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牲命蝕流填編 第2話:逸脱

「っんはっ!ゴホッゴホッゴホッ!雛与(ひなよ)!」


 俺は病院で目覚めた。意識的には先ほどまで怪物と相対していたため、一瞬全部夢だったのではと思ったが、事実、病院で目覚めている時点で残念ながら全て現実だと理解した。


 それでもどこか頭の中にボヤがかかったような感覚があり、朦朧としていた。


「やっと起きたね、雨守八蒔(あまもりかずま)くん」


 ベッドのカ―テンが開き、窓から眩い光が飛び込んできた。そしてその光を遮るように黒いコ―トで白い長髪、三十代くらいの男性が枕元に座っていた。


 その何とも言えない気迫には、どこか一般人とは思えない不気味さを感じられた。


 表情は朗らかにも関わらず、どこか殺気のような鋭いものを放つ。そういった類の。


「起きたばかりだけど、ごめんね。早速だけど提案があるんだ」

「え、誰ですか?提案?」

「君、僕の養子にならないかい?」

「はい?」


 八蒔は状況が飲み込めず、一旦白い天井へ目を移した。


「ちょっと亘芽(こうが)さん、いきなり過ぎますって」


 これまた黒いコ―トの男性がカ―テンを開け、顔を覗かせた。


 その容姿は、金髪のオン眉で歳は二十代くらいに見えた。


 そのテンポ感の早さに、八蒔はただ茫然としていた。


「雨守さんごめんなさい。我々は怪しい者ではありません。我々は警察関係者です」

「警察がここに……?」

「はい、本日は昨夜のことを伺いに来ました」

「昨夜のこと…あぁ、昨夜の…」


 ボヤけていた意識が次第にはっきりし、起こったことが鮮明にフラッシュバックした。


 怪物の口が裂けるほどの笑み、背まで達した大きな手、雛与から飛び散ったもの。

 

 その感じたことのない感情を一心に思い出し、吐き気を催した。


 俺は思わず口を手で覆い、その全てを溢れ出さないようにした。


「俺達は…か、怪物に襲われました…」


 俺は昨夜施設で誕生日会があったこと、雛与の帰りが遅くて探しに行ったこと、そこで雛与と俺は得体の知れない怪物に襲われたこと、全てを話した。




「すみません突拍子も無いことを…」

「…………いえ、よく話してくれました。ありがとうございます。亘芽さん、やっぱりこれは…」

針ト(しんぼく)くんは先生を呼んできてくれるかい?できるだけゆっくり」

「はい…かしこまりました」


 針トはゆっくりと立ち上がり、病室を後にした。


 病室にはベッドが他に五つもあったが、他に患者はいなく、俺は病室でこの「亘芽」と呼ばれている人と二人きりになった。


「君は…目に見えないモノを信じますか?」

「……目に見えないモノ?幽霊とかですか?えっと、信じていません。なんでこんな話を?」

「『あの怪物が夢ではなく、確かに存在している』と言ったらあなたは信じますか?」


 八蒔は戸惑った。自分の常軌を逸した体験を聞いた上で、真面目な顔でより常軌を逸した質問をされたことに。


「確かに昨夜起こったことは紛れもなく『本物』でした。でもそんなことって…」

「あれは『(ばく)』と言います」

「ば、バク?悪夢を食うっていうあの?」

「う―ん少し違います。貘は『影』に魂や思念が宿ったもの。そして我々はそれらを処理する、『影法師(かげぼうし)』という者です」


 八蒔は頭を悩ませた。未だに自分は夢を見ているのだろうか?それともおかしくなってしまったのか?


「影?えっとよく分かりません。さっき警察関係者だって、もしかして嘘?」

「いえ、それは嘘ではありません。一応国家機密なもので、ただ君がこっち側の人間か知りたかったんです。でもこれではっきりしました。君は影法師になる素質があります」


(何を言っているんだこの人は。そんなこと現実にある訳がない)


「と言っても信じられませんよね。構いません。でも少しだけ、聞いてほしいのです」


 その後、影法師について少し説明を受けた。


 この世界は、不変・物理法則で成り立っている。だから本来、幽霊なんていないし、超能力みたいなことは起きない。


 しかし、なぜそういった現象が古来より言い伝えられているのか、全ては「影」にある。


 亘芽さんによると、宇宙は元々何も無い世界だったらしい。


 暗く、無であり、無限であった。総量も質量も無限にあるが、何も起きない、ただの混沌であった。


 そんな混沌もあるとき歪が生じ、止まっていた流れが成し始めた。


 様々な法則が作用し合い、次元が(よう)(いん)に裂けた。


 陽の次元は不変であり、物理法則が成り立つ次元であった。


 対して陰の次元は、留まることのない変化があり、物理法則など成り立たない次元であった。


 しかし、基は一つの次元であったため、繋がりは今でも生じていて、その綻びが幽霊や非物理現象を顕現させている。


 影法師の能力も同様に、陰の次元から「影」を出力し、顕現させている。


 それがいわゆる魔法や超能力などと言われている。


 まさに表裏一体、「陰陽」である。


「じゃあその綻びが貘で、俺達は襲われたと言うんですか?」


 理解しがたいことを説明する亘芽へ、八蒔は苛立ちを感じ始めた。


 そんな八蒔を察したのか、亘芽は手を八蒔の前へ出し、目を閉じた。


「何ですか急に、」

「まぁ、見ていてください」


 八蒔がゆっくりと手の中を見ると、そこには黒い粒のようなモノが舞っていた。


 そしてその黒い粒は回転し始め、次第に増殖していった。


「これは…」

「これが影です。もちろん、種も仕掛けも…とは別物です」


 数秒もすると、ただの粒が黒く光沢のある球体と成った。


「少しは、信じてもらえますか?」


 亘芽はそっと、その黒い球体を八蒔へ渡した。


「…雛与はどうなったんですか?」

「あの現場、確かに君の言う雛与さんは怪我をしていたのでしょう。大量の血痕がありました。しかし君同様、影法師の素質があったみたいです。残影が移動していました」

「……じゃあ、雛与は生きているんですね」

「その可能性は大いにあります。しかしこうも見つからないとなると、連れ去られた可能性も出てきます」


 俺はこの人も、影の存在も信じることにした。


 それが今自分にできることだと思った。



 その後、病院の先生が診てくれた。


 驚くことに、昨夜貘に貫かれたはずの腹部はほとんど治りかけており、その他の擦り傷は全て跡形も無く消えていた。


 亘芽さんも何故このようなことが起きているのか分からないらしく、ただ「才能」とだけ言われた。



「そいえば、園長とかに連絡しないと。携帯とか貸して頂けますか?多分俺襲われたときに無くしちゃって…」

「…八蒔くん、申し訳ないがそれはできない」

「え、何でですか?」


 俺の問い掛けに亘芽さんと針トさんの顔が強張った。


 その二人の顔を見て俺の顔も強張り、嫌な想像が頭を過った。


「八蒔くん、君はもう施設に帰らない方が良い。これからは私達と暮らそう」

「なんでそんな急に…」


 俺は思わず点滴を取り、裸足のまま病室を飛び出した。


 治りかけとはいえ、一度貫かれた腹部は傷が軋み、激痛が走った。


 それでも痛みを忘れてしまうほど不安に駆られ、嫌な想像で再び吐きそうになった。


「ちょっと雨守さん!」

「針トくん、行かせてあげなさい。いずれ受け止めないといけないことです。さぁ、我々も同行しましょう」



 施設の周りには大量の警察と、立ち入り禁止のテ―プが貼られていた。


「なんで、なんでこんなことに…」

「君?大丈夫かい?」


 その光景に居ても立っても居られなく、俺は警察の制止を潜り抜け、中へ入った。



 施設の中は言葉では表せられないほど惨忍に荒れていた。


 みんなで飾り付けた食堂は血で染まり、壁の至る所に小さな手形があった。


 倒れた机の側には園長が用意してくれていたのだろう、俺と雛与の名前が付いたプレゼントが落ちていた。


 すぐに警察が俺に追いつき、取り押さえようとしたが亘芽さんが止めてくれた。


 そして、亘芽さんと再び二人きりになった。


「八蒔くん、これは…」

「誰が、誰がやった?…殺してやる、絶対に、この手で」


 怒りでどうにかなりそうだった。


 全身から液体のような黒い何かが溢れ出し、壁や天井を切り裂いた。


 自分ではもうどうしようもないことを自覚してしまった。


(家族を…誰も助けられなかった)


 その異常な気配に針トが食堂へ入って来た。


「亘芽さん、これは…『投影(とうえい)』?」

「凄い影力(えいりょく)です。こんなの見たことがありません」

「止めなくていいんですか?このままじゃ自分の影で死にますよ!」

「自分の力で抑え込まないと意味が無いんです。そうしなければ永遠に彼は強くなれません」



(俺は誰に怒っているのだろうか?考える必要も無い、一番は自分にだ。いつもこうやって後になって、手遅れになってから気づくんだ)


 そのとき、足元にプレゼントが転がってきた。


 プレゼントにはバ―スデ―カ―ドが付いていて、園長の字でメッセ―ジが書いてあった。


「八蒔も雛与も誕生日おめでとう!こんな世界だし、こんな環境だけど、元気に育ってくれてありがとう。大きくなったね!あなた達は、あなた達のしたいことをしなさい!私はいつでもあなた達の味方で、一番に応援してるからね!」


 その言葉に八蒔は冷静さを取り戻した。


「全然だよ園長、俺はまだまだガキだ。ただの親のいない中坊。でも約束する…絶対に雛与は連れて帰るから」


 八蒔から溢れ出た黒い何かは蒸発したように消え、暴走は止んだ。


「抑え込んだ…雨守さん、大丈夫ですか?」

「これは何があったんですか?教えてもらえますよね」


 亘芽は八蒔へ近寄り、携帯で写真を見せた。


 そこには黒いフ―ド姿で、顔に朱色の猿面を付けた何者かが映っていた。


「昨夜、うちの影法師がこの施設に乗り込んだときにはもう手遅れでした。この写真はそのときに撮られたものです」

「こいつが施設を…いや、みんなを襲った犯人ですか?」

「恐らくそうでしょう。どうですか?殺したいですか?」


 八蒔は少し黙り、メッセ―ジカ―ドを拾った。


「……それよりも今は雛与を助けたいです」


 その反応に、亘芽は少し意外そうに笑った。


「そうですか。なら我々と共に組織へ来てください、雛与さんを探しましょう。今回の一件、明らかに影法師が関わっています。きっと影法師になれば突き止められると思います」

「検討が…付いているんですね?」

「はい、恐らく『怨帝(えんてい)信仰団体(しんこうだんたい)カグツチ』の仕業です」


 その後、移動する車の中で信じがたい事実が説明された。


 十五年前の世界同時多発災害、通称「灰色に沈む世界」は自然災害などではなく、全てある影法師によるものであるということを。


「当時、『怨帝』と呼ばれる強力な影法師がいました。その者は、何が目的か世界を壊そうとした」

「それを信仰していたのが、カグツチ?」

「はい。怨帝もカグツチも当時、組織を挙げて対処しました。しかし、残党がいたようですね。この黒いフ―ドも特徴的な面もカグツチの特徴と一致します」

「なぜ俺達がそんな奴らに…ただの児童養護施設なのに」

「状況から見るに、雛与さんでしょう。何らかの理由があって、雛与さんを捕らえるまたは殺す必要があり、関係者も口封じを…おっと申し訳ない」

「大丈夫です。今は雛与を助けることだけを考えていますから」

「園長さんは素晴らしい息子を持ちましたね。そんな素晴らしい息子を育てた園長さんに私も会ってみたかったものです」



 その後、俺は施設のみんなの葬儀・火葬を終えた。


「みんな、行ってきます。園長、(まだら)を宜しく」


 合わせた手を解き、俺は影法師の施設へ向かった。



「ここって月宮工業じゃないですか?」

「あぁ、言い忘れていました。私は株式会社月宮工業の代表取締役社長『月宮亘芽(つきみやこうが)』と言います」

「同じく、私は亘芽社長の秘書をしております、『月宮針ト(つきみやしんぼく)』と申します」

「針トさん、亘芽さんの親族か何かですか?」

「いえ、養子です」

「影法師はね、身寄りの無い子も多くて、時々養子として迎え入れているんだ」

「だから病院で目覚めたとき、養子に誘ったんですね?」

「はい、いきなりで申し訳なかったですね」


 「株式会社月宮工業」は元々機械部品を扱う会社だったが、災害以降多くの物資を扱う会社となった。


 その規模は大きく、俺も授業の一環で工場見学へ行ったことがある。


 月宮工業本社は大学のキャンパス五つ分ほどの広さがあり、もはや一つの街のようである。


「それで、影法師ってどうやったらなれるんですか?」

「う―んそうだねぇ。一番は『投影』を使えるようになることかな」

「投影って何ですか?」

「簡単に言うと、影を操る術を指すね。影法師って陰の次元と親和性の高い人がなるんだけど、それを意識的に行って陰の次元から影を顕現させる。それが投影さ」

「どうやったらできるようになるんですか?」

「正直、君はもう無意識だができている。本来影法師になる人は死にかけたり、いわゆる霊感のような影の一端を感じることで開花する。だからまぁ、当面の目標は影を感じることからかな」


 影法師機関に入ると、当分は講習や希望する部署の訓練に参加する。


 その期間は人によってまちまちだが、およそ半年から一年ほどである。


 影法師の講習といっても、基本的な座学もあり、学校とさほど変わらないらしい。


 しかし、年代や人種は様々であり、人数もそれほど多くない。


「そうだ八蒔くん、一週間後君に合わせたい人がいるんだ」

「会わせたい人ですか?」

「影法師は主に二人組で行動するんだ。ありがちだろう?だから君にもこれからバディを組んでもらう。つまり、相棒さ」


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