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幽霊は出たけど動画の撮影ができません

「暗いね……」

 あおいさんが僕の手をギュッと握って、言った。

「やだ……おばけ出そう。でも涼しくて……それはいいかも」


 冬にここへ来たのは初めてだ。

 涼しいどころかめっちゃ寒かった。外よりかなり気温が低い。ダウンジャケットに加えて防寒素材のズボンも穿いてきてよかった。

 あおいさんの言う通り、昼だというのに先が見えないぐらい暗い。僕は懐中電灯を点けると、建物の奥へと向けた。


 灯りが何かを照らしだした。


「うひいっ!?」


 そんな悲鳴をあげたのは僕ではなく、あおいさんだ。


 懐中電灯が照らしだしたものは、ハンガーに並べてかけてあるナース服だった。白い生地が年月に薄汚れ、それが十着ぐらい並んでいると結構いい感じにブキミだ。


「び……、びっくりしたぁ……。幽霊が出たのかと思っちゃった」


 あおいさんが空調服の胸を撫で下ろす。

 雪女がびっくりすると気温が激しく低下するかと心配してたけど、そういう現象はどうやら起きないようだ。それにしても──


 僕は聞いた。

「あおいさん、もしかして、幽霊、怖いの?」


「うん怖い」

『うんこはいい』みたいな言い方であおいさんがうなずく。

「だって意思疎通できないものは怖いよ。会ったことないし」


「会ったことないなら意思疎通できないとは限らないじゃん」

 実際、僕も初めて会うまで雪女と意思疎通ができるとは思ってなかったし……。


「でも死んだ人間なんでしょ? あたし生きてる人間のほうがいい」


 まったく共感できなかった。


 生きてる人間は、僕にとっては怖いものだ。生きてる人間ほど怖いものはないと言ってもいい。意思の疎通なんて生きた人間とはできたためしのない僕にとっては。


「……ま、行こうよ」


 そんなことは口には出さず、あおいさんの手を引くと、僕はさらに奥へと歩きだした。




 病室だった部屋に、はらわたの飛び出した動物の縫いぐるみがたくさん転がっている。


「ほら、あおいさん。かわいいものがあるよ」


 僕はそう言って勧めたけど、彼女はちっとも興味をもたなかった。

 まぁ、いい。僕はこの雪女を楽しませるためにここへ来たんじゃない。

 あおいさんが一緒にいれば、怪異が怪異に引き寄せられるものなのなら、遂に憧れの幽霊が見られるんじゃないかと期待して連れて来ただけだ。


 僕はスマホを前にかざして、崩れた部屋から部屋をどんどん回った。後で撮影したものを見たらもう映ってるかもしれないな。


「……もう、帰ろうよぉ」

 背後であおいさんがいきなり喋ったので僕はびくっとした。

「後で動画撮影したものチェックしたらもう撮れてるかもしれないよ?」


「へぇ?」

 意外だったので、僕は聞いた。

「これが何か知ってるの?」


「スマホでしょ。あたしも持ってるよ、それくらい」


 そう言うとあおいさんは手をスッと前にかざした。その手に霧のようなものが発生したかと思うと、その霧が固まり、スマートフォンの形になる。


「な………何ができるの? それで」


「え? 決まってるじゃん。写真や動画も撮れるし、ネットもできるし、妹やお母さんと遠隔会話する時に顔も見れるし」


「電話はできないの?」


「できないよ? 当たり前じゃん。雪女は雪女どうしでどれだけ離れてても会話できるから必要ないじゃん?」


 どうやらそれは見た目はスマホだけど人間界のものではないらしい。


 ……っていうか──


 面白いことを聞いた。あおいさん以外の雪女ともお話がしてみたい。雪女の世界と繋がってみたい!


「だ……、誰かと会話できる? 妹って何歳?」


「あー……、無理無理。雪女同士にしか会話は聞こえないから。大体あたし、勝手に里を飛び出してきちゃったし……。何よりあたし以外の雪女はみんな人間好きじゃないから」


「そ……、そうなんだ。……なんで?」


「逆に聞くけど、人間ってふつう雪女のこと好きじゃないんでしょ?」


「えっ?」


「あたしが雪女だと知れたら退治されるとか言ってたじゃん」


「あー……」


「たぶんそれと同じだよ。違う存在だからさ、異質なものは好きじゃないんだよ。同じ仲間どうしでだけ仲良くしてたいみたい」


「……気が知れないな」


「でしょーーっ!?」


 いきなりあおいさんが飛びついてきて、僕の手を握ってぴょんぴょん跳ねはじめたので、うろたえてしまった。おいおい僕はそんなノリに合わせられるようなパリピじゃないんだぞ。


 同士を見つけたみたいに嬉しそうな顔で、あおいさんが喋る。

「あたし、違う存在とこそ仲良くしてみたいの! 人間の世界って面白いものや美味しいスイーツがたくさんあるらしいじゃん? できれぱ人間になりたいなぁって思うの!」


「め……、珍しい雪女なんだね?」

 僕はなんだか共感を覚えてしまった。

「ぼ、僕も珍しい人間だからさ、だから雪女とも仲良くしたい。でも、他の人間とは仲良くしちゃだめだよ?」


「えー……!」

 あおいさんが唇を尖らせた。不満そうだ。

「だって言葉が通じるのに! 意思の疎通ができるじゃん! それなら仲良くなれないわけないよ。いっぱい人間の友達ほしいなぁっ……!」


「だ、だめだって。僕みたいな珍しい人間は滅多にいないんだって。不法入国者として警察に逮捕されるかもし……」


 コトリと音がしたので、僕は振り返った。


 あおいさんと会話していてすっかり忘れてたけど、そうだここは心霊スポットだったんだ。


 錆だらけのスチール棚のむこうから、溶けたような笑いを浮かべたおばあさんが、半分だけ顔を出して、こっちを見ていた。


「で……、出た!」

 僕は急いでそこへスマホのカメラを──


「うぎゃあああああ!」

 しかし絶叫するあおいさんに後ろから抱きつかれ、手元がブレた。


 見るとおばあさんの霊はもういない。いなくなってた。

「ああ……逃した……」


「今の! 今の今の何!? 幽霊!?」

 あおいさんが僕の背中でガタガタ震えてる。


「なんで雪女が幽霊怖いんだよ。仲間みたいなもんだろ」


「幽霊は怖いよ! 当たり前じゃん! 何いってんの!? あたし、動画サイトでも心霊動画とかは絶対に観ないんだから! 観れないんだから!」


 わけわからんな、この雪女……。


 そう思ったけど、確信した。


 やはり怪異は怪異を引き寄せるんだ。


 今まで何度もここへ来て、一度も出会ったことなかった怪異に、あっという間に会えちゃった!


「ねー……、帰ろうよー……。こんなとこじゃなくて、もっと明るい場所、行こ?」


 駄々をこねる子供のように僕の背中を揺らすあおいさんから顔を見られてないのをいいことに、僕はニヤリと悪い笑いを浮かべた。


 そうさ。僕は自分が鬼畜キチクだという自覚がある。


 小学校の頃からずっと友達がいない。一人が好きだったから。


 人間と触れ合わずに育ったからか、いつの間にか僕は、周りのすべてのものを自分の欲望を満たすための『道具』としてしか見ないようになった。


「じゃ、ここ、出よっか?」


「うんうんうん!」


「出口はこっちだよ」


 嬉しそうに小走りでついてくる彼女を、僕は建物のさらに奥へと案内した。





「……ねぇ」


「何かな、あおいさん?」


「なんで二階に上がるの?」


「出口は上のほうにあるんだよ」


 半信半疑の表情をしながら、あおいさんは僕についてくる。ククク……、怪異を呼ぶ怪異を連れているこんな美味しい状況で、このままここを出ちまってたまるか。僕は悪い笑顔を浮かべ、指でメガネをくいっと上げた。


 二階から上はすべて入院患者用の病室だ。

 ()()なら一階の診察室よりもそこだろう。患者の念がいっぱい溜まってそうだ。


 今日こそ念願の心霊動画を撮るぞ。動画サイトに転がってるインチキ臭いのじゃなくて、本物を撮ってやる! あぁ……、その日をどれだけ夢見てきたことか──


 ドアのない病室を覗き込むと、床に散乱しているガラクタの中心に、つるんとした真っ白な顔の、目も鼻も口もない長い黒髪の少女がうずくまっていて、こちらを振り向いた。


『よし! 最高だ!』

 そう思いながら、あおいさんに邪魔されないよう、平常心を装った動きで、僕はそこへカメラを──


「何かいるの?」


 そう言いながら、あおいさんが僕の後ろから部屋を覗き込んだ。両肩に手を乗せて押してきたので、カメラが動いてしまった。


 顔のない少女が、あおいさんを見て、怖がるように、びくっと身を震わせる。空調服を着た雪女にびっくりしたのだろうか。


「うっぎゃあああああ!!!」


 あおいさんが僕を突き飛ばした。メガネが飛んだ。前にかざした両手から凄まじい冷気が放たれる。病室の中があっという間に氷の世界になった。


 氷漬けになったのっぺらぼうの少女が撮影できるかと思ったけど、素速く逃げだしてしまったようだ。どこの氷の中にも見当たらなかった。


 僕は落胆し、「ああ……」と声を漏らすしかなかった。





「いい? もう邪魔しないでよ?」

 三階への階段を上りながら、僕はあおいさんに釘を刺した。

「心霊動画が撮れたらかき氷食べに連れてってあげるから。あおいさんは僕の後ろにいてくれるだけで、幽霊は見なくていいから」


「うん……。わかった。……でもかき氷より動物プリンかベリーベリーパフェがいいな」


「それでいいから」


 自分だってわざわざ怖いものを見たくはないだろう。それとも怖いもの見たさでつい、見てしまうのかな。


 まぁ、これで釘は刺した。三体ぐらい動画に収めたら、ここを出よう。




 三階の病室に入るなり、物凄いのがいた。

 天井に背がつっかえるほど巨大な黒い影が、僕を振り返るなり、床を震わす低い声をだしたのだ。


「コロス」


 カメラを向けている余裕はなかった。

 巨大な影は迫力のある無音でこっちへ伸びてくると、あきらかに僕に取り憑こうとしてきた。


「助けて! あおいさん!」


「は!? あたしは側にいるだけにしろっていったじゃん?」


 僕は間一髪で腰を抜かして後ろにへたりこんで影をかわした。後ろに立っているあおいさんに影が──


「ギャーーッ!!!」


 悲鳴をあげたのは、影だった。


 あおいさんは影が見えてないのか、首を傾げている。


 そこで影は消えてしまった。

 なんだろう。雪女が幽霊を怖がるように、幽霊も妖怪を怖がるとでもいうのだろうか?


「なんかあったの?」


 そう言って不機嫌そうな顔をしているあおいさんに、僕はいった。


「こ……、ここを出よう」



 ○ ○ ○ ○



 ちくしょう幽霊は出たのに動画が撮れなかった。

 でもあんな恐ろしいやつを見てしまったからにはこれ以上いられなかった。


 廃病院から外へでるとホッとした。気温が緩み、僕の表情も緩む。


「あっ! ここ、近い?」

 雪女スマホの画面を僕に見せながら、あおいさんがはしゃぐ。

「動物プリン! いろんなアニマルキャラの顔がプリンの表面に描いてあるよ! かわいい! あたしこのクマさんがいい!」


「……東京だね」

 僕は彼女を逃がすまいとして、いった。

「ここから300km以上。あと、東京はここよりもっと暑いと思うよ?」


 しゅんとなったあおいさんの()()()を見ながら、僕の頭に新たな企みが湧いてきた。


 そうだ。幽霊の動画は撮れなかったけど、目の前に僕の自由にできる雪女がいるじゃないか。


 本物の雪女の動画を撮って、SNSにばらまくんだ。


 間違いなくバズる! でもそのためには、彼女が本物だと証明できるような、そしてインスタ映えする動画を撮らなければ……。

 あぁ……しまったな。さっきのっぺらぼう少女の部屋を凍らせた時、幽霊よりあおいさんを撮っておけばよかった。


 まぁ、とりあえずこれからは、あおいさんの動画をメインに撮影することにしよう。


 人気が出そうなほどに美人だし、彼女の姿をカメラで追っているうちに、自然に雪女らしいところを見せてくれるかもしれない。


 よーし! やる気が湧いてきた!


 しかしそんなふうに彼女のことを、自分の欲求を満たすための『道具』として見ながらも、僕は不思議に思っていた。

 僕は人間嫌いでコミュ障だ。

 そんな僕が、なぜあおいさんとは緊張することもなく、ふつうに会話ができるのだろう?


 一緒にいるのが楽しいとさえ思えているんだ。


 ……まぁ、人間じゃないからかな?



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― 新着の感想 ―
雪女だってスマホを使ったっていいじゃない!? と、うちのキャラが言っております
人間から見れば雪女と幽霊は「怪異」として同カテゴリに括れそうですが、雪女と幽霊にとっては御互い異種族ですからね。 御互いに相容れない事も何かとあるでしょう。 考えてみれば人間同士も、人種や宗教やイデオ…
便利ですものね、スマホ。雪女だって、携帯したくもなりますよね(笑)
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