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シャドウ=ブランケット  作者: ハルシエ


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牲命蝕流填編 第10話:助走

「いや―大変だったね。またカグツチに襲われたんでしょ?」


 八蒔(かずま)は月宮工業の講習室で、教務担任の「靇紫雨(おかみしぐれ)」と話をしていた。


「それ俺じゃなくて、バディの方です」

「あ―そうなの。でも大変だったでしょ?いきなりあのレベルの任務任されて。しかも、劉芽(りゅうが)なんかと一ヶ月も修行させられて」


 靇さんは普段、影法師機関に常駐して影法師達の指導や指揮をとっている。


 プレイヤ―としても評価されており、針ト(しんぼく)さん曰く「一番敵に回したくない影法師」らしい。


「あれ?劉芽さんと面識あるんですか?」

「あるも何も……あいつとは『いとこ』でね。昔よく二人で亘芽さんに絞られたよ」

「いとこ?あの人と……?」


 八蒔は不思議そうに紫雨の顔を覗き込んだ。


 それもそのはず、紫雨は容姿端麗で「女優」と言われても納得できるほど美しい顔立ちをしている。


 背丈は劉芽より少し高く、紺色の艶やかな髪を後ろで縛っている。


 真っ白い肌に高い鼻、眼鏡ととにかく色っぽく、道を歩けばその美しさに男女問わず振り返ってしまう。


 施設内で歓声が聞こえればだいたい紫雨がそこにいるため、紫雨を探す際は耳を澄ませれば容易に事足りる。


(あの乱暴力野郎と靇さんがいとこ…)


 早い話、紫雨と劉芽に血の繋がりは一切感じられない。それほどまでに二人の差(容姿・性格・功績)は大きい。


 八蒔は「……ある意味、親の顔が見てみたい」 と小さく呟いた。


「ん?なんて?」

「いや何も―」


 紫雨は教科書をしまい、余った配布プリントの束をトントンと揃えた。


「ま、そんなことはさておき。今日の講習でも言った通り、再来週は配属試験だからちゃんと勉強しておくようにね」


 配属試験、もとい「影法師部署配属実践試験」は年に一度行われ、実際に影法師として部署に就き、任務をこなすために必要な「免許」の取得を目指す試験である。


 通常、影法師機関に入り講習や面談を終えるまでに約三か月、部署に入るため最低限の資質を高める修行に半年から一年、それ以上の時間がかかる。


 その過程を経てやっと試験資格が与えられ、通過した者だけが影法師として活動できる。


 そのため、八蒔達の状況は異例中の異例であった。


「免許も無いのに任務しちゃって、帰ってきたとき針トさん達に怒られました……」

「まぁ、電車に関しては襲われただけだし、下水道の王に関しては劉芽単独で行うことが条件だったから、君達は悪くないよ。悪いのは全部、報連相がなっていないあの………『クソ刀ゴリラ』さ」


 紫雨は笑ったまま眉間にしわを寄せた。


(靇さんもヘイト溜まってるんだな…)


 八蒔達も通常ならば講習などのタスクを強いられるはずであった。しかし、カグツチ等の状況故、特別に「推薦」という形で配属試験を受けられるようになった。


 ただし、特別措置ということもあり「調査・処理部」指定の試験である。


「今年の枠は四枠、いくら推薦でも合格しなきゃ影法師として活動できないから頑張ってね!」


 影法師は通常、二人一組で任務を行う。


 しかし、この試験に関しては警察庁と影法師機関とで別々に実施されている。


「理由としては単純、」

「バディでもそれぞれ役割が違うから…」

「その通り。ちゃんと勉強しているね。影法師機関の者は投影ができてなんぼ、つまり実践専門。対して警察庁の者は証拠隠滅・後処理といった事務的作業専門。まぁ、警察でも投影が使えるに越したことはないんだけどね」


 よって、試験内容は警察庁と影法師機関とで異なり、通常ならば配属後にバディを組まされる。


「そいえば今って何組ぐらいいるんですか?」

「ん―部署や国によって色々あるけど…この国なら三百組くらい、かな」

「意外と多いですね」


 紫雨は講習室を出て廊下を歩き始め、八蒔は慌てて荷物をまとめると紫雨を速足で追った。


「いや、これでもかなり少ないよ。貘の事案は色んな所で毎日起こっているし、全員が全員調査・処理部じゃないからね。戦闘向きな影法師は全体の半分くらいしかいないと言われているし、超人手不足さ」

「ならもっと影法師を増やすしか…」

「災害以降、影法師の存在が危険視されてねぇ。人員を少なくして質を高めろって上がうるさいんだ」


 影法師機関が「機関」として作られた理由は大きく分けて三つある。


 一つは「(ばく)の処理における効率化のため」。


 誰がどこで襲われ、誰なら対処できるかを明確化することにより、被害を減少させられ統制も取りやすくなる。


 次に「影の発現を避けるため」。


 貘は魂や思念を媒介として形を成す。そのため「非現実的」や「科学的に証明できない」などと信じられていない方が貘に転ずるリスクを抑えられる。


「転じられると知れば、センスある人なら影法師や貘になっちゃうからね。それで、三つ目が結構厄介なんだけど覚えてるかい?」

「『投影能力門外不出のため』ですよね?」

「正解正解!偉いね」

「投影は変幻自在、使い様によっては世界を壊しかねない。それこそ十五年前のように…」


 以前よりも八蒔は影の恐ろしさを実感できていた。


 登校時の瓦礫の山も、親がいない状況も今までの八蒔にとっては「ごく当たり前のこと」であった。


 確かに授業を受け、知識としての恐ろしさは知っているつもりでいた。


 しかし、雛与と施設みんなが襲われ、地下鉄や村の件を知った今、影のその危うさを実際に肌で感じることができた。


(災害時どれだけの人がこれに恐怖したことか…)


「そんな力が一般人に渡ったりしたら、それはもう大混乱になるだろうね」

「だから門外不出。で合ってますよね?」

「ま、そうは言ってるけどね」


 紫雨は足を止め、廊下の窓を開けた。髪が揺れ、その艶やかさが水面のように乱反射した。


 その様は実に美しい絵画のようで、八蒔は(今からでも絵を習い始めようかな)と検討してしまった。


「個人的には各国の牽制だと思っている」

「はい?」


 紫雨のその零れた言葉に、八蒔は現実へ引き戻された。


「牽制ってどういうことですか?」


 現在、影法師機関は世界中にあり、所属する影法師達はそれぞれ自国の任務に当たっている。


 その一切を武力として行使してはならず、他国に影響させてはならない。


「でも、所詮人間だからそういう『平和でいきましょ』とはなれない」

「それは…裏では武力として使われているってことですか?」

「まぁそうなるよね。嫌になっちゃうよ」


 水面下の武力、欲の陰伏、一国でも表立って影を行使した日には戦争が始まりかねない。


 その被害は「核」と同等かそれ以上。


「だから、互いにその銃口を向けながら『発射しないでね』と牽制し合っている。まぁそんなこと試験では書かなくて良いんだけどね」


 紫雨は強張った顔を緩め、職員室のドアに手をかけた。


「じゃあなぜそんなことを」

「君には知っていてほしいんだ。持っている力は、いつ何かの火種になってもおかしくない。……いきなり難しい話をごめんね。管理職だとこういうことによく目がいっちゃって」

「いえ、分かっています。とりあえず試験頑張ります」

「うん、応援してるよ」


 紫雨はニカッと笑うと職員室へ入って行った。




 二週間後、試験当日。


「はい!っということで、だいい……何回目だっけ?」

「はぁ―。八百十五回目ですよ、」

「そうそう。では!第八百十五回目、影法師部署配属実践試験を開始したいと思います!」


 筋骨隆々、エネルギ―の塊のようなこの大男は「媛野科董 (ひめのしなつ)」という調査・処理部に所属する影法師である。


 靇さん同様影法師達の指導や指揮をとり、影法師としては珍しく単独での任務が許可されている。


 任務の合間であってもわざわざ施設まで足を運び、指導を行うほど教育には熱心で、 施設内で笑っている大声が聞こえればだいたい媛野さんがそこにいる。


「試験は今日入れて三日間!なるべくリラックスリラックスで!笑顔でいこうな!はははははははは!」


 目に見えるのではないかと思うほど冷たい空気が流れた。


 科董はその面倒見の良さから人望は厚いが、如何せんこういう人であるため時より空気が読めない。


「もうちょっと黙っててください。本日行う試験は筆記試験です。今から受験票を配りますので、配られた方から受験票に記載の部屋へ入ってください」


 冷えた空気を切ったのは援護・医療部に所属する神堂阿互(しんどうあこ)であった。


「相変わらずだね阿互ちゃん!じゃあ後は頼んだよ!」

「あはい、」


 「神堂阿互」、彼女も影法師機関に常駐して指導や指揮を行っている影法師である。


 白衣の中に戦闘用の黒いボディス―ツと医療系とは言い難い格好をしており、バチバチにメイクしたまつ毛がピンッと立っている。


 男性人気も高く、聞くところによると元調査・処理部に所属していたが男性関係で問題を起こし、移動になったらしい。


「じゃあ名前呼ばれた方から取りに来てください―」


 試験内容は大きく分け三種類ある。


 一日目の学力試験。これは数学や英語などといった学校の試験とは異なり、影に特化した特殊な試験内容となっている。


 主に貘の影齢算出方法や投影方法など、完全なる暗記系の試験である。


 二日目の実践試験はその年によって内容はまちまちだが、主に団体で何かを行う試験であり、調査・処理部では一番重要視されている試験である。


 最終日三日目の面接は、「なぜ影法師になりたいのか」「何を果たしたいのか」言わずもがな、その人間性を推し量るための試験である。


「はい、では今から九十分間なので十一時四分までとなります。何か質問等ありましたら手を挙げて下さい。では開始、」


 阿互の冷たい号令とともに試験は開始された。


 影法師機関にも他組織同様「支部」というものがあり、ここ株式会社月宮工業は影法師機関日本本部と位置づけられている。


 そのため資格試験は他支部でも実施されており、そのうち本部では今年五十三名の受験者が受験している。


(え―と、重要危険指定貘は何体存在するか?う―ん四体っと。その中で影法師機関が管理している貘は……二体、だっただよな)

(思念を媒介とした貘化の手順を説明せよ。…確か、主に、複数人の同一思念が魂と同量集合することで意思のようなモノを持ち、影に宿り貘化するっと)


 影法師の資格試験といっても、問題の形式は一問一答・記述といった学校の試験と何ら変わらないものとなっている。


 靇さんによると、影法師に必要な知識のほとんどは実際に部署へ就いてから学べるらしく、試験自体の難易度はそれほど高くないとのことであった。



 そして九十分間はあっという間に過ぎた。


「はい、手を止めて下さい。一人ずつ回収しますのでそのまま待機していてください」


 「ふぅ」と八蒔含め、受験者達は大きく息をついた。


 見るからに自身のありそうな者、もっといけたと反省会を開いている者など、その光景は中学生の八蒔にとって、早くも懐かしさを感じさせるものであった。


 こうして、思っていたよりもあっさりと一日目は終了した。


(やれるだけやった、かな。出雲(いずも)さんに迷惑はかけられないし)


 ちなみに後になって聞いたが、靇さんも会場には来ていたらしいが、その出来栄えを俺に確認する前に靇ファンに捕まり、間に合わなかったという。




 翌日、資格試験二日目は「キ―ン」というマイクのハウリングとともに始まろうとしていた。


「はい!みなさん昨日ぶりですね!出来はどうだったでしょうか?もしダメだったなあ!って人も全然大丈夫!今日で巻き返えせっ、あ、」


 マイクを奪ったのは、昨日に引き続き援護・医療部所属の神堂阿互であった。


「媛野さん、声大きいのでマイクだとうるさいです。見て下さい昨日に引き続きすごい空気流れてます」

「そうか!それはすまんなぁはははははははは!」


 阿互は溜め息をつき、マイクを構えた。


「本日は実技試験となります。これからその内容を説明しますので、質問等ある方は最後にお願いします」



 実技試験は午前と午後の二部構成となっており、その内容は午前と午後で変更ないものとする。


 実技試験中は、こちら側がランダムに定めた三人組のチ―ムとなって行動してもらう。 (二人組のチ―ムが一チ―ムできるが、それは二人組ということを考慮して採点する)


 チ―ムで協力して試験会場内にいる貘を討伐し、特殊なカメラにて討伐の様を撮影する。


 なお、一チ―ムあたり一台のカメラを支給する。


 各二時間の制限時間終了後にカメラを回収し、そこに映る貘の数・影齢によってチ―ムポイントを与える。


「です。何か質問のある方?」


 阿互の淡々とした口調に気圧されたのか、誰一人として手を挙げなかった。


「じゃあ、はい」


 「しょうがないな」と言わんばかりに手を挙げたのは、同年代くらいの少年であった。


 片手をポケットへ入れ、周りの受験者を蔑むような目で見回した。


「これはあくまで試験、競争です。他チ―ムとの戦闘は行って良いんですか?」


 その質問に辺りが急にピリついた。


 対して阿互は表情変えず、その少年を軽蔑の眼差しで見下ろした。


「はい、構いません。説明したル―ルにはありませんし、どうぞお好きに」

「そうですか、ありがとうございます」

「…ですが、『人を殺害する』などといった度を越えた場合、試験のル―ル以前に法律であなたを処理します。 分かりましたか?」

「はいはい。じゃあ見えないようにやれば問題無しってっことですね」

「敵を見誤るなって言ってんだよ」

「あ?」

「は?」



 初見でも分かる同じようなキャラクタ―の二人、何とも言えない鋭利な空気が流れた。


「まぁそういう感じだから!人は殺さないでねははははは!」


 受験者全員、媛野さんが試験管として置かれた理由が何となく分かった。


(こういう空気に媛野さん、助かるぅ)

(うわ、何あいつら怖っ、媛野さんありがとう)


 数分後、質問タイムが締め切りとなった。


「では、貼り出している通りのチ―ムで一度集まってください」


 前方の大きな板に、名前と受験番号が書かれたチ―ム表が貼り出された。


「ええと、あっ『チ―ムO』か」

「え、同じだ!」

「え?」


 声を頼りに振り返ると、桜色の髪の少女がこちらを見つめていた。


「君、八蒔くんだよね?亘芽さんの養子に入ったっていう」

「どこかで…会ったことありましたっけ?」

「あ―ごめんごめん。君有名人だからさ、私『桜没木華(さくらばこのは)』宜しく!」


 その明るさはどことなく雛与(ひなよ)に似ていた。


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