未知と未知との遭遇は礼儀正しすぎて、僕が演出せざるを得ません
「ねぇ……。ひろくんの大学って、こんな山の上にあるの?」
ようやく様子がおかしいことに気づいたのか、そう聞いてきたあおいさんに、僕はにっこりと答えた。
「静かでひっそりとしたところでするものだからね、勉強は」
そう、これから僕は、ここで未知の勉強をするのだ。
ここ『血抜山』は超常現象の名所だ。
裾に広がる血抜森では数多くの幽霊の目撃例があり、山頂にUFOが着陸したという報告が何度もされている。
夏になると物好きなやつらがこぞって探検に来るのだが、こんな寒い時期にやって来るやつはおるまいて。
「あ、ほんとだ!」
あおいさんが何かを見つけて、言った。
「人がいっぱい! あの人たち、みんな学生さん?」
森の木々の隙間から、数人の人影が見えた。
どうやら物好きたちがいたようだ。チッ……、邪魔だな。一人で未知との遭遇がしたいのに……。
山を登っているうちに日が暮れはじめた。そろそろ懐中電灯を点けないと足元が見えなくなるな。
懐中電灯を点けたらこっちに気づいて、あいつらが話しかけてきたりはしないかな。そうなったらうざいな。
そう思って見ると、彼らの姿はどこかに消えていた。別のルートを歩いてたようだし、まぁ、大丈夫か。こっちには来るなよ。頂上に辿り着くのは僕とこの雪女だけでいいんだ。
頂上に辿り着いた頃にはすっかり夜になっていた。
満天の星空だ。邪魔をする人間の建物がないので、空を埋め尽くすほどの星々がいっぱいに広がっている。
「わぁ! 星が綺麗!」とか乙女っぽいことをあおいさんが言い出すかなと思ったが、どうやらこんなものは故郷の雪山で見慣れているようだ。退屈そうにしている。
「ねぇ……。大学、どこにあんの?」
そう聞かれたので、僕は正直に答えた、「ごめん。騙した」と。
「はぁ!? どういうこと!?」
「ここはね、UFOのよく目撃されている場所なんだ。僕は一人で何度もここに来てる。そのたびにUFOに『おいでください』と呼びかけてたんだけど、一度も来てくれたことがない。でも、あおいさんがいれば、UFOはきっと降りて来てくれる。怪異は怪異を呼び寄せるものだからね!」
「……帰る」
「あっ! 待って待って! 明日は何が食べたい?」
「……大学いも」
「買ってあげるから! 買ってあげるからここにいて!」
僕はあおいさんを前に立たせ、空に向かって念じた。
『ベンチャラ、ベンチャラ、スペースピープル、ナーニナ、ナーニナ、ホェイ、ブホェイ、グンチョウォ、イーチ、ゾウッ……』
冬の夜風が頬に当たり、熱を奪っていく。ダウンジャケットを着てきてよかった。それほど高い山ではないとはいえ、かなりの寒さだ。
あおいさんは仕方なさそうにそこに立っていてくれる。僕はまるで邪神に生贄の美女を捧げる気分になりながら、興奮した。高揚した。昂った。
「こんなの……つまんないよ……」
生贄のように僕の前に立ちながら、あおいさんが呟く。
「こんなの……、つまんない雪里とおんなじじゃん……」
確かに、これは彼女が求める賑やかな、人間的な行為とは違っている。彼女にとっては日常みたいなことだろう。
しかし僕にとっては、とても楽しい超常的な行為なのだ。
未知と出遭える予感が、僕を激しく積極的にさせている。
来いッ!
宇宙人よ、未確認飛行物体に乗って、どうか我の元へ……来いッ!
すると、夜空にちりばめられた星々の隙間から、蛍光灯のような白色がひとつ、こちらに向かって近づいてきた。
どう見ても流れ星ではない!
どう見てもあれは……!
音もなく、僕たちの前にそれが着陸した。
僕は興奮に震える手でスマホを持ち、その様子を撮影した。
それは蛍光灯のような真面目な白色の、蛍光灯のように円形をした、つまりは巨大な蛍光灯みたいな飛行物体だった。
横に穴がぱかっと開くと、そこから誰かが出てくる。くそっ……! 逆光が眩しすぎてよく見えない!
「こんばんは」
その宇宙人らしきものが挨拶をしてきた。
「それで私をお呼びになった動機はどういうものでしょう?」
なんか就職活動の面接官みたいなことをいう。
「来てくれた!」
僕は喜びに声を震わせた。
「宇宙人、ほんとうにいたんだ!」
「宇宙人は、私どもにとっては、貴方のほうですよ」
優しい声で、宇宙人は言った。
「私はパルック星からやって来ました。私の名前は『タマチャン』といいます。よろしくお願いします」
「あっ。あたし、あおいっていいます。雪女です」
僕の前で宇宙人とくっつくぐらいの近さであおいさんがぺこりとお辞儀をする。
「タマチャンさんの星は都会ですか? 楽しいもの、いっぱいあります?」
「初めまして、あおいさん。私どもの惑星には、この星と同じく、都会もあれば田舎もありますよ」
「わっ! じゃ、都会に行けばかわいいスイーツとかも……?」
「あります、あります。よろしかったらご案内いたしましょうか?」
僕は不機嫌になった。
こんな展開を望んでたんじゃない。
あおいさんと一緒にUFOに乗って、パルック星とやらに行くなんて、そんなストーリーを期待してたんじゃない。
僕はコミュ障だぞ!
そんな、親戚のおじさんの車に乗って観光地へ旅行に行くみたいなことが楽しいわけないじゃないか!
僕はただ、UFOを動画に収めて、出来ることなら雪女と宇宙人が戦闘をするところとかを撮影したかったんだ! つまらない流れに持っていくな!
大体、僕の雪女をそそのかすんじゃない!
取るな!
この雪女は僕のものだ!
「行こうよ、ひろくん」
楽しげにUFOに乗り込もうとするあおいにもムカついて、僕はおもしろい動画にするための演出をすることにした。
そこに落ちている石ころを拾うと、投げた。UFOに向けて。
ガンッ! とガラスに石が当たるような音がして、UFOの壁が少し傷ついたように見えた。
「……何をするんですか」
タマチャンの声が不機嫌になった。
僕は下からタマチャンをニヤニヤと、バカにするように見上げると、言った。
「おまえの星なんか行ってたまるか。どうせキャトルミューティレーションとかして、僕らをなんかの実験に使う気だろう?」
「そんなことはいたしませんよ。どうか私を信じてください」
タマチャンの声音が少し優しいほうに戻った。
しまったな……。
もっと怒らせないと。
タマチャンは高級な革靴みたいなのを履いていた。逆光で顔はまったく見えないが足元は見える。
僕はそれを、思いきり踏んでやった。
「……痛いです」
意外に落ち着いた声でタマチャンが言った。
「なんのつもりでしょうか……?」
こんなことをされても怒る気配がない。
じゃあ、もっと無礼で、もっと痛いことをしてもいいんだよな?
ピシピシと平手で、タマチャンの頬のあたりを軽く打ってやった。なんだか柔らかすぎて、効いていないようだったが──
「やめてください」
やはりタマチャンは痛くはないようで、とても嫌そうな声ではあるが、落ち着いている。
僕はタマチャンの足元から外したその足で、お腹を蹴った。
「ぐはあっ!?」
どうやらお腹が弱点のようだ。激しく痛がってる。
僕は続けてタマチャンのお腹を蹴りまくってやった。といってもチョンチョンと触れる程度の蹴りだが、自分でもじゅうぶんに無礼だと思えるぐらいに、しつこく、ニヤニヤ笑いを浮かべながら、連続で蹴りまくってやった。
「なっ……、何をしているの!? ひろくん!」
あおいさんが僕を詰るように声をあげたが、無視だ。
この宇宙人を怒らせて、雪女とのバトルシーンをカメラに収めるんだ。
するとタマチャンが、遂に激怒した。
「おどりゃ舐めとんのか、ワレ!」
僕の足を掴むと、思いきり引っ張った。メガネが落ちそうになったのを僕は急いで手で抑える。
さかさまに吊るし上げられる恰好になると、逆光から外れてタマチャンの顔がようやく見えた。
顔だと思っていたそこにはただの割れ目があった。あれは顔じゃない、尻だ!
顔は僕がずっと蹴り続けていたお腹についていた。カエルみたいなその顔が怒っている。おおきな口が凶暴に開き、金色の目が吊り上がって僕を睨んでいる。いいぞ! 僕はスマホでそれを撮影し続けた。撮影しながら、叫んだ。
「助けて、あおいさん!」
ここできっと雪女がその力を見せてくれる。
宇宙人を凍らせて僕を助けてくれるはずだ。
そう思っていたが、あおいさんは冷たくこう言った。
「宇宙人さんが怒るの当たり前よ」
そんな!
僕を見殺しにするつもりか!?
しかしその後、タマチャンに向かってフォローするように言ってくれた。
「ごめんなさい、タマチャンさん。このひとに代わって謝ります。……まったく人間ってのは何を考えてるのかしら。こんな礼儀正しい宇宙人さんに向かって、なんて無礼なことを……」
「食い殺してやろうか、ガキ!」
タマチャンはそれでも止まらず、恐ろしいそのカエルみたいな顔を僕に近づけてくる。
「仲良くしたいと思っていたが……、もうおまえなんかと仲良くするつもりはないぞ! 骨も残さず食ってやろうか!」
僕は謝らなかった。
ものすごく怖かったが、ここで僕が謝ってしまったら、おもしろい動画にならない!
「あおいさん! あおいさん、助けて!」
そして彼女を煽った。
雪女の力を動画に収めるんだ!
しかし彼女は僕の代わりに謝るばっかりで、闘ってくれる気配がない。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私が彼の代わりに謝りますので、どうか、どうかお怒りを鎮めて──」
遂に宇宙人があおいさんの言葉に折れて僕を解放した。
そしてムッとしたような声で言う。
「地球との友好を結びたいと思っていたが──、地球人がこんなに野蛮な種族だとは知らなかった! もう二度と来ません!」
タマチャンが乗り込むとUFOは浮かびあがり、あっという間に星空の彼方へ飛び去った。
○ ○ ○ ○
僕は撮影した動画を編集し、動画サイトに投稿した。
タイトルは『宇宙人との遭遇! 宇宙人はとても危ないやつだった!』にした。
まずはUFOが着陸したところから始まる。
そこから降りてきたタマチャンの姿は逆光でよく見えない。
いきなりタマチャンが僕の足を掴み、さかさまにして吊るし上げる。
そこで宇宙人の姿が逆光からはずれ、あらわになる。その、お腹にカエルのような顔面のついた、恐ろしい顔が──!
汚い言葉で撮影主を脅す!
「食い殺してやろうか、ガキ!」
そのおおきな口を開け、サメのような牙を見せつけて、さらに脅す!
「骨も残さず食ってやろうか!」
自分のことを紹介する!
「私はパルック星からやって来 た 野蛮な種族だ」
僕の彼女が必死で謝る!
「ごめんなさい、ごめんなさい」
すると画面はいきなり宇宙人がUFOに乗り込み、飛び去っていくものになる。
ここがちょっと繋がりが不自然だったが、まぁ、妥協するしかなかった。
そしてその動画に主としてコメントを添えた。
『エイリアンは凶暴でした! 皆さん気をつけてください! やつらが戦争を仕掛けてくるかもしれませんよ!』
しかし最近はCGでなんでもできてしまう。
僕の動画はフェイクと決めつけられ、コメントも冷めたようなものしかつかなかった。
『最近はなんでもできちゃうよね』
『なんか繋がりがあっちこっちおかしい』
『もうちょっとリアルなのが作れるよう、精進しようね』
本物なのに!
嘘はひとつもないのに!
やっぱり人間ってのはバカだ。本物とニセモノを見分けることすらできないなんて……。
まったく……。あおいさんが闘ってくれないからだ。あの時、あおいさんが力を見せてくれていたら、もっとおもしろい動画になってたに違いないのに。
巻き添えを食って僕も無事ではなかったかもしれないが、ダウンジャケットがきっと守ってくれていただろう。
動画についたアンチコメに『バーカ』とだけ答えながら、チラッと振り向いてみると、あおいさんは部屋の隅でオレンジゼリーをつまらなそうに食べている。
僕の作った動画にはまったく興味なんかないみたいで、自分の妖怪スマホを見ながら、つまらなそうにしている。
その日からだった──
あおいさんの、僕を見る目が冷たくなりはじめたのは──。