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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

汝隣人を愛せよ、さらばレジピッピせん

作者: 九条空

 コンビニの自動ドアが開く。


 入ってきた男はふらふら店内を歩いて、シャンプーとサンドイッチを手に取り、レジに置いた。

 男の右目の瞼は、妙に腫れている。

 だがこのくらいならば、ものもらいとしてあり得る範囲だ。


 男は軽く会釈し、こう言った。


「よろしくおねがいシマす」

「はいはい」


 ちょっとカタコトだったが、外国人ならば充分にあり得る範囲だ。

 差し出された身分証をピッピとスキャンして、情報を読み込む。

 IDよーし、リスト記載なーし、顔写真……微妙だけどまあよーし。


 オレは続いて、客が持ってきた商品をピッピした。


「レジ袋いりますかー?」

「いいエ」


 商品をそのままレジに置いて、オレは義務的に言った。


「最後に人間かどうかのご確認ボタンお願いしま~す」

「ア……」


 オレからは見えないが、客側にあるモニターにはこういう文章とボタンが表示されている。

 ――「あなたは人間ですか?」「はい」「いいえ」


 震える指で押されたボタンは「いいえ」だった。

 それを確認して、オレはレジ内に置かれている蛍光緑の銃を手に取った。

 水鉄砲みたいな見た目だが、こいつの引き金は意外に重い。


「すいませんね、ウチ化け物出禁なんすよ」


 バシュッ。

 ――射出された弾が当たり、《《化け物》》はどろどろに溶けた。


 溶けたそれはゆっくりと床を流れ、店内の端にある排水溝の中へと吸い込まれていく。

 これを見るたびに掃除しなくて便利だなと思うが、床傾いてんのかな? と不安になる。


 人間に化ける化け物が現れてから、5年くらい。


 最初の3年くらいは誰もかれもが大袈裟に騒いでいたが、今では当たり前になっている。

 気をつけなきゃいけないよね。

 でもだからって外に出ちゃダメとかいうほどじゃないよね。

 それくらいだ。


 化け物はいる。だが生活はしなければならない。


 化け物を一撃で殺せる銃も開発された。

 それが、この蛍光緑のおもちゃみたいな銃だ。


 誰でも簡単に化け物を殺せる便利道具である。

 今ではハンカチくらいの必需品だ。

 つまり、めんどいなと思ってるやつは持ち歩いていない。


 化け物はそれほど賢くもないし、それほど力も強くない。

 よっぽど油断していなければ、化け物に殺されることはないだろう。

 それでも化け物に結構人が殺されているようなので、よっぽど油断している人間は多いらしい。


 自動ドアが開いて、客が入ってくる。

 店内を歩き回って、目的の商品を手に取った客がレジにやってくる。


 皆一様に頭を下げ、身分証を差し出してくる。

 オレは機械的に身分証をピッピし、様々な項目を確認する。


「お顔が全然一致しませ~ん」


 バシュッ。

 ――射出された弾が当たり、化け物はどろどろに溶けた。


 続いてのお客様も同じだ。

 身分証をピッピし、マニュアル通りに項目を確認する。


「死亡リストに載ってま~す」


 バシュッ。

 ――射出された弾が当たり、化け物はどろどろに溶けた。


 続いてのお客様には、身分証を出してくる前に蛍光緑の銃を構えた。


「目ん玉一個多いで~す」


 バシュッ。

 ――射出された弾が当たり、化け物はどろどろに溶けた。


 続いてのお客様は身分証を差し出してきたが、オレはそれをピッピする前に、持ったままだった蛍光緑の銃で撃った。


「挨拶がありませ~ん」


 バシュッ。

 ――射出された弾が当たり、化け物はどろどろに溶け……なかった。

 耳をつんざくような悲鳴が上がる。


「ッキャアアアアアアアッ! なにするのよォッ!」

「あ。やべ、本物だった(笑)」


 どろどろに溶けなかったということは、これは人間だということである。

 眉間を狙ったつもりだったが、少々狙いが外れたらしい。

 おばさんは左目を押さえていた。次から次に血が流れてくる。うわあ。


 化け物退治用の銃は、人間相手なら当たっても死なないはずだ。

 だから悪戯盛りの小学生だって携行を許可されているのである。


 しかし、当たり所が悪いとこうなるらしい。

 いや、当たり所が良過ぎたのか。オレのエイムが天才すぎるあまりに。スマソ。


 おばさんは血をしたたらせながら激高した。

 あ~あ、頭に血をのぼらせたら、もっと出血するだろうに。


「ふ……ふざけるんじゃないわよォッ! どうしてくれるのッ!」

「ふざけてないっすよ、マジマジのマジっす。おばさんのモンスターカスタマーっぷりがすごすぎてモンスターと区別つかなかったんすわ。ウケる」


 このおばさんの顔を見るのは初めてではない。

 毎回ぐちぐちうるさいのでよく覚えている。

 やれ袋詰めしろだの、袋を無料で寄越せだの、会計が遅いだの。

 訴えたら勝てそう。

 オレに訴える金なんかないので、いじめたもん勝ちなんだろう。


「はやく救急車を呼びなさいよォッ! 医療費は全部払ってもらうわよッ! 慰謝料もッ!」

「あー」


 これ、弱小立場の辛いとこね。

 オレはただのバイトだから、すべての責任は店長に向かう。

 でもオレは店長のこと好きだから、解雇されたりしたら申し訳ないな。


「じゃあ殺してもいいっすか?」

「は?」

「おばさん生かしてもオレになんの得もないじゃん」

「何言ってんの……!? ありえないでしょッ!」

「おばさんこそちゃんと考えてよ。オレがおばさんを生かすメリット。ない? なさそうだね」


 オレはレジ下の引き出しを開け、拳銃を手に取った。

 化け物退治用の、おもちゃみたいな蛍光緑の銃ではない。


 黒光りする本物の銃だ。

 オレが無造作にそれをおばさんに向けると、おばさんはようやくオレが冗談を言っているわけではないことに気づいたらしい。

 でも次おばさんが喋って、命乞いでもされたら可哀想になっちゃうから聞かないでおこ。


「ばいばい」


 ドンッ。

 ずっしり重い発砲音と共に、おばさんの頭部は破裂した。


 さよならおばさん。永遠にクソババアであれ。


 オレの観察力と集中力はカスだが、射撃の腕はいいのである。

 この距離ならば、一撃でヘッドショットも余裕だ。


 コンビニ勤務では、愛想笑いより銃の腕のが大切だ。だからオレでも長続きしている。

 人間相手にちょっとミスってもああして怒鳴られるくらいで済むが、化け物相手にミスったら死ぬからだ。


 オレという人間がこうして人間を殺しているので、人間相手でも対応ミスったら死ぬんだね。

 勉強になったなあ。おばさんも地獄でこの知識を役立てられてるといいけど。


「お。いいとこに」


 コンビニの外をずるずる這う黒い塊が目に入り、オレは手で招いた。

 黒い塊はこちらにゆっくりと方向を変え、自動ドアを開け、店内に入ってくる。

 入店音は鳴らない。


「いいよ」


 おばさんの死体を指さすと、黒い塊はずるずると這って、おばさんの口の中に入っていった。

 オレはしっかり眉間を狙ったので、おばさんの頭部で破裂したのは鼻から上だけだ。口は残っている。


 真っ黒な粘液の塊がずるずると、口腔の奥へと這い進み、喉へ、気管へ、食道へと入り込んでゆく。


 肉の内側から、ジュウ……という音が微かに鳴った。

 焼けるような、煮えるような、内臓が溶けていく音。


 やがて、死体の皮膚が微かに膨らんだ。

 それからゆっくりと、骨の存在感が消えていく。

 筋肉の張りも、内側から崩されていくように柔らかくなっていき――代わりに、黒い粘体がその中に《《満ちて》》いった。


 失われていた顔の半分も、黒い粘液がどろどろと流れ込み、形を作っていく。

 破裂寸前の風船のように膨らんだおばさんの身体が、ぐにゃ、と不自然に折れた。

 最後に、床に飛び散った血液がおばさんの体の中へと、ずるずる戻っていく。


 掃除いらずでラクチンだなあ。

 見るたびに毎回そう思う。


 体積を普通の人間くらいに戻した時点で、化けるのは終わりらしい。

 不自然な動きでぬるりと立ち上がったおばさんは、コキコキと関節を自然な位置に戻しながら、柔和に微笑んだ。


 化けるのが結構うまい個体だったようだ。

 穏やかな表情を浮かべている時点でおばさんにはまったく似ていないが、少なくとも顔のパーツは人間のと同じ数だけあった。


「あら、本当にいいの? ご親切にどうもねぇ」

「いえいえ。やっぱお客様に喜んでもらってこその接客業なんで」


 新しいおばさんは、前のおばさんが買おうとしていた商品を指さした。

 買うものはこれでいいらしい。オレも楽なので嬉しい。


 カウンターに置きっぱなしだったおばさんの身分証をピッピして、そのままなにも確認せず、商品もピッピする。


「レジ袋要りますかー?」

「いいえ」


 うちの店長は、商品が売れるならなんでもいいという主義だ。

 だからオレが商品を売る相手は、別に化け物だって構わないらしい。

 そのくせ「化け物は出禁」とか言っているので、よく意味が分からない。

 中に入らず商品を買う方法はないだろう。どゆこと?

 オレが外に商品持ってって要らんかね~ってやった方が良いってこと?


「最後に人間かどうかのご確認ボタンお願いしま~す」


 すんなり「いいえ」を押したおばさんの会計を終わらせ、商品を持って自動ドアから出ていくおばさんの背中に声をかける。


「またのお越しをお待ちしておりま~す」


 また来た時にオレが覚えてなかったらうっかり射殺しちゃうので、またのご来店を本心からは望んでいない。


 オレは、嘘をつけない化け物のことをかわいいと思っている。

 少なくとも、理不尽に怒鳴りつけてくる人間よりはよほど愛くるしい。


 そう思ってるやつは、オレの他にもたくさんいるんだろう。

 だから、化け物を見分けるのはあれほど簡単なのに、化け物と人間の見分けがつかなかったことによる《《事故死》》が絶えない。

 オレも一件増やしたことになるのかな。あれは普通の殺人になんのかな。


 化け物を殺すと、化け物がレジまで持ってきた商品を棚に戻さなきゃいけなくて、めんどくさいんだよな。

 でも商品をピッピするのは楽しいから、ついそこまではやっちゃうんだよな。

 身分証のピッピだけで満足できたときは、その段階で射殺している。

 身分証でさえピッピするのが面倒なときは、適当なタイミングで撃っている。


 化け物だろうが商品を売っちまった方がオレの手間が省けるんだが、一応真面目に仕事をしなきゃな~という気持ちが、オレに蛍光緑の銃を握らせるのだ。

 それで実銃撃つ羽目になってたらあんまよくねえな。

 あの場合、最初っから実銃でよかったのかもしれない。

 うーん、しかし俺は比較的職務に真面目なので、やっぱ一回蛍光緑の銃を挟んでおいた方が気持ち的に楽だ。


 コンビニ店員の正解、わっかんね~。

 いつもなんとなくその時の気分で対応を変えている。


 化け物を見逃したり、見逃さなかったり。

 人間の客に商品を売ったり、売らなかったり。

 人間殺したり、化け物生かしてみたり。

 実銃を化け物に撃って、全然死ななくてウケたり。


 色々繰り返せば正解がわかるかと思ったが、どの対応をしていても、生活は変わらない。

 バイトから昇進することもないし、店長から文句言われることもないし、警察も来ない。

 ということは別に、なにやってもいいってことなんだろう。

 社会って意外と自由なのかもしれない。


 自動ドアの前に人影が現れ、ゆっくりドアが開いた。


「いらっしゃいませ~」


 入店音は鳴らない。

 オレは蛍光緑の銃を手に取って、客の眉間を撃ち抜いた。


 バシュッ。


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― 新着の感想 ―
そうそう、(短編っていうのは)こういうので良いんだよ。
せ、世界が世紀末(死語)過ぎるっ…(汗)。
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