産まれました!
産まれたのは双子だった。
二人とも産まれてすぐに立って歩いてる。2歳児ぐらいに見える。男の子と、女の子だ。全裸だからすぐに判別がついた。
男の子はあおいさん似で、色白の美しい子だ。
女の子は僕に似ていてメガネをかけていた。
「パパ!」
女の子が僕のほうへ駆けてきた。
「ママ!」
男の子はあおいさんの胸に飛び込んでいく。
女の子のメガネの奥には翠色をした無邪気な瞳があった。かわいい──と、思ってしまった。子どもなんてかわいいと思ったことがないのに。へばってる格好の僕に抱きついてくると、ほっぺたをくっつけてきた。
ジュウ〜〜……
「冷たっ!」
僕は思わず飛び退いていた。
女の子は雪女だ。間違いなく、この絶対零度の体温は人間じゃない!
男の子はあおいさんに抱かれていた。
ゆっくりと男の子が、ママの胸から離れる。
ほっぺたが紫色になりかけていた。凍傷だ。
「どうやら……」
ぬらりひょんが言った。
「女の子は雪女に、男の子のほうは人間に近いようだな」
──と、いうことは
僕が男の子のほうを育てるのか。
なんだか残念そうに僕のほうへとぼとぼと歩いてくる男の子が、これまたかわいかった。自分のお尻を痛めて産んだ我が子だからかな。
「よくやったぞ、ひろゆき」
ぬらりひょんが僕の頑張りを褒めてくれた。
「この子たちはおまえとあおいの愛の結晶……いや、愛と雪の結晶だな」
残念そうにうつむいてる男の子の顔を、僕はまじまじと見た。
本当にミニあおいさんだ。初めて会った時のT シャツ姿にショートカットのあおいさんにそっくりだ。男の子だけど。
「ひろくん」
あおいさんが少し離れたところから、女の子を抱きながら言う。
「名前をつけてあげてよ」
「僕がつけてもいいの?」
「うん。人間のセンスでつけてほしいから」
雪女のセンスだとどうしても安易になってしまうのだろう。目の碧いあおいさん、雪ん子のきんこ、雪女のボスのお雪さん、従姉妹が雪ちゃんだもんな……。
僕は考えるまでもなく、二人に名前をつけた。
「男の子が『カイ』、女の子が『イー』でどうだろう?」
「わ、いいね! かっこいい! さすが人間のセンスだわぁ!」
気に入ってくれたようで、あおいさんはイーを抱いたまま飛び跳ねた。
「あなたはイーね。いいね! いい子だね!」
イーに顔を近づけて笑う。イーもキャッキャと笑った。
名前の由来が『怪異』だということには気づいていないようだ。
「カイは人間として育てるんだ」
ぬらりひょんが僕に言った。
「責任をもって、おまえが育てるんだぞ」
そうか。僕はお父さんになったんだ。
じわぁ……と何かあたたかいものが胸から込み上げてくる。
カイと顔を突き合わせ、聞いた。
「パパのこと、好きかい?」
カイは顔をそむけ、その顔を歪めて、答えた。
「ぼくはパパが好きなんじゃない、人間が好きなだけなんだ」
なんだか僕に性格がそっくりだ。顔はあおいさんに似てるのに。
ぬらりひょんは自分のタワーマンションに帰って行った。なんだかまた部屋の中にひょんと現れそうな気はするけど、帰ると言っていなくなった。
僕はせんべい布団の中にカイと一緒に入った。横になるなりカイはすぐにスースーと寝息を立てはじめる。
三重にした掛け布団の上に、あおいさんとイーが並んで寝転んでいる。二人とも羽毛みたいに軽いので邪魔にならない。
「ねぇ、あおいさん」
僕は話しかけた。
「今度雪が降ったら……帰っちゃうの?」
やわらかい新雪のように朗らかな声が返ってきた。
「ううん? まだ帰らないよ。だってカイとイーにも雪男さんのお店のパフェ、食べさせたいもん」
「幸せかい?」
僕は何を聞いているんだろうと思ったが、そんなことを聞いていた。
「幸せよ」
即答で返ってきた。
「だってかわいい子どもが二人も出来ちゃったもん」
「それだけ? ハズバンドが出来たことも幸せだろう?」
「はず……? 何、それ?」
意味が通じなかったようだ。
僕がほっと胸を撫で下ろし、質問に答えずに眠ろうとすると、上からあおいさんの声が降ってきた。
「あー……、なるほどね」
見やると雪女スマホを開き、ハズバンドの意味を検索したようだ。クッ……! さっきのは失言だったと言おうか──と僕が思っていると……
「うんうん。夫が出来たことも幸せだよ。あたし、ずっとネットで人間界のドラマとか観て憧れてたもん」
そんな台詞が降ってきた。
僕は布団にうずまり、ガッツポーズをした。
僕とあおいさんは夫婦になったんだ。
たとえあおいさんにとっては人間界のドラマの真似事で、愛なんて感情を雪女が持っていないのだとしても、あおいさんとの間に特別な関係が出来たことは確かだった。
「ところでそういうドラマってどうやって観るの? 人間界のサブスクとか雪女スマホで観れるわけ?」
「観れないよ。能力のある赤鬼さんがね、人間界のドラマを一部妖怪スマホでも観られるようにしてくれてるから、そういうのは観られるんだけど……」
「ふぅん……」
僕は考えた。
それなら、人間界のスマホと妖怪スマホの間でもメッセージのやりとりとか出来るようにはならないのかな。
「あっ!」
いきなりあおいさんが大声をあげた。
子どもを起こさない程度に低くは抑えていたけど、僕は思わずびくっとした。
「ど……、どうしたの?」
「この間の昼間、ひろくんとスマホ作りに行ったじゃん? あの時、あたしのスマホも作っとけばよかったって、思って。そうすれば人間界のサブスクも観られるし、ひろくんとも連絡取れるじゃん?」
嬉しい──と、思ったけど……
「電波が届かないよ。間違いなく……」
「そうなの?」
「うん。人里離れた山奥なんだろ?」
「一番近い人間の村が七里ちょっと離れてる」
七里ってどれぐらいだ? ──スマホで確認すると30km近くあった。
「どうなんだろう……。人工衛星経由なら届くのかな? あと、言っとくけどサブスクにはお金かかるからね? 僕の名前で作れるは作れるけど……」
「本当!? じゃあ、明日作りに行こう」
「だーかーらー! 聞いてる? あおいさんがサブスクに登録したら、僕に請求が来るんだからね?」
「うん。でも夫婦って、そんなもんでしょ? なんでも共有するものなんでしょ?」
「クッ……!」
あおいさんに人間界のスマホなんか持たせたら、毎月とんでもない金額の請求が僕のところにやって来そうだ。
でもそれを持たせてあげたら、帰ってしまってもあおいさんと連絡が取れるかもしれない。
「わかったよ」
僕はあまり考えずに答えていた。
「明日、あおいさんのスマホを作りに行こう」
「本当!?」
心から嬉しそうな声がキラキラと降ってきた。
「ありがとう、ひろくん! あたし、ちゃんと自制するから」
お金がかかってもいい。
あおいさんと繋がっていたい。
そんな思いが僕の心を安らかにさせた。
「カイ、眠ってる?」
「ああ……。かわいい寝顔だよ」あおいさんに似て、というのは口にしなかった。
「イーもすやすやだよ。寝顔、かわいい」
イーの寝顔は僕からは見えないけれど、想像はできた。僕に似てさぞかしかわいいんだろう。
「……明日、二人を連れて町を歩こうな」
そう口にしただけで、僕の胸は幸せでいっぱいになった。
「スマホを作って──ゴリラの店でパフェを食べて、そして──」
「うん! 楽しみ!」
三重にした布団の上で、かわいい震動がゴロゴロ転がった。
「……じゃ、明日のために、今日は寝ようね」
「うん、おやすみ」
「おやすみ、ひろくん、カイ、イー」
ちゅっとキスする音が聞こえた。




