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ぬらりひょんって本当に飄々としてる

 ぬらりひょんって本当に飄々としてる。


 何を考えてるかわからなくて、掴みどころがない。


 それが早川はやかわ飄太郎ひょうたろうに対する僕の印象だ。


 物凄いイケメンで、准教授なんてものをやっていて、女学生からキャーキャーいわれてるのに、趣味はエロ動画の収集らしい。


 あの夜、僕に言ったことも本心なのやら……さっぱりわからないやつだ。


 僕のことを「見込んだ通りの人間だ」とか言われても……。僕は人類滅んでしまえとまでは思ってないんだ。


 でもまぁ、確かに人間よりも妖怪のほうが好きだし、両者の間でもし戦争が起きたら、妖怪のほうの味方をするとは思うけど。


 でも、あれは本気だったんだろうか。


 僕が人類を滅ぼしたいと言ったら、あいつはそれを実行するつもりなんだろうか。


 いや、それならとっくにやってるよな。


 っていうか、どうやってそんなことするんだ? 雪女が暖冬に負けて溶けそうになってたっていうのに。妖怪の力でそんなことができるもんか。


 できるのか?


 雪ん子が怖がらせると途轍もない天災級の力を発揮するのと同じように──


 あおいさんがもし、憧れていた人間に、幻滅するようなことがあったら──



 〇 〇 〇 〇



 今日は冬らしく、とても寒くなった。


 ぬらりひょんはあおいさんがアルバイトに出掛ける前の時間になると、ぬらりとどこからともなくやって来る。


 今日もあおいさんは楽しそうだ。

 そして綺麗だ。お風呂にまったく入らないのに、いつでも白くてサラサラの肌をしている。

 バイトを始めてさらに綺麗になった気がする……。


「人気者だからねー、早く行ってあげないと……。おっと、その前に腹ごしらえっ!」


 バケツ一杯の水をあっという間に飲み干し、冷凍庫を開けて冷気をお腹いっぱいに吸い込む。


「きんこ、ひろくんと仲良くするんだよ?」


「うっ……、うん」


 雪ん子が僕の顔を不安そうに仰ぎみる。

 さすがは子どもに好かれない僕だ。数日経ってもまだ心を開いてもらえてない。

 とはいえ最初のように怖がられることはなくなったように思う。

 笑顔は見せてくれないが、スキンシップも全くして来ないが、会話すらしてもらえた覚えがないが、でも少なくとも姿を隠して物陰から警戒するようにじっと見られることはなくなった。


「じゃ、バイト行って来るね〜」


「いってらっちゃい、おねーたん」

 雪ん子が寂しそうに手を振る。


「バイトなんかやめればいいのに」

 僕がいつものように嫌味をいう。


「雪ん子のことは任せておきたまえ」

 いつの間にかそこに座っていたたぬらりひょんがメロンパンを食べながら、爽やかに笑った。


「行ってきまーす」

 

 うさぎみたいな足取りで出て行く雪女を見送ると、僕はぬらりひょんに言った。


「いつもながらどこから入って来てるんですか。玄関、鍵がかかってるのに……」


「俺はぬらりひょんだからね」


「ひょーた! あそぼう!」


 雪ん子がぬらりひょんの足に絡みつく。

 どうやらそっちのほうには心を開いたようだ。僕と同じく初対面だったのに。まぁ、妖怪どうしだからな。


「よぅし、きんこ。今日もお医者さんごっをしようか!」


 楽しそうに遊ぶ二人を僕は放置してパソコンに向かう。


 オカルト掲示板には、あおいさんに関するスレッドが立ち並んでいる。


 動画サイトには、居酒屋であおいさんを映した動画がいっぱいだ。


 あおいさんはあっという間に世界中の人気者になった。


 芸能界からもスカウトが目白押しだ。


 胸がざわざわする。

 

 後ろでぬらりひょんと雪ん子の会話が聞こえた。


「うん! きんこは隅から隅まで健康体だ。隠れたところまで真っ白な雪だったよ。じゃ、おやつにしようか」

「お、おやつー? なにー?」


「じつはシュークリームを買って来てあるんだ。冷蔵庫にぬらりと入ってるよ」

「わーい!」


 雪ん子にシュークリームなんて、雪だるまにシュークリームを埋め込むようなものだ。意味がない。


 それでも美味しそうに楽しそうに、パキパキと咀嚼音を鳴らしてシュークリームを食べる雪ん子を見ていると、胸のざわざわが少しだけ収まった。


 15個目のシュークリームを噛りながら目がとろんとなってきて、そのまま眠ってしまった雪ん子を、ぬらりひょんが布団へ連れて行く。

 そして振り返ると、僕に言った。

「さて、ひろゆきくん。昨日の話の続きをしようか」


「あ、あ、あれってあなたの冗談ですよね?」

 僕はわざとおどけた仕種をしながら返した。

「人間を絶滅させるなんて、そんな力があなたにあるわけが……」


「もちろん俺一人にそんな力はない。だが、人間の協力者がいれば……。そして雪女の力を借りることが出来れば……」


「で、出来るんですか?」


「出来る」


 自信満々の笑いを浮かべたイケメンが怖い。僕はごくりと唾を飲み込んだ。


「……でも、あおいさんはあの通り、人間大好きだし! そんなことに手を貸すとは思えないですよ!」


 そう言って僕は笑い飛ばそうとした。


「君の口から教えてやってくれ。最近の冬が暖かいのは、人間が自然を破壊してしまったからだということを。雪女が溶けそうになるような環境に、人間がしてしまったのだということを」


 確かに……。それを教えれば、あおいさんは人間を嫌いになるかもしれない。

 いや、嫌いになるに違いない。あれだけ人間界に憧れていた自分の思いが、いかに軽薄だったかを知り──

 そしてそれを隠して黙っていた僕のことも……?


「聞こうか」

 ぬらりひょんは僕の前に座ると、身を乗り出して来た。

「君が人間を嫌いになったわけを」


「ま……、前にも言った通りですよ。つまらないことばかりして、バカみたいで……」


 ぬらりひょんは僕の目を覗き込んで来ると、ズバリ言った。

「中、高と、いじめられたからだろう?」


「……! なんで……」


「妖怪を舐めるな。君の心の中は手に取るように読める」


 それは自分の黒歴史だった。

 ネットで語ったことは何度もあれど、出来ればリアルでは誰にも話したくないことだった。


 しかしどうやらぬらりひょんには隠しても無駄らしい。


 そう思ったら、自分でも信じられないほどに口からあれやこれやと昔の出来事がスラスラと出て来た。


 名前がへんだということに始まり、みんなと違っているというそれだけの理由でボコボコに殴られたこと、メガネをかけているという理由でバカにされたこと、親も弟のほうにばかり期待して、僕のことはほったらかしにしてること──


「人間って、集団になると怖いんだ。自分たちがさも正しいみたいな、狂った正義感に囚われてしまうから。だから僕は孤独になった。孤独でいた……。

 そんな時に、水木しげる先生の『妖怪図鑑』に出会ったんですよ」

 人間が嫌いになった理由から、怪異が好きになった理由へ、話は飛躍した。

「すべてカラーで描かれたその本を眺めてたら、なんだか癒されたんです。僕の知らない世界がそこにあった。つまらない、くだらない人間の世界とは違う、素晴らしい世界がそこにあったんです」


「ふぅん……」

 ぬらりひょんは薄く笑いを浮かべながら、水割りを飲んだ。

「君は人間よりも妖怪のほうが素晴らしいと思ってくれたんだね」


「妖怪は人間の世界を小馬鹿にしてくれる存在なんですよ」

 僕は嬉々として語った。

「妖怪に限らず、幽霊も、UFOも、僕を癒してくれる存在だ。僕の味方だ。夢があって、ロマンがあって──」


「なるほど」

 ぬらりひょんが水割りのグラスを食卓にコトンと置いた。

「じゃあ、さぞかし幸せだろう、今? これだけの怪異に囲まれて」


「これだけのって──」

 そう言われて僕は少し混乱した。

「確かに──雪女と、雪ん子と、ぬらりひょんに囲まれてるけど……」


「それだけじゃないぞ? 気づかなかったのか? あおいにはどうやら人間界と異界とを繋ぐ力があるようだ。彼女が暮らしているこの部屋には、既に相当の怪異が集まっている。あおいも気づいていないようだがな」


「そ、そうなんですか?」


「おい、黒鬼。姿を見せてやれ」


 ぬらりひょんがそう言うと、いつの間にか僕の隣に見慣れない女の子が立っていた。

 虎模様のパンツと胸当てをつけただけの恰好の、真っ黒な肌をした、12歳ぐらいの女の子だった。目が怖い。


「い……、いつからいたんだ?」


 僕が聞くと、女の子は手に持っていた金属バットのようなものを突きつけて来た。そしてニヤリと笑い、バカにするように言う。


「隠れて見張ってたんだよ、バーカ。おまえがあおいにへんなことをしたら、その場で地獄へしょっぴいてやろうと思ってな」


 へんなこと──


 Tシャツをめくって……む、胸を見てしまったけど……あ、あの時にはいなかったのかな……?


「他にもいるぞ」

 ぬらりひょんがそう言ってクククと笑う。

「おい、みんな、姿を見せてやれ」


 すると突然、ダイニングキッチンが妖怪で埋め尽くされた。


 いた……。いた……。蛇女に牛男、一つ目小僧に土蜘蛛──

 火炎車までいた! 火がぼうぼう燃えてる! か、火事になる!


「ひ……、火はやめて! その火を消してください!」


 慌ててお願いしたが、火炎車はおおきなオッサンの顔をただ笑わせている。なんか言葉が通じてないみたいだ。


 土蜘蛛が無言で襲いかかってきた。

 鋭い牙を剥いて、僕を喰うつもりだ。


 喰われる──!


 いきなり隣の寝室で悲鳴のようなものが上がったかと思うと、キッチンを仕切る引き戸がバキバキに凍った。妖怪たちがびっくりしてそちらを見る。


「うぎえぇえ!?」

「どっはあぁあ!?」


 妖怪たちが断末魔を上げながらピキピキに凍って行く。というより一瞬で凍りついた。


 僕は火炎車の傍にいたから助かった。その火炎車の火も消え、あっという間にキッチンには妖怪の姿をした氷の彫像が立ち並んでいた。


「どうやら怖い夢を見たらしい」

 ぬらりと寝室から出て来たぬらりひょんが言う。

「よしよししといたよ」


 雪ん子が悪夢を見たせいらしかった、この凄まじいまでの突然の寒波は。


 怖い──と、思った。


 妖怪怖い!


 僕の味方なんかじゃなかった! 僕を喰い殺そうとしたやつまでいた!


 考えたら怖くないのって、あおいさんだけだ。


 あおいさんだけ怖くない!


 でも、そのあおいさんは、恐ろしい怪異を呼び寄せる──


「た……、大変だ!」

 喋ると僕の歯がガチガチ鳴った。

「あ……、あおいさんがバイトしてる居酒屋にも……怪異が……!」


 僕を安心させるように、ぬらりひょんが穏やかに笑う。

「妖怪も幽霊も、賑やかな場所は嫌う。だから大丈夫だよ」


「そ……、そうなんだ?」


 なんだかがっかりした。大変だとかいいながら、あの居酒屋がめちゃくちゃにされればいいと僕は思っていたらしい。


 それでいて、僕の意思は固まっていた。


 やっぱり僕は人間を絶滅させたいとまでは思ってない。


 さっきみたいなやつらで世界が埋め尽くされたら、それこそそれは僕の住む世界じゃない。


 僕の望みは、ただ──


「おっ?」

 ぬらりひょんが水割りを一口飲むと、何かの気配に気づいたように声を上げた。

「これはこれは大物のお出ましだぞ」


「な……、何かまた、この部屋に?」


「窓の外をご覧?」


 そう言われたのでカーテンを開けて見ると、雪が降っていた。っていうかいつの間にか猛吹雪だ。


「まだまだ雪女も人間の自然破壊に負けてはいないようだ」

 愉快そうにぬらりひょんが笑う。

「……そうか。人間を絶滅させるのに、俺の力と人間の協力者、そして雪女の力を借りることが必要だと言ったが──」


 吹雪が一際強く吹き荒れた。


「──その雪女はあおいである必要は、ない」


 一瞬、部屋の明かりが消えた。


 すぐに明るさを取り戻したキッチンの中央に、長い黒髪の、白い着物を着た大人の女性がまっすぐに立っていた。

 感情のない横目で僕のほうを見る。


 あの、あおいさんのスマホの写真で見た、あおいさんのお母さんだ。


 雪女の、ボスだ!




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お医者さんごっこって、ぬらりひょん、何してるのっ!? ひょんひょんしてるから、エロ心があるんだかないんだか解らない。
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