9話 俺の名前は
「それはなんです?」
原井が取り出した指輪を見たパンドラはたずねる。カグヤが代表して答えた。
「これは人と契約を結んだツクモ神に渡している印です。許可証も兼ねているのでこれを見せれば正規の九十九士から襲われることはないです」
「なるほど。こちらから何かをしなきゃいけないとかはあるのですか?」
パンドラは質問すると落ち着いた様子でカグヤは答えた。
「基本的には何もありません。ただし、有事の際には余程の事がなければ九十九士の方に従うようにしてください」
「それは当然なのですよ」
パンドラがここ良く返事をするとカグヤは安堵した。
「それはよかった。素直に受け入れてくれてありがたいです」
「それでそれを受け取るためには私は何をすればいいのですか?」
パンドラは次にする事をたずねる。カグヤが背後にいる原井に指示を出すと準備していた書類とペンを前に出す。
カグヤはパンドラと弾を見て言った。
「これにパンドラさんとその契約者がサインしてください。それで国に登録されます」
「名前を書けばいいみたいだな」
「そうですね」
カグヤの指示に弾とパンドラが各々に反応すると弾は言った。
「とりあえずパンドラが先に書いたらどうだ?」
「いいですよ。っと。ほっ」
パンドラは自身よりも背の高いペンを受け取ると器用に動かして自身の名前を記入する。記入を終えるとパンドラはペンを弾に差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
弾はペンを受け取ると書類に名前を書こうとする。弾が書類の文字を書き終える直前。唐突に文字が弾けた。
「うわっ!?」
不意打ち気味に文字が弾けた際に生まれた光で一瞬視界が白く染まる。眼を開けると弾の名前を記入した箇所には何も残っていなかった。
「名前の所が消えてる?」
「どういう事でしょうか?」
不可思議な現象に書いた本人だけでなく見ていた桜や書類を用意した側である原井も頭を傾げる。カグヤは冷静に弾に対して言った。
「もう一度お願いしても?」
「分かった」
弾はうなずくと再び自身の名前である『環 弾』と再び書き始める。
しかし、暖の文字を書き終える直前で同じように光を発して名前の欄からかき消された。
「なんで?」
「なるほど。そう言う事でしたか」
弾が頭を傾げると同時にカグヤが何かに納得した様子でつぶやく。それを聞いた弾はカグヤに聞いた。
「理由が分かるのか?」
「名前を書く時に力の流れが一瞬おかしくなりました。貴女はパンドラ様と契約はしてるのでしたね」
「ああ。ただ、契約の途中で変な事が事故みたいな事が起こってな。その時になぜかこの姿になってたんだ。それも性別まで変わったし」
「そうでしたか。大変でしたね。それが原因です。姿だけでなく、本来は変わらないはずの魂の深い部分にまでパンドラ様の力と混ざり合っています」
「そんな事になってるのか?」
「はい。詳細は後で調べてもらった方がいいですが、おそらく間違いないかと」
カグヤははっきりと答える。カグヤの言葉に弾は踏み込むようにたずねた。
「パンドラの力が混ざり合うとどうして弾かれるんだ?」
「パンドラ様の力と濃く混ざった事で貴女は人とツクモ神の境界が曖昧になっているのです。そうなると本来は人とツクモ神の契約なのにツクモ神のパンドラ様同士が契約をしているというような矛盾が生じているのです」
「……難しいな」
カグヤの説明に弾は眉間にしわを寄せる。その表情にカグヤは微笑んだ。
「ふふっ。そうですよね。先程の話は忘れてください。とりあえず今のままじゃ契約が結べないという事だけ理解してくだされば」
「そうか? じゃあパンドラとの契約はどうすればいいんだ?」
弾はたずねる。カグヤは答えた。
「それならば今の貴女のお名前を変えれば解決します」
「それだけ?」
あまりにも簡単な方法に弾は思わず聞き返す。その問いにカグヤはうなずいた。
「はい。今の名前だと曖昧になってしますのですから別の名前を使えば同じ力を持とうともはっきりと別々の存在として認識できるので解決します」
「その場しのぎの名前はダメ……なんだよな?」
「ダメです。国の登録でもあるのでその姿の間は別の名前が貴女の正式な名前になるのできっちり決めてください」
カグヤははっきりと答えると弾は真面目な表情で答えた。
「分かった」
「名前は大切なので時間はしっかり使ってもらっても大丈夫ですよ」
カグヤがそう言うと弾はパンドラを見た。
「幸いなことに時間はあるみたいだから先に俺の新しい名前を決めよう。母さん。パンドラ。何かいい名前はない?」
「自分で考えないのですか?」
「そうはいわれても俺もパッとは思いつかないから聞いたんだよ」
「はぁ。とは言われても……そんなにすぐには出ないのですよ」
弾の言葉にパンドラは曖昧な返事を返すしかなかった。それに同意するように桜も口を開いた。
「そうねぇ。元の名前から離れすぎると混乱すると思うから似た名前にした方がいいわよね」
「なるほど。それはそうですね。じゃあ2文字の名前の方が分かりやすいですか」
「そうだな」
桜とパンドラの言い分に弾は納得する。パンドラは桜にたずねた。
「そういえば日本の漢字には複数の読みがあると聞いたことがあるです。弾の文字の別の読み方は何ですか?」
「弾の読み方か? 弾以外だと弾とか弾くとかがあるな」
弾は自身の名前の別の読みでぱっと出てくるモノを答える。パンドラは少し考えてから答えた。
「ふむ。弾ですか。ひらがなも悪くはないですが、私が弾から得た知識からカタカナの方が良い気がします。……弾。タマはどうですか?」
パンドラは提案する。それに弾は難色を示した。
「うーん。名前自体は分かりやすいけど、ネコみたいじゃないか? 俺はネコじゃないんだけど」
弾が否定気味にそう答えるとパンドラが何とも言えない顔をした。
「えー。とってもカワイイ名前だと思いますよ。それに他の読みだとかわいくないです?」
「名前にかわいさは求めてないんだけど?」
弾はパンドラの言葉に否定する。その反応にパンドラは少しムッとした表情でたずねた。
「性別に合った名前も大事ですよ。弾は気が乗らないように見えますが、弾はいい名前を思いついたのですか?」
「うっ」
パンドラの問いに弾は答えに詰まる。それにパンドラは言葉を続けた。
「弾。男ならスパッと決めてしまうのがいいのですよ。男は度胸です」
「……そうだな。分かった。タマにするよ。俺の名前はタマ。環 タマだ」
パンドラが煽るように説得すると弾はやけくそ気味かつ自分に言い聞かせるように名乗る。
「ひゅーひゅー。タマ。その決断力は男前ですよ。タマ」
「そっ……そうか?」
「そうですよ」
パンドラは弾もといタマをおだてる。タマもまんざらではないのか声を弾ませながら返事をしてからカグヤを見る。
カグヤは落ち着いた声で机に置かれていたペンを全身で持ち上げるとたまに差し出すとタマに言った。
「どうぞ」
「ありがとう」
タマはペンを受け取ると再度契約書に新しい名前を書き始める。「環 タマ」。そう書くと今度は弾かれることなく契約書が消えた。
弾改めタマの名前決定までのお話。




