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牲命蝕流填編 第7話:凶兆

 暗く、冷たい雨の中。女性は子どもを連れ、山を登っていた。


 服は所々破け、素足には枝が刺さり、血が滲んでいた。


 次第に上がる呼吸は辺りへ響き渡り、それに応えるように遠くで生き物の叫び声がした。


「やだよ!行きたくないよ!お゛母さん!」


 子どもは何度も何度も懇願した。


 しかし、女性の目には何も映ってはいないようで、ただひたすらに遠くを見つめていた。


「お母さん!お母さん!何か言ってよ!!」


 子どもは必死に腕を振り解こうとした。しかし、子どもの力ではどうにもならなかった。


「いだい!いだぁいよ!っやめてよ!お゛母さん!」


「わた、しが生きる、ため……わたしが、」


 女性の目には自らの「生」のみが映っていた。


 それはもう母親ではない別の何か。黒く、光が当たらない深化した獣の(まなこ)がそこにはあった。








「本当にここから入るんですか?」

「あぁ。暗くて、臭くて、汚ねぇけどな」


 八蒔(かずま)出雲(いずも)は、劉芽(りゅうが)とともに芽吹きダムの地下へ来ていた。


「本当に偶然ですね。たまたま修行していた場所で任務が発生するなんて」

「馬鹿言え、元々調査兼任務だったんだよ」

「じゃあここの訓練所に決めたのも、芽吹きダムがあったからなんですね?」

「ああ、亘芽のジジイに言われてな」


 「下水道の王」が最初に発見されたのは今から四十年も前のこと。


 当時、芽吹きダム周辺で行方不明事件が多発しており、影法師機関も調査を進めていた。


 調査の結果、下水道に住まう巨大な(ばく)を発見し、多くの影法師が処理へ向かった。


 しかし想定よりも強力で、帰ってくる者は少なく、被害は増す一方であった。


 その貘の成長速度は、野良の貘とは比べ物にならないほどであり、いつしか「下水道の王」と呼ばれ、多くの影法師に恐れられるようになった。


「そんな貘がなぜ一度姿を消したんですかね?」

「さぁな。噂では、ある名付きの影法師が調査へ乗り出した途端、目撃情報が無くなったんだと」

「それがまた目撃されるようになったのか…」

「どうやら上は、カグツチと何らかの相互性があると踏んでるようだけどな」


 調査資料によると、下水道の王はその能力のほとんどが不明であり、分かることと言えば芽吹きダムを中心として生息していたことくらいである。


「てか、ダムの地下にこんな空間あったんですね?」

「それもなぁ、」


 劉芽は芽吹きダム付近の配管図を取り出した。しかし、どこか違和感があった。


「配管を無理やり捻じ曲げて、繋げたみたいな形ですね?」

「ああ、誰かが意図をもって作ったようだ」


 劉芽さんによると、奇妙なことに影法師が調査へ乗り出したタイミングで、芽吹きダム管理者全員も忽然と姿を消したという。


「何の意図があってこんな」

「下水道の王が移動しやすくなるからかな?でも、被害が出ていたってことはすぐに見つかって処理される可能性もあったのに…」

「もしかしたら、影法師達をおびき寄せるのが目的だったのかもなぁ」


 しばらく進むと開けた場所に出た。


 その広さは学校のプ―ル五つ分ほどあり、とても広大で天井も声が響くほど高い造りになっていた。


「下水のプ―ル?…汚いな」

「ここは多分ポンプ場だと思うよ。下水処理場まで距離があるから…でもおかしいな、ポンプも何も無い。ここもいじられたポイントなんですかね?」


 劉芽を見ると、いつ投影したのかその手には蒼雲(そううん)が握られており、殺気立った目で水中を睨んでいた。


「おい、お前ら…」


 目線の先の水面からぶくぶくと泡が立ち、明らかに何かがいる気配がした。


 その様子を見た八蒔はすかさず傾影(けいえい)を使い、周辺の影を探知した。


「これは…水越しでも分かる、」


 なぜ気づかなかったと思うほど、そこには強い影が渦巻いていた。


「こんな簡単にラスボスかよ…いや違ぇのか?」



 その瞬間、水中から黒い岩のようなモノが凄まじい速さで飛来した。


 対して劉芽は表情を変えず八蒔と出雲へ目線を移した。


「おいお前ら、」

「【投影(とうえい)弓張月(ゆみはりづき)】!」

「【投影(とうえい)歪刀(いびがたな)(じゅう)】」


 八蒔は弓張月で岩のようなモノを素早く蹴り、出雲は十本の歪刀で受け止めた。


「んっ!なんだこれ?」


 黒い岩のようなモノはドロドロとした質感で、所々煙が立っていた。


「十中八九影の塊だろうな、」

(ん?いや、妙だ)


 出雲はゆっくりとその黒い岩のようなモノ降ろし、投影を解いた。


 すると、下水道の王らしきモノはこちらの実力を推し量ったように、ゆっくりと下水道の奥へ遠ざかっていった。


「劉芽さん、王が!」

「チッ逃げんなよ。お前ら追うぞ!」


 その様は付いて来いと伝えたいのか、ただ逃げただけなのか、正直定かではなかったが三人は直ぐさま走り出す姿勢をとった。


 その瞬間であった。


 先ほど飛来した黒い岩のようなモノから無数の腕が生え、指を刃物のように尖らせ、凄まじい速さで向かってきた。


 そのあまりの速さに八蒔と出雲は反応が遅れ、刃先は二人の後頭部数センチ近くまで接近した。


「はぁ、集中欠けてるぞ。【投影(とうえい)(ぜつ)乱散(らんざん)】」


 劉芽の刀が分身するように増え、伸びてきた腕全てを縦横無尽に引き裂いた。


 そのあまりの速さに八蒔と出雲は再び動けず、ただ茫然と立ち尽くした。


「お前ら、修行活かしきれてないぞ。またやるか?」


 八蒔と出雲は、取れそうになるほど首を横へ振った。


「何なんですかねアレ?」

「はぁ貘だな。王の奴、訳の分からんモノ吐き出しやがって」


 黒い岩のような形状だった影の塊は、次第に人のような形状を成した。


 顔に手を突き刺し、無理やり口を形成させ、ゴキゴキと音を立て体を伸ばしていった。


「いィイっかセェ、なイナい―――ヨ?」


 二足で立っていた貘は勢い良く手を付き、四足の体勢となった。


「貘から貘って生まれるものなんですか?」

「まちまちだ。それよりも、癪に障るな…コイツ人の魂が複数混ぜ込んである」


 劉芽が示す貘の背中では、人の顔が隆起と沈みを繰り返していた。


 それでも、どう見ても見た目は黒い一体の貘、八蒔と出雲にはそれ以上のことは認識できなかった。


 八蒔は力不足を感じ、思わず傾影を使おうとした。


「八蒔、止めておけ。この距離でこの濃度の影は当てられる」

「そんなにあいつ強いんですか?」

「現にお前ら反応遅れただろ?推定だがアイツ、影齢(えいれい)三十年はあるぞ。まぁ、それも無理やり混ぜ込んで高めているだけだろうけどな」

「なんで人の魂って分かるんですか?」

「形だ。魂に人の形が残っているんだ」


 劉芽さんによると、魂の総量はあらかじめ決まっており、常に新たな器(体)を求めて彷徨っているという。


 そのため、天国や地獄といった「あの世」という概念は本来存在せず、生と死を繰り返すこの循環こそが、我々の住む陽の次元らしい。


「魂はな、器に定着するまでに時間がかかるんだよ。逆に言えば、寿命が長ければ長いほど魂は器の形に順応し、感情や記憶を強く残す。アレはそれが滅茶苦茶だ、今にもはち切れそうになっている」

「『前世の記憶』みたいなものですね。なら、自然と消滅する貘は子どもの魂の場合が……」

「出雲、今は真面目に影について学んでる場合じゃねぇ」


「われヲオ。ぼッくヲおイて、ハナすナァ!」


 貘は癇癪を起し、地面を叩き壊した。


「ほらお怒りだぞ」

「あ、はい。【投影(とうえい)歪刀(いびがたな)】」


 貘の体は先程より大きくなり、全身が鱗のようなモノで覆われていった。


 顔にはエラのようなモノも隆起し始め、胸部から無数の腕が伸びていた。


「来るぞ、」


 複数の腕が初撃よりは劣るが、それでもかなり速い速度で劉芽達へ向かってきた。


「お前らは王を追え、逃げるってことは真っ向から勝負できない理由があるってことだ。まぁ、誘っているだけかもしれねぇけどな」

「は、はい」

「分かりました!」


 そう言うと劉芽は伸びた手を次々に切り始め、貘へと向かっていった。


 対して、その様子に戸惑いながらも、八蒔と出雲は王を追って下水道を進んだ。





「なゼ、ナゼひとリ?ヨゆうってコとカ?」


「…………お前、今、下水道の王より強いだろ?お前ら一体何考えてんだよ?」


 長年の勘、そうとしか考えられなかった。


 最初に下水道の王に感じた影の圧は影齢四十~五十年モノほど。


 だからこそ劉芽は警戒し、蒼雲を構えた。


 しかし、王がこの貘を吐き出した途端、王の影の気配は急激に弱まった。


 それ故の王逃亡。劉芽はそう考えた。


 確証が持てない現時点で、これを八蒔達には共有しなかった。


 だからこそ王を追わせ、この貘は自ら処理しようと考えた。


 しかし警察の嗅覚か、出雲は何となく察しがついていた。


 ただ、劉芽が言い出さないあたり、その可能性を確かなものとして信じることはしなかった。



「おマェラは、ォおマエらにハ、おシェえなァ――――イい」

「あぁそ、」


 劉芽は蒼雲を投影させ、貘目掛けて投てきした。


 貘はかなりの速度の投てきであったにも関わらず、その刀を生やした腕で白羽取りし、さらには三枚におろし、下水へ投げ込んだ。


「このくらいの硬度なら、お安い御用だって?…仕事が速くて器用、俺の嫌いなタイプだよ。その速さ活かして早く死んでくれよ」

「ワレぇ、おれモ、オまエェ、キライい」


 劉芽は影で足場を作りながら貘へ接近し、体を回転させ、新たに投影した蒼雲を貘の頭目掛けて振り下ろした。


 対して貘は、追加で生やした複数の腕でその一撃を受け止め、素早く跳躍した。


 さらに腕を二十本ほど増やすと、先端をドリル状に尖らせ、雨のように劉芽へ降らせた。


 劉芽は足場を空中にも顕現させ、腕を切り裂きながら階段を登るかのように天井へ近づいていった。


「お前、どうやって生まれた?」

「ボく、ワタァしハ、たチは、オうノさサゲモの。イウこトぜェったィ―!」

「捧げもの?自ら貘になったってことか?」


 劉芽は天井に刀を刺すと、それを伝って天井を移動し、防御の薄い貘の下半身を素早く切り付けた。


 それによって貘は体勢を崩し、劉芽への視線を一瞬外してしまった。


 劉芽はその隙を見逃さず、胸部全体をマス目状に入り裂いた。


「オまぇ、モハヤクてぇキよっう。ウデまニアワなァい!」


 貘が天井から落ちそうになると、劉芽は生えていた全ての腕と、胴体を刀で貫き、天井のコンクリ―トへ固定させた。


「俺強ぇからな、しょうがねぇよ」


 劉芽は貘の周りのコンクリ―トごとえぐり切り、貘は標本の虫ように身動きが取れないまま汚水へ落ちていった。


 水しぶきが噴水のように立ち、下水のつんざく臭いが舞った。


「シヌウなコレえ、こロされル!」

「被害者ぶるなよ。王とやらに躾されてないのか?【投影(とうえい)降灑(こうさ)】」


 先程の貘の攻撃が微雨であったと思えるほど、劉芽の斬撃の雨は速く、鋭く、強い確かなものであった。


「オ、オう………アとはイノりィまス」


 貘は微塵も残らずミンチと化し、そのあまりの威力に壁や床が悲鳴を上げ、崩れ始めた。


「やば、やりすぎた。針卜(しんぼく)に怒られるかも」




 一方、八蒔らは下水道を抜け、森のような場所に出ていた。


「どうなってるんだこれ」

「劉芽さんの地図によると、こっちにはまだ下水道が続いているはずじゃ、」


 出雲が携帯で調べると、芽吹きダムから八キロメ―トル離れた山へ位置情報が立っていた。


「もしかしてどこかで見失った?」

「いや、距離はあったけど、投影で追ってたからここら辺で合ってると思う…けど」


 八蒔は改めて傾影を試みたが、近くに下水道の王らしき影を感じ取ることはできなかった。


「劉芽さんを待った方が良いのかな?」

「いや、下水道の王が優先かな。メ―ルは送っておくよ。とにかく足で探そう」


 その後も、投影を試しながら山を降りていき、見晴らしの良い崖に出た。


「あれって村だよね」

「うん、だと思う。でもマップに載ってないから、相当小規模なんだろうね。災害以降閉ざされた地域も少なくないみたいだし」

「なら、傾影で探りながら山を降りて、聞き込みしよう」

「うん、駐在所もあると思うし何か聞けるかもね」


 そのときであった。


「……お前ら、何者だ?なぜここにいる?どうやってここまで来た?」


 振り返ると、鼠色で継ぎ接ぎだらけの服を着た男性がそこに立っていた。


「え、あ、こんにちは。ええと私達は…」

「八蒔くん、この人…」


 一歩歩み寄ろうとする八蒔を出雲は腕で静止させた。


「お前ら……もしかして教団の者か?」


 その手にはひどく錆びた鎌が握られていた。


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