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惟神-mors-  作者: イヲ
3/18

神殺し

「……何か用」


 できるだけ不機嫌そうな声を出す。


「あの、先刻は……」


気圧されてか何処となく声が小さくなっていて、視線も下を向いていく。


「用がねえんなら俺帰るけど」


(ああ、腹が立つ。 )


 さっさとここから立ち去ろうと、目の前で固まっている斎王に背を向けた、その直後。


「お待ち下さい!」


何なんだ、こいつは。

 とおくでカラスの鳴き声が聞こえ、余計にこの空間が間抜けに思えてくる。


「……用があんならさっさと言えよ」


 こちらは胸の傷が痛むというのに。

 斎王はおどおどとした表情で、こうささやいた。


「お話をしたいのです」

「俺はあんたと話なんかしたくない。話があんなら倭の姫さんにしな」


 あんたを慕ってる他の連中なんか腐るほどいるだろうに。

 そう言おうと顔を上げ見ると、斎王は困りきったようなそんな表情で、意味の分からぬことを口にした。


「わ、私は貴方の考えが聞きたい」

「は?」

「貴方の……倭姫様に対する……、その、考えを……」



 どうやら惟神が倭姫をどう思っているか、ということを聞きたいらしく、斎王はもごもごと口篭もっている。自分が倭姫の側近だからか、言いづらいのだろう。


「何、それでどうするわけ。倭姫サマを侮辱した侮辱罪で俺を牢屋にぶちこむ気?」

「ち、違います! 私は…ぎ、疑問に思ってしまったんです」


 全く会話が合っていないような気がする。が、斎王は何かを必死に伝えようとしているらしく、胸に手をあてながら、端正な顔をくもらせて呟く。


「その、何故…倭姫様を…そんなに?」


 ――胸クソ悪い。


「俺は最初からあの人間が嫌いだったよ」


 月が出て、ぼんやりと影が足下に広がる。


「あんな人間さえ居なけりゃ…俺の一族は死なずにすんだのにな」


 古傷が痛み、知らず顔をゆがめた。

 するりと口からこぼれたのは、昔々の真実だった。


「え……?」


 意味が分からないのか、聞き返す。

(反吐が出る。)


「……やっぱりな。側近のあんたにも知られていねぇか」


 ふいに月にかかった雲で、目の前の斎王の姿が見えなくなった。黒くぼんやりとした姿は、まるで過去からの影法師のようだ。

 じりじりと這い寄って、やがて過去も未来も飲み込む。


「俺の家系は神殺しの一族だ」

「か、神殺し?」

「つまり、だ。あんたらの敵なんだよ、俺たちは」


 敵。

 そう。天敵そのものなのだ。

 神を崇拝し、自ら歩むことをやめた人間ども。その人間どもの敵が、自分たち(・・・・)なのだ。



「だから神を殺す事に罪悪感はねえ。その事に誇りだって持っているつもりだ。だからこそ、あんたらが憎いんだよ」

「……何故、神をそんなに憎むのですか? 神は私達に多くの恵みを下さっているではありませんか。それを、何故……」


 考えていた通りの、国の人間の手本のような質問が返ってきた。思わずふざけるな、と罵倒してやりたい衝動に駆られたが、何とかおさえる。

 想像していたとおり、善人の塊のようなこの男には、わからないのだろう。

 惟神の一族がたどった、残された唯一の道を。


「多くの恵み……?それが如何いう事なのかあんたは知らないのか? 神が無償で恵んでくれるとでも思っているのか!?」


 斎王の顔が困惑に満ちている。それはそうだろう。今まで考えた事もないだろうから。

 この世に、無償というものなどどこにもない。何かを得るためには、何かを捨てなければならない。

 その代償は重いものだった。


「生贄だ」

「い、生、贄?」


 おもしろいほどにこの男の喉が震えている。

 恐怖を今、初めて知ったというような表情をしていた。それがどこか愉快で、口はしをゆがめる。


「そうだ。神殺しの家系は全て神への生贄にされている。 当たり前の判断だろうよ。倭が毛嫌いしている俺たちを贄にするのは。無論、俺の両親はもう死んだよ。最後の最後まで神殺しの一族を主張しながらな」



 まるで信じられない、そんな顔をした斎王に目をやり、笑ってみせた。

 同時に、この男への失望が余計ににじみでる。


「はっ、信じられないか。なら聞いてみるんだな。あんたの慕っている倭姫サマに」

「ひ…ひとつ、聞きたい…」


 やっと搾り出したような声で呟くように尋ねる。

 無様に震えている斎王を冷ややかに見つめながら、次の言葉を待った。


「貴方は…何なのですか」


 一見意味の分からない問いに、こう答えてやる。


「俺は、必要悪だ」


 と。


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