春雨
何時しか忘れられる物語
真っ暗だ。
只只暗いだけの空間。此れは己の心なのだろうか。
何もない。ぱっかりと穴のやうに只あいているものは、自らの心なのだろうか。
<其れは純粋なる黒>
ゆっくりと下へ下へと沈んでゆく。
あぁ、己は地獄へ堕ちてゆくのだ。それも良い。
己は「悪人」という人種になれたのだから。
悪という名のもとに生きてきた証なのだ。
この胸の傷痕の「意義」もなくなった。
この、自虐でつけた傷痕ももう必要はない。
「倭への復讐」を忘れぬために十五の時に父の刀でつけたのだ。
痛みはない。
痛みは既に消えたはずなのに、どろどろと胸の奥から、流れているものが「感じる」。
このただ暗いだけの土の中「感じる」ものがある。
あの桜の「根」だ。
あの全てを投じるように土の栄養分を吸い取っているもの。
その「根」が己の血を吸い取っている。
むかしの笑い話のような「死人の血を吸い桜は紅色になる」成程確かに間違ってはいない。
この桜という美しくも貪欲な生物にくれてやろう。
汚れきったこの身体の血という血、肉という肉。
どうせ地獄に堕ちてゆくこの身だ。地上への置き土産として遺すのも良いだろう。
何故だろうか、手も足も胴も全て桜へと吸い取られていくような、そんな感覚に陥る。
融けてゆく。
身体だけではない。思考も何もかもが
この桜へと混ざり、融けてゆくのだ。
思えばこの桜の木は己が産声をあげた以前からあったもの。
木に特別な感情を持っているわけではないが、何故かいつも傍にあるのが
「当たり前」だったように感じられる。
この存在は傍にあるだけで、それだけで安らげたのだ。
徐々にうすぼんやりしてきた思考に、ふと考えるとがあった。
全ての生物が生きるこの地上で俺は何かを残せたのだろうか。
悪という忌み嫌われるこの存在がおこしたこの事を。
地上にいる人間はどう思ったのだろうか。
たぶん、神への冒涜だと、王を殺した極悪人だと罵るだろう。
自分自身はそれで良いと思った。
自己満足だとしても、良かったのだ。
神を、王を殺したのだから次の王となるべく人間達が争っているだろう。
其れで良いのだ。
人間はみな醜い。その争いを見、「醜い」という人間のほうが愚かなのだから。
人間は醜いからこそ美しいのだ。
美しさを自覚している者は世で一番醜く、醜さを自覚している者は世で一番美しい。
人間は醜さが在るからこそ、時折見せる美しさがある。
そして正義もあれば悪も在る。
正義という言葉は基より悪がある故に生まれるものなのだ。
そして悪もまた然り。
人間の世界、それは如何なるものなのか。
その答えは多分、いくら探しても出てはこないであろう。
しかしこれだけは言える。
人間は昔から自分の足で立ってきたものだ。
人間があり、信じるものがあり、それが神であろうと他人であろうと
結局は自分で歩いていくしかないのだから。
他人や神に寄りかかっていては「世界」は姿を見せてはくれない。
自分の意思で行動し、考え、時には過ちを犯し、悩み、苦しみながら、そしてやっと自分の歩む道が開けるのだ。
そう、今純粋に思った。
融けて殆ど無くなった身体に唯一残った手を掲げる。
どうやら、「地獄」には行けないらしい。
ここで、全てと混ざり、融けてゆくのだ。
それでも良い。この心地よい場所に留められるのだから。
掲げた手をゆっくりと握ってみる。
生きてきたこの人生の中で共にあったこの手。
両親から分けてもらったこの手。
やっと安らげる時が来た。
そして、何時か安らげる日が来たらこう言おうと思っていた言葉が在る。
悪い人生じゃなかった。
「誇れるような、そんな人生だった」、と。
ありがとう、と。
「春も、もう終わりですね」
隣で桜の木を見上げる少女と、眩しそうに日を見つめる女性に語りかける。
はらはらと落ちてゆく桜の花弁。
「この桜、斎王さんが引き取るんだってね?」
不如帰、という名の女性が微笑みかける。
その言葉に私は頷いてみせて、また桜の木を見上げた。
「この木は彼の置き土産だと、思っていますから」
だから、安心して休んでください。
悪と貫いたあなたから私は教えられました。
これからこの国は滅びるかもしれません。
しかしもしそうなったとしてもこの国の人々は、自分達の足で立ってゆけるでしょう。
あなたがそう願い、信じたように。
そうしてこの木は何年も咲き誇り続ける。
優しく地を打つ春雨が降る、この季節に。




