第3話:AIの敗北、職人の勝利
「さて、最後は『ゴミの分別』だな。新宿区のルールは絶対だからな」
S級モンスター、ダスト・ドラゴンの巨体が横たわる中、灰坂ソウジは事務的な手つきで作業を進めていた。
彼はドラゴンの胸部に手を突っ込むと、赤黒く脈打つ心臓を、まるで古くなった乾電池でも抜くかのようにスポンと引き抜いた。
その瞬間、ゴーグルの解析ウィンドウが緑色の文字を表示する。
【解析:高純度エネルギー結晶体】
【分類:資源ゴミ(リサイクル可)】
「よし、これは資源ゴミっと」
核を失ったドラゴンの巨体は、さらさらと光の粒子となって崩れ落ちた。
同時に、ダンジョンの壁や床を覆っていたヘドロや瘴気が、ソウジのスキル【完全清掃】の余波によって一気に浄化されていく。
数分前まで地獄のような汚泥にまみれていた廃棄区画は、今や高級ホテルのロビーのように、クリスタルの輝きを放つ聖域へと変貌していた。
『うっわ、画面が眩しい』
『ビフォーアフターの匠かよ』
『これ、俺らが知ってる廃棄ダンジョンか?』
『ドラゴンの心臓を資源ゴミ扱いすんなwww』
『同接150万人突破! トレンド1位キタコレ!』
視聴者数が爆発的に伸びる中、ソウジはピカピカになった床に腰を下ろし、腰のポーチから缶コーヒーを取り出した。
一仕事終えた後の至福の一杯。
背景には、ダイヤモンドのように輝くダンジョンの壁。
その優雅な姿は、まさに『王の休息』だった。
――一方その頃。
地上の別の場所では、本物の地獄が展開されていた。
***
「ええい、動け! 動けええええッ!」
千葉県にあるB級ダンジョン『翠玉の樹海』。
大手クラン『レイディアント』の新リーダー、剣崎の絶叫が木霊していた。
彼らが挑んでいるのは、本来なら余裕でクリアできるはずの中難易度ダンジョンだ。
しかし現在のパーティの状態は、壊滅寸前だった。
「リーダー! 盾役の鎧が謎の粘菌でドロドロです! 予備はありません!」
「ポーションが尽きました! 状態異常が治せません!」
「くそっ、おい! 自慢のドローンはどうした! 『SAMBA-Mk V』は何をしてるんだ!」
剣崎が怒鳴りつける先には、泥濘にはまってその場でウィーンウィーンと空転している、黒い球体ドローンの姿があった。
「ダメです! エラーを吐いて停止しました!」
部下が蒼白な顔でタブレットを差し出す。
画面には、無機質なエラーログが表示されていた。
『Error:未定義の汚染物質を検知』
『Error:マニュアルNo.404に該当なし』
【解決策:管理者へ問い合わせてください】
「ふざけるなッ! 一機一億だぞ!? なんでただの泥汚れに対応できないんだ!」
剣崎は泥だらけの顔でドローンを蹴り飛ばした。
最新鋭のAIは、過去の膨大なデータから「最適解」を導き出すことには長けている。
だが、ダンジョンは常に変化する生き物だ。
昨日なかった場所に苔が生え、見たことのない粘菌が湧く。
これまでは、そんな「データにないイレギュラー」を、一人の職人が黙々と処理していた。
マニュアルにはない経験則と、指先の感覚だけで。
だが、その職人を、剣崎は数時間前に「データ上のノイズ」として切り捨てたばかりだった。
「ぐわっ!?」
足元のヘドロに足を取られ、剣崎が無様に転倒する。
高価なミスリルの剣が泥水に沈み、錆びついていく。
「ちくしょう……なんでだ、なんでこんな簡単な攻略ができないんだ……!」
***
その醜態は、皮肉にもD-Liveの『レイディアント公式チャンネル』で配信されていた。
そして、視聴者たちは残酷なほどに敏感だ。
彼らはすぐに、二つの画面を見比べ始めた。
片や、B級ダンジョンの泥沼で、最新鋭メカと共に泥まみれになり、悲鳴を上げるエリート集団。
片や、S級ダンジョンの最深部で、神話級ドラゴンを瞬殺し、宝石のような空間で優雅にコーヒーを啜るオッサン。
そして、誰かが気づいてしまった。
『おい、おっさんの背中見ろ』
『ん? ツナギのロゴ……』
『あれ、泥まみれになってる剣崎のとこのロゴと一緒じゃね?』
『R……Radiant……【レイディアント】だ!!』
コメント欄が一気に加速する。
ネット探偵たちの特定作業は早かった。
『特定しました。このおっさん、レイディアントHPの職員紹介の端っこに載ってた「清掃担当 H.Souji」だわ』
『でもさっき、HPから名前消されたぞ?』
『つまり……クビになったってこと?』
『【悲報】レイディアントさん、S級戦力を追放して、代わりに役立たずのドローンを導入してしまう』
『うわぁ……今のレイディアントの配信見た? 「マニュアルにない!」ってキレてるよ』
『答え合わせ完了じゃんwww』
情報のパズルが組み合わさり、一つの真実が浮かび上がる。
「数値」しか見なかったクランが没落し、「現場」を見続けた男が評価される。
それは、現代社会に疲れた人々が最も求めていた、痛快な逆転劇だった。
『ざまぁwwwwww』
『逃がした魚がクジラすぎた件』
『剣崎オワタwww おっさん、戻らないでくれよ頼むから』
『↑大丈夫だ、おっさん今、コーヒーのおかわり入れてる』
SNSのトレンドワードが塗り替わっていく。
1位:#清掃員のおっさん
2位:#スライムキラー最強
3位:#レイディアントの没落
世界中がソウジを称賛し、かつての古巣を嘲笑する中、当のソウジはゴーグルの中にポップアップした文字を見て、のんびりと独りごちた。
【休憩時間終了】
【次の業務を開始してください】
「さて、と。残りのシミも落として帰りますか」
彼が立ち上がると同時に、世界中からオファーのメールが殺到し、端末が震え始めた。
しかし、ソウジは眉をひそめただけだった。
「うわ、なんだこの通知量。……仕事の邪魔だから、通知オフにするか」
彼にとっては、世界からの賞賛よりも、目の前の「汚れ」の方がよほど重要な関心事だったのだ。
(続く)




