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あおいさんともっと仲良くなりたいと思う僕はおかしいのでしょうか

「ひろくん、仲良くしよう」


 背中にひんやりくっついてきたあおいさんに、僕はメガネの位置を直しながら、言葉を投げ返した。


「僕は人でなしなんだろ? そんなのと仲良くしたいなんて……あおいさん、おかしいんじゃない?」


「人でなしなんて言ってないよ。人としてどうかしてると思うって言っただけ」


「どう違うんだよ!?」


 うーんと考えてから、あおいさんは言った。


「人でなしはどうしても人にはなれないけど、どうかしてるのはきちんとすれば人になれるでしょ」


「きちんとすればだって?」

 バカにされてる気がした。

「僕は……、僕だ。これがきちんとした僕なんだよ。見下したようなこと言うな」


「見下してなんかないよ」

 背中であおいさんが寂しそうに笑った気がした。

「だってあたしはほんとうに人でなしだからさ、どうしたって妖怪は人にはなれないから、だから、きちんとすれば人になれるひろくんが羨ましい……って、思ってさ」


 何も言い返せず、僕は黙り込んでしまった。


 そうか……。


 あおいさんは人間に憧れてるんだった。


 人間に憧れて、人間になりたいのに、妖怪は妖怪だから、どうしても人間にはなれないんだ。


 でも、なんで人間なんかになりたいんだろう。


 人間なんて憧れるほどのもんじゃない。

 冬が暑くなったのは人間が自然を破壊したせいだって知ったら、あおいさんはどう思うだろう?

 自分が共感できないものが嫌いで、共感できないようなやつがひどい目に遭ってるのを見たら指さして笑う人間たちを見たら、どう思うだろう?


 中学、高校の頃、僕をいじめたパリピどもの姿を見たら──


「あおいさん」


「ん?」

 端正な顔が、微笑みながら背中から覗き込んできた。

「何、なに?」


 僕は、言った。

「背中が凍えそうです」


「ああっ! ごめん!」


 慌ててあおいさんは離れてくれたが、ほんとうに冷たかったはずの背中が、なんだかかえって寒々しくなった。


 でも、嫌われたわけじゃなかったんだ。

 そう思ったら、人間としてきちんとしてないなんて言われたことも不思議なくらいに許せてしまえる。

 僕もあおいさんと仲良くしたい。……いや、そういうわけじゃないけど、僕が仲良くなりたいのはあおいさんに限らず怪異ってだけなんだけど、でもなんだか自分の顔が赤くなってしまったのを感じて、何を言えばいいのかわからない空気になったこともあり、僕は顔を歪ませて嫌味を言った。


「……あーあ。あおいさんのせいで、僕のスマホが」


「それは自然災害にでも遭ったと思って諦めてね」


 ニコニコとそう言う雪女が憎たらしい。


 弁償するつもりもさらさらないらしい。まぁ、雪女、カネ持ってないしな……。


「代わりにあおいさんのスマホ、使わせてよ」


「残念でした。これは妖力で動作するから、人間には使えませーん」


 あおいさんはてのひらの上にキラキラと氷のスマホを出現させると、僕をからかうように紫色の綺麗なベロを出す。


 まぁ、正直言うと、僕にスマホはあまり必要のないものだった。

 一緒に写真を撮ってくれる友達がいるわけでなし、電話をかけてくる友達がいるわけでもなし、親から年に数回電話がかかってくるぐらいだ。

 ほぼひきこもりみたいなもんだし、パソコンさえあればじゅうぶんともいえる。

 でも、あおいさんには必要なものみたいだ。だって、前にチラッと見せてもらった時、あおいさんのスマホには──


「そうだ。写真、もっと見せてよ」


「んっ?」

 何のことかわからないように、あおいさんが笑顔を固まらせた。


「前、カフェでさ、見せてくれたじゃん。色んな妖怪仲間の写真。もっと見たいな」


「ああ、あれね! いいよ? ほら見て?」


 横に並んで画面を見せてきた。

 また肩が冷たくなったけど、心はまたあったかくなった。


 碁盤目状に並んだ数々の、僕にとっては非日常的この上ない写真たちが、僕をワクワクさせる。

 白い巨大な猿みたいなやつ、身体が蛇みたいな薄気味悪い女──どの写真にも大抵あおいさんが一緒に写っていて、彼女が一緒だとどの妖怪もなんだか親しみが持てるというか、いいやつに見えた。

 出来ればパソコンに保存したかったけど、拡張子が全然違いすぎて無理っぽい。


 親子3人で並んでいる写真があった。

 あおいさんと、妹と、お母さん。みんな同じような白い着物に身を包み、幸せそうに笑ってる。

 写真の中のあおいさんは髪が長かった。人間界に来る前に切ったのかな?

 お母さんだけ写ってる写真には茂作さんを一息で凍死させてしまいそうな凄味があったけど、やっぱりあおいさんが一緒だとあったかそうなお母さんに見えてくる不思議。


「お父さんはいないんだよね?」


「当たり前じゃん」


 僕は解説口調になって、得意の知識を披露した。

「雪女なんだから、雪女は全員女性だ。雪の精霊みたいなもんだから──、雪から産まれてくるものだから、男女による生殖行為なんて必要ないんだ」


「わ、あたしより詳しいね!」

 あおいさんが感心したように僕の顔を横から見た。

「さすが学校行ってるだけのことあるねー! 雪女は自分が何かなんて、ふつう興味がないよ。ってか今、初めて知ったー! ……そうか、あたしは雪の精霊さんだったのか」


「『みたいなもん』だよ。正確にいうと、バケモノ」


「言ったなー? コイツぅ〜!」


 横からデコピンされた。


 いつの間にか僕らは床にお腹をつけて寝そべって、肩と肩をくっつけ合って、笑い合っていた。


 もう、心の中では正直に認めていた。僕は、あおいさんと、もっと仲良くなりたい。


 でもこんな、人間としてきちんとしてない、人でなしの僕が、そんなことを思うのはおかしいのだろうか?

 これ以上好きになったらたぶん、小さな箱にでも押し込んで、自分だけの雪女として大事に棚に飾ってしまいそうだ。


 そんなことを考えていると、横からあおいさんが、懇願するような顔で僕をまっすぐ見つめて、言いだした。


「ね、ひろくん。……明日さ、今度こそ本当にひろくんの大学を案内してよ」


「だめだよっ!」

 僕は脊髄反射のように声を上げていた。

「聞いたことないかい? 人間がたくさん集まるところには熱気がムンムンしてるって。大学は熱気がムンムンしてるとこなんだよ。そんなところに連れてったらあおいさん、また溶けちゃうよ!」


「ひろくんがプレゼントしてくれたこの空調服とピタッとひえひえシートがあれば大丈夫だよ」


「だめだめ! そんなもの通用しないぐらい暑いんだからっ! あっという間に溶けてなくなっちゃうよ!?」


「ひろくん、嘘つきだからなー……」


 じとっとした目で見られて、僕は思わず黙り込んだ。


 パリピの群れの中にあおいさんを連れて行くわけにはいかない。

 僕より一緒にいて楽しい人間がいるなんて、あおいさんに知られたくない。

 あおいさんは僕だけのものだ!

 誰にも取られたくない!


 そう考えながらも、僕の頭に別のアイデアが浮かんできた。


 心霊動画は撮れなかった。

 実況生配信は失敗した。


 それなら大勢の中でライブやればいいんじゃね!?


 僕は妄想した。

 大勢の大学生が見守る中で、あおいさんに妖怪スマホをてのひらに出現させてもらう。

 それをどうにかしてプロジェクター・モードにして、大画面に映しだし、みんなに見てもらう。

 そして、あおいさんに熱風を浴びせて、雪女が溶けて死ぬところを見世物に──

 いや、それはダメだな。なんか嫌だ。

 どうにかしてあおいさんに雪女の力を見せてもらえば、そしてそれをみんなに動画撮影してもらえば──


 僕の中で、独占欲と自己顕示欲が喧嘩した。


 そして接戦の末、勝利したのは自己顕示欲だった。


 僕の大好きな怪異現象を広く人間どもに知らしめたい! 僕がそれを発見したということを世間に自慢したい! 僕の大好きなあおいさんをみんなにも──


「……仕方がないな」

 僕はわざと面倒臭そうに言った。

「まぁ、やってみないとわからないからな。明日、大学に連れて行ってやるよ」


「本当!?」

 あおいさんがぱあっと顔を輝かせ、うつぶせに寝そべったまま15センチぐらい浮き上がった。


「その代わり、やっぱり暑くて溶けそうになったらすぐに帰るよ? いいね?」


「大丈夫! 耐えてみせるよっ!」

 興奮したような手つきで妖怪スマホを操作し、人間界のアパレル通販サイトを開く。

「あぁ……、楽しみだなぁ……。じゃ、なんかお洒落して行きたいなぁ……」


 かわいい服の商品画像を眺める彼女に僕が釘を刺す。


「言っとくけどそんなの買えるお金、僕にはないよ? それに空調服じゃないと溶けちゃうでしょ?」


「そ……、そうか……」

 がっくりと肩を落とすあおいさん。


「さっきの写真で着てた白い着物はだめなの? なんか身を守る妖力とか備わってるような感じしたけど」


「うん、確かにね。あれが雪女の正装。あれを着てる時が一番自分の妖力も高まるから」


「じゃ、着なよ!」

 僕はつい、声が興奮してしまった。

「あれがカッコいいよ! いかにも雪女って感じで!」


「いつも白い着物ばっかりじゃつまんないから人間界に出てきたんだよねー……。かわいい服がいっぱい着れると思って」


「いやいや! 人間の目にはあっちのほうが新鮮だよ! 着てよ! お願いします!」


「ふーん……?」

 あおいさんがなんだか嬉しそうに、こっちを見た。

「あれ着たらなんかスイーツ奢ってくれる?」


「うんうんうん! 動物プリンでもなんでも奢るから!」


「じゃ、明日、着るね」


 僕は思わずガッツポーズをしてしまった。

 やっぱり空調服を着た雪女なんて嫌だ。みんなに紹介するならいかにもな恰好のほうがいい!


「……あっ?」

 急にあおいさんが遠くを見るような目になり、独り言みたいに喋りだした。

「きんこ? 近くまで来てるの? えー? 大丈夫? うん。いや、あんたはだめでしょ。人間、怖いでしょ? ……うん、……うん。……本当!? 大丈夫だよ、人間怖くないから。うん、楽しいよ。じゃ、明日ね。うん、あたしの妖気を辿って来てね」


 電話を切るような仕草をするあおいさんに、僕は聞いた。


「もしかして……妹、来るの?」


「うん。あたしが人間界に来てるの察知して、追いかけてきたみたい」


 では明日、雪女の姉妹で戦闘ショーでも見せてもらおうか、ククク……。


 僕がそんなことを思っていると、あおいさんがちょっと気になることを言った。


「大丈夫かなー……。あの子、幼いし、怖がりだから……。暴れだしたりしないかなぁ……」


「あ……、暴れだす?」


「うん。まさかとは思うけど、大学の構内を南極大陸みたいにしちゃうかも」


 それは面白そうだと僕は大いに期待した。


 見せてやれ──見せつけてやれ、人間どもに、雪女の力を!


 そんなふうに軽く考えてた僕が、その時にはまだいたんだ。





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白い巨大な猿みたいなやつ > イエティか、ウェンティゴ? ハヌマーンかな? 身体が蛇みたいな薄気味悪い女 > 磯女か…………ラミアかなあ?
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