牲命蝕流填編 第4話:戦線
「先頭の車両と、最後尾の車両に『貘』を配置した。さぁ、対処してみせろ」
車両が大きく揺れ、スピ―ドが上がった。
立っていた人のほとんどがその場へ倒れ込み、多くの人が床やポ―ルへ打ち付けられた。
その騒ぎと同時に出雲は飛び起き、すぐさま倒れている人へ駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか、頭打ってないですか?」
「はい…電車が急にスピ―ドを上げて、」
(確かに通常ではあり得ないスピ―ドが出てる…)
辺りを見回すと、血だらけの人、意識の無い人、悲鳴を上げる人で車内は騒然としていた。
「これは一体………車両の故障?はっ!八蒔くん大丈……夫?」
出雲が八蒔の方を振り向くと、騒然とする車内で八蒔とその横の黒いフ―ド姿の何者かは、場の空気にそぐわぬほど静かに下を向き、微動だにしていなかった。
八蒔の顔は青ざめ、額には汗が滴っていた。
それは、明らかな怯えの表情であり、直感的に横の黒いフ―ド姿の何者かが怪しいと思った。
(なんだあいつ?もしかして…)
出雲は思い立つとすぐに立ち上がり、目の前までゆっくりと歩み寄った。
「ちょっとすみません。あなた、この状況何か知ってたりしますか?」
「…………僕、ですか?」
「間違っていたら申し訳ないのですが、もしかしてこの騒ぎの原因だったり…」
その言葉に黒いフ―ド姿の何者かは小さく微笑んだ。
「さすが警察、起きてすぐ周りの人を心配するか。いいね。気に入ったよ、い・ず・もくん」
「…なんだお前?」
黒いフ―ド姿の何者かはゆっくりと立ち上がり、顔を上げた。
今までフ―ドで見えなかったその顔が車内の明かりに照らされ、はっきりと見えるようになった。
「え?」
黒いフ―ド姿の何者かは顔の半分、鼻の下までを白い兎の面で覆っており、左目の下に太陽のような印を付けていた。
眼球に至っては白目部分が無く、吸い込まれそうなほど黒く渦巻いていた。
その底の無いような黒く、止めどない殺気の籠る目には、どこか貘と同じ気配がした。
瞬間的に出雲は、蛇に睨まれた蛙ように恐怖で動けなくなってしまった。
「もう―、この程度の圧で気圧されないでよ。まぁいいや…何も感じないそこらの馬鹿どもとは違って、まだ伸びしろはあるか。いいね、気に入ったよ!」
黒いフ―ド姿の何者かは立ち上がり、窓へ向かって歩き始めた。
「おい。逃げんなよ。………俺達が怖いのか?」
八蒔は顔を上げ、唇を震わせながら言い放った。
対して黒いフ―ド姿の何者かは、青ざめた八蒔のその表情を見て失笑した。
「君も存外、勇気あるねぇ。まぁ、その頑張りに免じて僕の名前を教えておいてあげる」
黒いフ―ド姿の何者かは、左手で自分の心臓を押さえた。
「僕は『累』、君の信奉者さ」
累はそう言うと、今度は右手を窓へ当てた。
すると、分厚い電車の窓に蜘蛛の巣のようなヒビが入り、いとも簡単に割れた。
ガラスが車内へ飛び散り、近くの乗客は悲鳴を上げ、隣の車両へ逃げ始めた。
「僕、次の駅だから。まぁ頑張ってよ、影法師さん」
電車が駅に入ると、車体とホ―ムが擦れ、耳障りな音が響いた。
しかし車両はスピ―ドを落とすことなく、突き進んでいった。
「あ―っと、この一件は偶然じゃない。周りには重々気をつけてね。さぁ、一対となって敵を倒そう!」
累は窓枠を掴み、高速で走行する電車から駅のホ―ムへ飛び降りた。
累がいなくなり、しばらくして二人の呼吸が落ち着き始めた。
八蒔は深く息を吐いて席にもたれかけ、出雲は空気が抜けたようにその場へ座り込んだ。
「何だったんだあいつ、明らかにヤバい奴だったなぁ、」
「はぁ、はぁ、カグツチらしいです…」
「やっぱりそうか。この状況、今どうなってるか分かる?」
「そうだ、出雲さん大変です!さっきの累っていう奴によると、先頭の車両と最後尾の車両に貘がいるそうで」
「それはまずいな。月宮さんに連絡はつくかい?」
携帯を見ると、電波のマ―クが一本も立っていなかった。
「いえ、地下鉄ということもあり…でもこの事態、さすがに地上でも騒ぎになっていると思います」
「助けを待つ…いや望み薄か。八蒔くん、立てるかい?私達で何とかしよう」
その後出雲の提案で、八蒔は先頭の車両、出雲は最後尾の車両へ向かうこととなった。
なお、互いに乗客を車両の真ん中へと誘導し、貘は各自で討伐することとなった。
「本当に出雲さんは最後尾の方で大丈夫なんですか?ここ三号車目ですよ、誘導する割合的に…」
「大丈夫。仕事上、誘導には慣れてるから。それにもし電車が何かに追突した際、一番被害が無いのは最後尾の車両だとみんな考えて後ろに多く避難していると思うから、早く誘導しないと」
「分かりました。出雲さん、死なないで下さいね」
「うん、八蒔くんも無理しないように。こっちが終わったらすぐそっちへ向かうから」
二人は二手に分かれ、貘討伐へと乗り出した。
八蒔は二号車目に入ると、先頭の車両と最後尾の車両で火災事故が起きていると乗客へ伝え、中央付近の車両へ避難するよう誘導した。
「みなさん、早くこっちへ逃げて下さい!こっちが安全です!」
そのとき前方から悲鳴が上がった。
急いで人をかき分け、先頭の車両へ入ると、運転席の側に血だらけで倒れている人がいた。
八蒔は残った人を避難させ、運転席の方へ目をやった。
そこには倒れている人が二人おり、その側に黒いボヤが立ち上っていた。
(何かがいる?貘か)
八蒔は少し緊張しながら、投影を試みた。
数日前、八蒔は針トから投影について講習を受けていた。
「『心・技・体』ですか?」
「はい、それが投影の基本です」
針トさんによると人は基本、魂と器で構成され、空間の中で成り立っているらしい。
そのため、人が干渉できるのは魂と器と空間に限られ、時間などには干渉できないという。
「だったら『心・技・体』じゃなくて『心・体・空間』じゃないんですか?」
「まぁそうなんですが…空間に関しては理論上、干渉できるというだけでその術は相当難しいとされています。影法師の中でも、空間を操れる者は十人もいないでしょう。それよりも、影を操る精神力、技量、耐えうる体を鍛えることが重要なのです」
「なるほど、」
八蒔はポテンシャル的に影を顕現させる素質はあるのの、未だそれを認識することはできていない。
そのため、まずは影を感じることから始める必要がある。
「それで八蒔さんに聞きたいのですが、今までで一番影を感じた瞬間はいつですか?」
その問いに対して、迷うことなく頭の中に施設の一件が浮かんだ。
八蒔は少し戸惑ったが、雛与のことが過り、正直に答えることにした。
「それは………あの施設のときです」
「あ、そうでしたか…辛いことを思い出させてしまって申し訳ないです、、」
針トは戸惑った表情で質問の内容を変えようと、考える素振りをとった。
「いえ、大丈夫です。でもそれに何の関係が?」
影は通常、感じることが困難な概念である。
そのため、影を感じるには早い話「影に由来するモノ」と接触すれば良いのである。
例えば、霊(貘)に憑かれたり、影によって死にかける体験をしたり、いずれにせよ影に接触することで断片的ではあるがソレを理解することができる。
「八蒔さんはあのとき、もの凄い量の影を顕現できていました。なので、あのときの感情や感覚を、辛いかもしれませんが思い出してみてください。人の感情にはとても強い力があります。場合によっては、影力に直結することも…」
「……分かりました。やってみます」
「肩の力を抜いて、感覚を精神に、一点に集中させて」
「はい…」
八蒔は思い出してみた。
(あのとき、俺は何かに飲み込まれそうだった。それは怒りや恐怖、喪失感であって「影」などといった「特殊なソレではない」そう思っていた)
(思い出せ、あのときの感覚から感情を引いたもの。残ったそれがきっと影…)
八蒔は自然と手で印を結んでいた。
(…さすがですね、八蒔さん)
印は言わば反復動作である。力のかかり具合、位置によって内なるモノを正しく巡らせられ、最大限に行使できる。
また、印の形は人によって異なり、適性がある。
今回の場合「禅定印」と呼ばれる瞑想の印であった。
(感情を思い出し、それを払拭する。残ったそれが、影。それを集めて出す…)
しばらくすると、手の中に穴が空いたような感覚がし始めた。
それはまるで泉が湧き出るがごとく、止めどなく。
「八蒔さん!目を開けてみてください!」
「え?」
目を開けると右手の中に黒い液体のようなモノが溢れていた。
「それが影です。よくすぐにできましたね、やっぱり素質ありますよ」
「この液体みたいのが、影?」
「まぁ、液体だったり、固体だったりは調整できますけどね」
八蒔は手に力を入れ、固体にできないかと試みたが影は液状のままであった。
「では、今から教えるのは『心・技・体』のうち、『体』の最も簡単な投影術です。その名も…」
「【投影―傾眼】…針トさんの言う通り、確かに見える!貘の姿がはっきりと!」
【投影―傾眼】は、目に影の感覚を集中させ、目と影を一体化させる投影術である。
全影法師が自然に行っているまさに「基本」の投影術であり、しかし、これにより貘はもちろん影全般を視認することができるようになるため、できるのとできないのとでは天地ほどの差があるという。
「キタこれ、こレだヨね?モぅアバれテぇいいぃ――――?」
「おぉ、マぇえガサキにあばレぅたンダロ?」
「コおそう!コろっソウウ!ヨに―ニ!」
車内には一メ―トルほどの貘が三体おり、猿のような耳に長い尻尾、大きな眼球が付いていた。
「がマんデキっん、な!」
すると、貘のうち一体がつり革を伝って八蒔に襲いかかって来た。
それに対し八蒔は冷静に貘の腕を掴み、床へ投げ飛ばした。
「小さい頃、柔道習ってて良かったぁ。ありがと、園長」
「イタい!イタぁイ!いタぁあい!なンデっサワれェる⁈」
「悪いな、手の平にも影を纏わせてるんだ。ここ数日の努力の賜物、ちゃんとできてる」
影は通常、触れることができない。厳密には密度が異様に低く、触れられないという表現が正しい。
そのため、影に触れる際は同じく影で触れるか、影の密度を高めて触れるしかない。
今回の場合、前者の方法によって貘の体に触れることができた。
「ほら、そこの二体も来いよ!」
一方、出雲は最後尾の車両で二メ―トルほどの大きさの貘と対峙していた。
「でかすぎるだろ!こんなの一人でいけるのか…」
その見た目は、人に近く、口は上下左右に裂けていた。
毛のようなモノが頭から腰にかけて生え、手が以上に発達していた。
攻撃は大振りの打撃が多く、それでいて巨体に似合わず小回りの利く立ち回りをしていた。
骨格という概念が無いようで、上半身と下半身をぐるぐる回しながら移動しており、動きが読みづらく、何度も出雲は壁や天井に打ち付けられた。
一応、貘用に針トから影で作った弾丸と銃が支給されていたが、如何せん貘の硬度が高く、致命傷を与えられている感覚は一切しなかった。
「これはジリ貧だな。てか、貘って…………」
ここで出雲はある問題に気がついた。それは央杜に「貘の討伐方法を教えてもらっていない」ということであった。
「え、こんなのどう倒せばいいんだよ!あ―八蒔くんに聞いておけば良かった!」
そのとき貘越しに、ドアの近くで蹲る子どもの姿が見えた。
(あの子、逃げ遅れたのか…)
その子どもは貘に見つからないように息を潜め、堪え泣いていた。
しかし、貘が接近するたび叫びそうになっており、見つかるのも時間の問題であった。
(一刻も早く貘を討伐しないと、でもどうやって…あ、)
出雲は気づいた、貘とは「魂や思念に影が宿ったモノ」。ならば影内にある魂や思念を壊せば貘が消えるということに。
(でもなぁ…影は見えるけど魂とか、さすがに見たことないしな。ん?影しか見えない………?だったら、影の無い所を攻撃すればそこが魂なんじゃ…)
「うわぁあああああ!」
そんなことを考えているうちに、隠れていた子どもが貘に見つかってしまった。
「まずい!できた試し無いけど、やるしかないか」
出雲は八蒔と違い、自覚は無いものの影を昔から視認できていた。それは血筋ということもあるが、出雲自身の素質が大きかった。
いわゆる「見える人」にとって、ソレらは通常見たくない対象である。
しかし出雲の場合、ソレらを視認することで避けようとしてきた。
それ故の影を操るセンスの高さ。投影を三日という異例の早さで顕現させ、現在はその硬度を調整する段階にまでなっていた。
「警察学校でもな!拳銃より、剣道の方が成績は良かったんだよ!」
(この際、硬度はどうでもいいか)
「【投影―歪刀】!」
出雲は刃先が所々歪曲した刀を顕現させ、素早く貘の後ろへ回り込んだ。
「よし…やっぱり予想は正しかった。毛で見えにくかったけどある!左胸に影の無い所!」
出雲は、素早く背面から左胸へ刀を突き立てた。
「本当に良いんですか?累さん」
「んまぁ、あの程度で死ぬなら。それまででしょう。それより、駅内の監視カメラは?」
「はい、全て壊しておきました!」
累は騒ぎに乗じて、部下の癸と駅から逃げようとしていた。
「でもあの量の貘、さすがのル―キ―でも…」
「ん?どういうこと?確か、先頭の車両と最後尾の車両にそれぞれ貘を一体ずつと命じたはずだけど」
癸は急に顔をしかめ、凄い量の汗をかき始めた。
「す、すびませ―ん!聞き間違いで…『一体』じゃなくて『いっぱい』配置しちゃいました」
「それは………さすがに、死ぬかもね」




