも内容は日常のたわいない話が書き連ねられただけで、結局何を言いたいのか首を捻った記憶しかない。
便箋は兎も角、試しに書いてみるかと手紙を書きあげた数分後。添削してくれと見せられた副官は非常に困ってしまった。無骨な文字が几帳面に並べられた情緒もへったくれもない、用件のみ簡潔に認められた事務的な中身。召喚状としての形式は間違っていないが、日程を見てその日は将軍が休日なのを思い出し、まさか果たし状でも送る気なのかと彼は本気で思った。
「まあ、形式は間違ってないと思いますけど……」
「そうか。手間を掛けたな」
「これくらいお安い御用ですよ。ところで何方に送られる予定ですか?」
狼将軍直々に喚ばれる哀れな相手は誰だろうかと興味本位で聞いた副官は、見てはいけないものを見てしまった。一度敵認定したら最後、女だろうが子供だろうが表情一つ変えずに黙らせる狼将軍が照れていたのだ。それなりに頭脳が働く副官は、優秀な思考でその手紙が召喚状という大層なものでなく、ただの逢引の誘いだという所まで察した。勿論それは、長年の経験と狼将軍の人と為りをよく知る彼だから弾き出せた答えである。狼将軍の同期であれば、やはり果し合いでもするのかと思っただろう。
「……将軍。当時、付き合い始めた私が妻に送った手紙をお貸ししましょうか?」
副官は自分の送った手紙を妻が全部大事に保管しているのを知っている。貴方が先に死んだら子供達と読み返すのよ、と悪戯っぽく笑っていた。その時、妻より先には絶対に死ねないと決意したものだ。
若かった当時の手紙を他人に見せるのは恥ずかしいが、この将軍ならば誰かに漏らすようなことも無いだろうし、からかうネタにも絶対しないだろう。
「……頼む」
「はい。近いうちにお持ちしますね」
この後も、副官は度々恋愛相談を受けることになる。公私共に彼が狼将軍の右腕になる日も遠くなかった。