雪女との子作りをはじめます
僕の部屋のせんべい布団──
その上に、あおいさんと向かい合って座る。二人とも正座だ。
時間は夜の8時。
雪女の体は外があったかいほど自分の身を守るために冷たさを増す。僕が凍死してしまわないよう、あおいさんの体温が外気温程度に下がる夜になるまで待つことになった。
月明かりがカーテン越しに射し込んでる──
「では、始めろ」
向かい合う僕らの横で、ぬらりひょんが言った。
「いや、待って!」
僕がツッコんだ。
「なんで先生がいるのさ!?」
「やり方をレクチャーしなければならんだろうが」
真顔だけど間違いなく面白がってる!
「どうせ初めてなんだろう、ひろゆき?」
まぁ……、もちろん、初めてだ。
こんなこと、したいとも思ったことがなかった。
なのに、なぜだ……ドキドキする。
「大丈夫だよ、ひろくん」
まっすぐ僕の顔を見つめて、あおいさんが微笑んでる。
「あたしも初めてだから」
その笑顔を見て心臓が止まるかと思った。
綺麗だ……あおいさん。真っ白で……
唇がピンク色で、舌が紫色で……
僕がモジモジしていると、横からぬらりひょんが言う。
「ほら。どうしたらいいかわからんだろう? 教えてやる。俺の言う通りにするんだ」
確かに心強いかもしれない。
僕一人では動くこともできない。ぬらりひょんがいてくれたほうが、助かる……かも。みっともないけど。
「ど……、どうすればいいんだよ?」
僕が聞くと、ぬらりひょんがニタァと笑う気配がした。そして、指示してきた。
「まずは、あおいの手を握るんだ」
僕は言われるがままに、あおいさんの両手を握った、スキー用グローブをはめた両手で。こうしないと皮膚がくっついて剥がれてしまうのだ。
「そして、あおいの目を見ろ」
これも言われるがままに、あおいさんの目を覗き込んだ。碧い、吸い込まれるような、神秘的な宝石のような、その瞳に僕の顔が映っていた。泣きそうな顔をしている。
「愛していると言え」
僕は言われるがままに──
「いや、できないよ!」
「なぜだ。おまえはあおいを愛しているだろう? 正直にその気持ちを目の前の本人にぶつけるんだ」
「ないないない! 愛してない! 怪異を愛してはいるけど……あおいさんを一人の妖怪として愛してるとか……そういうのはない!」
「恥ずかしがるな! 正直に自分の気持ちを認めろ! 口に出せ!」
「恥ずかしがってなんかない! ほんとうに、僕には恋愛感情なんてないんだ! これはただの実験だ!」
するとびっくりしたような顔で僕を見つめていたあおいさんが急ににっこりと笑い、言った。
「あたしは愛してるよ、ひろくん」
爆弾を喰らったようだった。吹っ飛びかけた。
なぜか知らないけど涙が止まらなくなった。僕は横にぬらりひょんがいることも忘れて、あおいさんに顔を近づけた。前髪が触れ合った。
「僕も! 僕も──!」
メガネをはずしててよかった──なぜかわからないけど、そう思った。
「愛してる! あおいさん!」
ぬらりひょんの気配が消えた。気を利かせて消えてくれたようだ。
でも彼がいないと何をどうしていいのかわからない。僕が固まってしまっていると──
「さぁ、彼女の服を優しく脱がせてあげましょう」
なんか優しいバスガイドさんみたいな声がナビしてくれた。気配も存在も消したけど、ぬらりひょんは傍にいてくれるようだ。安心した。
「ぬ……、脱がすよ?」
僕がおそるおそる聞くと、
「あはははは! なんだか照れくさいね」
そう言いながらも平気な顔で、あおいさんがケラケラ笑う。
白に小さな水玉模様のいっぱいついた帯を解くと、簡単にあおいさんは全裸になった。薄闇の中で、白い着物を脱いだ彼女はさらに真っ白になった。
初めての時に見た通り、その胸にはふつうに人間と同じ山がふたつ、ついている。でも最初に見た時は『ふつうだな』としか思わなかったのに、今はなんだかとても神々しいものに見える。
脱がせた着物を脇に置くと、僕はナビゲーターに聞いた。
「ぬ……、脱がせたぞ? これからどうすればいいんだ?」
透けるように真っ白なあおいさんが僕の目の前で微笑んでる。僕のすることを待っている。
「では……」
ナビゲーターが言った。
「彼女に口を近づけ、『はーっ』ってしてください」
僕は言われるままにあおいさんの鎖骨あたりに顔を近づけ、『はーっ』っと息を吹きかけた。
「……あっ」
あおいさんが声を漏らした。
「……だめ。……そんな……っ!」
感じてるのか?
僕の熱い吐息を……感じてくれてるのか?
ナビゲーターがさらに言う。
「次に彼女を思いきり抱きしめてください」
僕は興奮して、着ているダウンジャケットを脱ごうとした。するとナビが言う。
「いえいえ、あなたはそのままで!」
確かに……。迂闊に凍死するところだった。
僕はダウンジャケットを着たまま、あおいさんに飛びついた。ぎゅっと抱きしめた。心のままに、思いきり抱きしめた。
「ああ〜〜……あ〜……」
あおいさんが、たまらなそうな声をあげる。
「ひ……、ひゃあ〜……あ〜……」
僕の腕の中で、あおいさんがどんどん小さく──
小さくなっていく!?
はっとして身を引くと、あおいさんが太陽の熱で溶けだした雪だるまみたいになってた。目を一本の線にして、口をかまくらの穴みたいにぽっかり開けて、じゅうじゅうと音を立てて溶けていく。
「あおいさん!」
慌ててその体を触ると、スキーグローブをはめた手が水でびっしょり濡れた。
「おいっ! ぬらりひょん! これはどういうことだ!?」
「フフフ。着物を脱いだから熱から身を守る妖力が解かれたのだ」
ひょん、と姿を現し、ぬらりひょんが言う。
「あおいさんが死んじゃう!」
嫌だった。
あおいさんが雪山に帰ってしまうのも嫌だけど、そんなこととは較べものにならないほど、嫌だった。助けたい!
「大丈夫だ。着物をかぶせてやれば元に戻る」
急いで僕は脇に置いた白い着物を手に取り──
「待て!」
ぬらりひょんが制止した。
「溶けだしたあおいの体から、雪をもぎとるんだ! そしてそれをおまえの口に入れろ!」
「は!? 早くしないとあおいさんが……!」
僕の前でみるみる小さくなっていくあおいさんを見ていると、気が気じゃなかった。
「子どもを作るためにやっているんだということを忘れるな! 早く! あおいの体をもぎとって、おまえの口に入れろ!」
「わ……、わかったよ!」
急いで僕は、あおいさんの溶けかかる体から、両手で雪をもぎとり、言われるがままに自分の口に入れた。そうしてすぐに着物をあおいさんにかぶせる。
だんだんと白い着物が盛り上がり、袖から白い手が覗き、ふぅと冷たいため息を吐きながら、あおいさんが元に戻った。
「うぅ……。苦しかった」
「すまなかったな、あおい。無理をさせて」
ぬらりひょんが心からすまなさそうに謝る。
「──だが、これで実験は終了だ」
「え。もう終わったの? ……早っ!」
あおいさんががっかりしている。
「もっとロマンチックな夜になると思ってたのに」
「そして実験結果が成功と出るか失敗となるか──それはひろゆき次第だ」
二人の目がまじまじと僕を見た。
「すぐに結果は出るはずだ。……見ろ!」
「うっ……!?」
僕は自分のお腹を押さえた。
「こっ……、これは!?」
僕のお腹がすごい勢いで膨らみはじめている。僕の中で、何かが蠢いてる!
「ぼ……、僕が妊娠するのかよ!?」
すっぱいものが食べたい!
みかんが欲しい!
白ごはんは今、なんか絶対に食べたくない! 食べたら吐きそう!
「う……っぷ!」
つわりが始まった!
すぐに陣痛が来た!
おかしい……。僕の体に子宮なんてないはずなのに……破水した!
肛門から大量の水が噴き出した!
「うわあああああっ!?」
「ひろゆきのズボンを脱がせろ!」
ぬらりひょんがそう言い、二人がかりで無理やりズボンを脱がされた。
僕の肛門が開く!
いまだかつてないおおきさに、無理やり開かれる!
ナビゲーターの声が僕に指示をする。
「はい! ヒッ、ヒッ、フー」
「うぎ……! ヒ……、ヒッ、ヒッ、フー……」
僕の肛門を突き破るように、何かがムリムリと出てきた。
「ぎゃあああああああ!!!」
「産まれたぞ!」
「キャーッ!」
ぬらりひょんとあおいさんの感動の声とともに、僕の産みの苦しみが収まった。
「う……、産まれたの……?」
僕はいつの間にか膝をついて前に倒れ込んでいた。
「……僕たちの……赤ちゃん……」
汗まみれになりながら、笑いを口に浮かべて、開かない目をうっすらと開けて、後ろを見た。せんべい布団の上に、産まれたての子鹿みたいに立ち上がる、二つのちいさな白い存在があった。
双子だ……!




