第2話:サイクロン掃除機と厄災の蛾竜
てんぐ巣病の病巣──異常密生したほうき状の枝の塊に近づくにつれ、空気は目に見えて淀み始めていた。
「しゃ、社長! なんだか空気が黄色く霞んでませんか!?」
剣崎がスーツの袖で口元を覆いながら叫ぶ。
彼の視線の先、病巣の中心に陣取っていたのは、蛾とドラゴンを掛け合わせたようなおぞましい姿のモンスターだった。
「おお……あれは天界の古文書にも記されし、猛毒の鱗粉を撒き散らす厄災の蛾竜、ディザスター・モス・ドラゴン!」
ミカエルが上空から舞い降り、焦った様子でソウジ様に報告する。
「師匠! あの黄色い粉、吸い込めば即座に石化してしまう強力な呪いの鱗粉ですわ!」
セシリアが神聖なオーラで障壁を張りながら叫ぶ。
しかし、灰坂ソウジは解析ゴーグル越しに空を舞う黄色い粉を一瞥し、忌々しそうに舌打ちをした。
【解析完了:高密度の花粉】
【汚染レベル:S(世界樹の危機)】
【対処法:速やかに吸引】
「……チッ。今年の花粉はタチが悪いな。こんな特濃のスギ花粉のど真ん中で、弁当なんか食えるか」
「花粉!? 呪いの鱗粉ですよ社長!」
「花粉症の時期に、マスクも空気清浄機もなしで来るからビビるんだ。下がってろ」
ソウジはバンの荷台から、ドラム缶ほどもある巨大な機械を引きずり出した。
強力なモーターと太いホースを備えた、自社開発の業務用サイクロン掃除機である。
「こいつはタダの掃除機じゃねぇ。フィルターには、神話級ダンジョンで採取したアルティメット・スライムの皮膜を採用している」
「うわぁ、マスター! あの絶対に破れないスライムの皮膜をフィルターにしちゃったんですか!?」
コアちゃんが目を丸くする。
「ああ。ミクロのチリだろうが、ウイルスだろうが、これを通せば完全にクリーンな空気になる。花粉対策には最強のHEPAフィルターだ」
ソウジはサイクロン掃除機の電源を入れ、ぶっといホースのノズルを厄災の蛾竜へと向けた。
「オラァッ! 吸い込めェェェッ!」
ギュィィィィィィンッ!
鼓膜を破らんばかりのモーター音と共に、ブラックホール並の凄まじい吸引力が発生した。
宙を舞っていた致死の毒鱗粉が、巨大な竜巻となってホースの中へと吸い込まれていく。
「ギ、ギガァァァッ!?」
厄災の蛾竜が悲鳴を上げた。自らの放った鱗粉だけでなく、周囲の空間ごと自分自身がホースの先へと引きずり込まれていくのだ。
「ええい、図体がデカいだけの蛾が! 宴の邪魔だ、まとめてハウスダストにしてやる!」
ズボボボボボボッ!
ギィィィィ……ポンッ!
サイクロン掃除機の圧倒的な吸引力は、厄災の蛾竜の巨体すらも無理やり圧縮し、ダストカップの奥底へと完全に吸い込んでしまった。
周囲を覆っていた黄色い花粉は跡形もなく消え去り、澄み切った春の空気が戻ってくる。
「さ、さすがです師匠! 厄災の竜を一瞬で……!」
セシリアが目を輝かせる。
「……チッ」
だが、当のソウジは機嫌が悪そうに掃除機のホースをバンバンと叩いていた。
「あーあ、デカいゴミ吸うからノズルが詰まっちまったじゃねぇか。これだからデカい害虫は嫌なんだよ」
ソウジは詰まったホースを乱暴に外し、次なる作業──病巣の切除へと視線を向けた。
(続く)









