牲命蝕流填編 第12話:黎明
八蒔は少年の斬撃を受けるべく、腕全体に影を纏わせた。
しかし、少年が繰り出した斬撃はあたかも最初から存在しなかったように、八蒔の腕を通り抜けた。
その予想外の現象に戸惑う八蒔を少年は見逃さず、すかさず左拳を八蒔の腹部へ打ち込んだ。
さらに追い打ちをかけるよう、右手から高密度の影の塊を眉間目掛けて射出させた。避ける隙の無かった八蒔はまともに受け、砂浜まで吹き飛ばされた。
息が上がり、強い頭痛で両目が朦朧とした。
(ヤバいなこれ…意識が、それ以前に今のは何だ?)
明らかに八蒔と比べ、戦い慣れている。それこそ、これから影法師になろうとしている受験者とは思えないほどに。
「所詮、このレベルか、」
数秒目を離した隙に、もう両手には刀が準備されていた。
八蒔にリタイアするつもりは毛頭なく、気合だけで意識を保った。
「そうでもないよ。【範囲投影―十六夜】」
八蒔の体の周りに、細く湾曲した影が舞い始めた。
少年は警戒の姿勢をとりつつ、再び八蒔へ素早く斬りかかった。
八蒔は無意識に出雲の歪刀と酷似した刀を投影させ、同じく斬りかかった。
眉間を打たれ、その激しい痛みは逆にアドレナリンを上昇させ、いつになく八蒔を集中させた。
やはり危惧すべきことは、ミダスへ斬りかかった際の長物、そしてここでの三振、その違和感。
最初は、攻撃とともに影を解除したものと考えていた。しかし、先ほどの通り抜けて見えた現象、攻撃したにも関わらず、あたかも攻撃したことにならなかったような。まさに撞着。
そのときであった。少年は右手の刀を空中へ投げると、出刃のような短刀を投影させ、斬りかかった。
(これはどっちだ?分からない、なら…)
この違和感を解消するべく、体で検証しようとした。いつもの八蒔ならそのような思い切ったことはしない。けれど今はアドレナリンに侵され、酔ったような感覚禍にあった。
すると少年は何かを察知されたことを察知し、素早く距離をとった。
「どうした、なぜ斬らなかった?もしかして…躊躇ったのか?」
八蒔の質問に少年は応えない。ただ無言で両手の刀を解き、手の平を八蒔へ向けた。
「【投影―齐射】」
影の矢が複数空中で形を成し、八蒔目掛けて一斉射された。
八蒔は、瞬時に顔目掛けて飛んでくる五本の矢のみに狙いを絞り、刀を振るった。
一斉射された矢の数、約三十本。そのうち二本は肩を掠め、一本は太ももに直撃し、四本は刀で振るい落とし、十数本をフルオ―トの十六夜で受け流した。
十六夜は、八蒔が受けるはずであった攻撃を、フルオ―トで代わりに受ける投影術である。また、その守備限界数は十五ほどであり、硬度は防弾チョッキ程度である。
「だから範囲投影か」
「ああ、できるだけ影力を残しておきたいからね」
「範囲投影」、定めた範囲内に、事前に定めておいた操作を組み込んでおく投影方法である。
慣れれば無意識下で行うことができ、無駄な影力操作が不要になる。
十六夜の場合、体の前方のみに限定し、八蒔への攻撃を代わりに受けるというものであった。
今、どの攻撃が実際に当たり、当たらないか不明確な状況であるため、十六夜は効果覿面であったと言える。
「そんなことはどうでも良い」
「気づいたか」
「ああ。お前が放った矢のうち、半分が防御を通り抜け、刺さることなく体を通過した」
「そうかお前は月宮の……」
そのとき、試験会場全体へ午前の部終了十分前の予鈴が響いた。
「なら尚更、確実に潰さないとな。だが今は時間が無さすぎる。午後の部、市街エリアで待つ」
そう言うと少年は神妙な顔で残龙を解除し、八蒔へ背を向け歩き始めた。
八蒔はその後を追う訳でもなく、ただ眉間を押さえ、十六夜を解いた。
その様を二人は疑問の表情で眺め、八蒔へ近づいた。
「ほんと何だったんだろう。てか肩と足大丈夫?」
「二人もボロボロ、そっちこそ大丈夫?」
「遺憾だが、見たことのない投影であった」
「多分、幻影のような類だと思う。見えるのに実体無かったし」
「そうか、だから……もしかすると『隠密投影』かもな」
「隠密?」
「お前が最初に攻撃されたときも、あいつが地面を抉ったんじゃない。きっと最初から抉れていたんだ」
隠密投影もまた、錬金投影と同様にかなり珍しい投影術である。
主に「忍者」と呼ばれる者達が使用しており、幻影を中心に、見る者を惑わす類の投影を行う。
「確かにあの巨体にしては、打撃が軽いなとは思った!」
「それに、所々斬った感触が無かった。多少実態はあり、その上から幻影を被せた。みたいな感じか」
「市街エリアで待つって言われたんだけど…」
「告白でもされるんじゃない―?」
「十中八九、残り時間が少ないから午後の部も使って決着を。という感じだろ?」
「うん、月宮に反応してたみたいだけど」
「ま、僕に目を付けない辺り、センスないな」
「ミダス自己肯定感高くて羨ましい―」
その後、残りの数分を海上エリアの貘捜索へ充てた。
そして間もなく、午前の部終了の時間とともにサイレンが鳴り響き、八蒔達は直ちに外へ誘導された。
「結局あいつに阻まれて、海上エリアでの討伐はできなかったね」
「まぁ海上エリアへ着地したとき、カメラを砂に隠しておいたおかげでポイントは守れたけどね!」
試験会場を出ると、速やかにカメラは回収され、写真の確認が行われた。
桜没が聞いたところによると、受験者五十三名中、三十五名があの少年に襲われ、続行不可の重傷を負わされたらしく、逃げ延びた三チ―ムもカメラを壊され、午後の部の参加を断念したという。
「残り四チ―ム、こんなにも襲われていたとはな」
「しかも、同じチ―ムメンバ―にも重症負わせたらしくて…」
「徹底した奴だな」
試験会場の外はまるで災害救助のような惨状となっており、影法師機関は対応に追われていた。
媛野さんはその様子を見て、我慢の限界だったそうで、あの少年に掴みかかり、一時は宥めるのに大変だったそうだ。
「彼『棗』っていう名前なんだって。なんで失格にならないんだろう」
「あらかた、会場内のカメラを壊しておいたんだろう」
「どうする?戦う?」
「一応試験だよ?貘処理しなきゃポイント稼げないし」
「月宮がそいつと遊んでやれば良いのだろ?」
「あのね、一応チ―ムでの立ち回りを見られてるの!」
「でも、きっとまた勝負を仕掛けてくる」
「本当に目障りだな、ったく」
「じゃあさ、多少リスキ―だけど、こういうのはどうかな?」
数時間後、午後の部が開始された。
八蒔達はまず海上エリアから入り、市街エリアに向かいながら貘の処理を行った。
八蒔にとって水に潜む貘の処理は下水道の王以来であり、多少苦戦したが、二人のサポ―トにより順調に処理を進めることができた。
そして一時間後、ある程度のポイントを確保しつつ、三人は市街エリアへと踏み込んだ。
市街エリアは設けられているエリアの中で最も広大なエリアであり、人こそ歩いてはいないが、所々生活感が感じられ、忠実に瓦礫が散乱する東京の街を再現している。
「勝てる自信はあるの?」
「う―ん俺次第かも」
「なぜこんなことに付き合わなければならないのだ」
「まぁまぁ。カグツチとかいう物騒な集団、最近また出始めたんでしょ?対人もこれからあり得るって」
桜没の言っていることは正しい。
影法師機関の人にどこまで伝わっているのかも分からないが、カグツチは確実に勢力を広げている。
だからこそ、今回みたいなことはこれから増えていくだろうし、場合によっては殺し合いになる。
「じゃあ行ってくるね」
「もう傾影で見つけたんだ?」
「あんな小物さっさと処理するぞ」
「うん。じゃあ、また後で!」
八蒔は傾影を使い、一人で棗の気配がする廃ビルの屋上へ向かった。
階を追うごとに高まっていく影力の濃さ、人と戦うことに躊躇いながらも八蒔は影力を抽出した。
屋上へ出ると「来ると分かっていた」と言わんばかりに、落ち着いた棗が立っていた。
「逃げなかったんだな」
「どうせ追ってきただろ?」
「一人か」
「もし俺が負けても、実技試験のポイントは稼がないといけないからな」
これ以上言葉を介す必要もない。彼の目を見て八蒔は決心がついた。
「【隠密投影―残龙】」
「【投影―弓張月】【投影―斬月】」
(投影の三つ同時行使か…)
棗の背後から這い出た残龙は、体をコンクリ―トの地面に打ち付け、蛇行しながら八蒔へ向かった。
対して八蒔は残龙とは戦うつもりがなく、ぶつかる寸前で大きく跳躍した。
そして跳躍とともに、投影しておいた銃を発砲させた。
「近距離戦闘はブラフか」
棗はいとも簡単に弾丸を避け、すかさず影の矢を射出させた。
「【隠密投影―齐射】」
前回、射出させた三十五本のうち、二十本は実体、十五本は幻影であった。
しかし今回は、そのうちの三十本を実体として作り、放った。
(空中では避けられないだろう)
(って思ってるな)
この状況、八蒔は既に見切っていた。
数か月前、児童養護施設での惨状を目の当たりにし、溢れ出た影力の「暴走」。影力を解き放ち、自分を中心として、影をひたすらに顕現させる。
すかさず八蒔は弓張月と斬月を解き、再びソレを行った。
屋上一帯を八蒔の影が覆い、棗と残龙は逃げ遅れ、同様に飲み込まれた。
元々高い影力を持った八蒔は、影法師としての開花により、その総量を格段に増加させていた。
よって、数メ―トル規模だったものが、今では数十メ―トル規模のものになっていた。
影に飲み込まれた感覚は水中にいる状態に近く、浮遊感がある。しかし、光は通らず、掴もうとしても掴めない影特有の感触がある。
八蒔は一度経験済み、そのため棗と比べ使い勝手が分かる。
棗は追撃に備え、残龙を解除し、感覚で様々な投影を八蒔のいた方向へ放った。
そしてわずか十数秒後、八蒔の影は解けた。
先ほどまで屋上にいたはずの二人は、見晴らしの良い場所まで移動していた。
(影力のほどんどを使って何のためにここまで移動させた?)
八蒔は無言で弓張月を行使し、棗へ接近した。
対して影力に余裕がある棗は、すかさず幻影の刀で斬りかかった。
午前の部と同様に八蒔は見分けがつかず、棗の本命の蹴りをまともに受けた。
それでも八蒔は何度も拳と蹴りを放ち、その度にいなされ、地面へ打ち付けられた。
「影力はあるがお前は弱い。死にたくはないだろう?リタイアしろ」
「なぜそんな風になったんだ」
「なんだ急に?」
「なぜ相手を弱者と決めつけ、痛ぶる?そこに何の意味がある?」
その言葉に思うところがあったのであろう、棗は影力を放出し始めた。
先ほどまでの、冷静で効率的な攻撃と打って変わり、棗は感情に身を任せたような立ち回りを始めた。
「影法師には貘を処理する責務がある。単純な話、弱い者は貘の糧とされるからだ。だからこそ我々は確実に処理する技量が求められている。なのにも関わらず、その覚悟も無い、力も無い奴ばかり…反吐が出る。だから選別してやってんだよ!」
「なぜそこまで?痛ぶる必要はないだろ?」
「脳無しは体で覚えるしかないんだよ!【隐蔽投影―分身】!」
棗は右手の甲を左手で打つと、重ねた両手を地面へ強く押し付けた。
すると地面が大きく凹み、割れ、瞬く間に棗の「分身体」五体が八蒔を取り囲んだ。
その容姿、影力は同等に振り分けられており、傾影では判別できないほどの再現性の高さであった。
(傾影対策もされてそうだな。まぁ、ヘトヘトで今使える訳ないけど…)
分身体含め、その手には影の刀が準備されており、いつでも斬りかかる準備はできているようであった。
「リタイアしろよ、もう限界だろ?」
「確かに、影法師には責務がある。正しいと思う」
八蒔は投影を解き、まっすぐ棗を見つめた。
「だけど、お前は重傷を負わせた人達の話を聞いたか?」
「何だ?説得でも始めるのか?」
「お前に考えがあって行動しているように、みんな考えがあってここに来ている。その力が今弱くたって、勉強して、修行して、精一杯影法師になろうとしているんだ」
「その甘い考えのせいで助けられなかった命が五万とある」
「なら、繰り返さないように高め合っていくしかないんだよ。弱者と排除するんじゃなく、共に強くなろうよ」
「それが甘いと言っているんだろうが!」
棗は八蒔の周りを回り、一斉に斬りかかった。
「…やっぱり、お前も警戒できるほど、影力残ってないんだな。桜没!」
そのときであった。桜没の炎が二人の頭上で花火のように大きく舞い、眩い光が辺り一帯を包み込んだ。
「ミダス!あれが本物!」
「この光度はまずい、誘ったな月宮!」
「ふんっ馬鹿が、【錬金投影―エンカズ=バ―ラムク】」
棗の体へコンクリ―トの破片が飛来し、複雑に絡み合い、纏い、地面へ強く固定させた。
棗の分身体は次々と解かれ、ミダスは倒れた棗の上へ腰かけ、鼻息強く腕を組んだ。
「そうか、無尽蔵に影力を使ったのも、間を置かずに向かってきたのも『戦う相手は俺のみだ』と集中させ、影探知へ意識を向かわせないためか」
「その証拠に他対一用のあの竜を解除させ、八蒔くんに集中してたでしょ?」
「何が弱者だ、お前も弱いではないか」
「ミダスと棗くん、何か似てるね」
「おい、」
「それよりも、よく分かったな」
「思った通り、桜没の炎の光は有効だったな」
隠密投影、元より幻影を出す方法、それ即ち「光の散乱」である。
光の散乱とは、光が反射・屈折を起こすことを指す。白熊などの毛は本来透明であるにも関わらず、光の散乱によって太陽光内の様々な色が混ざり、白く見える。
よって、光の具合を乱してしまえば、幻影は簡単に破綻する。
「さすがにそこまですれば、本物は分かるよ」
「そこまで分かっていて……なぜ最初からそれを行わなかった?」
「それは君の考えを聞きたかったから。言っただろう、共に強くなろう!って」
それを聞いた棗は目線を下へ移し、ゆっくりと影を使って自力で起き上がった。
ミダスは押さえ込もうとしたが、八蒔がそれを止めた。
「俺の考えは間違っているとは思わない」
「俺も否定するつもりはない」
「お前は亘芽とは違うんだな」
そう言うと棗はその場を立ち去った。
「良いの?ここで縛っておかなくても」
「良いんじゃない?多分」
「時間の無駄だったな。早く貘を処理しに行くぞ。月宮、早く傾影を使え」
「俺もうヘトヘトだよ」
「チッ、使えんな」
こうして資格試験二日目、実技試験は終了した。
棗が重傷者を出し過ぎた影響なのか、最終日の面接は急遽一週間後に延期された。
面接官は亘芽さん、媛野さん、神堂さんであり、対策していた通り、「なぜ影法師になりたいのか?」「影法師になって何を果たしたいのか?」などが質問された。
「覚悟は決まっているのだね?」
「はい。雛与を、家族を絶対に連れて帰ります」
甚だ自分勝手な理由だとも思った。普通は「社会のために」とか「犠牲者をこれ以上出さないために」とか言うべきだとも思った。
でも、俺の覚悟はあの日固まってしまった。だからこそ包み隠さず言おうと決めた。
そしてそこから二週間後、個人の合計得点とともに結果が発表された。
今回の試験の合格者は四枠、すなわち上位四名が通過となる。
発表方法は媛野さんがランキング形式で下位から一人ずつ発表していくというものであった。
「次は第十位、ポイント七十四点『ラフナ』!いやぁ本当に頑張ったな!末恐ろしいぞ!」
「第九位、ポイント七十七点『月宮 貉』!トリッキ―な投影には驚かされたはっはっは!」
今年の試験は、棗の影響でリタイアした者が多く、ポイントの差が顕著であった。それでも棗は結果的に失格にはならず、高得点を取ったという。
おそらく靇さんの言っていた通り、上層部が影法師の質を求めている以上、実力ある者を失格にできなかったのであろう。
現に資格試験後、不満の声が数多く上がったらしいが、その一切叶うことはなかったという。
「第八位、ポイント七十九点『早水 沙萃』!いやぁ素早い!美しい!」
「第七位、ポイント八十一点『ストリ・ボーゴヴ』!また修行頑張ろうな!はっはっ!」
出雲さんの結果は昨日のうちに出ていたようで、無事合格とのことであった。
「第六位、ポイント八十三点『祟納 相馬』!この歳でこの技術は素晴らしいぞ!神堂みたいで怖かった!はっはっ!」
「余計な事言い過ぎです」
普通ならば緊張し、発表へ釘付けになりそうなところ、不思議と俺は落ち着いていた。それも一概に、出せるだけのものを出せたという実感があったからであろう。
この数ヶ月で少しは戦えるようになった。この世界のことも分かるようになった。
確かな目標と覚悟。けれど、まだ俺は何も成せていない。
「これから果たすんだ」
「第五位、ポイント八十六点『鹿島 依巌』!ビリリと強烈!実に惜しかったぞ!はっはっは!」
「そして、ここからを今年の合格者とする!みな頑張ったぞ!では、第四位、ポイント八十ハ点『月宮 八蒔』!」
「第三位、ポイント八十九点『桜没 木華』!」
「第ニ位、ポイント九十点『廻 棗』(めぐる なつめ)!」
「そして、栄えある第一位、ポイント九十九点『アルコ・アラグベーカ 』!」
こうして俺は正式に影法師となった。




