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第7話:新入社員は『潔癖症の聖女』

 魔王城のトイレ修理(邪神討伐)から数日後。

 株式会社クリーン・ファンタジーに、とんでもないクレーム客が押し掛けてきた。


「貴方が灰坂ソウジですね! 神聖なダンジョンを『洗剤』ごときで冒涜する異端者は!」


 社長室のドアを蹴破って現れたのは、純白の法衣に身を包んだ美少女だった。

 透き通るような金髪に、勝ち気な碧眼。

 彼女の名はセシリア(16歳)。

 バチカンから派遣された、世界最高峰の『聖女』である。


「冒涜だなんて人聞きの悪い。うちは環境に優しいエコ洗剤を使ってますよ?」

「そういう問題ではありません! 浄化とは祈りであり、奇跡なのです! それをデッキブラシで擦るだなんて……言語道断です!」


 セシリアは激昂していた。

 彼女にとって、ダンジョンのアンデッド浄化は高尚な宗教儀式だ。それを「掃除」と言い張るソウジの存在が、生理的に許せなかったのだ。


「証明してあげますわ。私の『聖なる魔法』と、貴方の『野蛮な掃除』……どちらが上か!」


 こうして、急遽「浄化勝負」が勃発することになった。


 ***


 場所は、都内のD級ダンジョン『地下墓地カタコンベ』。

 ここは低級の幽霊ゴーストが無限に湧き出ることで有名なスポットだ。


「ふふん、見ていなさい。これが本物の浄化です!」


 先行のセシリアが、優雅に杖を構える。

 通路の奥からは、無数の白い幽霊たちが「うらめしや~」と漂ってくる。


「穢れし魂よ、光に還れ! 『聖なるホーリー・レイ』!!」


 カッッッ!!

 極大の光魔法が炸裂し、通路を埋め尽くしていた数百の幽霊が一瞬で蒸発した。

 後に残ったのは、神聖な静寂だけ。


「どうです? 塵一つ残さず消滅させましたわ」


 セシリアがドヤ顔で振り返る。

 D-Liveのコメント欄も『さすが聖女様』『美しい』と称賛の嵐だ。


 ――だが。

 ソウジだけは、ゴーグル越しに眉をひそめていた。


【解析:浄化不全を確認】

【残留物:魂の燃えカス(怨念煤)】

【評価:B(拭き残しあり)】


「あー、ダメダメ。全然落ちてないですよ」

「は? 何を言っていますの? どこからどう見ても綺麗に――」

「よく見てください。表面の汚れ(霊体)を焼いただけだから、根本の『すす』が残ってるじゃないですか」


 ソウジが指差した空間には、一般人には見えない微細な「黒い粉」が舞っていた。

 魔法による急速な除霊は、いわば「汚れを焼き切る」行為だ。そのため、どうしても微細な燃えカスが残り、それが新たな穢れの温床になってしまう。


「いいですか。掃除の基本は『舞い上げない』こと。静かに、確実に吸着するんです」


 ソウジはそう言うと、背中の道具袋から「ある武器」を取り出した。

 T字型の柄に、白い筒状のロール紙がついたもの。

 日本中の家庭にある、最強の掃除用具。


 粘着カーペットクリーナー(通称:コロコロ)である。

 ただし、彼が手にしているのは業務用の『超強力粘着・幅広タイプ』だ。


「な、なんですのそれは? 魔法の杖……?」

「いや、ただの粘着テープですけど」


 ソウジは無造作に、何もない空中に向かってローラーを構えた。

 次々と湧いてくる幽霊たち。

 ソウジの目には、それらが「静電気を帯びて浮遊するホコリ」にしか見えていない。


「ホコリ取りなら、これが一番早い」


 コロコロコロ……。


 ソウジが虚空を撫でるようにローラーを動かす。

 すると、物理法則を無視した怪奇現象が起きた。


「ギャァァァァァァ!?!?」

「吸い寄せられるぅぅぅぅ!!」


 実体のないはずの幽霊たちが、まるで掃除機に吸われるように歪み、次々と白い粘着テープに張り付いていくではないか!


「ひぃっ!? 魂が……霊体が物理的に捕獲されていますわ!?」

「よし、一面埋まったな」


 ソウジは手際よくミシン目でテープを切り、ビリッ! とめくった。

 剥がされたシートには、数百体の幽霊たちが、まるで魚拓のようにビッシリと(そして平面的に)プリントされ、封印されていた。


「はい、一丁上がり。燃やしてないから空気も汚れない」


 彼は怨念が詰まったシートを丸め、ゴミ袋にポイッと捨てた。

 その空間は、セシリアの魔法を使った場所よりも遥かに澄み渡り、文字通り「塵一つない」聖域となっていた。


『ファッ!?』

『コロコロ最強説www』

『幽霊って粘着テープで取れるんか……』

『聖女様の魔法が「ただの消臭スプレー」扱いされてて草』

『除霊(物理)』


「そ、そんな……私の聖魔法が、あんな大衆用品に負けた……?」


 セシリアはその場に崩れ落ちた。

 彼女の常識が崩壊した瞬間だった。

 だが次の瞬間、彼女の目はカッと見開き、ソウジの足元にすがりついた。


「素晴らしいです……!」

「え?」

「汚れを焼き払うのではなく、優しく包み込んで捨て去る……これこそが真の慈愛! 真の浄化ですわ!」


 彼女は感動で潤んだ瞳を向け、ソウジのとコロコロを握りしめた。


「師匠! その神具『聖・コロコロ』の極意、未熟な私にご教授ください! 私、今日からここで働かせていただきます!」


 こうして、世界最強の聖女が、あろうことか清掃会社に「インターン志望」として陥落したのだった。


「……ちょっと、離れてください!」


 その時、背後から氷点下の声が響いた。

 秘書のコアちゃんが、鬼の形相で二人の間に割り込んでくる。


「社長のメイン武器モップの手入れをするのは私です! ぽっと出の新人(聖女)に、そのポジションは渡しませんからね!」

「あら? 道具の手入れなら聖女の加護がある私のほうが適任ですけれど?」

「むきーっ! 物理干渉しかできないくせに!」


 ギャーギャーと騒ぎ始めた二人の美女をよそに、ソウジは「やれやれ」と肩をすくめ、新しい粘着テープのスペアを交換するのだった。


【新着タスク:社内の人間関係の整理】

【難易度:測定不能】


(続く)

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