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「ひろくんはちゃんとあたしのこと妖怪として見てくれる」って言われました

「あー……、落ち着く」


 布団を三重にしてかぶる僕の上に仰向けにあおいさんが寝転んで、手足を伸ばす。


「なんでそんなとこに乗ってんの」


 悪い気持ちじゃなかったけど、僕は抗議するように言った。


「んー。バイトで疲れたからねー。充電してんの」


「僕にマウントをとって?」


「ひろくんの上が一番落ち着くんだよ」


 よくわからないけど嬉しかった。

 雪女は羽毛みたいに軽いし、冷気は三枚重ねの布団が防いでくれてるし、何よりあおいさんがそこにいてくれるということが嬉しい。


「そこで寝るつもり?」


 不満そうに言ったけど、ほんとうはそこで眠ってほしかった。


「ここであたしが寝ちゃったら、ひろくん、なんかする?」


「なんかって?」


 あおいさんが黙った。


 続けて僕は聞いた。


「……なんかバイト先で嫌なことあったの?」


「ないない」

 優しい笑いを含んだ声が返ってきた。

「……ただね、人間って、アレだね。ひろくんが珍しい種類の人間だって、本当だ」


「珍しくて悪かったな」


「ううん? いいことだよ」


 僕は気になって、枕元からメガネを取ると装着し、あおいさんの後頭部を見つめた。


「本当、どうしたの?」


 くすくすと笑い、あおいさんが振り向いた。

 薄闇の中で碧い目が光ってて、綺麗だった。

 とても信頼できるものを見るように僕を見つめると、言った。


「ひろくんだけだって知ったの、邪気を感じないのは」


「へ?」


 邪気には自信があるつもりだったので、その言葉は意外だった。


「他の人たちはね、なんというか……なんかいやらしい目であたしを見るの」


「ああ……」

 なんだか合点がいった。

「それが正常な人間の反応だよ。あおいさん、かわいいから」


「ひろくんといるとホッとする」

 まつ毛に雪のようなキラキラとしたものを乗せて、あおいさんがちょっと目を細めた。

「ひろくんはちゃんとあたしのこと、妖怪として見てくれるから」


 言葉の意味がわからなかった。

 でも少し考えたら、わかるような気がしてきた。

 あおいさんのことを性的対象とか羨望や嫉妬の目で見ない人間は、きっとバイト先にはいないのだろう。

 あおいさんにはきっと、人間の心の奥にあるいやらしい下心みたいなものが見えてしまうのだろう。


 僕は確かに彼女のことを性的対象として見たことがない。

 ただ愛すべき怪異として、しかもどうやら唯一怖くない怪異として見ている。


 これは僕の物だと思って見ている。


 つまり僕にも下心は満々で、僕こそ邪気に満ち溢れた人間であるのだが、邪気の種類が違うから、あおいさんには唯一の安心できる人間なのだろう。

 人間を食用として見る妖怪の中でただ一匹、人間という存在じたいに興味をもち、いつかバラバラに解剖してみたいなと思っている妖怪がいたら、僕はきっと『この妖怪だけは僕を食料としてじゃなく、人間として見てくれている』と気を許してしまう──そんなようなものだろう。

 

 ククク……。いいぞ。


 意外だったが、あおいさんはパリピどもと相性が悪いようだ。


 彼女がまた天井を向いた。僕はメガネをくいっと上げ、悪い笑いを浮かべた。


 雪女はこれからも僕のところへ帰って来るらしい。そう思ったら、調子に乗った。


「おい、雪女」

 僕はニヤニヤしながら、僕のお腹の上に乗っているそいつに言った。

「僕のことが好きなんだろう?」


「うん!」


 すごい笑顔で振り向いて来たので、たじろいだ。


「ゆ……、雪女には好き嫌いなんて感情はないと……おまえのお母さんが言ってたぞ?」


「好きだよ、ひろくん。あなたは私の大切な人間の友達」


「それって……、たとえばベリーベリーパフェやどうぶつプリンが好き──みたいな『好き』なんだろ?」


「スイーツとひろくんは違うよ」

 まっすぐ見つめてくる。

「スイーツとはお喋りできないじゃん、こんなふうに」


 僕は我慢できなくなって、メガネを外し、急いで横を向いた。


 おかしい──


 調子が狂う!


 なんだかドキドキが止まらない!


 くすっとあおいさんが笑うのが聞こえた。


 僕は慌てて手探りでスマホを取ろうとした。何をするつもりなのか自分でもわからなかったが──


 そこで思い出した。


「あ、そうだ! あおいさん、スマホ弁償してよ! その20万で!」


「えー? 作り出せないの、それぐらい?」


「人間は妖力ないんだよ! スマホはお店で買うものなんだよ!」


「……じゃ、明日、買いに行く?」


「僕の意向を聞く場面じゃないだろ! あおいさんには弁償する義務があるよ!」


「ふーん……。わかった」

 あおいさんが体ごとこっちを向いて、僕の頭をナデナデした。

「買ってあげるよ。ついでにデートしよう」


 僕は寝たフリをした。


 一瞬で寝たフリをした。



 ○ ○ ○ ○



 格安キャリアでも店舗のあるところはある。

 僕の契約してる『UMモバイル』は大手キャリア『英雄エーユー』の店舗で取り扱っている。


 僕とあおいさんは並んで座り、カウンターのお姉さんに相談した。


「端末もSIMカードもないんですね?」


 お姉さんに聞かれ、僕は正直に答えた。


「はい。コイツがバキバキに凍らせちゃったので、ぜんぶ粉々に砕けました」


 僕の隣であおいさんがテヘッと舌を出す。




 新しい端末とSIMカードを購入し、ネットに保存してあったバックアップ・データをインストールし、僕のスマホは復活した。


 店を出るなり、あおいさんが踊るような動きをしながら、言う。


「あー、おもしろかった」


「おもしろくないよ、あんなとこ」


「だって色んなスマホが置いてあったし、お姉さんもかわいかったじゃん」


「人間界のものだったらなんでも珍しいんだね」


「ところでひろくん『ありがとう』は?」


「は? 何が?」


「『スマホ買ってくれてありがとう』でしょ?」


「言わねーよ! おまえが壊したんだから当たり前のことだろ!」


 ふふふふふふふと笑うと、並んで歩いていたあおいさんが少し前へ出る。

 泳ぐような動きでくるりと振り返ると、またふざけたことを言いやがる。


「じゃ、『ありがとう』の代わりにデートして?」


「はぁ!? 意味わかんねー」


 罵る口調でそう言ったが、胸には嬉しさのようなものがじーんと湧き上がってきた。




  あおいさんがずっと妖怪スマホを見て歩きながら唸っている。


「うーん……。うーん……」


「さっきからどうしたの?」


「ひろくん助けて」


「だから……何を?」


 あおいさんが妖怪スマホの画面を見せてきた。

 待ち受け画面だ。そこにはどーん! と大きくフルーツパフェが写っている。『ベリーベリーパフェ』とかいうアレだ。


「これが食べてみたいのっ!」


「だからそれ、東京だってば」


「この町にはないの〜?」


 泣きそうになっている雪女がかわいくて、いやかわいそうだったので、教えてやることにした。


「似たようなのはたぶん、あるよ。どこの町でも今は同じようなもんさ」


「本当?!」

 雪女がぴょんと跳ねる。

「よかったぁ〜! 昨日、雪が降ったから、雪雲に乗って東京まで行こうかと思ったんだけど、バイト中だったから出来なかったんだよね──」


「なんて?」

 その言葉が引っかかった。

「雪女って、雪が降ったら遠い場所までひとっ飛び出来るってこと?」


 そういえば、雪女のボスは『吹雪が止んだら帰れなくなる』とか言ってたような──


 コイツ……、僕に無断で東京へ飛ぼうとしてやがったのか!


「ねーねー、ひろくん。探してよ〜! パフェのあるお店」


 僕の腕を両手で掴んで揺する雪女が急に憎たらしく思えた。


「そんなもん、自分で探せよ。その妖怪スマホで」


「出来ないんだよー。妖怪スマホには妖怪界のマップアプリしか入ってないから。そのあたしが買ってあげた新しいスマホで探してよ〜! お願いっ!」


 チッと聞こえるように舌打ちすると、僕はニュー・スマホをダウンジャケットのポケットから取り出した。黒光りしててカッコいい。僕はメガネをくいっと指で上げると、操作を始める。


 適当にワードを打ち込んで検索すると、すぐ近くの喫茶店にフルーツパフェがあるらしいことがわかった。


「こっちだ」


 僕が歩き出すと、少し地面から浮きながら雪女がフワフワと後をついて来た。

 すれ違う人たちが皆「オォー」「今話題の雪女だ」みたいにあおいさんを見る。


 有名妖怪になっちまったもんだ……。



 ○ ○ ○ ○



『馬』という名前の喫茶店だった。


 いかにも昭和の喫茶店という感じで、レトロなムードがたっぷりだ。中に入ったら白髪の客ばっかりいそうな雰囲気だ。


 僕はぬらりひょんから教わっていた『自分なんかカボチャ』を3回唱えると、その一般住宅っぽい銅色っぽいアルミの扉を開いた。


 カランカランと鐘の音が鳴り響く。


「えらっしゃいませ〜」


 店主らしきゴリラみたいなおじさんがカウンター内から低い声で出迎えた。なんとなくやる気がなさそうだ。


 しかし僕の後について入って来たあおいさんを見ると、態度が変わった。


「んお!?」

 小さい目をおおきくかっ開いて、感激したように漏らす。

「め……、めんこい雪女だあぁ……!」


 コイツもネットやテレビで見てあおいさんを知ってるのかよ……と思ったら、違った。


「ありゃ?」

 あおいさんもびっくりしたように言った。

「あなたもしかして……雪男?」




 店の名前は正確には『馬』ではなく、『UMA』のようだった。『Unidentified Mysterious Animal』の略、つまりは雪男みたいな未確認動物のことだ。


「ほい! フルーツパフェだぁ」


 雪男がテーブルに置いたのは、いかにもなどこにでもあるような、りんごうさぎやバナナやキウイが生クリームに突き刺さった、縦長のグラスに入ったレトロなパフェだ。甘そうすぎて、僕は見ているだけで胸焼けがしてきた。


「キャー!」

 しかしあおいさんは大喜びだ。

「これがパフェなのね!」


 長いスプーンを手に取ると、ものすごく大切なものを壊すかのように、丁寧に丁寧にそれを差し入れる。

 そしてごっそりとクリームのかたまりを掬い上げると口に入れた。


 しばらく無言で目をつむり、やわらかいクリームで口の中をシャクシャクいわせていたが、突然目を開くと、僕に訴えかけてきた。


「パフェだ! ひろくん! これ、パフェだ!」


「パフェだね」

 僕はブラックコーヒーを啜りながら、顔が緩んでしまってしょうがない。

「美味しいんだね? よかったね」


 人間の女の子なんてかわいいと思ったこともないけど、目の前の妖怪はかわいすぎる。怪異って、やっぱりかわいいものなんだなぁ。


「ひろくんも食べてみなよ? ほら」


 あおいさんがスプーンを一舐めすると、そのスプーンでごっそり生クリームを掬ってこっちに差し出してきた。


「い……、いらないよ、そんなクソ甘そうなもの。ぼ、僕は子どもじゃないんだ」


「いいから、ほら! 美味しいよ? 幸せは分け合おうよ」


「そ……、そう? じゃ……」


 僕が顔を前に出し、口を開けると、あおいさんが着物の袖をまくり、それを僕に食べさせてきた。


 ……うまい。


 パフェって、こんなに美味しいものだったんだ?


 心地よい甘さで、フルーツがちょっと酸っぱくて、胸がキュンとするような……


「人間界ですっかり人気者みたいだなぁ、めんこい雪女さん」


 ゴリラみたいな雪男が横から邪魔した。


 しかしあおいさんには聞こえてないようだった。目を線にして笑いながら、パフェと僕しか存在しない世界にいるようだ。


 無視されてる雪男がかわいそうだったので、僕が聞いてあげた。


「どうして雪男がこんなところでお店を開いてるんですか?」


 雪男はゲヘヘと下品に笑うと、身の上話を始めた。


「じつはオラ、ハーフだぁ。雪男と人間の女の。だから純粋な雪男ほどには寒さに強くないから、暖房が必要なんだわぁ」


「ハーフ……?」

 僕はつい、あおいさんのほうを見た。

「人間と怪異の……? そんなこと、可能なんですか?」


「はい!」

 突然またあおいさんがそう言って、スプーンに掬った生クリームを差し出してきた。

「どうせおかわりするからね、じゃんじゃん食べてね!」


 僕はそれを口で受け取りながら、ドキドキしていた。


 このドキドキがなんなのか、よくわからなかったけど、それはたぶんその可能性に希望を見たからなのだろう。


 人間と怪異のハーフが可能なのなら──


 是非、あおいさんに僕の子どもを産んでほしい!




す……、ストックが切れたm(_ _;)m

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あおい「は!? いきなりひろくんから邪気が……!?」
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