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牲命蝕流填編 第9話:陰伏

「……え、怨帝(えんてい)?俺が?」


 下水道の王の前に、二メ―トルほどの(ばく)二体が形を成した。


 そのどちらも下水道内で現れた貘と遜色ないように見えたが、影力はかなり低く感じられた。


「どういうことだ?俺は怨帝じゃない、ただの人間だ」


 王は不思議そうに首を傾げ、その縦に細い瞳孔で八蒔(かずま)を睨んだ。


「タシかニ、メニうツルジョウホウ、カんゼンジャなイィ。デモカんジる!アナタぁサマを!」


 そう言うと王は二体の貘へ合図を出し、貘達は同時に八蒔目掛けて走り出した。


 それぞれ胸部から無数の腕を生やし、反射するレ―ザ―のように直進と屈曲を繰り返しながら迫ってきた。


 対して八蒔は弓張月(ゆみはりづき)を駆使し、木や地面を飛び回りながら避けていった。


劉芽(りゅうが)さんの太刀の方が速くて捌くのが難しい。攻撃こそタイミング見ないとだけど、避けるだけならいける気がする)


 八蒔は自分の成長に気づいていなかった。


 投影は(いん)の次元から影を顕現させ、形作るもの。そのため、同時に複数の投影は相当なセンスと技量が試される。


 今の八蒔は広範囲の傾影(けいえい)を行いながら、弓張月で攻撃を避けている。さらに、アウェイな立地で逆にどう攻撃へ徹するか考える余裕さえ見せている。


 通常、これがどれだけの期間を費やしやっと習得できる代物か、八蒔は理解していない。




「影の操作はもうこんなにできるのか―。後は、身体能力の向上で限りなく『完成形』に近づく。あぁ、早く殺してぇな―」


 倒れた出雲(いずも)の横に、黒いフ―ド姿の何者かが音も無く現れた。


 声色は女性であり、牛の面を付け、フ―ドから二本角を出していた。


 そのあまりの気配の無さに、王は八蒔ではなくその何者かへ視線を移した。


「ナンだオマぇ、ドコカ、ら…」

「ん?あ―お前を処理しに来たんだよ。も―困っちゃうよ、こんな山奥。し・か・も、ここに通じるトンネルは災害の影響で潰れたままときた。マジで別途手当欲しいんだけど。ねぇ?『操魂(そうこん)(ばく)』さんよぉ」


 その何者かは準備体操のように屈伸を始め、背中をポキポキと鳴らした。


「ワタシハ、エンテイさマノタメニハたライタ。アノヒ、コノみモササゲた。」

「でも影力が足らなくて結局役に立たなかったんだろ―?現にお前生きてるじゃん。余計なことこいつらに話す前に消えてもらわなきゃ」

「アレダケじカンをカケ、タクワえタのニ!」

「体内に保持できる魂に限界がある時点で使えねぇよ」

「わタシは…ステらレルノカ。コンナにマッて、」


 王は懐から般若のような、鬼のような面を取り出し握り潰した。


「ナラ、いウコトキかセルまデ」


 王はその何者かへ手の平を向け、投影を試みた。


 しかし、何も起こらなかった。


「なゼ、シンじャニはキイタノに…」

「へ―、精神系の能力もあるんだ。でもごめんね、うちそういうの慣れてるから」


 そう言うと次は柔軟を始め、その場でトンットンッとジャンプをした。


「もしかして本気で怨帝様との再逢を待ってた?はっは。で?どこまでこいつらに話した?」

「ワレ、てイコゥスル。エンていサマニあワセろぉ!」

「ほんとそればっかだな。飽きるわ―」

「イウコとキカセるだメナラ、ちカラズクヤルシカなイ」


 王はギシギシと音を立て肥大し、十メ―トルほどの大蛇となった。


 全身の鱗には所々人の顔のパ―ツが付いており、目は瞬き、口は苦悩の言葉を呟いていた。


「え、クソキモ。こんなになるの?ま―話し合いは望み薄かぁ。なんでこんなのと戦わないといけないんだよ―。(かさね)、覚えとけよ」

「ワタシハしネナイ、オマエヲコろしテ、えンてイサマニミとメてモラう!」


 王は尾を振り上げ、その何者かへ振り下ろした。


(今だっ、)


 その瞬間、出雲はここぞとばかりに起き上がり、大きく右へ飛んだ。


「えっ?起きてたの―?ずる―い」

「コッチをミぃロ!ヨゆゥぶルナぁ!!」


 辺りの木はざわめき、地震のように地面が揺れた。


「いやいや。余裕ぶるじゃなくて、余裕なの」


 その何者かは避けることなく片手で尾を受け止め、即座に巨大な針を投影させ、尾を刺し、地面へ固定させた。


「じゃあやりますか―。【投影―千本針】の―ますっと!」


 指をパチンと鳴らすと、空中に千本の針が出現し、直ちに王へ降り注いだ。


「ア゛っ」


 王は焼けるような音とともに、一言発することさえ叶わずあっけなく砕け散った。


 内に蓄えていたのであろう様々な生き物の魂は、次々と光を失い消え、辺りに風が吹きすさんだ。


「なんだこの量の投影は…」


 それを見ていた出雲は、すかさず歪刀(いびがたな)を投影させその何者かへ向けた。


「それで―。いつから起きてた系?」

「カグツチがなぜ王を始末した?口ぶり的に、王も大事な駒だったんじゃないのか?」

「はぁ―、結構最初からかよ。殺すしかないじゃん、ナ―ガに怒られるんだけど」


 その何者かは角を撫で、落ち込むように首を横へ振った。


「答えろ、お前はなぜ王を殺した?仲間に引き入れない理由はなんだ?」

「お前じゃない。うちには縫牛(ほうご)って名前があるの。モテね―だろ!お・ま・え!」


(気配的にこいつ、劉芽さんとタメはれるレベルだ。劉芽さんもだいぶ近くには来てるだろうし、来るまで粘って…いや、)


 出雲は歪刀を地面へ突き立て、目を閉じた。


「【投影(とうえい)地羽々斬(ちのはばきり)】」


 出雲を中心として、半径六十メ―トル範囲の地中から刀が無数に出現した。


 その一つひとつが歪刀以上の影力を放ち、小刻みに震えていた。


(うちが抜こうとすると投影が解けて、その分別の場所から再び生える…)

「ふ―ん、凄い影力。こりゃナ―ガも惚れるわ」

「悪いが、ご同行願う」


 地面に刺した歪刀を抜き、出雲は縫牛へ走り出した。


 縫牛もすかさず一メ―トルほどの針を投影させ、出雲へ切りかかった。


「ねぇ?あんたさ、こっちに入らない?カ、ズマ?って奴は管轄外だけど、あんたなら良いと…」

「喋る余裕があるなら、カグツチについて答えろ」


 出雲は縫牛後方の地面から、背中目掛けて刀を射出させた。


 対して縫牛は針を地面へ突き、跳び箱のように飛び上り、射出された刀をいとも簡単に避けた。


「つまんな―。だっから余裕なんだって」


 出雲は次々に刀を持ち替え、縦横無尽に切りかかっていった。


 縫牛はその都度余裕そうに避けてゆき、出雲へ距離を詰めていった。


「影法師機関とかダルくね?カグツチは楽だよ―。何しても許されるし、実力主義で」

「私には警察という仕事があるんだ」

「ふ―ん、頭固っ」

「あなたこそ、なぜカグツチになんか入った?」

「あなた呼びも嫌。てか関係ないだろ?」

「はぁ、話しても(らち)明かないか…」

「ま、だろうな。じゃあさ―、そのちのはばぎり?つったっけ。実力の差、思い知らせてやるよ」


 出雲は背中に悪寒が走り、縫牛と距離をとった。


「え―っと、多分こんなだよな。う―ん【投影―千本針】は―えろっと!」


 縫牛が再び指をパチンと鳴らすと、針が地面から無数出現した。


 その範囲は縫牛を中心として半径百メ―トルほどであり、出雲の投影と比較し明らかに格上であった。


 出雲は咄嗟に木へ飛び移り、銃を構えた。


(なんだその規格外の投影範囲は、)


「飛び道具もあんのかよ。ま―でも、銃構える時点で詰みだよね」

(確かに、地羽々斬は接近特化。遠距離となると投影の操作が厳しい。…読み間違えたか)


「読み間違えだな出雲」

「え?」


 声の先を見てみると、木の上でこれまた余裕そうな顔の劉芽が横になっていた。


 そのあまりの緊張感の無さに、出雲の緊張も切れた。


「劉芽さん!いつから?」

「王とそいつが戦ったんだろ?かなり遠くまで聞こえたよ」

「えっと状況はですね…」

「いや、今はいい。概ね把握した。一先ずこいつ殺すぞ」


(あのおっさん、資料にあった蒼龍の…)

「ふ―ん。救援来ちゃったかぁ」


 そう言うと縫牛は地面の針を浮かせ、出雲らへ射出させた。


「もうなんかめんどいから、ぜ―んぶ撃っちゃうね」


 射出された針はその数「千」と言いながら、有に「万」を超えていた。


「出雲、このくらいはいけるだろ?……合わせろ」

「は、はい!」


 劉芽は蒼雲を構え、出雲は残った影力で歪刀を構えた。


「【投影(とうえい)(ぜつ)乱散(らんさん)】」

「【投影(とうえい)歪刀(いびがたな)三十(さんじゅう)】」


 劉芽の蒼雲は瞬く間に分身し、金属の擦れるような音とともに複数の斬撃を繰り出した。


 その勢いに辺りの木々は木屑と化し、地面から竜巻のような風も舞い上がった。


「………うわ―すんごい。勝てねぇわこれ、退散退散」


 影の針は火花を散らし、砕け、薙ぎ払われた。


 劉芽は表情変えず切り続け、音が止み風が止まった。


 辺りは見違えるほど見晴らしが良くなり、縫牛の姿は無くなっていた。


「…斬撃の飛び火でやったんですかね?」

「んや、逃げた気配がした」


 すると、遠くから走る音とともに八蒔が弓張月で飛んできた。


「合流したんですね。出雲さん大丈夫ですか?」

「ごめん大丈夫。そっちは?その様子じゃ何かと戦ってたんでしょ?」




 八蒔は木々を飛び回り、貘二体の攻撃を避けていた。


(王追って来ないけど、出雲さん大丈夫かな…)


 すると遠くで怒号が鳴り響き、同時に貘二体は骨が抜けたようにおぼつかなくなった。


 その隙に八蒔は後ろへ回り込み、弓張月で形成させた月型の影を貘二体へ射出させた。


 貘二体はたちまちボロボロと崩れ、八蒔はようやく投影を解いた。


(今のは爆発音?出雲さんの方からだ、向かわなくちゃ)


「【投影(とうえい)弓張月(ゆみはりづき)】っ痛」


 足のふくらはぎを見てみるとひどく腫れあがっていた。


 それもそのはず、弓張月は本来単発の技であり、常時発動するような仕組みではなかった。


 そのため、アドレナリンが切れた今、酷使した足が痛み始めていた。


(ずっと飛び回れるような投影を考えなくちゃ。……ともかく、)


 八蒔は痛む足を摩りながら、極力弓張月で出雲の所へ向かった。



「……それは迷惑をかけた。ごめん」

「警察が油断すんなよ」

「たまたま王が俺に興味を示しただけですし、」

「甘ったれるな。首飛ばされたら終わりだぞ」

「すみません気を付けます」


 その後三人で状況を共有し合い、跡地を改めて調べることとなった。


 幸か不幸か劉芽達の投影により、埋まっていた地面が掘り起こされ、集会所が少し隆起していた。


「どんな戦いしたんですか?平地でしたよここ」

「花火大会だ」

「え?どゆこと」

「あはは」


 土の重さで崩れ、さらに流されたということもあり、集会所からはこれといった物は見つからなかった。


「後は応援を呼んでからだな」


 劉芽はタバコに火を付け、遠くを見渡した。


「劉芽さん、王は俺のことを『怨帝』と勘違いしていました。もちろん俺は人間ですし、災害時は生まれたばかりでした」

「お前が怨帝?何馬鹿なことを」

「俺もそう思います。劉芽さんはあの日、怨帝と戦ったんですよね?怨帝は…その、どんな感じでしたか?」

「あれはまさしく、『災害』そのものだ。荒れ狂い、それでいて影の操作は細かく、殺すことに特化しているような影法師だ」


 八蒔は、王の言っていたことがずっと気になっていた。


 王は「見た目が似ている」などといったことではなく、「気配」という観点で八蒔に怨帝の面影を見ていた。


 とても信じがたいことだったが、影と親和性が高い貘がそう感じたならば、かなりの説得性を帯び始めてしまう。


「劉芽さんから見て、俺から怨帝の気配を感じますか?」

「くどい、何度も言わせるな。確かにお前は影力が馬鹿みたいにある。だがな、怨帝はそういう次元じゃない。あれはほぼ貘だ。お前と似ているところなど、微塵も無い」

「で…すよね」


 その二人の会話を出雲は少し離れた所から眺めていた。


 出雲は今回のことで二人に共有していないことがあった。


 それは、八蒔には「完成形」なるものが存在しているということである。


 縫牛の言うように、八蒔に完成形なるものが存在し、王が八蒔に怨帝の気配を感じたとするならば、怨帝の復活と八蒔は何かしらの因果があると考えられる。


(八蒔くん自身が怨帝?または、八蒔くんの中に怨帝が眠っていて、それを目覚めさせるために、影法師としての成長が必要?こんな状況、さすがに出来過ぎている…きっともっと複雑だ)


「何かあったときのために、影法師としてもっと磨かないとな」


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