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第1話:その男、視界不良(クリア)につき

【短編をお読みの読者様へ】

1話〜5話は短編と同じ内容になります。6話以降が続編となります。

灰坂はいさかソウジ。君の『視界』は、もう時代遅れなんだよ」


 2026年、東京。

 国内最大手の探索者クラン『レイディアント』の支部長室。

 冷徹な新リーダー・剣崎は、デスクの上に黒光りする球体を置いた。


「軍事用自律清掃ドローン『SAMBAサンバ-Mk V』だ。処理速度は君の150倍。判断ミス率0.001%。君のような『職人の勘』に頼る不確定要素は、今の経営戦略には不要だ」


 対する俺――灰坂ソウジ(38歳)は、顔の半分を覆う無骨な『ゴーグル』の位置を直しながら、困ったように頭をかいた。


「支部長。そのドローン、確かに速いですが……『未知の汚れ』に対応できますか? ダンジョンの穢れは、マニュアル通りにはいきませんよ」

「そのアナログな思考がコストだと言っているんだ!」


 剣崎が吐き捨てる。

 俺はため息をついた。彼には分からないのだ。

 俺がこの『真実の魔眼ア・レ・テ・イ・ア』――通称・解析ゴーグルを通して見ている、世界の本当の姿が。


 俺の視界には、常に無数のウィンドウが重なって見えている。

 このゴーグルは、かつてダンジョンの奥底で拾った呪いの遺物アーティファクト

 あらゆる敵意や脅威を「汚れデータ」に強制変換し、最適な清掃手順をナビゲートしてくれる代物だ。


 おかげで俺は、どんな怪物が相手でも恐怖を感じずに「仕事」ができる。

 だが、その代償として――俺にはもう、世界が「汚部屋」にしか見えなくなっていた。


「分かった。権利書を置いて出ていけ。退職金代わりの『廃棄ダンジョン』だ」

「……例の、新宿地下の不法投棄エリアですか?」

「ああ。AIですら処理不能と匙を投げたゴミ溜めだ。時代遅れの人間にはお似合いだろう?」


 剣崎は嘲笑った。

 だが、俺のゴーグルが弾き出した『廃棄ダンジョン』の評価データは、彼の認識とは真逆だった。


【警告:S級汚染源を探知】

【推奨:直ちに入店エントリーし、完全洗浄を行ってください】

【報酬予測:測定不能(極大)】


(……マジかよ。宝の山じゃないか)


 AIが処理不能と判断したのは、汚れが頑固すぎるからだ。

 つまり、俺のようなプロの腕の見せ所ということだ。


「ありがとうございます、支部長! 最高の現場ですね!」

「……は? ショックで回路がイカれたか?」


 俺は満面の笑みで深く一礼し、足取り軽く部屋を出た。

 早く行かなくては。

 俺のゴーグルが、真っ赤なアラートで「早く綺麗にしてくれ」と叫んでいるのだから。


 ***


 新宿地下、深度2000メートル。

 防毒マスクが必要な廃棄エリアに到着した俺は、慣れた手つきで愛用の機材を展開した。


「まずは現場保存レコーディングっと」


 ヘルメットに装着したアクションカメラ『ComeProカムプロ』のスイッチを入れる。

 ……つもりだった。

 ゴーグルの分厚いレンズ越しだったせいで、俺の指は「録画」ボタンの隣にある「緊急災害配信」ボタンを押し込んでしまっていた。


 だが、今の俺にそれを確認する余裕はない。

 なぜなら、目の前のヘドロの海が割れ、とてつもない「汚れの塊」が出現したからだ。


「GYAOOOOOOOOOOO!!!」


 地響きのような咆哮。

 一般人の目には、それは全長50メートルの神話級モンスター『ダスト・ドラゴン』に見えるだろう。

 しかし、俺のゴーグル越しに映る姿は違っていた。


【解析完了:有機性油膜の集合体】

【汚染レベル:S(災害級)】

【弱点:強アルカリ性洗剤にて被膜を中和可能】


 敵のHPバーは『汚れ残存率』として表示され、

 敵のブレス攻撃は『悪臭ガスの噴出』として警告される。


 俺にとって、これは命がけの死闘ではない。

 ただの、ちょっと手ごわい「業務」だ。


「うわぁ、酷いこびりつきだな……。換気扇の油汚れよりタチが悪い」


 俺は腰のホルスターから、黄色いボトルの『スライムキラー・ハイパー(業務強酸性モデル)』を抜き放った。

 同時に、世界中の端末に「緊急配信アラート」が届き始めていることなど知らず、俺は職人の顔でトリガーに指をかけた。


「さて、大掃除といきますか」


(続く)

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