彼氏の浮気相手は私の妹でした。~妹は超過激なシスコンなので審査不合格の貴方は本日で人生終了です~
「ごめんメイ、俺たち別れた方がいいと思うんだ」
土曜日の午後。お洒落なカフェのテラス席で、拓真はコーヒーを一口啜りそう切り出した。
メイは驚いたふりをして、「えっ、どうして?」と首を傾げる。
内心では(やっと来たか)と冷めた溜息をついていた。それはここ数週間、拓真の様子が明らかにおかしかったからだ。
スマホを片時も離さず、画面を覗こうとすると過剰に怯える。
「仕事が忙しい」と言ってデートのキャンセルが多くなった。
何よりメイと一緒にいる時でも鏡やショーウィンドウに映る自分の顔を見ては、うっとりと髪をセットし直す時間が増えた。
(あきらかに浮気、しているわよね。『俺、モテてて困るわー』って顔に出てるし……)
「理由は……、まあ、一言で言えば刺激不足かな。メイはさ、安定感はあるよ? でも俺みたいな常に上を目指す男には、ちょっと物足りないっていうか」
拓真はふんぞり返り、本人は自慢と思っているブランド物の時計をチラつかせた。
「実はさ、信じられないくらい若くて可愛い子に猛烈にアタックされてるんだ。まだ付き合ってはいないよ? 俺、誠実だからさ。でも彼女の熱意に負けそうっていうか、本能がこっちが運命だって叫んでるんだよね」
「……猛烈なアタック?」
「そう。彼女、俺のSNSを見て一目惚れしたんだって。『こんなに仕事ができてルックスも完璧な大人の男性見たことありません!』って泣きつかれちゃってさ。弱ったよ、罪な男だよね、俺も」
拓真は「やれやれ」と肩をすくめるが、その口角は隠しきれないほどニチャリと歪んでいる。
「彼女まだ十代でさ。肌もピチピチだし、何より俺の言うこと全部に『すごーい!』って感動してくれるんだ。メイみたいに『はいはい』って聞き流したりしない。男としては、やっぱりそういう格の違いを感じさせてくれる子と一緒にいたいんだよね」
メイは目の前の男が吐き出す「自惚れの毒」を黙って受け流した。
拓真はさらに調子に乗り身を乗り出して喋ってくる。
「メイだって俺みたいなハイスペックな男に執着するより、もっと身の丈に合った地味な男を探したほうが幸せになれるって。これは俺なりの最後の優しさだよ?」
(……なんでこんな男と三ヶ月も付き合ったんだろう。ヘイトは十分ね)
メイはわざとらしく少し震える声で尋ねた。
「……その、拓真さんの心を奪った運命の子ってどんな子なの? 写真があれば見せてもらってもいい?」
「いいよ。驚くなよ? 芸能人レベルに可愛いからさ」
拓真は勝ち誇った顔でスマホのロックを解除した。
「ほら、これ。俺の新しい『姫』だ」
拓真が自信満々に差し出してきたスマホの画面。
そこにはふんわりとしたパステルカラーのワンピースを着て、小首を傾げながらあざとくピースサインを決める美少女が写っていた。
大きな瞳、透き通るような白い肌、そして誰が見ても「守ってあげたい」と思わせる究極の妹系フェイス。
「……あ」
メイは思わず声を漏らした。驚きではない。あまりの既視感と、目の前の男の哀れな末路が瞬時に予測できてしまったからだ。
(え、ユイ……? あ、これ……、また『審査と掃除』が始まったんだ……)
そこに写っていたのはメイの実の妹、ユイだった。
ユイは極度のシスコンで、「お姉ちゃんに近づく男は、私が毒性を鑑定して不合格なら駆除する」という物騒なモットーを持つ、可愛い顔をしたシュレッダーのような女の子だ。
「……この子、なんて名前なの?」
「ユイちゃん。名前まで可愛いだろ? まだ数回デートしただけなんだけど、もう俺にメロメロでさ」
拓真はスマホの画面を愛おしそうに撫でながら、デレデレと鼻の下を伸ばした。
「まだ手を出してないのが自分でも信じられないくらいだけど、彼女が『拓真さんは特別だから大切にステップを踏みたいんです』なんて潤んだ目で見つめてくるからさ。俺もつい、紳士になっちゃうっていうか」
メイは乾いた笑いが出そうになるのを必死に堪えた。
(……ユイ、『大切にステップ』じゃなくて、単に汚いものに触りたくないだけだよね、それ……)
「聞いてくれよ、彼女、俺と会うたびに『お兄ちゃん今日も素敵ですね!』って、俺を本当の兄みたいに慕って……、いや、それ以上の熱い視線で呼んでくるんだよ。年上の包容力がある男がタイプなんだってさ」
拓真は自分の髪をかき上げ、酔いしれたように語り続ける。
「『お兄ちゃん』って呼ばれるたびに俺の中の何かが弾けるっていうか……。君には出せない甘え上手なところが、俺みたいなデキる男には刺さるんだよね。彼女の若さと無垢な愛には流石の俺も抗えなかった」
(『お兄ちゃん』って……。それ、私のおまけでアンタを義理の兄にするかどうかの判別中ってことだよ。あと、あの子が『無垢』なわけないでしょ。中身は軍師かヒットマンだよ)
滔々と「ユイがいかに自分を愛しているか」を語る拓真を見ていると、メイの心から怒りは消え代わりに深い同情が湧き上がってきた。
「そう……、拓真さん、そんなに彼女のことが好きなんだ?」
「ああ。悪いけど、もう君の入る隙はないよ。彼女も俺が今日別れてくるのを待ってるはずだからさ」
拓真がそう言い切った瞬間。
カフェの入り口のドアベルがカランカランと軽やかな音を立てた。
「あ、噂をすればきたきた! ユイちゃーん! こっちこっち!」
拓真が立ち上がり全力の笑顔で手を振る。
そこには今しがたスマホの画面の中で微笑んでいた「運命の美少女」が、氷点下の眼差しを浮かべて立っていた。
「ユイちゃん! 待ってたよ!」
拓真がまるで感動の再会シーンかのように両手を広げて駆け寄る。その顔には勝利者の余裕と下卑た悦びが満載だ。
「ちょうど今、この地味な女に引導を渡したところだ。これで俺たちは誰にも邪魔されずに愛を育める。さあ、俺の胸に飛び込んでおいで!」
しかしユイは一歩も動かない。それどころか拓真が触れようとした瞬間にゴミを見るような目で一歩後ろに下がった。
「……汚いから近寄らないでくれる?」
冷たく刃物のような声だった。カフェの空気が一瞬で凍りつく。
「え……? ユ、ユイ、ちゃん……?」
「誰が君の、何だって? 聞き捨てならないんだけど」
ユイはメイの隣にすとんと座ると、メイの腕に自分の腕を絡め幸せそうに頬を寄せた。
「お疲れ様お姉ちゃん。こんな救いようのないゴミの相手、三ヶ月もよく頑張ったね」
「お、お姉ちゃん……!? メイ、どういうことだ……!?」
拓真が目を見開き、金魚のように口をパクパクさせるユイはメイに甘えていた時とは別人のような、冷酷な微笑を拓真に向けた。
「私がお前に近づいたのは愛してるからじゃない。世界で一番大切な私のお姉ちゃんに、こんな不潔な寄生虫がくっついてるのが許せなかったから。だから私が直々にお前の底の浅さを『審査』してあげたのよ」
「審査……!? そんな……、あんなにデートで楽しそうに……!」
「楽しかったわけないでしょ。吐き気を堪えるのが必死だったわ」
ユイは低く、地を這うような声で吐き捨てた。
「お姉ちゃんみたいな完璧で素敵な彼女がいながら、ちょっと可愛い子が言い寄っただけでデレデレ鼻の下伸ばして裏切る準備を始めるクズ男。……審査の結果は見るまでもなく『不合格』。お前みたいな不誠実なゴミは、お姉ちゃんの視界に入る価値さえない」
「な……っ!」
「お兄ちゃんって呼んであげたのも、お姉ちゃんとの義理の仲になれる器があるか見てあげただけ。でも貴方が望んだのは妹との不潔な関係でしょ? 本当に気持ち悪い」
ユイはスマホを取り出し画面をタップした。そこには拓真がユイに送った数々の「キモい愛の囁き」や、メイの悪口を並べたメッセージのスクリーンショットが並んでいる。
「お姉ちゃんを傷つけるゴミは私が徹底的に掃除する。……大丈夫、二度と表を歩けないようにしてあげるから。覚悟しなさい。お前のその薄っぺらなプライドごと社会的に粉砕してあげる」
ユイの瞳には一切の慈悲はなかった。メイは隣で(あ、これ拓真さん、再起不能コースだわ……)と、他人事のように確信していた。
「そ、そんな……、嘘だろ……」
呆然と立ち尽くす拓真のポケットでスマホが猛烈な勢いで震え始めた。
ブブブブブッ! と鳴り止まない通知音。それは破滅のカウントダウンだった。
「な、なんだよこれ……、部長から着信!? それにお袋からも……!?」
「お前の会社のコンプライアンス窓口と、お前のご両親のグループラインに『プレゼント』を送っておいたから」
ユイはメイが飲んでいたオレンジジュースのストローをくわえながら、事も無げに言った。
「プレゼントだと……、何を……」
「お前さ、私とのデート代全部『接待費』で落としてたでしょ? 証拠品の領収書のコピーとか全部お前の会社に送っておいたから。あと私に送ってきた『俺という名の迷宮に迷い込んだ子猫ちゃんへ』っていう痛すぎるポエム動画。お前の親兄弟親戚知人関係者一同にも共有しておいたし。今頃みんなで鑑賞会してんじゃない?」
「お、お前、そこまで……! 狂ってるのか!? いや、お前ら姉妹揃って狂ってるんだよ!」
拓真が顔を真っ赤にして叫び、カフェのテーブルを叩いた。
だが返ってきたのは周囲の客からの同情ではない。
「……ぷっ」
「子猫ちゃん……、迷宮……?」
「うわ、あの人、経費で浮気しようとしてたんだ……、最低」
カフェ中に広がる失笑と軽蔑の眼差し。拓真は今、この場所で最も「惨めで滑稽なピエロ」に成り下がっていた。
「狂っているのは私だけだよ。お姉ちゃんはこんなにも素敵で、誠実で、お前みたいなゴミと三ヶ月も付き合ってあげた菩薩のような人。そんな人を傷つけたんだから、これくらい当然の報いでしょ? あと私たちにお前って言うな」
ユイはメイの肩を抱き寄せ、勝ち誇ったように微笑んだ。
「ひ、ひぃ……!」
鳴り止まない通知音。SNSでは既に「経費で浮気未遂ポエム男」として拓真のアカウントが炎上し始まっていた。
拓真は震える手でスマホを握りしめたまま、その場に崩れ落ちた。
「さあ、お姉ちゃん。ゴミの掃除は終わったし、お口直しに行こう。今日は私のおごり! 回らないお寿司屋さん予約してあるから」
「いつもありがとう、ユイ。本当に頼もしいわ」
メイとユイは一度も振り返ることなくカフェを出た。
背後で「待ってくれ! メイ! ユイちゃん!」と情けない声が響いたが、それもすぐに店員に「他のお客様の迷惑ですので」とつまみ出される音にかき消された。
後日。
拓真は結局不正受給が原因で会社をクビになり、多額の賠償金を背負って地方の実家へ強制送還されたという。
再就職も絶望的で、親戚や知人たちにあの「ポエム動画」が知れ渡ったせいで、今も針のむしろのような日々を送っているらしい。
一方メイとユイは姉妹で豪華な温泉旅行を満喫していた。
「あーん、お姉ちゃん! このお刺身、お口の中でとろけちゃうよ!」
「ふふ。本当ね、ユイ」
湯上がりの浴衣姿で、ユイは姉の腕にぴったりと抱きついたまま幸せそうに頬を緩めている。あの日カフェで見せた冷徹な「掃除屋」の面影はどこにもない。
「ねえお姉ちゃん。次はもっとマシな男を捕まえなよ? あ、でもやっぱりしばらくは男なんていらないかも。なんなら私が一生お姉ちゃんを養ってあげるし!」
「それは心強いけど……、ユイだって自分の幸せを考えなきゃダメよ?」
メイが苦笑して頭を撫でると、ユイは猫のように目を細めてメイの膝にゴロンと横たわった。
「私の幸せはお姉ちゃんの隣にいることだもん。次にお姉ちゃんに近づく男がいたら、また私がしっかり『審査』してあげるからね。不合格なら……、またお掃除しちゃうぞ?」
「ふふっ、お手柔らかに頼むわね」
自分を誰よりも大切に想ってくれる妹が、メイは誇らしくて愛おしくて仕方なかった。
「大好きだよ、お姉ちゃん!」
「私もよ、ユイ」
二人は夜が更けるまで笑い合い、最高の料理と温泉を堪能したのだった。
(完)
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「お姉ちゃん大好き!」な妹の爆走、楽しんでいただけたら幸いです。




