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わたしはピアノになりたい。

作者: をはち
掲載日:2026/10/05

彼は土に還らず、音となった


終戦間際の日本。街の片隅には、まだ弔われぬ亡骸の骨が、埃と灰に混じって散らばっていた。


焼け落ちた家屋の残骸、崩れた塀の陰、道端の草むら――そこかしこに、白い断片がひっそりと眠っていた。


人々はそれを見て見ぬふりをし、あるいは仕方なく踏み越えながら、生きることに必死だった。


そんな時代に、ある地方の高校で音楽を教えていた男がいた。名を道間としおという。四十を少し過ぎたばかりの教師で、ピアノを得意としていた。


彼の指は鍵盤の上を滑らかに走り、モーツァルトの軽やかさも、ショパンの憂いも、完璧にひきこなした。


だが、彼の心の奥底には、長い年月をかけて育まれた奇妙な渇望があった。


「人の骨で作られた楽器」――世界の各地に、そうした例があることを、彼は古書や噂話から知っていた。


チベットの僧が死者の大腿骨を吹き鳴らす笛、ある部族が人皮を張った太鼓、あるいは遠い異国の、頭蓋骨を共鳴箱にした弦楽器。


それらを想像するたび、道間の胸はざわめいた。純粋な骨だけで構成されたピアノは存在しない。ならば、自分の手で作ればいい。


彼は密かに動き始めた。夜の闇に紛れて道端や廃墟を歩き、拾える限りの人骨を集めた。大腿骨、肋骨、指の骨、小さな頭蓋の破片。


丁寧に洗い、乾燥させ、削り、組み合わせる。ピアノの木枠を少しずつ人骨に置き換えていく作業は、気の遠くなるほど根気を要した。


彼は音楽の師である老職人に、表向きは「特殊な材料で試作したい」と告げ、組み立ての技術を学んだ。


職人は不審に思いながらも、終戦の混乱の中で、あまり深くは追及しなかった。やがて、一台のピアノが完成した。


鍵盤は象牙ではなく、薄く削った人骨の板。響板や支柱も、白い骨の連なりでできている。


外見はどこか異様で、月明かりの下では、まるで巨大な骸骨が椅子に腰掛けているように見えた。道間はそれを試し弾きした。


音は、普通のピアノとは明らかに違った。


乾いた響き、どこか遠くで泣いているような倍音、そして、鍵盤を叩くたびに微かに聞こえる、骨同士が擦れる軋み。


だが、完成した瞬間、彼の胸に広がったのは、予想外の虚しさだった。


「足りない…」


自分自身が奏者であるのに、このピアノには自分の骨が一本も組み込まれていない。彼はただの外側の存在に過ぎない。


本当にこの楽器を「自分のもの」にするには、自分の骨が内部で音を生み出す役割を果たさねばならない。


特に、ハンマー。弦を叩く、あの小さな部品に。自分の骨が弦を打ち、音を紡ぐ。それこそが、究極の一体感だと、彼は信じた。


しかし、生きたままでは不可能だ。道間は師のもとを訪れ、静かに願いを述べた。


「私の死後、この体を解剖し、必要な骨を取り出し、ハンマーとして組み込んでください。そして、そのピアノを、私が勤めていた高校に寄贈してほしい」


老職人は顔を青ざめさせたが、道間の目に宿る、ほとんど宗教的なほどの決意を見て、結局は頷いた。


数日後、道間は自ら命を絶った。詳細は誰も知らない。ただ、部屋には、最後に弾いたであろう、あの骨のピアノが静かに置かれていたという。


師は約束を守った。道間の遺骨から、慎重に選んだ小さな骨片をハンマーに加工し、ピアノに組み込んだ。


そして、一台の「完成した」ピアノを、道間の高校へ寄贈した。


理由を尋ねられても、職人は「故人の遺言です」とだけ答えた。ピアノは音楽室の隅に置かれた。


最初は気味悪がる生徒もいたが、やがてその独特の音色に魅了される者が増えた。


昼間、陽光の差し込む教室で生徒たちが弾けば、音はどこか明るく、まるで故人が微笑んでいるようだった。


だが――夜になると、様子が変わった。


誰もいない音楽室で、ふと鍵盤が動くことがある。月明かりだけが照らし出す静寂の中、低く、湿ったような旋律が流れ出す。


それは、昼間に生徒が練習した曲の断片でありながら、どこか歪んでいて、まるで「本当の音」を取り戻そうとしているようだった。


時折、誰かがピアノのそばで立ち止まり、耳を澄ます。


すると、弦を叩くハンマーの音に混じって、微かな、ごく微かな「吐息」のようなものが聞こえるという。


「道間先生が、まだ弾いているんだよ」


古い卒業生の間では、そんな噂がひそやかに語り継がれている。


真実を知る者は、もういない。ピアノの内部で、道間としおの骨が、今も弦を打ち続けていることを。


自分の肉体の一部が音になる至福を、永遠に味わいながら――


読んで頂きありがとうございます。

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