第2話:最強のATM(魔王軍幹部)と、暗闇を裂く『光の聖剣』
「それで、人間の。私の分の『海霊の恩恵(※カップ麺)』はまだか?」
迷宮第十層の暗がりの中、岩に腰掛けたエレノアが、催促するように赤い瞳を向けてきた。
先ほどまで瀕死だったはずだが、あの謎の肉とスープを平らげた途端、彼女の顔色は見違えるほど良くなっていた。恐るべき回復力だ。
だが、俺の顔色は逆に青ざめていた。
「あ、あの……エレノアさん? あれを呼び出すには、触媒として『魔石』が必要でして……」
俺は震える声で、正直に告げた。
現在の俺の所持ポイントは「2pt」。
あの白い筒を一つ買うのに148pt。三杯なら444pt必要だ。下級スライムの魔石(150pt)が最低でもあと三個はいる。
「……なるほど。等価交換の法則か。あれほどの神秘を顕現させるのだ、当然の代償だな」
エレノアは納得したように頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
「触媒ならば、そこら中に転がっているではないか」
彼女が視線を向けた先——暗闇の奥から、地響きを立てて巨大な影が三つ現れた。
迷宮第十層の主格、『ブラッド・ミノタウロス』。
一匹でも、俺がいた銀等級パーティーが全滅を覚悟するレベルの凶悪な魔物だ。それが三匹。
「ヒッ……!?」
俺が腰を抜かしてへたり込んだ瞬間。
「我が覇道に、供物となれ」
エレノアが、刃の欠けた黒剣を軽く振るった。
——ただ、それだけだった。
魔力詠唱も、派手なエフェクトもない。
ただの物理的な一閃が、空間そのものを断ち切るかのように走り……次の瞬間、三匹のブラッド・ミノタウロスは、悲鳴を上げる間もなく綺麗な肉塊へと変わっていた。
(嘘だろ……!? これ、絶対敵に回しちゃいけないやつだ!!)
「ほら、触媒だ。拾え」
ゴトリ、と俺の目の前に転がってきたのは、拳ほどもある極上の魔石が三つ。
俺は震える手でそれを拾い上げ、誰にも見えない光る板に近づけた。
『ピロンッ! 上級魔石を吸収しました。50,000ptチャージされました』
ご、五万!?
スライムが150ptだったのに、一気に桁が跳ね上がった!
これなら、あの白い筒が一生分買えるんじゃないか!?
俺は急いでウィンドウを操作し、『海霊の恩恵(シーフード味)』を三つカートに入れた。
しかし、ふと周囲の暗さが気になった。
ここは迷宮の深層。光源といえば、発光ゴケの僅かな光くらいしかない。これではせっかくの食事が台無しだ。
俺は50,000ptという大金(?)を手に入れた余裕から、ウィンドウを適当にスクロールした。
そこにあった、一つの奇妙な筒状のアイテム。
【強力LED懐中電灯(電池付き) 特価:500pt】
古代文字は読めないが、絵を見る限り、光を放つ魔法の杖のようだ。500ptなら安い。俺はそれも一緒にポチった。
『ピロンッ! 購入完了。異次元ロッカーよりお受け取りください』
俺はエレノアを連れて、迷宮の奥深くに出現した異次元ロッカーへと向かった。
今は隣にエレノアがいるおかげで、これまで死に物狂いだった道中も嘘のように快適だった。
無事に到着した鉄の箱から、カップ麺三つと、黒くて軽い金属の筒を取り出す。
俺はまず、筒の絵に描かれていた通り、側面にある出っ張り(スイッチ)をカチッと押し込んだ。
——カッ!!!
「「…………!!?」」
次の瞬間、迷宮の深い闇が、文字通り『消滅』した。
一切の魔力を持たないただの工業製品が放つ、純白で直線的な暴力的なまでの『光』。
それは、真っ直ぐに伸びる光の柱となって、数十メートル先の迷宮の壁までを真昼のように照らし出したのだ。
「な、なんだこれは……!?」
俺自身が一番驚いて落としそうになったが、それ以上に驚愕していたのは、最強の魔女であるエレノアだった。
「無詠唱での極光魔法……いや、違う。魔力など一切感じない! ただの黒い筒から、これほど純度の高い『光の聖剣』を顕現させたというのか!?」
彼女は顔を片手で覆い、強烈なLEDの光から目を逸らしながら震えていた。
魔族である彼女にとって、この純白の光は本能的な畏怖を抱かせるものだったらしい。
「アルト……お前、ただの人間ではないな? 失われた神話の時代の錬金術師か……それとも……」
「え? あ、いや、ただの手持ち明かりなんですけど……」
俺が慌ててスイッチを切ると、再び迷宮に静寂と暗闇が戻った。
エレノアは荒い息を吐きながら、俺を見る目を完全に変えていた。
それは『便利な食料庫』を見る目ではなく、底知れぬ力を持つ『絶対者』に対する畏敬の念に満ちていた。
「……お前の実力、しかと見届けた。このエレノア、お前を主と認めるにやぶさかではない」
(いや、ただスイッチ入れただけなんだけど!?)
俺の心のツッコミをよそに、俺と最強魔女の奇妙な主従関係(?)は、一本の懐中電灯によって決定的なものとなってしまったのだった。
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