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牲命蝕流填編 第8話:再逢

「信仰していた?」

「災害以前のことだがな」


 八蒔(かずま)出雲(いずも)は「カルト教団を調査している警察関係者」という体で、話を聞いていた。


 もちろん「影法師」等の内容は言わずに。


 最初は警戒され、今にも鎌を振り下ろされる勢いであったが、咄嗟に出雲が警察手帳を見せ、何とか話を聞いてもらえる状況にまでなった。


 三人はぎこちなく倒れた木へ腰かけ、寒さに息を白くしながら話を続けた。


「それにしても…警察も人手不足なんだな。こんな子ども使って、まだ中学とかだろ?」

「あはは確かに」

「まぁ色々あって」


 彼の名前は、稀日豊(まれびゆたか)この村唯一の住民であり、数少ない「生き残り」らしい。


「それで、この村に何があったんですか?」

「何ってねぇ…ん―まぁ。んん…」


 稀日は空を見上げ、苦虫を嚙み潰したような、悲しそうな表情を浮かべた。


 どこか話すのを躊躇し、それでいて話したそうに口をもごもごと動かしていた。


「話せることだけで良いので、話してもらえないでしょうか?」

「んまぁ、信じてもらえないだろうけどさぁ………四十年前、この村は狂ってたんだよ」


 遡ること四十年前、この村山の一角を謎の集団が買い取った。


 その集団は後に太陽が照らす会、「陽照会(ようしょうかい)」と名乗り、宗教紛いなことを始めた。


 最初の方は「胡散臭い」と村でも危険視され、誰も気にも留めなかった。


 しかし、あるとき村の若者が遊び半分で陽照会へ近づいてしまった。これが凶兆であった。


 その若者は行方不明となり、直ちに村民全員へ「陽照会には近寄るな」とお達しが出た。


 そして一週間後、驚くことに行方不明になっていたその若者は死んだはずの実母を連れ、山から降りてきた。


 その光景に村民一同は驚愕し、若者へ事情を聞いた。


「どういうことなんだ、お前のお母さんは数年前に…」

「だから、これは奇跡なんだよ!」

「何があった?『アレ』は……本当に、本物のお前のお母さんなのか?」

「最初は冷やかしで近づいたんだ。もちろん馬鹿なことって分かってた。話を合わせて、『こんな集団内側から壊してやる』と思ってた。でも、話していくうちに母ちゃんに会えるって言われて。試しに墓の場所を教えたらこの通り、母ちゃんは生き返ったんだ!」

「そんなことあり得ないだろ?」

「確かに母ちゃんは記憶を無くしているし、まともな会話もできない。でもほら見てよ!母ちゃんなんだよ!俺の!」


 若者は何かに取り憑かれたように人が変わり、ますます陽照会へのめり込むようになった。


 その後、話を聞きつけた村民達が次々と陽照会へ入会し始め、ついには村長さえも入会してしまった。


 みんな誰かを失った辛さを抱えており、その人智を超えた力に魅了されてしまった。


 村は少しずつ陽照会へ侵食され、入会してない者が逆に虐げられるようになった。


「そんなことがこの村で…」

「例によって、俺の母さんも陽照会にハマっちゃったんだ。父さんが死んで落ち込んでたから、そこへつけ込まれて…」


 稀日は下を向き、手を振るわせながら再び悲しそうな表情を浮かべた。


「胡散臭くても、父さんが帰ってくるならそれでいい、そう思っていた。でも…」

「そんな上手い話は無かった」

「ああ。陽照会は人殺しだ」


 陽照会は誰かを生き返らせる代わりに、「捧げ者」と称し、村民の中から五人の犠牲者を選ぶよう促していた。


 だからこそ、入会していない者達が格好の標的とされ、最後には命欲しさに入会してしまっていた。


 生き返らせる「息返(ふきがえり)の儀」は月に一度行われ、特に信仰の厚い者に誰を生き返らせるか、その権利が与えられた。


 記憶・人格こそ蘇らせることができないものの、遺体さえあれば誰でも生き返らせてもらえ、村民達は必死に信仰を深めた。


「命を犠牲に、命を生み出す儀…」

「もし、捧げ者とやらがその人数に達しなかった場合はどうしたんですか?」

「……村民の中から信仰の薄い者がランダムに選ばれるシステムだった」

「じゃあこの村が誰もいなくなったのって…」

「毎月、少しずつ『鬼灯様(ほおずき)』にもっていかれたんだ」

「鬼灯様?」

「陽照会は鬼灯様という神を信仰していたんだ。『無駄な魂を糧に、価値ある魂を救う』を信念に」


 鬼灯様は信者の前へ決して姿を現さず、どんな声で、どんな顔で、どんな姿なのか、誰も知らなかった。


 唯一姿を現すのは、捧げ者を「糧」とするときだったらしい。


「あれは人間じゃない。妖怪とかそういう類のモノだ」

「なぜそんなことを知っているんですか?」

「それはもちろん、俺が……その捧げ者として選ばれたからだ」


 稀日さんによると、稀日さんはお父さんを生き返らせるために捧げ者として選ばれたという。


「今でも覚えているさ…」



 暗く、冷たい雨の中。女性は子どもを連れ、山を登っていた。


 服は所々破け、素足には枝が刺さり、血が滲んでいた。


 次第に上がる呼吸は辺りへ響き渡り、それに応えるように遠くで生き物の叫び声がした。


 恐らく「捧げ者」達の悲痛の叫びだろう。


 幼い稀日にでさえ、それは分かっていた。だからこそ逃げようと、必死にお母さんを説得した。


「やだよ!行きたくないよ!お゛母さん!」


 稀日は何度も何度も懇願した。


 しかし、女性の目には何も映ってはいないようで、ただひたすらに遠くを見つめていた。


「お母さん!お母さん!何か言ってよ!!」


 稀日は必死に腕を振り解こうとした。しかし、子どもの力ではどうにもならなかった。


「いだい!いだぁいよ!っやめてよ!お゛母さん!」


「わた、しが生きる、ため……わたしが、」


 女性の目には自らの「生」のみが映っていた。


「せっかく鬼灯様に選んでいただいたんだ!数に達しなければ、その命に背くことになる!そうなれば、真っ先に補填とされるのは私なんだよ!」


 それはもう母親ではない別の何か。


「母さんの目の中には黒く、何かが渦巻いていた。それこそ操られているような」

「それで結局、稀日さんは捕まっちゃったんですよね?」

「ああ。恐ろしかったよ。手足に杭が撃ち込まれて、木の台に貼り付けにされた」


 そう言うと稀日は手に巻いていた布をぐるぐると取り始め、その傷穴を八蒔達へ向けた。


「母さんに捨てられたことと、あまりの痛みで絶望したよ。子どもながらに人間の弱さを感じた。何かに依存していないと生きていられないんだなぁって」

「でも稀日さんが今生きているってことは…」

「監視の目を搔い潜って祖父が助けてくれたんだ。まぁそのせいで祖父も母さんも捕まって、糧とされちゃったんだけどね」


 何度もその光景を咀嚼し、絶望に浸った日々を思い出す稀日の表情は、自分を納得させる理由を探しているようであった。


「それで、鬼灯様の姿を見たんですよね?」

「ああ。赤い着物を着た人型の蛇だった」

「蛇?」


 子どもの稀日は林の影から儀式の様子を見ていた。


 煌々と立ち上る(やぐら)の炎、木に打ち付けられた捧げ者達は鬼灯様を取り囲むように配置され、全員既に虫の息であった。


 その中には稀日の母らしき者もいた。


 その姿は弱々しく、あばらが見えるほど痩せ細っていた。それもそのはず、行き過ぎた信仰心は生活を乱れさせ、まともな食事など摂っていなかった。


 鬼灯様は赤い着物に身を包み、顔には般若のような、鬼のような面を付けていた。


 その後、捧げ者達をゆっくりと舐めるように吟味すると、面を取り、捧げ者の一人を丸飲みにした。


(ば、化け物じゃないか…母さん達はあんなのを信じて、)


 稀日は口を押さえて恐怖に震えていたが、見ずにはいられなかった。


 鬼灯様はその後も一人、二人と捧げ者を丸飲みにし、数を減らしていった。


 そして、稀日の母を飲み込むためにこちらへ顔を向けた。


(やっぱり…人間じゃない、『蛇』だ!)


 櫓に照らされたその顔は蛇そのものであり、鱗のようなモノが艶やかに反射していた。



「それから俺は祖父が使っていた山小屋へ身を隠し、今まで生きてきた」

「…それは大変でしたね」

「陽照会はその後も存在してたんですか?」

「それがな、何もかもあの日終わったんだ」


 十五年前のあの日、村民全員集合の集会があり、嫌な予感がした俺は遠くの方から集会所を観察していた。


 集会所へ入っていく村民の足は軽やかで、何かを待ち望んでいるような、満足げな表情をしていた。


 その様は不気味で、まさに薬でも盛られているかのようであった。


 そして、最後の村民が建物に入ったその瞬間であった。


 集会場から大きな爆発音のようなものが鳴り響き、黒い渦が屋根を突き破り、空へ伸びていった。


 あまりの勢いに山は大きく揺れ、大規模な土砂崩れが起こった。


 集会所はたちまち土に埋もれ、次第に黒い渦は途絶えていった。


「いやぁ、あれは危なかった。俺も巻き込まれてな。まぁ幸か不幸か、山にずっと住んでたから、そこんとこは何とか死なずに済んだんだ」

「なるほど…出雲さんやっぱり、」

「うん、災害について少し分かったかもね」


 稀日さんによると、災害後生存者を捜索したものの確認できず、全員土砂崩れによって死んだという。


 八蒔と出雲は何か得られたような気がし、稀日に教えてもらった集会所跡地へ向かうこととなった。


「陽照会と黒い渦、謎の儀式に面。一体あのとき奴らは何をしたんですかね?」

「世界同時多発災害、そんな大規模に起こせた理由は各地で今回みたいなことを起こしていたから…って考えるのが妥当だよね」

「でもそんな動きがあったら影法師機関も察知できるんじゃ、」

「劉芽さんも何か知っているかも。跡地の場所は送ったし、合流して聞いてみよう」



「特に怪しい点とか無いよな―」


 跡地と言っても、ただのなだらかな地面という印象であった。


 土砂崩れを起こした影響なのか、上を見上げると地面が(えぐ)れたような形状になっており、今にも崩れそうな崖になっていた。


「集会所を掘るのも、どれだけ深いか分からないし、僕達の手には余るね」

「やっぱり大がかりに掘り出して、資料とか取り出すんですかね?」

「ソうイウコと、スルんダァ」


「え?」


 八蒔が出雲の方を振り返ると、そこには出雲ではなく赤い着物に身を包んだ人型の「蛇」がいた。


「【投影(とうえい)弓張月(ゆみはりづき)】!」


 八蒔は瞬間的に距離を取り、即座に傾影(けいえい)を確認した。


(おかしい!傾影は常時発動させていた。なぜこの距離で気がつかなかった?出雲さんは?)


「ア―ア、ワカっテるヨ。オナカまハ、アそコ」


 蛇の指差す方には出雲が倒れていた。


 頬には打撲痕が見受けられ、意識が無いことは把握できた。


 しかし、安否は分らず、どのような状況なのかも吞み込めなかった。


(こいつ、他の(ばく)よりも流暢に言葉を…)


「お前、出雲さんに何をした?お前が…下水道の王か?」


 蛇は喉を揉むと、久々に言葉を交わすのか喉を低く鳴らした。


「ヒトツぅ、オナカまハたブンキぜツ。フタつゥ……ソウよバレてイタ。ワタシ、『ホおズキサま』」


 そう言うと下水道の王はたった一歩で八蒔へ接近し、顔目掛けて拳を放った。


 対して八蒔は、動揺したものの素早く弓張月で右足を強化し、後方へ避けた。


 もちろんカウンタ―も忘れず、飛んだ勢いを使って影を纏わせた左足を王の顔へ打ち込んだ。


 王は胸から腕を生やし、素早く八蒔の蹴りを受け、地面を滑った。


「お前らの目的は何なんだ!」

「ナニヲ、イっテる?ワタシはアナたサマヲマッテいタ!ズッと!ジュウごネンかン!」

「俺を待っていた?」


 下水道の王は胸の中へ腕を突き刺し、人間の頭のようなモノを二つ体から引き出した。


 そして八蒔へ向けると、頭から体が生え、下水道内で王が吐き出した貘のような見た目と成った。


「コノけハイ!ワスレナイ!ナゼわタシをオイてイッタ?エンテイさマ!!!!」

「……え、怨帝(えんてい)?俺が?」


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