第5話:世界で一番きれいなもの
「よし、これで粗大ゴミの処理も完了っと」
灰坂ソウジは、目の前にそびえ立っていた「黒ずんだ岩山」を、愛用のモップと研磨剤で磨き上げていた。
ゴーグルの視界には、作業完了のステータスが表示されている。
【タスク完了:表面酸化被膜の除去】
【輝度:S+(鏡面仕上げ)】
数分前まで薄汚れた岩塊だったそれは、今や鏡のように光を反射し、虹色の輝きを放っていた。
『目が、目がぁぁぁ!』
『眩しすぎて画面直視できねえwww』
『これ、ただの岩じゃないぞ……鑑定スキル持ちの俺が断言する』
『これ全部、純度99.9%のオリハルコンだ』
『【速報】おっさん、掃除のついでに国家予算レベルの資産(数兆円)を発掘する』
コメント欄が「億万長者確定」「石油王ならぬ清掃王」と騒ぎ立てる中、その「岩山」から突如として淡い光が溢れ出した。
光は人の形を成し、一人の少女の姿となる。
透き通るような青い髪、宝石のような瞳。
このダンジョンの管理者――ダンジョン・コアの精霊だ。
彼女が現れた瞬間。
ソウジの視界を支配していた無機質なゴーグルが、異変をきたした。
【解析中……】
【解析中……】
【エラー:汚れデータを検出できません】
「……え?」
ソウジは息を呑んだ。
この呪いのゴーグルをつけてから数年、彼の目には世界中のあらゆるものが「掃除対象」か「汚れ」にしか見えなくなっていた。
花を見れば「枯れ葉ゴミ」と表示され、人を見れば「皮脂汚れの塊」と表示される。
色褪せた、灰色の世界。
――だが、目の前の少女だけは違った。
【対象:Unidentified(未確認)】
【判定:Pure Light(純粋な光)】
無粋なウィンドウの奥で、彼女だけが鮮烈な色彩を放っている。
汚れなど一つもない。
ただただ、美しかった。
「……あ、あの」
少女は頬を赤らめ、モジモジしながらソウジを見つめた。
「こんなに優しく磨かれたの、生まれて初めてです……♥」
通常、探索者たちはコアを破壊するか、乱暴に採掘しようとする。
しかしソウジは、傷一つつけず、ただひたすらに「綺麗にする」ことだけを考え、慈しむように磨き上げたのだ。
その職人愛に、ダンジョンの意志そのものが陥落した瞬間だった。
「……お嬢ちゃん、綺麗だな」
ソウジの口から、無意識に本音が漏れた。
それは数年ぶりに、彼が世界の美しさを認めた言葉だった。
「へっ!? き、綺麗だなんて……!」
「ああ。こんな綺麗な場所に一人でいたのか? 迷子か?」
しかし、そこはやはりソウジだ。
彼は感動しつつも、相手を「ダンジョン撮影中に迷子になったレイヤーの女の子」だと勘違いし、親切に声をかけた。
「ここは空気が悪いから、早く地上に出たほうがいいぞ。あ、そうだ。このキラキラした石ころ、邪魔ならあげるよ。漬物石にでもしてくれ」
『!?』
『オリハルコン(数兆円)を漬物石扱いwww』
『精霊ちゃんにあげちゃうのかよ!』
『プロポーズかな?』
『精霊ちゃんの好感度がストップ高です』
少女は目を輝かせ、オリハルコンの欠片を胸に抱きしめた。
「はい! 一生大事にします! 一生ついていきます、マスター!」
彼女の笑顔が弾けた瞬間、ソウジのゴーグルに小さな通知が表示された。
【新着タスク:迷子の保護】
【難易度:S(一生モノ)】
「やれやれ。手のかかりそうな案件だ」
ソウジは苦笑しながらも、その視界の端で、久しぶりに世界が少しだけ輝いて見えるのを感じていた。
***
それから、数週間後。
日本のダンジョン業界は激変していた。
かつて最大手と呼ばれたクラン『レイディアント』は、主力メンバーの離脱と攻略失敗が重なり、事実上の解散状態に追い込まれていた。
元支部長の剣崎は、責任を問われて更迭。今は地方の小さなダンジョンで、エラーを吐き続けるポンコツドローンと共に一からやり直しているという噂だ。
対照的に、都内の一等地に新しいビルが建った。
ビルの屋上には、モップと『ComePro』、そして『スライムキラー』のボトルをあしらったユニークなロゴマークが掲げられている。
【株式会社 クリーン・ファンタジー】
それが、灰坂ソウジが立ち上げた新しい会社だ。
業務内容は「ダンジョン内の環境美化」および「特殊清掃」。
しかし、世界中から舞い込む依頼は「S級ドラゴンの討伐(清掃)」や「呪いの解除(漂白)」ばかりである。
「社長! アメリカ政府から『エリア51の地下倉庫を片付けてくれ』って依頼が来てます! あと、魔王軍から『定期清掃契約』の打診も!」
秘書として雇われた青髪の少女(元ダンジョン・コア)が、分厚い書類を持って駆け寄ってくる。
彼女はもう、ソウジのゴーグル越しでも「綺麗な存在」として認識される、唯一無二のパートナーだ。
社長室のデスクで、ソウジは新しいツナギに袖を通しながら苦笑した。
「やれやれ。どいつもこいつも、掃除くらい自分でやればいいのになぁ」
彼はデスクの上に置かれた『ComePro』を手に取り、ヘルメットに装着する。
今度は、ちゃんと録画ボタンと配信ボタンの位置を確認して。
「よし、行くか。世界を綺麗にするのが、俺たちの仕事だ」
ソウジはデッキブラシを剣のように肩に担ぎ、颯爽と歩き出した。
向かう先は、人類未踏の難攻不落ダンジョン『パンデモニウム』。
彼にとっては、ただの「やりがいのある汚部屋」に過ぎない場所だ。
「あ、社長! また配信ボタン押してますよ!」
「え? 嘘だろ!? この機種、やっぱ設計ミスだって!」
『知ってたwww』
『待ってました社長!』
『さあ、今日の大掃除(伝説)の始まりだ!』
画面の向こうで数百万人の視聴者が見守る中、伝説の清掃員の新たな一日は、いつものドタバタと共に幕を開けるのだった。
【第1部 完】
−あとがき−
読者のみなさん、こんにちは。
株式会社クリーン・ファンタジー代表の灰坂ソウジです。
このたびは、私の業務記録……あ、いえ、物語を最後までご覧いただき、誠にありがとうございました。
正直なところ、いち清掃員にすぎない私の日常が、なぜこれほど注目されているのか未だにピンときていません。
コメント欄やSNSで「神話級ドラゴンを倒した!」とか「伝説の英雄だ!」といった声を多数いただいていますが、改めて訂正させてください。
あれはただの「長期間放置された換気扇の油汚れ(強固)」です。
ドラゴンに見えたとしたら、それは恐らく照明の当たり具合か、皆さんの集団幻覚かと思われます。
しっかり換気をして、定期的にアルカリ性洗剤で拭けば、誰でも落とせるものです。
あと、配信の件については本当に申し訳ありませんでした。
『ComePro』のメーカーには、「録画ボタンと配信ボタンが近すぎて、グローブをした指だと誤爆する」というクレームを入れておきました。
次回からは気をつけるつもりですが、もしまた配信が始まってしまったら、「あ、また誤操作したな」と生温かい目で見守っていただければ幸いです。
それと、新入社員(元ダンジョン・コアのお嬢さん)のことですが、彼女は非常に優秀です。
何より「汚れがない」のがいい。
私のゴーグル越しでも光り輝いて見えるので、暗いダンジョンでの作業中、懐中電灯代わりになって助かっています。
本人は「懐中電灯じゃないです!」と頬を膨らませていますが、まあ、やる気があるのは良いことです。
余談ですが、これだけは伝えておきたい掃除のコツを一つ。
「汚れは、溜めるな。すぐ落とせ」
心の汚れも、換気扇の油も一緒です。
時間が経てば経つほど酸化して、強酸性の劇薬を使わないと落ちなくなりますからね。
それでは、次の現場の予約時間が迫っているので、この辺で失礼します。
あそこのトイレ、数千年も掃除されてないらしいんで、骨が折れそうです……。
あ、魔王軍の方、もしこれを読んでいたら「魔王城の窓拭き」のオファーメールを送るのはやめてください。
スパムフォルダがいっぱいです。依頼は正規のフォームからお願いします。
最後になりますが、 今回の「清掃作業」の結果に不備がなければ、下の星を最大出力(★★★★★)にして承認をいただけると助かります。
以上、業務完了報告でした。
皆さんの部屋が、明日もピカピカでありますように。
灰坂ソウジ




