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僕に家族ができました

「わあっ! かわいい!」


 僕たちが入って来るなり、お店のお姉さんが声をあげた。


 ふつう、スマートフォンのキャリアショップに子連れで入って行っても、こんな反応はされないと思う。

 つまりはうちの子たちがそれほどまでにかわいいということ──


「白いお着物が似合うんですねー……かぁわいいっ!」


 なるほど、着物のことだったか。確かに雪女の衣装を着た双子というのは珍しいだろう。おまけにママも同じ格好だ。僕だけ赤いダウンジャケットで浮いている。




「ありがとう、ひろくん」

 あおいさんが新品ピカピカのピンク色のスマートフォンを嬉しそうに眺めながら、僕へのお礼を口にする。

「これで人間界のサブスクってやつも登録し放題だねっ」


「言っとくけど本当に! 自制を効かせてよ!?」

 僕は釘を刺した。

「毎月数万円もの請求が来たらぬらりひょんに言ってお仕置きしてもらうからな!」


「大丈夫だよー……えへへ」

 そう言いながら早速何かに登録しようとしてる。

「ねーねー、これ何? パスワードを入力してくださいだって。何のこと?」


「知るか!」


「ねぇ……ねぇっ! ママっ!」

 あおいさんと手を繋いだイーがぴょんぴょん跳ねる。

「あたちもそれ、やりたいっ! あそびたいっ!」

 ぴょんぴょん跳ねるたびにおおきな黒ぶちメガネがずれてる。


「お店に着いてからねー」

 あおいさんが人間界のスマホに夢中だ。子どもを放置して遊んでる。

「今日もパフェ、食べるんだからねー」


 僕は女二人を放置して、僕と手を繋いで歩いてるカイに話しかけた。

「ところでおまえ、男なのに『雪女』って、なんかおかしくないか?」


「おかしくねーよ、バァカ」

 反抗的だ。


「雪女的な能力とか使えるのか? ビールをキンキンに冷やすとか?」


「できねーよ、メガネ」

 憎たらしい口を利くけど、表情は大人しくてかわいい。

「アイス・スラッシャーだったら放てるけどな」


「なんだ、それ! やってみせてくれよ!」


「めんどくせーよ。……後でな」



 ○ ○ ○ ○



「おおぉ……」

 ゴリラ店主が注文を取りに来ながら、感動したような声をあげた。

「出来ただか! 人間と雪女の、ハーフさん!?」


「出来ちゃいました」

 僕が答えた。


 あおいさんは子ども二人とメニューの写真に夢中だ。


「これー! なにー?」

 イーがメガネのレンズをキラキラさせてはしゃぐ。

「フルーツいっぱぁい! こんなの見たことないー!」

 そりゃ当たり前だ、昨日産まれたばっかりなんだから。


「ぼく、これでいい」

 カイが一番安いバニラアイスクリームの写真を指さした。

 まるで親戚に連れられて外食に行った時、遠慮して一番安いものを選んでた子どもの頃の僕そっくりだ。やっぱり我が子だな。


「ごめんねぇー。ママ、あんまりお金ないの。ひろくんのと自分のとスマホ2つ作ったし、昨日ここでパフェ四杯食べちゃったから」


 バイトで20万円前借りしたんじゃないのかよ。もうほとんど残ってないのかよ。絶対他にもなんか使ってるだろ!



 結局フルーツパフェをひとつだけ頼み、四人で分け合った。


「おいち!」

 イーが目をおおきく丸くする。メガネよりおおきくなった。

「こんなの食べうの、うまれてはじめめ!」

 そりゃそうだ。昨日産まれたばっかりなんだから。


「はい、カイも。あーんっ」


 あおいさんがカイの口にスプーンでメロンの乗った生クリームを入れた。


「うーん……」

 カイは周りをクリームだらけにした口をもごもごと動かしながら目を閉じ、感想を口にした。

「こんなのふつうだよ」

 素直じゃないな。めっちゃ美味しそうな顔をして……誰に似たんだか。


「はい、ひろくんも。あーんっ」


 美味しい。


 甘くて、冷たくて……でもそれだけじゃない。なんだか幸せみたいな味がする。


「美味しい?」


 かわいい僕の雪女が──僕の嫁が、笑顔で聞いてくる。


 キラキラしてる。


 僕は、答えた。


「こんなのふつうだよ」


 あははとあおいさんが笑う。

 まるで僕のことならなんでもわかってるみたいに。


 窓の外は冬の陽射しが麗らかだった。



 ○ ○ ○ ○



「あー、美味しかったね」


 外へ出ると、あおいさんが満足そうに言った。結局、四人で一杯のパフェを食べただけだった。それでも満足そうだ。


 僕もなんだか胸がいっぽいになっていた。


「それにしても、ひろくん……」

 四人並んで舗道を歩きながら、あおいさんが言う。

「動画撮影、しなくなったねー」


「あー……」

 そういえばそうだな、と思った。

「もう……雪女の存在、世間にバンバン知られちゃったからね。今さら僕が投稿してもバズらないから……」


 でも残念な気持ちはしてなかった。


 ちょっと前までは、悔しくて血がにじむほどの歯ぎしりをしてたのに──


「ね、撮ってよ」


「あん?」


「あたしと、カイと、イーを。楽しそうにしてるとこ、撮って」


「あー……」

 僕は自分のスマホをポケットから取り出した。

「そうだね」


 イーと手を繋いで、カイに袖を掴まれて、その真ん中を歩く雪女を、僕は動画に収めた。


 ニコニコ優しい笑顔を浮かべて両手の子どもを交互に見るあおいさんが、とても尊いものとして画面に映る。

 冬の陽射しがキラキラしてて、それ以上に母子三人がキラキラしてて、僕は眩しかった。

 すれ違う人たちや遠くの人たちが、口々に「かわいい」とか言いながらあおいさんと子どもたちを見ている。


 これはみんなの怪異だ。

 みんなで愛でるべき怪異だ。


 そう思えるようになっていた。


 だけどこの雪女は、僕だけの嫁だ。この子らは、僕とあおいさんの子だ。

 そう思うようになったら、なんだか今までこだわってた何もかもが、どうでもよくなっていた。



「……あっ」

 あおいさんが急に立ち止まり、右手のほうを見つめる。


 その視線の先を追って、すぐに僕には何を見つけたかがわかった。


 あおいさんと初めて会った書店だ。


「ふふ……。なんだか懐かしいな」

 あおいさんが思い出し笑いをする。

「ここでひろくんに助けられたのよね。……あたし、溶けそうになってて──」


「ねぇ」

 思うところがあって、僕はあおいさんに聞いていた。

「これって──恩返し?」


「は?」

 意味がわからない顔をして、雪女が僕の顔を見る。

「恩返し? なんのこと?」


「その……。僕があの日、あおいさんを助けたから、それで、その恩を返したくて、僕のところにいてくれるの? 子作りに賛成してくれたのも……僕への恩を返すため? こんな幸せを僕にくれるのも──」


「ううん? 違うよ?」

 やけにあっさりした笑顔で首を横に振る。


「じゃ、もしかして……僕のこと、かわいそうなやつだと思ってる? さんざん人としてきちんとしてないとこ見せてきたはずだけど……。嫌われてもしょうがないって思うんだけど……。それでも僕とこうやって仲良くしてくれるのは……かわいそうだから?」


 今度はケラケラと笑われた。イーがママの真似をしてケラケラ笑う。


「何がおかしいんだよ! 僕、真面目に聞いてんだけど!?」


「うーん……。確かにひろくん、色々とやらかしてみせてくれたよねー」

 笑い涙を拭きながら、あおいさんが言う。

「確かにひろくん、人間としてきちんとしてない。外道だと思うよ。あははっ!」


「じゃ……なんで!?」


 するとあおいさんは僕をまっすぐに見つめ、言った。


「ひろくんはきっと、人間だけど、人間よりも妖怪のほうに近いと思うの」


「うっ……。うーん?」


「だから……なんだか一緒にいて落ち着くの。妖怪って基本的に人間にひどいことする存在だから。妖怪と一緒にいるみたいで」


「ううっ……。うーむ……」


 そう言われたらなんだか納得してしまう。


「でも、妖怪でもないの。妖怪にはないもの、人間にしかないものを、ちゃんと持ってるよ、ひろくんは」


「そ……、それは何?」


「だって……」

 あおいさんの顔が近づいてきた。

 メガネの奥の僕の目を覗き込んで、言った。

「すっごく綺麗な目をしてるんだもん」


「わーーーっ!」

 思わずあおいさんの胸を押しのけてしまった。

「や……やめてよ! 何を恥ずかしいこと言ってんの! 僕の目なんてただの近眼だし、奥二重だし──」


「ふふっ」

 あおいさんが僕の顔を見て面白そうに笑う。真っ赤になってたりするのだろうか。

「──でね、あたしは人間に近い妖怪なの」


「あ……うん」

 僕は2回コクコクとうなずいた。

「それは……思う。出会った他の怪異は大抵怖かったし、ぬらりひょんは何考えてるかわかんないけど、あおいさんだけは──」

 そこで続きを何て言おうか詰まった。『好きだ』とでも言おうとしたのだろうか。


「何より雪女には好きとか嫌いの感情がないはずなのに、あたし、それがあるの」

 あおいさんの顔がまた近づいた。その綺麗な碧い瞳を輝かせて、僕に言う。

「あたし、パフェが好きだし、人間が好きだし、ひろくんが好き!」


 ぼーん! と、僕の頭の中で何かが爆発した。

 こんなところにいられない。早く帰ってミステリー雑誌『モー』を読まなければ! まだ読んでなかったんだあれ!



 タッ、タッ、タッ──と、後ろから駆け足で足音が近づいてきた。


 なんだろう? 恥ずかしさに駆け出したいのは僕のほうなんだけど……?

 そう思いながら振り向いてみると、二人連れの大学生ぐらいのパリピっぽい兄ちゃんが、僕らをニヤニヤと見ながら駆けて来ていた。手にカップヌードルを持っている。湯気を立てている。


 ばしゃ! と、その中身を浴びせかけて来た──


 イーに!


 人間ではありえない叫び声をイーがあげた。

 みるみるその小さな体が溶けていく!


「イーちゃん!」

 あおいさんの白い顔が青ざめる。

「イーちゃあんっ!」


「おいっ!」

 パリピ二人に向かって僕が怒鳴る。


 二人は止まるわけもなく、走りながらひどい言葉を浴びせてきた。

「バッカじゃね!?」

「やーい、妖怪やっつけたった!」


 みるみる溶けていくイーに、あおいさんが手を当てた。妖気を振り絞ってイーを再生させている。うぇんうぇん泣くイーのメガネについた麺を取ってあげている。なんか見た限り大丈夫そうだ。


「……許さん!」

 イーをあおいさんに任せ、僕は駆け出していた。

「おのれ人間! 許さんぞーーッ!」


 しかし追いつけない。僕の足が遅いせいだ。畜生!


 逃がしてしまう!


 あぁ……! 僕に力があったなら……!


 すると後ろから僕を追い越して、凄まじい速さで二人を追いかけて行く小さな白い影があった。──カイだ!


 白い着物の袖を翻し、小さな両腕を前でクロスさせると、カイはそれを鋭く振りほどき、唸るような声で、技名を叫んだ。


「アイス・スラッシャー!」





 


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― 新着の感想 ―
うわあ。 でも普通にいそうな大学生。 だけど、やっつけてないぞ。 というか、「やっつける」とか男子小学生かっ!?
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