牲命蝕流填編 第3話:一対
警視庁刑事部捜査第一課、殺人や強盗などの凶悪事件を主に扱い、経験と能力の高さが求められる部署である。
そんな部署に今日、一人の若者が配属された。
「このたび刑事部捜査第一課に配属されました、八上出雲と申します!まだまだ未熟者ですが宜しく、」
「あ―ごめんごめん八上くんって言ったっけ?君、捜一じゃないらしいよ」
「え?」
災害以降、飢饉や医療の逼迫により多くの犯罪が発生した。
取り締まりの立場である警察もまた、一人の人間として自らの生活を優先した。
その結果、世界各地が無法地帯となり多くの被害者を生んだ。
影法師機関の活動は世界各地に根付いており、情報操作によって隠蔽され続けている。
そのため、国の重役達にはその存在が知らされており、災害の影響をそれほど受けずに済んでいた。
よって組織の再建は意外にも容易に行われ、二年と経たずして法律が再び機能し始めた。
しかし現在でもなお、戸籍や軽犯罪などの取り締まりについては手が回っていなく、地域によってはあの頃のままである。
「こんな状況にも関わらず、未解決事件捜査課ですか?」
「ああ、上層部からの命令だ」
出雲は公安の関係者とともに、新たに配属される「未解決事件捜査課」へ向かっていた。
「正直未解決事件なんて災害以降、資料もほとんど残っていないですよね?ただでさえ手が回っていないというのに」
「俺もまぁそう思う。けれどな、上層部命令は絶対なんだ。長いものには巻かれろ若者よ」
「また父ですか?いつもあの人が関わってくる」
「安心しろ、未解決事件捜査課は『ある意味』名ばかりの部署だ。お前にしかできない仕事がある」
「名ばかりの部署?」
私の父、八上壽郎は現警視総監という立場であり、八上家は代々日本の取り締まりの上層に居座ってきた。
そのため、私は小さな頃から親のコネを一心に受けて育った。
それでも兄の影響により、人を守る警察官になりたいと思い、努力のみで捜一まで登り詰めた。
(そのはずだったのに…)
「ここは…地下ですか?」
「ああ、限られた者にしか知らされていないけどな」
未解決事件捜査課は警視庁の地下にあり、用具入れのような部屋から入れるという。
さらに進むと階段があり、暗証番号、網膜認証によりドアのロックがようやく解除される。
「なんでただの未解決事件を扱う課が、こんなにも厳重なんですか?」
「俺も詳しいことは知らされていないし、言っちゃいけない契約なんだ。ほら、中に入れ。詳しい話は詳しい人に聞くんだな」
中に入るといくつかデスクがあり、上座にがっちりとした五十代くらいの男性が座っていた。
「このたび配属されました八上出雲です。宜しくお願い致します」
「央杜と言います、宜しくね。そんなに気張らなくていいから」
「八上、央杜さんも元々捜一に配属されてたんだぞ」
「そうなんですか?」
「災害前の話だけどね。とりあえず説明するからこっちに来てもらえるかい」
出雲は薄暗い応接室へ通された。応接室には隠し扉があり、さらに地下へ繋がっていた。
出雲は少し警戒しながらも、央杜に着いていった。
深く螺旋のような階段には、少しの明かりとお札のような紙が貼り付けられていた。
その宗教チックな雰囲気に出雲は不気味さを抱き、「自分はこの後どうなるのだろうか?」と様々な想像をした。
「何か見えるかい?八上くん」
階段下には踊り場のような空間があり、暗くてよく見えなかったが、その踊り場を囲むように檻のようなものが複数設置されていた。
「いえ、特には…何なんですかこの空間?」
「ここはね、怪物を収容しているんだ」
「怪物?獰猛な生き物ってことですか?」
「いや…」
央杜が階段下にあるスイッチを押すと、空間全体へ眩い光が降り注いだ。
あまりにもいきなりのことで、出雲は目が眩み、思わず腕で覆った。
「八上くん、もう一度聞くね。何か見えるかい?」
出雲はゆっくりと先ほどの檻へ目をやった。
「うわあああああああ!」
そこには複数の黒い怪物が檻の中でひしめき合っていた。
人間のようなモノ、動物の頭のようなモノ、もはやぐちゃぐちゃで、何かさえ判別できないモノ。
その気味の悪さと、怪物が放つ憎悪に出雲は吐き気を催した。
「これは貘という影の怪物さ。幽霊の類とかって言った方が分かりやすいかな」
「貘?幽霊?何言ってるんですか?」
「これが…君がここへ配属された理由だよ」
「私が配属された理由が、こ、これですか?」
「普通の人にこれは見えない。見えているのは私達だけさ」
その後、出雲は影の存在がどういうものか、影法師がどういう存在でどういうことを行っているか教えられた。
「いやいやいや、そんなことある訳無いじゃないですか」
「じゃあアレは?君には見えているのだろう」
「に、人形でしょ?分かりました、何か試してるんでしょ!父がまた変な気を起こして…」
そう言って出雲が檻に近づくと、檻から黒い針のようなモノが伸び、頬を掠めた。
その危うさに出雲はたちまち血の気が引き、腰が抜けた。
「コラコラ、近づくと危ないよ。それにしても、札の効果が弱まってきてるね。今度取り替えないと」
「札って…そこら中に付いてるやつですか?」
「これは影法師の能力で生成された特殊な札でねぇ、檻にも同様の効果が刻み込まれているんだ。」
影法師機関にも警察庁同様、様々な部署があるらしい。
調査・処理部、援護・医療部などがあり、こういった札や呪物などに関しては物資・管理部が担当しているという。
「影法師については少し、信じ…たくないですけど信じました。でもなんで私がこんな部署に?」
「それは先ほども言った通り、『君』に関係している」
央杜さんによると、我が「八上家」は代々影法師の名門として名が通っており、その影響で父も警視総監になれたらしい。
私自身、小さな頃からいわゆる「霊感」はある方で、今まで数多く「そういうの」を見てきた。
しかし、如何せんそういうのは得意ではなく、自覚したくはなかった。
それも今日、血族と知れたことで何となく理解ができた。
兄と一緒によく遊んでいたあの友人は、恐らく人ではなかったのだろう。
「でも央杜さん、私は今まで影なんて感じたこと無いですし、陰の次元?って所から影を出せるイメ―ジも湧きません」
「それはそうです。概念から逸脱したモノはどうしても理解しにくい。それでもやはり、君の血は相当濃い。だから鍛えればその使い方も何となく分かってくると思うし、かなりのモノになると思うよ」
それから一週間、影に関する基本的な知識、警察が普段影法師とどう立ち回っているのか、講習を受けた。
「央杜さん、おはようございます。今日も講習ですか?」
「おはよう八上くん。いや今日は、君に会わせたい人がいるんだ」
その後出雲は央杜に案内され、月宮工業の本社に到着した。
「話には聞いていましたが、ここが影法師機関の中枢なんですね。全然信じられません」
「まぁどんな所にも二面性はあるのだよ」
すると、音も無く小柄な男性が二人の後方から現れた。
「お待ちしておりました。私は代表取締役社長の秘書をしております、月宮針トと申します。社長室へどうぞ」
出雲は央杜と針トに言われるがまま着いていった。
通された社長室には様々な呪物のような置物が飾られており、「社長室」というよりも「博物館」という印象を持った。
飾られている置物はその一つひとつがとても強力で、霊的な気配を発しており、あまり目をやってはいけないと本能的に感じさせられた。
「央杜くん久しいね」
「ご無沙汰しております亘芽さん。お元気そうで何よりです」
「ああ、相も変わらず。君が壽郎くんの息子か、眉がそっくりだね」
「未解決事件捜査課に配属されました八上出雲と申します!」
出雲は父、八上壽郎のことを「くん付け」で呼ぶ人物に初めて出会った。
亘芽は白髪ではあるが、見た目は三十代ほど。しかし、その口調や佇まいからはもっと年長の印象を受けた。
「央杜くんから習ったと思うけど、影法師は国家機密で、警察関係者の中でも限られた者にしか知らされていない。もちろん君の父も影法師で、君の『兄も』影法師だった」
「兄もですか?それは知りませんでした」
私の兄、八上参壽はとても優秀で優しい警察官だった。
十五年前の災害時だって、責務を投げ出す警察官の中でただ一人最後まで動き続けた。
しかし、そんな兄も暴動の最中、一般人によって刺し殺された。
理由は単なる逆恨みだった。
「代々八上家の長男が影法師としての役目を受け継ぐ。それが『壽』という名を長男が冠している理由です」
「兄が亡くなった今、その役目が私に来たということですね」
「詳しく聞きたければ壽郎くんにでも聞けば良いですが。ともかく、私はあなたに強くなってもらいたい。知っての通り、十五年前の災害は『怨帝』と『カグツチ』によるものです」
「聞いています。その人達も影法師で、全員…排除したとか」
「ところが最近の調査で、カグツチに残党がいることが分かりました」
「コンコンコン」
そのとき、社長室のドアがノックされた。
「失礼します。…あれ、お客さんですか?外で待ってた方が良いですかね?」
「八蒔くん、いやおいで。紹介するよ、彼が言っていた君の相棒さ」
「え…相棒、ですか?私が?この子と?」
影法師は基本二人組で動き、そのどちらかが警察関係者であることが多い。
しかし本来、タッグを組むのは影法師として「一人前になった」と判断された後である。
今回の場合、二人の成長速度の速さから早めに組むことで、その連携を強固にするという意図があった。
「だからと言って、彼はまだ中学生とかですよね。失礼ですが、私と組むのは年齢差があり過ぎるのでは?」
「君達、影力が強すぎるんだよ。もしその力が暴走したらどうなる?どうやって止める?」
「えっと……同じくらいの影力で無理やり止めるしかない」
「そうだ。確かに年齢の差はあるけど、影法師としては同期だ。だから、互いに高め合ってほしい」
仕方なく亘芽の提案に同意することとなった。
八蒔も出雲も気まずそうな表情を浮かべ、互いに会釈をした。
「さぁ、ということで、君達には一ヶ月間の修行に行ってもらうよ」
「え?」
「え?」
世界同時多発災害、通称「灰色に沈む世界」では多くの影法師が作戦に投入され、殉職した。
中には命からがら生き残った者もいるが、その体と心には深い傷を負った。
当時、亘芽は怨帝と戦う主力部隊を統率しており、多大な戦果を挙げた。
「それで今回向かうのが、その主力部隊で『蒼龍の影法師』と呼ばれていた方の所ですか…」
二人はボロボロの地下鉄で目的地へ向かっていた。
「八上さん、あんまりこういう所で言わない方が良いかと…」
「あぁすみません。職業柄、行動指針を確認するクセがありまして」
二人の間には気まずい空気が流れていた。
時より、天井が軋む音と誰かのイヤホンの音漏れが強く響き、時間が長く流れるようであった。
「呼び方…出雲で大丈夫です。これから長い付き合いになりそうですし、」
「じゃあ、俺も八蒔で大丈夫です」
「八蒔くん。はい、分かりました。それにしても電車混んでますね」
「なんとか座れて良かったですね。ここから一時間ほどって言ってましたし」
「そうですね、良かったです…」
気まずい空気は拭えず、そのまま二人は何も話さず電車に揺られていった。
ボロボロの電車だが、乗ってみると意外と心地よく、一定のテンポさえ慣れてしまえば災害前の電車と遜色がない。
しばらくすると出雲は頷くように寝入ってしまった。
(警察の業務って忙しいんだな。俺は影法師だけだけど、この人は他にもやることがあるんだろうな)
何気なく考えていたそのときだった。
黒いフ―ド姿の何者かが八蒔の横へ座った。その異様な気配に、思わず全身の鳥肌が立った。
(…この感じ、身に覚えがある。…あの夜、雛与を助けるかどうか話しかけてきた奴だ)
「気づいてくれて嬉しいよ、雨守八蒔くん。いや、今は月宮か」
「お前…」
「喋るな。そのまま前を向いていろ。何となく想像は付いているかもしれないけど、僕は怨帝信仰団体カグツチの残党さ」
八蒔は恐怖と怒りで震えていた。
今横にいるこの黒いフ―ドを捕まえれば、雛与を見つけられるかもしれない。
しかし影法師を始めたばかりの自分に、あの災害を起こした残党が対処できるのだろうか。
その恐怖が怒りに勝ってしまった。
「そんなに怖がらなくて良い。別に取って食おうって訳じゃない。ただ君の、君達の力量が見たいんだ」
そう言うと八蒔の耳元で囁いた。
「先頭の車両と、最後尾の車両に『貘』を配置した。さぁ、対処してみせろ」




