僕はけっして寂しいわけではありません
「あおいが帰ってしまったら、おまえは寂しいだろう?」
ぬらりひょんが僕のことをまるでわかったように言う。
「でもあおいとの子を成せば、寂しくはないはずだ」
「寂しいだって?」
鼻で笑ってやった。
「ただもったいないって思うだけさ。雪女なんて珍しいものを傍にずっと置いとけないことがね」
偽りのない本心を言ってるつもりだった。
僕に『寂しい』なんて感情はない。少なくとも生まれてから一度もそんな気持ちになった経験はなかった。
たとえ一人ぼっちで南海の孤島に行っても僕は生きていける。むしろそのほうが邪魔な他人がいなくてせいせいするだろう。スマホさえ持って行けば退屈することもない。ずっと一人でのんびり誰にも邪魔されず、オカルトチャンネルの動画を観ていたいものだ。
「あおいとおまえが子どもを作れば、それは雪女と人間のハーフだ。おそらくは人間界でもずっと生きられる存在になるぞ」
そんなことを言うぬらりひょんの言葉にちょっと傾いた。
「しかもその子はあおいに似ていることだろう。どうだ? あおいはずっと人間界にいては溶けてしまうが、あおいによく似た子がずっとおまえの傍にいることになるんだ。やってみないか?」
いいな、それ……
一瞬そう思ったが、ぬらりひょんが僕のためを思っているというよりは、面白がってることが明白だ。
それに僕はあおいさんのことを好きとか、愛してるとか、そんなことはけっしてない! 僕はただ怪異が好きなんだ。あおいさんのことが好きなわけじゃないんだ!
そう思い直しながらも、僕の口から勝手に言葉が出た。
「欲しい……」
まるで僕の中にいる寂しがり屋が喋ったみたいだった。
「ミニあおいさん、欲しい!」
「よし! 決まりだ!」
ぬらりひょんがパシンと手を打った。
「あおいがパフェを食べ終わったら、早速子作りをしろ」
「いや、ちょっと待って? あおいさんの意思は?」
「おまえは雪に立ち小便をする時、雪の意思を確認するか?」
「ひどい言い方だな!」
そんな言い方をしながら、ぬらりひょんはあおいさんの意思を確認しようとしてくれる。
「あおい。……楽しそうにパフェを食べ続けてるところ悪いが、俺たちの話、聞いていたか?」
「ううん? ちっとも」
「ひろゆきと子どもを作ってみる気はないか?」
「ひろくんと?」
僕のほうを横目で微笑みながら見た。
「それってどうするの?」
「これだ」
そう言ってぬらりひょんスマホをぬらりと取り出すと、あおいさんに画面を見せる。僕も横から覗いてみた。
韓流ドラマのベッドシーンの動画だった。いやらしいものをさもいやらしいものではないように綺麗に撮っている。人間らしい詐欺的な作りものだ。反吐が出る。
「知ってる」
スプーンを咥えながら、あおいさんがうっとりとした目をして言う。
「人間って、こうやって愛し合うんだよね。……いいな」
「これをひろゆきとするんだ。そうすればかわいい子どもが出来る」
「ちょっと待て!」
僕は思わず立ち上がった。
「騙されるな、あおいさん! 人間と雪女で子どもが作れるわけないだろう!」
「またそこを蒸し返すのか、サナダムシ。やってみなければわからないだろう。これは世紀の実験だぞ」
「それにそんないかがわしい動画を『いいな』とか言うな! それは愛し合ってるんじゃなくて、互いの欲望を満たし合ってるだけだ! それを詐欺みたいに綺麗に見せてるだけなんだよ!」
ぬらりひょんが鼻で笑う。
「そんなことはどうでもいい」
「それに……なんで僕なんだよ? あおいさんだってもっとイケメンのパリピのほうがいいだろ?」
「うーん……」
あおいさんが考え込んだ。
「べつにあたし、誰に恋してるわけでもないし。ひろくんでいいよ?」
泣きたくなるような悲しい衝撃と嬉しさが同時に来た。なんだ、これ。ひどいことを言われたような気がするのになんで嬉しいんだ、これ。
「おぉ……、あおい。やる気になってくれたか」
ぬらりひょんがなんかいやらしいビデオ制作会社の社長みたいなことを言う。
「面白そう」
あおいさんがやる気マンマンだ。
「それに……きんこみたいな子が出来るなら、すごく幸せそう」
その時、店の奥からなんだか低い唸り声のようなものが、店内を揺るがすような大声で聞こえてきた。
「おぅい、雄馬」
カウンターの中から店長がそっちを振り向く。
「あっ、父さん」
ゴリラの名前はユーマというらしい。
どすどすと地響きを立てて、奥から毛むくじゃらの雪男が姿を現した。素っ裸だけど毛むくじゃらだから問題ないな。あおいさんと早川准教授を見るなり、黄色い歯を見せてニカッと笑う。
「おぉ〜……! やっぱりあやかしのお客さんだったかぁ! 気配がするからそうかと思ったぞぉ!」
「こんにちは」
あおいさんが笑顔でぺこりとした。
「このお店のパフェ、美味しいですね。お代わり!」
このお店のパフェしか食べたことないくせに……。
「めんこい雪女だぁ〜!」
ハーフの息子と同じことを言う。
「こげなめんこい雪女、初めて見ただぁ〜!」
でもUMAはテレビとかは観ないようで、あおいさんのことは知らなかった。
「この娘さん、最近日本じゅうで人気だぁよ」
息子がお父さんに教える。
「ネットとかテレビとかで、日本じゅうみんなが知ってるだぁ」
「えっ? それはヤバいんでねぇのが? あやかしは人間に存在を知られちゃいけねぇ」
「でも人気なんだぁ。いんまに芸能界デビューすっかもしんねぇから握手しとけ」
あおいさんが目に見えてシュンとした。
どうやら妖怪としてやってはいけないことをしてしまった自覚があるようだ。
妖怪の総大将に知られたら罰とか受けるのだろうか。……いや、考えたら妖怪の総大将ってぬらりひょんじゃなかったか? そのぬらりひょんはあおいさんが人間に正体を明かしてしかも人気者になっていることを面白がっているようにしか見えない。
そのぬらりひょんが聞いた。
「雪男さんはずっと人間の町に住んでるんですか?」
「いや、冬が終わったら帰るだ。冬でも地球温暖化で過ごしにくくなってんのに、春になったらとてもいられたもんじゃねぇ」
意外に雪男は人間のせいで暖冬になってること知ってた。
「やっぱりそうですよね」
ぬらりひょんがニンマリと笑い、僕のほうを振り返る。
「ほらな! ひろゆき。あおいは春になるまでに帰らないといけない。それまでに子どもを作るんだ」
「あおいさん、帰っちゃうの?」
僕は彼女にまた聞いた。
「せっかく友達になれたのに……」
「また会えるよ、ひろくん」
あおいさんの笑顔がなんだか霞んで見えた。
「じゃ、今から子どもを作ろう」
やっぱり作る気がマンマンだ!
「その子どもも連れて帰るけどね」
「……え?」
僕は思わず聞いていた。
「僕のところに置いて行ってくれるんじゃないの?」
「えー?」
あおいさんは意外なことを聞いたように驚いた。
「だってあたしママだよ? 子どもはママがいないと生きて行けないじゃん」
「いやだよ! あおいさん似の子どもなんだから、僕のだ!」
「雪女の子どもは雪女だよ。だからあたしのだよ」
「まぁまぁ」
間にぬらりひょんが入った。
「……そうだな。産まれた子が雪女だったら人間界ではやはり生きて行けない。その場合はあおいが連れて帰れ。ただし人間に近いなら、その子はむしろ雪山では生きて行けない。だからひろゆきの元に置いていけ。それでよくないか?」
「うん。それなら………」
「しょうがないね」
「二人の意見が揃ったな」
ぬらりひょんがニヤリと笑い、僕を見た。
「よかったぞ。ひろゆきも子作りに賛成してくれたようでな」
「……あっ」
しまった。
いつの間にか乗せられて、僕まで作る気マンマンにさせられていた!
「ぼっ……、僕は……! その……! あの……!」
子どもなんか欲しくないという言葉がどうしても口から出せない。
「お前も言ったじゃないか。『ミニあおいさんが欲しい』って。子ども、欲しいんだろう?」
欲しい……。
でもそれは寂しいからじゃないぞ!
実験だ。
人間と雪女で果たして子どもは作れるのか? そんな興味深いことを実証するための、これは実験だ!
そう自分に言い聞かせて、僕はぬらりひょんに向かってうなずいた。
「やります」




