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正直な気持ちなんて言えません

 三杯目のフルーツパフェをお代わりしながら、あおいさんが満足そうに呟く。


「あー……。念願のパフェが食べられちゃった。これでもう人間界を満喫できちゃったな」


 その言葉に僕のメガネがぴくんと動いた。


「……もしかしてあおいさん、帰っちゃうの?」


「はい、あーん」


「もういらないよ! 雪女と違って僕はパフェ三杯もお代わりできないの! それより質問に答えろよ!」


 あおいさんは僕へ差し出したスプーンの上の生クリームを自分でハシュッと飲み込むと、笑顔でうなずいた。

「うん。今度また雪が降ったら、山へ帰ろうかなって思ってる」


「この町に住めよ」

 弱々しい声で、僕は言った。

「人間界が好きなんだろ? じゃあ住み着いちゃえよ、違法就労の外国人みたいにさ」


「冬がこんなに暖かいなら、春になったら溶けちゃうよ〜。……残念だけどね、帰らないと、消えてなくなっちゃうから」


「小泉八雲が伝える雪女はね、人間と結婚して、10人も子どもを産んだんだよ?」


「そんなの作り話でしょ? ファンタジー。現実は残念ながら厳しいもん」


「僕と結婚して!」

 つい、プロポーズしてしまった。

「さっきの雪男の話、聞いたろ? 人間と妖怪でも子どもが作れるんだよ」


「雪男は妖怪じゃなくて動物だからなぁ……」

 ぱくぱくと際限なくパフェをその細い体に取り込みながら、あおいさんが目をそらす。

「あたしはひろくんの知ってる通り、雪の精霊らしいから……。体の中までぜんぶ雪だから……」


 確かにそうだ。


 雪男には生殖能力がある。人間と犬とのあいだに子どもが作れるなら、雪男と人間の結婚は可能だ。

 しかし雪女に生殖能力は、ない。人間と雪とのあいだに子どもは作れない。少し考えればわかることだった。


「……それにしても、ひろくんがそんなこと言うとは思わなかったなぁ」


「えっ?」


「結婚って、相手をいやらしいことする対象として見てるからしたいってことでしょ?」


「は?」


「あたし……、そういうのが嫌だなって思ったから、バイト先の人たちとは違って、ひろくんはホッとするなぁって思ってたのに……」


「違う!」

 僕は思わず立ち上がると、テーブルをどん! と叩いた。

「これは実験みたいなものなんだ! 人間と雪女のあいだに子どもが作れるかどうかのね! けっしてあおいさんを異性としていやらしい目で見てるとか、そんなんじゃないから!」


「……とはいえ正直、あたしも憧れてたとこあるからなぁ」


「えっ?」


「人間界のドラマとか観てね、恋愛モノの。で、これも甘くていいなぁって」


 僕は小さくガッツポーズをしてしまった。なぜだかはわからない。


「じゃあそれ、してみろよ。僕のこと好きなんだろう? 一緒にあのアパートに住もうよ」


 もちろんあおいさんと恋愛ドラマみたいなことがしたいわけではない。せっかく友達になってくれた怪異を手放したくないだけだ。


「うふふ……。ありがとう」

 あおいさんは顔を少し赤くしながら、言った。

「いいね、人間の甘い生活……。でも、やっぱり帰らなきゃ。雪女がいなくなったら冬に雪が降らなくなっちゃう」


「代わりはいないの?」


「……まぁ、お母さんもきんこもいるし、従姉妹のせっちゃんもいるけどね」


「じゃあ、そいつらに任せとけよ」


「うん。そうしたいけど……、やっぱり溶けちゃうからなぁ」

 そう言うと、何やら意地悪な笑いを浮かべ、僕を横目で見る。

「それにしてもひろくん、熱烈だねぇ? ひろくんも、あたしのこと、そんなに好きなの?」


「か、勘違いするな」

 僕は落ち着いて答えた。

「怪異が好きなだけだ。あおいさんだけじゃなくて。……ただ、他の怪異はなんか怖いから、唯一怖くないあおいさんに傍にいてほしいだけだ」


 落ち着いたふりをしたけど、胸がドキドキするのはなぜだろう……。


「うん、面白いと思うな」


 いきなり僕の隣に現れたぬらりひょんかそう言ったので、飛び上がりかけた。まったく……コイツはいつも突然ぬらりと現れ、ひょんとそこにいる。


「面白いって何が? ぬらちゃん」


 あおいさんは気づいていたようで、ちっとも驚いていない。


 ぬらりひょんはレモンティーをこくりと一口飲むと、言った。

「人間と雪女のあいだに子どもは作れるのか? という実験だよ。生殖生物学の准教授として非常に興味がある」


 そうか。ぬらりひょんは早川飄太郎の人間名で大学准教授を務めているんだった。しかしそんなエロそうな学問を研究してるってことは今初めて知った。


「お……、驚かせないでくださいよ、早川先生」


 心臓の止まりかけたことに俺が苦情を言うと、ぬらりひょんが横目でこっちを見た。


「おい、サナダムシ」


「佐奈田です。佐奈田ひろゆき」


「おまえ、ちっとも講義に出席してないな? このままでは卒業できんぞ?」


「いいんですよ。僕はずっと大学生でいたいんですから」


「親のスネ齧りか……。もっときちんとしないとあおいに嫌われるぞ?」


「どっ……! どーでもいいし!」


「とりあえずおまえ、あおいと子どもを作れ」


「ど……、どうやって?」


「交尾しろ」


「コウビ?」

 初めて聞く言葉だったので、首を傾げた。

「コウビって何ですか? 先生の講義出てないから、そんな専門用語を言われても……」


 なんだかぬらりひょんが大変なものを見るように僕を見てうろたえている。


「……おまえっ。子どもはどうやったら出来ると思っている?」


 大学准教授とは思えないくだらない質問をされた。僕は即答してやった。


「当たり前ですよ。お父さんとお母さんが『赤ちゃんをください』って神様にお願いしたら、コウノトリが運んできて、お母さんのお腹に入れてくれるんですよね?」


 その、コウノトリがお母さんのお腹に赤ちゃんを仕込む場面が、僕にとってはひどくエロいものだったのだ。


「へー! そうなんだ?」

 あおいさんが物知りを見るように僕を見て、感心してくれてる。

「かわいい! やっぱり人間ってかわいいんだね!」


 どうやらあおいさんの頭にはエロい場面は見えず、ただひたすらにかわいいものを思い浮かべたようだった。


 ぬらりひょんがなんだか深刻な顔をして店主を呼ぶ。


「へい、お呼びでぇ?」

 ハーフの雪男がやって来た。


「店主。君のご両親の馴れ初めをこの朴念仁ぼくねんじんに話して聞かせてやってくれないか」


 ぬらりひょんの依頼に答え、ゴリラが簡単にそれを語った。スキー場で遭難したお母さんを雪男が助け、それをきっかけに恋に落ちたのだそうだ。


「それで? ご両親が君をこしらえたのは、会ったその日だったのかね?」


 雪男はまた簡単に答えた。付き合って一年目に子どもを身ごもったのだそうだ。


 ぬらりひょんがなんだか苛ついたように、急かすように言う。


「もっと深く! ツッコむとこまで!」


「うへぇ」

 ゴリラが頭を掻いた。

「そんなこと言われても……見たことあるわけねぇだよぅ。両親の子作りシーンなんて想像したくもねぇし」


「もう、いい」

 ぬらりひょんがゴリラ店主を下がらせ、改めて僕に向き直る。

「さっきの『交尾しろ』と言ったのは冗談だ」


「冗談かよ」

 よく意味はわからなかったけど、どうやらからかわれたらしいということはわかった。


 ぬらりひょんは紅茶を手に持つと、真剣な顔をして言った。

「……だが、子どもを作れと言ったのは冗談ではない。俺としても非常に興味のあることだ」


「でもあおいさんの体は雪だ。体の中までぜんぶ雪だ。生殖能力がないんだ。コウノトリさんが赤ちゃんを運んで来てくれても、それを入れられる袋がないんだぞ」


 ぬらりひょんが頭を抱えた。妖怪でも頭痛とかあるのだろうか。


「いいか? 聞け、サナダムシ」

 顔を上げると、ぬらりひょんは言った。

「雪女も子どもを産む。お雪さんはあおいときんこを産んだ。しかしそれは生物における単為生殖とも分裂生殖とも違う、妖怪独自の生殖方法だ」


「……もっと簡単に言ってくれませんか」


「雪女はな、自然に殖えるんだ。雪女の中から勝手に子どもが産まれる。それは雪だるまの一部分を削り取って、新たに雪の上で転がし大きくして、もう一体の雪だるまを作るようにだ」


「雪だるまは勝手にはできませんよ」


「説明が下手だったな。勝手に転がって雪だるまが出来る自然現象だと考えてみてくれ」


「じゃあ、そこに僕が関わる隙間はないじゃないですか?」


「そこだ、サナダムシ」


「佐奈田です」


「あおいの体の一部分を削り取ったものを、おまえが転がすんだ」


「僕が……?」

 イメージしてみて、やっぱりおかしいと思った。

「……いや、でもそれじゃ、人間と雪女のハーフということにはならないじゃないですか?」


「人間と雪女の違いとは何だと思う?」


「え? 簡単ですよ。人間は動物で、雪女は動物じゃない。自然現象だ」


「自然現象がパフェを食べると思うか?」


 そう言われて僕はあおいさんのほうを見た。楽しそうに、僕らの会話なんか聞く気もないように、一意専心パフェを口に運んでいる。いい笑顔だ。


 いいなぁ……。雪女は体の中まで真っ白な雪なんだ。汚いところなんてまったくない。見た目はかわいくても内面の真っ黒な人間の女の子とは違うんだ。


 そんなあおいさんを見て微笑んでから、僕はぬらりひょんに答えた。

「パフェを食べる自然現象だから怪異なんですよ」


「そう! 意思をもった自然現象──それが怪異だ」

 そう言うと、ぬらりひょんは『ここからが本題だ』というようにテーブルに肘をつき、握った両手を口に当てた。

「それは自然に意思をもつ。勝手に産まれるのが本来の姿だ。しかし、それをおまえの──人間の意思で形作るなら、そこに人為的なものが……人間の意思が混じる。つまりはそれが、人間と雪女のハーフとなるんだ」


「おかわりください!」

 あおいさんが4杯目のパフェを注文した。


「おいおい……。体の中ぜんぶパフェになっちまうぞ……?」

 そうツッコミを入れてから、僕はぬらりひょんに言った。

「先生、ちっともわかりません」


「具体的に説明しよう」

 ぬらりひょんはポケットからノートと万年筆を取り出すと、図解してくれはじめた。


 それを見ながら、僕の顔はどんどん歪み、僕の頭がどんどん汚いものに侵されていく……


「やめてくれ!」

 僕は思わず叫んだ。

「なんてものを見せるんだ! これってアレだろう? ネットに氾濫してる、未成年に見せちゃいけない広告みたいな──」


「それだよ、それそれ」

 ぬらりひょんが笑顔でうなずく。

「それをするんだ」


「汚らわしい! ……でも、あれって、もしかして、子どもを作るためにするものなのか?」


「もちろんだが……。じゃあ、おまえは一体あれは何をしていると思ってたんだ?」


 汚らしい人間の行いの最たるものだと思っていた。

 パリピどもが己の快楽だけのために行う、見下すべき行為だと思っていた。


 でも……。まさか……あれで子どもが作れるなんて……。


 僕はまたあおいさんのほうをチラリと見る。彼女は無邪気にパフェをパキパキ食べ続けている。


 あれを……やるのか……? あおいさんと……?


 ちんちんが凍傷になっちゃうよ!?




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― 新着の感想 ―
ぬらり(こいつ……本当に試験を突破してきたのか…………? 確かに試験内容に保健体育はないが……)
最後の一行が笑えました。
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