牲命蝕流填編 第1話:相対
「ん、15年目?」
「そうそう今日で災害が起きてから15年目」
八蒔と雛与は登校に似合わない、瓦礫が散乱しているような悪路を進んでいた。遠くには住宅街も広がり、辺りは閑散としていた。
「世界同時多発災害」それは突如として発生した。世界中で同時多発的に小説のような日食が起き、世界が暗闇に包まれた。海が荒れ、地殻に亀裂が生じ、地震が発生した。その後、各地では謎の建物消失や爆発も発生し、地球が赤く染まるほど焼け野原となった。
たった30分という間に世界は大きく形を変え、残ったのは瓦礫の山と火山灰に染まった空だけであった。人々は直感的に世界の終わりを実感し、その日を「灰色に沈む世界」と呼んだ。
情報を発信する政府も、状況を伝えるメディアも崩壊し、なぜこのような災害が起こってしまったのか、またそれによって世界はどう変わってしまったのか、15年目を迎えてもなお、不明のままである。
こんな世界にも学校はあり、教育も受けられる。それでも完全に世界は復興できた訳ではない。学校の窓からは荒れ果てた瓦礫の山が見え、毎日工事の音が街中へ響いている。
「まぁ俺達どうせ生まれたばっかだったんだし、正直覚えてないから何ともね―」
「そうだけどさ。教科書にも載ってるでしょ、災害前の各国の都市とか。あれ見ると世界って本来美しかったんだなって思って!めっちゃ見たいなって!」
雛与は短絡的な性格である。綺麗なものを見ればそれを「綺麗」とだけ思い、その裏の汚れや陰を想像しない。それでもその明るい性格のせいか、友達は多く、学校で一番の人気者だ。
「あれあれあれ?またお2人さん仲良く登校ですか?」
「コラ幸、冷やかしちゃダメ。2人は入籍している身、当たり前のことをしてるだけなんだから」
「お前らまた何馬鹿なこと言ってんの?よく飽きないわね、同じ施設だからしょうがないでしょ」
災害時、各地で身寄りのない子どもが続出した。地域住民の協力により、児童養護施設が続々と建てられ、俺達も同様に拾われ、児童養護施設で育った。
だから他の子とは勝手が違う。施設は家であって家じゃない。それでも支えて下さる方々には感謝してるし、施設のみんなを大切だとも思ってる。
「八蒔じゃあまた放課後ね!うち買い物してから帰るから先準備しといて!」
「は―い。ケ―キは園長が用意するって言ってたから、買わなくていいから」
「何の準備?今日何かのお祝い?」
「今日ね、施設で1月生まれの誕生日会があるの!」
「え、じゃあ2人とも今日誕生会?おめじゃん!誕プレ買ってあげるよ!」
「まじ!じゃあ売店で何か買っても―らお!」
うちの施設では月に一度、誕生日会が開催されている。ただし、災害による身元不明な子に関しては、施設に入った日を誕生日として記録しており、俺も雛与も災害後すぐに預けられたため、1月15日の今日が誕生日となっている。
―放課後―
八蒔は施設のみんなと誕生日会の飾り付けをしていた。
八蒔と雛与は施設の中では最年長であり、背が一番高いため、そういった場所の装飾はいつも2人が担当している。
「八蒔―これ右に付けて!黒い兎さんの横!」
「なんで兎が黒いんだよ。相場明るい色だろ」
「八蒔そっち終わったら厨房の棚降ろすの手伝って。重くてコレ、何入ってるんだか…」
「園長、俺仕事多くない?これでも今日主役の1人なんだけど」
「しょうがないじゃない。頼れる男手もうお前だけなんだから!」
児童養護施設ということもあり、中には養子へ貰われたりする子もいる。最初は5人ほどいた同い年の子も、今では雛与1人だけである。だからといって「~歳になったら施設を出てもらう」という制限は無く、園長曰く「ここは実家なんだからいつ出て行っても良いし、いつ帰って来ても良い」らしい。
「そいえば八蒔、あんた進路どうすんの?雛与と同じ高校行くの?」
「いや、俺働くよ。次は誰かを支える側になりたいんだ。この施設もまだまだ続いて行かないとだろ?」
「そんな気にしなくて良いのに…あんた偉いこと言えるようになったんだね。ここに来たときは、布に包まれた小っちゃくて可愛い赤ちゃんだったのに」
「良いんだよ。それが今やりたいことなの」
ここ雨守児童養護施設は元々自治会館であり、当時避難場所として使われていた。
俺と雛与は同じような布に包まれ、門の所に捨てられていたらしく、それを拾ってくれたのが雨守園長で、近隣の方々と協力して俺達を保護してくれた。
俺達は最初双子かと思われており、試しに病院で検査してみたところ、結果として血縁関係は無かったらしい。それでもお互いに兄妹だと思って接しているし、家族だと思って過ごしている。
「てか園長、雛与遅くない?もう18時だよ。もうすぐ誕生会始まる時間だよね?」
「そうね遅いね。何だかんだ誕生日会一番楽しみにしてるのあの子だし。何かあったのかしら?」
「俺電話してみるね」
しかし、何度かけても雛与は電話に出なかった。
今まで雛与に電話をかけて出なかったことは一度も無く、八蒔はなんとなく嫌な予感がした。
「俺、ちょっと探してくるわ。後の飾り付け任せても良い?」
「全然良いけど、気を付けてね。寒いからちゃんと防寒も!」
八蒔は急いで自転車を走らせた。学校、商店街、土手、しかしどこにも雛与はいなかった。何となくの目撃情報から、恐らく雛与は駅前のス―パ―へ行き、瓦礫が散乱する近道を通って施設に帰って来ようとしていたらしい。
(夜にこんな暗くて足場の悪いとこ、通るなよ。もしかして転んで怪我でもしてんのか?)
八蒔は自転車を停め、携帯の明かりを頼りに悪路を進んだ。しかし遮蔽物が多すぎるあまり、遠くまで見通すことはできなかった。
寒く暗い瓦礫の山々広がる悪路、墓地やトンネルなどとは異なる緊張感と恐怖感、八蒔は肌で強く感じていた。
10分は歩いた頃、八蒔の足元に見覚えのあるバックがぶつかった。
八蒔にはそれが誰の物かすぐに分かった。間違いなく雛与のスク―ルバックだった。
なぜこんな所に落ちているのだろうか、八蒔は疑問に思った。ここは施設からかなり離れた場所、近くに住宅街は無く、人通りも無い。
(もしかして……誰かに襲われたのか?)
八蒔は夢中で走った。見える場所には全て目をやり、雛与に聞こえるように喉が切れそうになるほど声を出した。しかし、雛与どころか人の気配は微塵も無かった。
そのときだった。目の前に黒いフ―ド姿の何者かが立っていた。背丈は八蒔とそれほど変わらなく見えたが、暗がりのせいか顔は見えなかった。
「雛与じゃないよな。お前何だ?お前が雛与に何かしたのか?」
「君は…フフッそうか、君が八蒔くんだね。僕は何もしてないよ」
「なんで俺の名前を…やっぱり雛与に何かあったんだな」
「この先に行ったら、君はきっと後悔する。でもここで帰れば、この先君はきっと幸せな人生を送れる。それでもまだ進むかい?僕としては…おすすめできないけどね」
「うるさい。失せろ」
すると風が吹き、土埃が舞い、黒いフ―ド姿の何者かは消えていた。
同時に、遠くで瓦礫が崩れるような物音と強い風が響いた。八蒔は全速力でその音のする方向へ走った。瓦礫に転んでも、鉄柵を掠めても八蒔は止まらず走った。
(雛与、雛与、雛与!無事でいてくれ)
瓦礫の無い開けた場所へ出た。そして遠くへ目をやると、誰かが立っているのが見えた。見覚えのある制服、長くストレ―トな髪。
「雛与!」
八蒔の喉は既に千切れそうなほど酷使されている。それにも関わらず、叫ばずにはいられなかった。
するとその声に反応するように雛与は振り向いた。その瞬間だった。
雛与は瓦礫の山へと吹き飛ばされた。
血しぶきが上がり、八蒔の顔へ降り注いだ。
八蒔には何が起こったのか全く分からなかった。ただ、雛与の近くに「何か」がいた。それだけが今理解できたことであった。
「雛与、何が起きた?何かが…いる?」
目を凝らすと、次第にその「何か」の輪郭が見え始めた。
その「何か」はとてつもなく巨大で、手足がいくつもあり、大きく微笑みながら真っ直ぐこちらを眼球の無い目で見つめていた。そして何より、黒く、霧のような体はまさに人外そのものであった。
八蒔は恐怖し、手足に力が入らなくなった。それでも雛与を助けたいという想いが、体を奮い立たせ、一歩、足を動かそうとした。そのときであった。
「ナンデっ、ナンデエ、ナンデエ…コワっイイイイいイイイっヨおぉ」
その黒い怪物は言葉を介し、感情を表した。
(こいつ、幻なんかじゃない。ちゃんと存在してる、見えてる)
鼓動が上がり、呼吸が早くなり、自分の白い息で視界が見えなくなったその瞬間であった。
その黒い怪物は八蒔の目の前に現れた。
「っぐぅ、はぁはぁ、はぁはぁはぁ」
足に何か滴る感触がした。痛く、冷たく、熱い、強烈な恐怖。
八蒔の腹部には黒い怪物の手が刺さっていた。
上を見上げると、そんな苦しむ八蒔を黒い怪物が満面の笑みで見つめていた。
「ヤッたぁ、もうコワクなァアい、もぅこワクナァいィヨぉ」
意識が遠のいた。
八蒔は暗い空間にいた。何にも見えない、何も感じない。意識がどこかへ落ちていくような感覚。
(俺はきっとこのまま…………雛与は死んだんだろうか?あの怪物は何だったんだろうか?みんなは、俺達がいなくなったらどんな顔をするんだろうか?)
八蒔は思い出していた。それが意識を保つ唯一の方法だった。
みんなで夏に運動会をしたこと。
学校を嫌がる俺を園長が慰めてくれたこと。
初めて施設以外の人と友達になったこと。
施設の子が養子に行ってみんなで悲しんだこと。
毎月の誕生日会を雛与が一番楽しんでいたこと。
笑ってしまうくらい大したことのない日常。それも今日で終わり…
(俺は…幸せだったな。雛与は幸せだったんだろうか?いつもみんなのことを思って、不器用なくせに頑張って、単純で、馬鹿で、でも優しくて。俺は、俺にも何かできないかと思って、就職しようと思った。支えようと思った。でもまだ何もできてない、まだ何も誰にも返せていない)
八蒔の目には力が戻り始めていた。不思議と遠のきそうな意識や記憶、感覚が次第に体へ戻り始め、体が熱くなり、脈打つ心音が感じられた。
(お前から「幸せ」って言葉を聞くまでまだ死ねない。絶対に死んでたまるか。あんな怪物………俺が終わらしてやる)
すると、暗い空間が八蒔の体へ一直線に渦を成して流れ始めた。
(なんだこれ、痛みの熱さとは全然違う。優しく、包み込まれるように温かい)
(コレガぁ、コれガちから、タベれナイ、すごォく、すぅゴくカナしィ)
(誰の声?……………………………………………………)
流れはやがて消え、目が眩むほど白く、明るい光となり、八蒔を包み込んだ。
「っんはっ!ゴホッゴホッゴホッ!雛与!」
手を伸ばした先には見慣れない白い天井、一定の間隔で流れる電子音、実にありがちだ。
俺は病院で目覚めた。
「やっと起きたね、雨守八蒔くん。早速だけど提案があるんだ」
ベッドのカーテンが開くと、横に白い長髪で、30代くらいの黒いコ―ト姿の男性が座っていた。
「君、僕の養子にならないかい?」
「はい?」
俺の後悔の日々が始まった。