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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

生まれ変わったら、『   』になりたい。

作者: 永久 縁

書きたいことを書けるだけ綴りました。お付き合いいただけると幸いです。



天使(わたし)は、仕事だからあなたの傍を長く離れられないけれど、人間が心底嫌いなの。」


 天使は鼻を鳴らして、四阿(あずまや)の屋根の上から尊大に眼下に佇む黒い大男を見下ろした。

黒い大男は、一間置いてから表情を変えずに『…そうか。』と呟いた。天使はこの男の心が読める訳ではない。だから、心情を探ろうと大男の金色の瞳を見詰めるが、魔石で灯された明かりのせいで、その虹彩が煌めいて熱を帯びたようになる。何故だか顔は熱くなり、背にはゾワリと悪寒が走った。

 


*+*+*+・・・+*+*+*



 天使は、かつて人間であった。遥か昔のある世界。文明の進んだ地で、天塚 蒼子(あまつか あおこ)という判別名で人の生を歩んでいた。自身なりに精一杯生きていたつもりであった。

 曲がったことが嫌いで、己の中にある正義を信じる。けれど、必要であれば嘘もつくし、我が儘も言う。他者が困っていたら手を差し伸べたい。そんな自分は、なんら他者と変わらない普通の人間だと蒼子は思っていた。


 けれども、深く関わるほどに、蒼子の知らない天塚蒼子の正体が知られていくらしい。


・曲がったことが嫌い=寛容的ではない

・己の中の正義=偽善で自己中心的な思考

・必要な嘘=大ウソつき

・我が儘=迷惑発言

・他者が困っていたら手を差し伸べたい=上から目線


 蒼子は、人とうまく関われる人間ではなく、ただの傍若無人であったようだ。それを教えてくれたのは、心から愛していた夫と大事な幼馴染で親友の友人だった。


「もっと寛容的になりなよ。折角、母さんがいろいろ教えてくれて、君が出来なくても愛を込めて叱ってくれるのに。君も、もう少し迷惑な我が儘を控えたらどうかな。」

 夫はそう言って、自身の母の手を取り去っていった。


「その上から目線が腹立つの!幼馴染とか親友とか言われる度に虫唾が走ってた!」

 親友だと思っていた友人はそう言って、それ以降の関係は断たれた。

 なので、最終的にはどちらにも関係性の前には"元”とつくようになった。


 私は、私が思っている以上に酷い人間なのだと理解できた。蒼子は自分が嫌いになった。もしかしたら、他の信頼を寄せている人達も蒼子のことを傍若無人な酷い人間だと認識しているかもしれない。そう思ったら、人間という個体が恐ろしく感じた。恐ろしく感じる物は嫌いである。蒼子は人間そのモノも嫌いになった。


 そんな天塚蒼子の人生は、唐突に終幕を迎えた。生きる事に苦しさや嫌悪を感じる世界であっても、精神と心情以外変えることなく生活を送っていた。蒼子は何時もどおり勤め先に向かった。苦しくても、死ぬのは痛い。その先に待つのは、幸福も何もない無の世界。蒼子には、子供が出来なかったので離婚したあとも身は軽く、会社勤めしながら一人生活をすることが出来ていた。死ぬのは何時だってできる。だったら、今直ぐ逝かなくたっていい。 ――不妊は僥倖だったのだと思いながら、自身が乗る電車を待っていた時だった。



『——ナ—ィ…、ア オ   ……!!』


「―――え?」



 混雑して余裕のない僅かな列の隙間を、強引に走り抜けた学生の大きな鞄が、蒼子の背をはじいた。喉を割くような誰かの叫び声が聞こえた。線路に落ちて、目の前に迫りくる急行列車を認識する。身体は動かないが、何かに包まれるような暖かさを感じた。その刹那に思ったことは、


 『 次に生まれ変わるなら、人間以外がいいな 』で、ある。その後の、天塚蒼子の記憶は無い。


 次に記憶(メモリー)に残されたのは、美しく大きな翼を背に持つ上司となるモノの姿だった。

天使(わたし)は、志願したわけでも面接を受けた訳でも無く、強制的に天使という職務に任命されたのであった。




*+*+*+・・・+*+*+*



「やっほー!大鎌の天使っち!今日から新しい職場での勤務だろ~ぅ?お別れの挨拶を言いに来てあげたわーい!」


「あら。手甲鉤(てっこうかぎ)の天使、ごきげんよう。確かに今日から異動先へ初出勤よ。でも、憑く人間の寿命が終われば、またすぐに天界(ここ)へ戻ってくるわ。お別れの挨拶は不要よ。」


 天使たちには、生前のような名前を持たない。天界の所有物である上司達には、判別名を持つ者もいるが、別の世界から生まれ落ちた元人間は必要としない。そういうものなのだ。かつて、人として生を歩み、人間を嫌悪しながらに死んだ者達が天の遣いに任命されるそうだ。しかし、生前の人間であった時の個性や性格を全て引き継いで天使となるわけではない。職務に差し支えるような人間的価値観は、瞼を開いたその時には消去(アウトプット)されており、天使としての知識が入力(インプット)されている。その為、人間そのものの倫理観はないし、通常疑問を抱くようなことでも不思議とは思えない。天使の卵から生まれて、意識を広げた直後には、()との戦闘に用いる武器を抱えていることを認識する。天使は戦闘職種なのである。先程、天使に名前は無いと説明したが、個々を判別するために、天使が所持する武器名で呼び合ったりはしている。天使(わたし)は、≪大鎌(おおがま)の天使≫・・・なのだが、たまに死神天使なんて呼ばれたりもする。まったくもって、不本意である。


「ふっふっふ!実は、お別れなのだ!あたしっち、実はそろそろ人間に転生してもいいかなぁ~なんて思ってたんだよねー!そいでもってそしたら、憑いてた人間のタナカが昨日、天寿を全うなさったから『お?あたくしの心情に合わせたグッドなタイミングじゃぁございませんこと?やってくれるねタナカ!』って感じになったので・・・―――あばよ!!」


「まさかの即日退職!?本当に急ね!?」


「少子化の社会があたしっちを呼んどるのよぉー。かあいそうじゃんかよ、働き手不足の少子高齢化に悩まされ年老いても年金ももらえない世界なんてよぉー。そら皆転生すんの嫌になるわぁー!社会が人類滅亡の一途を辿らせちょる…それを、あたしっちが救ってやんのよぉ~!ま、どの世界に生まれるんか分からんのだがね。」


「…自滅に走っている世界に転生するなんて、苦しむだけかもしれないじゃない。貴女も『生きるなんて辛ぴっぴー』とか言ってたわよね?生まれ変わって、何かしたいことでもあるの?」


「大統領か総理大臣か宰相になる!」


 天使に病は無い筈なのに、頭痛がする。こめかみ部分を揉んでいると、手甲鉤の天使は天使(わたし)のその手を奪い取って両手で強く握り、ぶんぶんと上下に振りながら言った。


「あたしっちが、たぁのすぃ~ってキミに思ってもらえちゃうような世界を作ってあげるからさ!さしたらキミもあたしっちの居る世界に来なよ!基盤は作っとくから二人で天下取ろうぜ~!!」


 彼女は、長年此処に居た。天使としての先輩でもある。天使業務を問題なくこなせるようになった後も、なんとなく共にいた。こちらが気持ちが良くなるほどに『がっはは』と大口を開けて笑って、時に爆弾発言をするが、それも愉快で、好感の持てる天使であった。だが、人間に生まれ変わってしまったならば、天使(わたし)はきっと、彼女を拒絶するだろう。そうしてしまうことに、自分の弱さを感じる。

 明るく笑いながら、大きく手を振って『またねーー!あっちで待ってるから、はよ来いよーー!』と微塵の哀愁も残さず、神様の居城へと飛んで行った。


 天使の仕事は、主に2つある。担当する人間の心を育てることと、その人間の守護をすることだ。心身の成長が終わり、自己に責任を持って行動し、物事の判断が出来る思春期後期の17~20歳頃の人間ひとりにつき、ひと天使が憑いて担当する。業務期間は、担当する人間の命が尽きるまで。その間、極力傍で見守り、悪魔の(ささや)きにも負けない善意の心を育てるのである。

 

 死んだ人間の魂を回収して、上司からの評価と面談、担当した人間の善人ポイントが高ければ、再度人間に生まれ変わる権利と選択を与えられる。人間のことを嫌悪していた元人間の天使が、自ら人を善良な者へと育て導くことで、愛情を抱き、人類や社会繁栄の良さを理解し、望んで人間への転生を希望させるようにする循環教育システムなのだそうだ。天使(わたし)からしてみたら、ただの苦行である。

 だが、そういうものなのである。人間のように、三大欲求を満たさなくても再度死ぬなんてことはない。ただ、働かなくてはいけないという規則(ルール)は守らなくてはいけない。あと、人間の価値観が無くなっても、天使(わたし)が人であった頃の性分はそのままなようで、真面目に天使業務は遂行したいし、上司からの高評価も目指したい。だが、人間に転生したいとは思わない。天使(わたし)は、ルールに乗っ取りつつも、しっかりと平均より上を目指しちゃう少しばかり上から目線になりたい天使なのである。


 輪廻の輪から外れた(モノ)が、天使や悪魔になる。どちらの職種も人間を認めれば、その輪に戻される。天使(わたし)は、上司に褒められる成果を残せていても、そのサイクルに戻りたいと思ったことは無い。

 だが、手甲鉤(てっこうかぎ)の天使は、ついに生まれ変わってしまうのだという。長い間、勝手に仲間意識を抱いてしまっていただけに、少しばかり寂しく感じる。人間に生まれ変わると、かつての前世も天使だった頃の記憶(メモリー)も消されてしまう。だから、今のが彼女との今生の別れというやつである。思わず、『あんなのが。』と笑ってしまう。


「……貴女の新しい人生が、善きものとなりますように。」


 人間ではない天使の彼女にならば、心からの祈りを捧げることが出来る。

 舞い落ちてくる、彼女の白い羽を握りこみ、瞼の裏で笑う彼女のこれからを我らの神様に願った。







*+*+*+・・・+*+*+*



 天使も悪魔も、人間の目には映らない。天使の囁き、悪魔の囁きというものは、人間が五感ではなく意識的に感じ取ってしまうものである。業務内容は、天使も悪魔も同じだが、目的は真反対。天使は担当する人間を善き人の道へと促し、悪魔は外道へと誘う。そのため、互いを敵視しており、対象のために戦闘もする。


「今回の守護対象(ターゲット)のいる世界は、蒼子の時に見た小説みたいな西洋系統なのね。」


 そんな訳で、対象をこの世界の善き人へと導くためにも、取り憑く前にこの世界の知識を身につけたいと思う。決して、観光気分で世界を飛び回っている訳ではないのである。ふむ。王国都市外や辺境の地に盛り上がりは無いが、王国都市内の特に城下町の賑わいと活気はすごい。ロココ様式を思わせる建築が立ち並び、その美しさに大きく伸ばしていた羽がフルりと震えた。貴族趣味の優美で繊細な装飾に、金銀やわらかなクリーム色に青にピンク。目に入るそれらは目の保養となる―――が、大きな格差社会の象徴である。


 眼下で賑わう人々が、なんだか腹立たしく感じながらも目的地に向かうため、大空へと再度羽ばたいた。




 同業者からの聞き込みや、図書館の歴史書などからこの世界を学んだ。魔法も王朝もあるが、随分古典的である。蒼子の居た世界のような、最新の技術などはあまり生み出されていないようなのだ。技術力より魔力に特化している世界である。上司から事前に与えられたデータによると、これから担当する人間は相当な魔力量を持ち、若いながらに王国を前衛で守護する国防魔導騎士団の部隊の一つを任されているらしい。


「19歳で部隊長…やりおる…」


人間のくせに…眉間に力が入り、ぐぬぬと唸る。


「…偏見、いくない。仕事よ仕事。天使(わたし)だってやればできる子!この子には到底出来ない悪魔からの守護をしてあげるのよ!」


 独り吐き出しながら、自身の発言の傲慢さを反芻して自己嫌悪に陥る。この未熟な感情も、天使として生み出す前に消しておいてくれても良かったのに。神様も余計な物を残してくれちゃったものである。しかし、心も魂も変わらないが、身体は天使と呼ばれるに相応しい精神体を与えてくださった。輝くブロンドの髪に、アクアマリンのような透き通った蒼の瞳。月日が流れようと変わることのない白い肌。このようなフェオメラニンを多く持つ人種であったならば、シミそばかすも出来やすいが、人外の天使は太陽近くを滑走しても紫外線を跳ね返して、陶器のような肌のままなのである。仕事にやりがいを感じるし、良い事尽くめじゃないか。空を飛んで人を見下ろしちゃったりも出来るわけで、ビバ・エンジェル。まさに天使(わたし)にとって天職だ。

 鬱々とする感情を無理やり盛り上げ、守護対象(ターゲット)の元へと向かった。





「ぐぅっ…子供たちの尊敬の眼差しを送られる職に就いているばかりか…見目も良いとか!前世でどんな善事した!?」


 対象は、主な勤め先である城敷地内の鍛錬場で容易く見つけられた。データに登録されている絵姿と同一ではあるのだが、実物の方が良いという容姿が気に食わない。今日は、一般への演習開放日らしく、色めき立つ御令嬢達の姿が多い。その者達の担当をする女性体の天使たちも、キャッキャッと楽しそうだ。大勢の観客が見詰める視線のその先に、彼が居たのだ。


「…アレに、憑くの?」


 思わず漏れた呟きだったが、近くに居た同業者が『え、そうなの!?よしきたすぐに変わろう!!』と催促レスポンスがあった。まだ始めてもいない業務を放棄したくないし、何の達成も無い途中交代は、天使(わたし)の中では許されない。同業者には丁重にお断りを入れつつ、影のように動く対象を目で追った。


 ネービーブルーの髪をさらりと揺らして、相手の一閃を躱す。身長は190cmあるだろうか。重そうな黒い(アーマー)を充てた巨体であっても、身のこなしが軽やかで次に繋がる動作が早い。そして、身長を鑑みても巨大と思わせる大剣を的確に振り抜き、相手の弱点を責める剛腕さ。


「……天使(わたし)いらないわね…。」


 相手の防衛に徹した剣ごと吹き飛ばしても、疲れは見えない。年長者相手にも感情の見えない表情のまま、『すぐに立てぇ!!』などと激昂する。冷徹クール男なのか、燃える熱血漢なのか判断しかねるが、この初見だけで言えることは、゛悪魔の甘露な囁きにも負けなさそうな精神力を持っていそう”である。まぁ、楽な仕事が出来ると思えば喜ばしい事ではあるが、やはり悔しい。ぐぬぬと、本日何度目かの唸り声を上げつつ彼の戦闘演習が終わるまで眺めていた。




 男は演習後、机上での仕事を早々に片付け、部下の進捗確認と今後の方針を纏め、もろもろの業務を終えると、定時を知らせる城鐘が鳴ると共に職場を出ていった。『お?明記されてはいなかったけど、彼女か婚約者でもいるのかな?』なんて思いつつ、覗き見ていた窓から離れようとしたところで聞こえてきた、彼の部下の言葉に耳を疑った。


「ほんと、我らが黒騎士様は化物だよ。どんな体力していらっしゃるんだか。」


「毎日、職後に遅くまで鍛錬と勉学だろ?若いし、役職ありの高所得者だし、顔も身体も御立派さんだ。好い人も作らねぇで勿体ねぇよな。俺だったら作りまくって、遊びまくるね!」


 ・・・まだ、彼は働くらしい。彼の部下たちの耳障りな笑い声にむしゃくしゃしつつも、彼の跡を追う。


「なんでも、守りたい人はいるらしい。その人に見合うために鍛えてるんだとよ!」


「かぁ~!部隊長殿もまだ若いなぁ!それ聞けて安心したわ!年相応!万歳!」


 ――― 守りたい人。秘密の恋人とか?・・・しかし、演習では吹き飛ばされてその後、黙々と書類仕事を終えたばかりだというのに、元気な部下たちである。担当する人間だけでなく、ここの騎士団の人間達は皆タフなのだろうか。そんなことを思いつつ、ふと、気配を感じて振り返る。彼らの談笑する部屋の屋根の上に、黒い羽を持つ者たちが降り立ち、嘲笑を浮かべながら此方に視線を向けられていた。睨みを返し、白い翼を大きく羽ばたかせて彼の元へと急いだ。




 周囲を警戒していたが、今日は彼憑きの悪魔は現れなかった。まだ取り憑かれていないのだろうか。天使が担当を担えば、同時に悪魔の獲物とされるのに。ふぅと、溜め息を漏らしつつ、やっと帰り支度を始めた男を呆れた目で眺める。深くなった夜も相まって、黒を身に纏う彼の視認性はゼロに近かった。天使(わたし)が目を凝らしても影が動いているようにしか見えない。決して鳥目だからではない。天使が鳥類に属するのかは、定かでないが。


 慌てて彼の背を追う。彼に取り憑くには、その背中に触れなければならない。実際に触れはしないのだが、その行為によって、天使の精神体と彼の魂をリンクさせるのだ。そうすれば、ある程度離れていても、どこにいるかは感覚的に分かるようになる。神様が授けてくださった神秘パワーの一つである。

 通り道なのだろうか、城の庭園の一つを長いコンパスで抜けていく。『待って』と思わず漏らしたところで、黒い影がピタリと立ち止まってくれた。何かあったのだろうか。天使(わたし)は苦手になりつつある歩行で彼の背に近づいた。


――― よし、触れられる!


 手を伸ばしたところで、その手が捻り上げられ、近くに建つ四阿の柱に身体を打ち付けて動きを封じられた。どこから出したのか、鋭いダガーが天使(わたし)の首に突き付けられている。


「…あ、ぅ…」


「………は?」


 打ち付けられて痛む背中と、何故、痛覚があるのか理解できない混乱と、対象と接触してる感覚に恐怖を抱いた天使(わたし)は、身体を震わせながら彼の顔を仰ぎ見た。

 独特な虹彩をした黄金色の瞳を見開かせて、彼も私を窺いみている。引き込まれるようなその熱視線に、背筋に這うものを感じてギュッと瞼を閉じた。そうしたら、何を思ったのか、彼は、ダガーを落として、空いた大きな手で天使(わたし)の顎を包み掬い上げた。驚いて、潤む瞳で彼を睨んだ。


「……お前、」


「っ!はな、せ!」


 至近距離で囁かれて、ぞわぞわとするのは人間に対する嫌悪からか。

 天使(わたし)は戦闘職種といえど、戦力を発揮するのは武器あらばこそで、腕力や脚力などは皆無である。体格に差がありすぎて、逃れられないとは理解していても、零れる涙はそのままに、必死で藻掻こうとすれば簡単に拘束は解かれた。彼の胸を押して突き放そうとするが、びくともしない。慌てて腕の隙間をくぐって抜け出る。彼の背後に回って背に触れてから飛び上がり、息を整えながら四阿の屋根の上に降り立った。彼は、呆然とした様子で『天使…?』と呟いた。天使を見たのは初めてなのだろうか。長く勤めている天使(わたし)だって、生まれ変わってから人間と視線を交えたのも接触したのも初めてのことだ。理解が追い付いてこないが、ここで人間のイメージする天使像や威厳を違えてはいけない。取り繕ったところで、もう遅いとか思ってしまったら此方の負けだ。


「わっ、わたくしは天使です!!」


「…見ればわかる。君が俺の担当か?」


「担当制なのも知っているの!?」


 つい、愕然として突っ込んでしまった。彼からは既に驚愕の色は消えており、すまし顔で頷かれた。また唸り声を上げてしまいそうになる。冷静さを取り戻すために、『威厳威厳』と、ひとつ咳ばらいを零してみた。

 どうやら天使の役割についても存じ上げているようだ。どこぞの天使が接触して、彼に漏らしたのだろうか。そんな人間がいるだなんて報告は上がっていないし、データにも無かった。報告しなかった天使がいるのか、上司が手抜きをしたに違いない。怠慢じゃないか。許すまじ。天使の輪の如く、頭部から毛が散っていく呪いを心中で掛けておく。天使(わたし)に呪いなんて使えないが。


「…そうです、ふ、不本意ながら問題のありまくりそうな貴方の守護天使に任命されました!私が憑くからには、貴方にはこの国の英雄と呼ばれるくらいの活躍を――」


「ソラジュ。」


「……はい?」


「ソラジュ・ダーマイリンだ。ソラとでも呼んでもらって構わない。この国の国防魔導騎士団の3番隊部隊長として国の防衛を担っている。歳は19だが、成人の儀はとうに終えているので酒も飲める。趣味は…」


「知っているわ!というか、貴方の自己紹介を聞きたいだなんて、一言も言ってません!……けど、趣味については、データに反映されて無かったから後で聞くわ…。」


「ふは。やはり真面目なヤツだな。あと、ソラと呼べ。」


「……呼ぶことは強制なの?無表情で笑うとか器用で奇妙なことしないでくれないかしら?恐いわ。……ソラ…ジュ。」



 笑いたいのかどうしたいのか、黒い大男改め、ソラジュ・ダーマイリンは口角を震わせて、終いには片手で口元を覆って視線を天使(わたし)から外した。揶揄われているようで、腹が立つ。何なのだ、この男は。データにも、身辺調査でも聞き取りでも、彼の表された性格は、冷徹・クール・そっけない・鍛錬勉強狂いと、人を揶揄って遊ぶような人間ではなかったはずなのだ。――― 性格の悪い天使(わたし)が対しているから……?だから、揶揄って困らせようとするのだろうか。自身の、何をどう直せば許されるのか、"私”には分からない。寛容的にって何?どう言ったら我が儘にならないの?上から目線ってどういうこと?貴女が苦しんでいたから、私に、悲鳴を上げていたから、力になれることをしたつもりだったのに、それがいけない事だったなんて、知らなかった。……私は、



『――― 何も考えるな。そのままでいいんだ。』


「……え?」


「ん?」



ソラジュは、ひとつ瞬いて、天使(わたし)を見上げている。

意識が一瞬飛んでいた。今のは何だったのか。


「聞こえなかったか?君の名前を聞いたんだ。」


「……天使に、名前なんてないわ。」


 眉間に力がこもる。天使(わたし)は、人間と慣れ合うつもりは無い。仕事だから、仕方なくこうしているだけ。今日はもう切り上げて、早急に上司にこの事態を報告して対策を講じなけば。


天使(わたし)は、仕事だからあなたの傍を長く離れられないけれど、人間が心底嫌いなの。」


 鼻を鳴らして、四阿(あずまや)の屋根の上から尊大に眼下に佇む黒い大男を見下ろした。

黒い大男は、一間置いてから表情を変えずに『…そうか。』と呟いた。天使はこの男の心が読める訳ではない。だから、心情を探ろうと大男の金色の瞳を見詰めるが、魔石で灯された明かりのせいで、その虹彩が煌めいて熱を帯びたようになる。何故だか顔は熱くなり、背にはゾワリと悪寒が走った。


「……では、アオと、呼ぼう。」


「……何が、『では』なのか分からないのだけれど。」


「君の瞳が、蒼いから。アオだ。」


「うそ、目が良いのね…って…そ、そうじゃなくて!」


 前世の名前に近い呼び名を付けられ、思わず心臓が跳ねた。というか、この男。黒猫にはクロ、白猫にはシロって名前を付けるタイプの人だ。瞳の色が蒼いからというのならば、天使の瞳は明度が違えど皆青い。逢う天使皆をその呼び名で呼ぶのだろうか。


「俺はお前……アオに、人間を好ましく思ってほしい。」


「っ…」


 熱く揺れるソラジュの瞳から逃れたいが、彼は天使(わたし)から目を逸らされない。人間なんて、皆同じ。口で甘い言葉を吐いていても、内心では悪態を付けられる生き物。強く鋼板屋根を蹴って、夜空に跳ね上がる。流石に彼には見えないだろうが、舌を出して威嚇する。翼を大きく広げ急くように羽ばたかせて、闇夜に姿を溶かして消した。





*+*+*+・・・+*+*+*





「上司が動いてくれません。」


「・・・・・・・・そうか。」


 天使(わたし)は、ソラジュの住まう世界と天界を行き来して、この"異常事態”をどう対処すべきか上に持ち掛けて相談していたが、反応はいまいちどころか、無である。我関せずな表情をわざわざ作って、『あぁ、うん、いいよそのままで』『へーきへーき』と、あしらうのだ。事態対処の意志が皆無なのである。そして、直談判し続けて5日目の今日、心が折れた。


 嫌いな人間だからこそ、愚痴も吐きやすい。しかし、こちらに背を向けられており、相槌だけでまともに相手をしてくれない。なにが『人間を好ましく思ってほしい。』だ。やはり口だけではないか。布団に包まる大男は、『寝込み襲われるとは考えも及ばなかったが…いや、だめだ、それはいけない』うんぬんかんぬん何やらぼやいている。天使(わたし)は人間を嫌っていても襲うことはしない。何かやらかして処罰対象となり、堕天使化する天使もいるが、天使(わたし)は真面目に仕事をする上司からの評価も高めな優等生天使なのである。襲いかかるのは悪魔だけと決めている。


 しかし、同じ精神体には触れられても、人間に触れるのは本当に久しぶりであったので、興味本位で突いてみる。うむ、背中に羽は無いし、がっちりしている。これぞ人間だ。

 ソラジュはどうやら寝穢(いぎたな)いらしく、なかなか身を起こそうとしてくれない。ベッドの縁に座り、『起きてくださーい』と大男を揺さぶるが、『…悪い』そう呻くと、苦しそうに眉間の皺を寄せて身体を更に丸めていく。大男がそうやって小さくなっているのを見るのは何とも面白いが、国民から羨望の眼差しを向けられる魔導騎士団の部隊長が遅刻をしてはいけない。何より、天使(わたし)の業務成績にマイナスポイントが付くのは許さない。

 というわけで、天使(わたし)の仕事の時間である。そっと、ソラジュの耳元に唇を寄せて、優しく伝わるように囁く。


「ね、ソラ。いい子だから、起きて?」


 ひとつ間を置いて、背を向けていたソラジュが勢いよく上半身を起こしてこちらを睨みつけてきた。顔面が真っ赤である。元々凄みのある男が切れるとこうなるのか。相当に怒っているようで、思わず『ひぃ』と恐怖から声が漏れ出てしまったが、これ以上情けない声を上げてしまわないよう、口を手で塞いで防ぐ。伸ばされてきた手に捕まる寸前で、身体が思ってもいなかった後方へと持ってかれた。


「悪魔より悪魔だね、この天使。」


「ひぁ…て、あ、悪魔!?」


 気付けば、天使(わたし)は大きな黒い翼を畳んだ男性体悪魔に抱えられていた。威厳も何もない姿を悪魔に見られた。いつの間に侵入してきたのか、掃き出し窓が開いている。


「奇襲とは卑怯な!返り討ちにしてくれる!」


「いや、オレちゃんいま、そこの人間とお姉さんを助けてあげたんだけど。」


 腕からするりと抜け出て、天使パワーを練り上げて大鎌を顕現させる。それを見て、悪魔も自身の武器を取り出した。闇色のクロスボウ。



「遠距離タイプですね!?ならば先手必勝よ!私の守護対象には手を出させないんだから!」


「危ないから!お姉さん、此処室内でそれ振り回したら危ないから!!」



 そらそうねと言われても急には止められず、部屋の柱に大鎌がグサリと刺さった。抜けぬ。悪魔へ戦闘意識を向けねば大鎌は本来の力を発揮しない。というか、私の元々の力では抜くことさえできない。


「ひ、卑怯ね!!」


「何がだよ。」


 自業自得だろという言葉は今は耳に入れない。悪魔の囁きは、天使には効かないのである。

若干涙目になりながら大鎌を引っ張ていると、深くため息を吐いて立ち上がったソラジュが大鎌の柄を持つ。この男は、天使の武器にも触れられるのか。本当は人間ではないのでは、と思った所で片手で引っこ抜いてみせた。本当の本当に人間ではないのではないだろうか?反動でよろける天使(わたし)も容易く支えてくれた。この腕を知っているような気がして、身体が熱くなる。なんだか落ち着かないので、急いで離れながら礼を言う。


「ねぇ、聞いてお姉さん。」


「なによ悪魔!」


 熱された頬を掌で仰ぎつつ、半分キレながら返事をする。男は苦笑混じりに頬を掻く。この男は確かに悪魔だけれど、ソラジュを窺って反応を見ても、まだ何かされたような訳でもないようなので、大人しく耳を貸してやる。


「ごめんね。武器出されちゃったら、こっちも反射で応戦しなきゃって武器出しちゃっただけだから。何もしないよ?」


「なんという仕事の怠慢。悪魔の風上にも置けませんね。」


「オレちゃんは何て言ったら正解なの???」


 睨む天使(わたし)と怯む悪魔。クツクツという笑い声が部屋に響いて、ヤル気も削がれた。構えていた大鎌を消す。


「悪いがタイムアップだ。仕事に行く時間なんでな。着替えだけでもさせてくれ。」


 ソラジュがそう言って、私の頭を大きな手で撫でてくるものだから、『不敬!』と叩き落す。不可解な悪魔が目前に居るというのに、先程とは打って変わって、鼻歌まで歌い出しそうなご機嫌っぷりを感じる。


「ん~なるほど、分かった。するっと出てきたアレが良かったのか。うんうん、よしよし。ならですね、この気分の良さに浸りたくないっすか?今日休んじゃったらどうです?」


「雑な囁きをするな。断る。」


 休んじゃったら?以外聞こえなかったが、悪魔がソラジュに悪魔の囁きをしたらしい。ぶう垂れていることに、失敗を察するが油断も隙もあったもんじゃない。


「ね、ねぇソラ、駄目よ悪魔の甘言を聞き入れちゃ!人間だけれど、毎日誰よりも仕事に励んで、鍛錬している貴方はすごいわ。国の誇りに思っている人が沢山いるもの。だからお仕事は、」


「君は?」


「へ?」


「アオは、俺に何を願う?」


 何を願う?願うとは何か?『仕事に行け』という囁きをしていただけなのに、天使(わたし)の希望として取るのか。ソラジュに祈ることは何もないが……善人ポイントを溜めるためというならば、みんなの力にもなってあげられちゃう魂になって欲しいわけである。…そうすると、



「えっと…お仕事、頑張ってください…?」



 そう言うと、数日前から僅かに動くようになってきた目尻が、ほんの少し垂れた。否、表情を和らげて、ソラジュが笑った。


「いつもの5倍、(こな)してやる。」


 ソラジュは再度天使(わたし)の頭を撫でると、近くに掛けてあった団服を掴んで、洗面室に入っていった。もしかしたら、此処で着替えたかったのではないだろうか。『着替えるために出て行ってあげたほうが良かったかなぁ。』と呟くと、『オレちゃんが来る以前に出て行った方が良かったと思うよ。』と悪魔に返された。邪魔者のように言われているようで、癪に障ったので悪魔の頬を強めに抓っておく。『人間の倫理観を取り払われた天使さんは可哀想だね。』と言われて、少し緩めてやった。


 その日、魔導騎士団にいくつもの悲鳴が定時となる時間まで上がったという。







 悪魔という精神体は、かつて人間であった頃に明らかな憎しみと殺意を持って他者を殺害した者達が、死後、魂で形作られたものだそうだ。基本的に、悪魔は残酷で人の道を外した考え方の者が多い。しかし、稀にいるのだ。揺るがぬ生者に心折られる悪魔が。悪魔の囁きにも負けぬ意志で、力強く歩む人間の生に羨望の念を抱く、そんな悪魔が。そのモノ達のための制度として、悪魔にも人として輪廻の輪に戻る機会(チャンス)を与えられるのだそうだ。その機会(チャンス)とやらの課題内容は不明だが、悪魔も天使も人間も、色んな個体種がいるものである。



 「まぁ。オレちゃんは人間そんな好きじゃないし。別に人間に戻りたいとは思わないけども、お仕事しないと魔界の上下関係とか差別とかイビリとか厳しい訳で。でもさ、オレちゃんの担当、あの恐そうな黒騎士さんじゃん?なんか精神体見えてるし、触れるみたいだし、普通の人間使わなそうな大剣ぶん回してるし、囁こうとして裏拳喰らわされるのが目に見えてるよね。オーラからして恐くて近づけないしさ、せめて職務に向き合った形だけでも作りたいから取り憑きたいんだけど、隙ないじゃない?お姉さん来る少し前にも挑んだのよ、オレちゃん。そしたらさ、行くぞって思った瞬間に顔の付近に何か飛んできてさ、見てみたらコンクリート造の建築物なのに外壁に何か埋まってんの。確認してビックリしたよね、鉄製の棒だった。そう、ジャパニーズ棒手裏剣。お姉さんもダガー突き付けられてたよね、あ、うん見てた。特殊なタイプの人間だし、敵対してるといえど助けに行こうかと思ったけどなんか…ね、そういう雰囲気だったからさ、様子窺ってた。ん?や、入れないよあの空気じゃ。まぁさ、でもどんだけ武器隠し持ってんのかなあの人。19歳って割には落ち着きすぎてるし、能力高すぎだし、せーよくは年相応だったけど…え、いや何でもない何でもないよ。あ、武器の話に戻すけどさ、あの人の団服の中すごいことになってるんじゃないかな?きっと、勇者を迎え撃つ魔王でさ、やっとこさゲージ割ったら『ふっふっふっふ、この程度か勇者よ。俺の本気はここからだ!』とか言いながら何百㎏もするあの黒い団服を脱いで能力更に爆上げさせていろんな武器取り出して殺しに掛かってくるいやらしいタイプ。無理じゃん。勇者絶望してパーティー脱退しちゃうよそんなん。」


 クロスボウの悪魔は、全てを諦めたような目をして天使(わたし)に思いの丈を吐き出してきた。愚痴りたい気持ちは重々理解できるので聞いてやる。途中から何を言っているのか分からなかったけれど、哀愁がすごい。敵同士であるはずなのに、天界で流行りのレインボースカイジュースを奢ってやって、思わず背中を叩いて慰めてあげたほどだ。

 身体を小さくして、涙目になりながらストローを吸う悪魔を見たこと無いものだから、僅かばかりであれば、ソラジュが道を外さない程度であれば、守護対象を貸してあげても良いのでは…と思ってしまった。天使(わたし)は天使だ。悪魔のように非道にはなれない。・・・この悪魔も話に聞くと、非道であるとはいえないが。


 と、そんなことを話していると、鍛錬を終えたソラジュが足早にこちらへ歩いてきた。


「……天使と悪魔は敵対している筈では無かったのか?」


 無の表情ではあるが、数日取り憑いてみて、彼は目で語るのだと理解した。今はまさに怒りで燃えています。はい、自分たちの職務を全うしろということですね。分かります。上の立場に立つ彼ならば、至極当然の思考である。


「そうなのだけれど…あの、ソラに()()()があるの。」


 ここ数日で分かったことなのだが、ソラジュは何故か天使(わたし)がお願いすることを好ましく思っているらしい。上に立つ者の気質故か、頼られることが好きなのだろう。ソラジュは、目尻を垂らしてその願いを聞いて甘やかしてくれる。そりゃ、多くの御令嬢やその天使達も惹かれるわけである。

 ―――ただし、一度『()()()を聞いてほしい』と伝えたら、怒られた。その程度我が儘であるはずがないだろう、と。何が逆鱗に触れたのかは分からないけれど、ソラジュには二度と言わないように気を付けると決めた。なにぶん、あの長身に見下ろされて眉間に皺を寄せて凄まれると足がすくんでしまう。


「なんだ?」


 甘い顔をするくせに、頬を摘ままれた。何かいけない言い回しをしただろうか。ふにふにと弄っているからして、手遊びしているだけだと信じたい。


「ハチに背中を触らせてあげて欲しいの。」


そう言ったら頬の摘ままれる強さが増した。やはり駄目だったか。


「え、お姉さん、オレちゃんのための話なのに途中で遮ってごめん。あの、ハチって何?」


「あ、アナタの瞳の色がはちみつ色だから…ソラは判別名で呼ぶのを好むみたいだし…」


おずおずとソラジュを見上げて窺うが、眉間を寄せ、瞼を閉じてなにやら考えている様だった。


「…アオが、この野良に愛着が湧いたから名前を付けたのではなく、俺が好むと思って、その呼び名を使ったんだな?」


 どうやら、お願いの方ではなく、彼に付けた判別名の方が気に食わなかったらしい。この男は他の人間以上に何を考えているのか理解しかねるが、天使(わたし)の思考は発言から汲み取って、読み取ろうとしてくれているようなので、少し胸の奥がそわそわした。


「うん、そうよ。私の瞳が蒼いからアオなんでしょう?だったら、この悪魔ははちみつ色だから、ハチよ。ダメだった?もしかして、貴方が決めたかった?」


「……いや、俺のために考えてくれてありがとう。」


 頬を摘まむ力も抜けて、親指で擦られる。怒りは抜けたようである。


「……悪魔に取り憑かせたいのも、こいつに同情したからなんだろうが……。」


『 ――少し妬ける』


 言われて驚いた。本当に、ソラジュは少ない会話の中でも、天使(わたし)の考えを読み解いてくれている。胸の奥のそわそわは、震えに変わった。頬に添えられた手に、自ら擦りつくようにして頷いた。



「ダメっすよー!天使さんは、倫理観奪われてるんで、それ意味のある行動じゃないデスから―。そのまま飛びつかないでステイで。はい、ゆうっくりで良いんでお姉さんの頬に添えた手を離しましょう。」


「・・・・・・お前、悪魔なんだから、誘惑の囁きをしろよ。」


「いえ、アオ姉さんは俺の恩人になりましたので。あ、憑きます。」


 ハチは、許可を得る前にソラジュの背中に触れたが、ソラジュは深いため息を吐いただけなので許されたようである。悪魔に取り憑かれるなんて、気付かぬ内にされるより、目の当たりしている人間からしてみたら相当な勇気が必要なことじゃないのかしら? ―――あれ?そういえば、背に触れることで精神体と人間の魂を接続(リンク)させるのだと説明したっけ。・・・否、していない。なら何故、説明する前に彼は、それが取り憑かれる行為なのだと知っていたのだろう。天使(わたし)が首を傾げると、ソラジュも真似をするように、苦笑しながら首を傾げてみせた。

 

 きっとこれも、他の天使か悪魔から聞いたのだろう。









 ソラジュは、整った顔をしているのに顔の筋肉が死んでいて勿体ない。基本、眉と目尻が吊りあがった表情から変わらない。しかし、会話をする際は逸らさずに相手の目を見て話すものだから、相手に圧を与えてしまう。魔導騎士団のファンである御令嬢達も、その目を向けられたならば足が竦み、会話もままならないとのことなので、目の保養で声援を送るだけなのだという。


「吹っ飛ばされたらさっさと立ち上がれ!!!」

「追撃される前に反撃の隙を探れ!!!」

「貴様ら能無しか!?!?零せる泣き言があるならば自身を鼓舞して立ち向かえ!!!」

「貴様らが戦うのは何のためだ!?名誉のためか?生活のためか?国のためか!?家族のためか!?少なくとも、俺に叱られないために戦うのではないだろう!!敵は貴様らを殺しにかかるぞ!!怯えるな!!生き残る力を身につけろ!!!」


 剣技だけでなく魔法も合わさり、風が鳴き、炎が舞い上がり雷が落ちる。激昂で重圧も加わった気がする。

 演練場どころか国中に聞こえそうな発破かけを、無表情にひとりひとり目を見ながらするものだから、慣れた中堅騎士は良いが、新兵など怯えて固まってしまい動けなくなっている。ソラジュなりに考え、しっかりと相手に伝わるようにという気遣いのようなのだが。

 多分、御令嬢達と同じで、天使(わたし)があんな風に正面切って目を見て言われたら…


「少なくとも、アオ姉さんには怒声を上げることは無いと思うよ?」


 ハチの言葉に苦笑が零れる。彼を知らなかった以前に行った身辺調査では、冷徹・クール・そっけない・鍛錬勉強狂いとそんなことがデータとしてあったけれど、ただただ冷静に物事を判断して、相手の発言に何をどう返したらいいか深く熟考する真面目な優等生で、実は心優しい紳士なのであった。ソラジュの傍でそれを知れば、認めざる負えない。周りの人間にはやはり嫌悪を抱くが、ソラジュの真っすぐな発言には、意図や思いやりがあって好ましく思う。


「……私は、あの人の言葉なら、真っすぐに怒られても大丈夫というか ―――嘘が無いだろうし、期待してくれているんだろうって嬉しく思う…かも?」


 隣で眼下を眺めるハチは、ふぅんと意味深な笑みで此方を眺めてきた。

ソラジュが言うならば、と、その言葉を信じて盲信に受け入れてしまいそうで恐いのは、ある。それ程に、彼の発言には偽りが無いようで心に響く。まるで、悪魔が囁くようである。


 たまの休日には、共に出掛けた。手を引かれて隣を歩いた。天使(わたし)は周りには見えないから、変な目でソラジュが見られてしまうのでは?と言っても、ソラジュは離さなかった。


 仕事中には、『休憩しなさい身体が資本です休め休め休め休め』と、ハチと一緒にソラジュの耳元で囁いた。肩を震わせて笑いを堪えていたようだが、同室の部下たちは『何やら部隊長様が憤慨していらっしゃる』と慄かせていたので、申し訳ないことをした。


「アオも悪魔になったのか?」


 悪魔と天使の囁きに負けて休憩してくれたソラジュは、目尻を和らげて口角を持ち上げながら、そう言った。前よりも、笑うのが上手になったではないか。


 寝穢いソラジュを天使の囁きで起こしたり、休憩の催促や部下との関係構築のための飲みにケーション促進で悪魔の真似事をしながらハチと囁いてみたり、天界に行って進捗報告を行ったり、ソラジュの前でハチと建前の決闘をしてみたり・・・これは、最終的に決闘ではなく、ソラジュによる熱い武器指導が入ったが。記録するに、楽しいとも思える日々を過ごした。


 ソラジュは肉体は鋼で、意志は強固である。時を共に過ごすと、強くそれを認めざる負えなくった。あの男は人間を超越し、悪魔や天使の力よりも優っている。人という種族の中で、あれだけの遺伝子を持ったものが自然と生み出されるものなのだろうか?天使(わたし)は疑問に思った。


「ソラは、守りたい人がいるからそんなに強くなったの?」


 ソラジュの生活の中には、家族も友人も恋人の影も無かった。ソラジュと初めて会った時に、彼の部下たちが話していたことを思い出したから、なんとなく聞いた。彼の強さの理由が本当にそれなのか、知りたくて。


「 ……あぁ。守りたい人がかつて、いた。哀れで、弱くて、愛おしい人だった。」


 胸の奥で、心臓を締め付けられたような息苦しさを感じた。

ソラジュには、愛した人がいた。守りたい人がいた。けれど、それは過去のことで、きっとその人はもうこの世にいない。

  ――けれど、人を超越しても尚、さらなる強さを求めてしまうほどに、彼は今も、その人を愛しているのだ。


 「…そっかぁ、」


 私から、でた言葉はそれだけだった。もっと、言いたいことは考えていたはずなのに。天使は倫理観が削除されている。ぼろぼろ涙を零すことになんら、意味を見出せない。この感情が何なのかは分からない。けど、泣きたくなった。


「……なぁ、アオ。人間を好ましく思ってくれるようになったか…?」


 なぜ彼は今、そんなことを聞いてくるのだろうか。真意を測るために、ソラジュの瞳を見たい。しかし、次から次へと零れ落ちてくる涙のせいで、ぼやけて輪郭をとらえることも叶わない。彼がどのような表情で言っているのか分からない。無表情の中でも、小さく動くのを知ったのだ。だから、苛立ちをそのままに反射で言う。


「嫌いよっ…」


 『……そうか。』以前と同じようにそう言って、ソラジュは天使(わたし)の目尻にハンカチを押し当てて涙を拭ってくれた。やっと見れた彼の瞳は、悲し気に揺れていた。あの時のように、虹彩が熱を帯び、キラキラと光りを反射する。

 思わず衝動で彼の身体をギュッと抱きしめた。彼は驚いたように肩を揺らして、小さく息をついた後に、大きな手で私の頭を撫でて応えた。彼に、抱擁されたいと思う。だが、彼の腕がこの身に回ることは無かった。

 







*+*+*+・・・+*+*+*

*+*+*+・・・+*+*+*




「難儀っすねぇ。」


 何年月日が経とうとも、アオの”人間は嫌悪すべき種“という、認識を変えられない。アオは覚えていないというが、彼女の天使職務歴は相当長い。天使でいる時間が長ければ、残されていた人間としての価値観や欲求、最終的には感情すらも消えてゆく。天界に住まうモノの思考が育てられ、やがて自身が人間になるという発想も無くなる。人間としての倫理観も価値観も、消えてゆけば輪廻を円滑に回す側の思考に塗り替わる。感情が抜ければ、人間を真に正しい道へと歩ませることが出来なくなる。心を無くしたモノに、導き手など務まるはずもないのだから、良くて無心で働く機械となって神の手足となる上層深部への異動。悪くて堕天使へと落とされて悪魔の餌食にされる。想像しただけで、腸が煮えくり返る。絶対にそうならない為にも、アオの意識を変えなければならない。

 

 悪魔はといえば、人間を誘惑するために倫理を知識として残されるが、同じように人間への羨望が潰えれば、感情の抜けた正しく残酷な悪魔となる。そうなった者達が、愉悦と快楽を求めて、堕天使を玩具にして弄ぶのだ。何が正しき輪廻のためのシステムだ。天界にとっても、魔界にとっても治安を悪化させる破綻システムである。


「センパイが頭抱えてるとなんか嬉しいな…ふふふ、ハチの悪魔レベルが1上がった!」


ちろり~ん♪などと効果音付きでほざく、下級悪魔の後頭部を(はた)く。


「……ハチ助、俺の代わりに天界行ってアオの転生承諾を取ってこい。ごねるようなら、システム破壊で天界の全てを滅ぼしても構わん。」


「オレちゃんが滅びるわ。」


 戯言である。ハチ助のような下級悪魔が天界に入ってしまえば、刹那にはその身が霧散するだろう。聖域は、聖なる力とやらで満たされており、悪魔のような魔力を巡らせた精神体には毒である。

 ――― 知ったことかと、一度殴り込みに行ったことがあるが、正直言うときつかった。消滅には至らず、上層部まで潜り込んで暴れたはしたが、目的の魂を隠され、終いには強制的に人間に堕とされた。自身が強力な悪魔であったために、魔界側の上層部に擁護されており、天界も安易に手出しは出来ない。人間への価値を無くしつつあったアオに、流石の上司とやらも焦ったのだろう。あの存在が冗談みたいな天使に唆されでもしたか、俺の守護天使として取り憑かせた。アオを人間に戻したい俺と天界側の利害の一致である。


「でも、センパイは、アオ姉さんの意志で人間に転生してもらいたいんでしょ?」


「当然だ。人間への価値を無くしているのに、嫌悪感だけを残しているとか、おかしいだろう?……人間だった頃に言われてきた言葉が呪詛になって、その呪いが思考を縛り付けてるんだろう。俺のこの生を終える前に、なんとかしねぇと…。」


「ふぉう…なんというか……アオ姉さんの前でしか表情を崩さないセンパイが顔をクチャらせてるとか、マジ貴重なんでそのまま絶望の表情とか作ってみてもらってもいいですk―――痛って!?!?!?え、え!?えぐい!!!ちょ、ま、ナックルダスターで殴るのは勘弁してください!!!天使と戦闘するときでさえこんな痛くないのに!?なんで!?嘘だろ!!」


 人間として堕とされた時に、一度だけ絶望した。だが、アオに見合う人間になるための修行なのだと思うことにした。何かの奇跡や神の気まぐれで、またアオが人間に転生してくれて、人間の俺が傍に居れることになったならば、今度こそ、アオを守るのだと、心に誓った。

 そして、奇跡は起きてくれた。いや、チャンスを与えられたのだ。天使となった彼女に初めて会ったその日。月に照らされた彼女の容姿は現実的ではないほどに美しく、幻ではないかと己の目を疑った。かつてとは違ったが、面影があった。魂が彼女であると訴えていた。 ―――早く、手に入れたい。










「謀反…だと?」


「はい。不可解な行動をとっていたので、張っておりましたが、先程隣国と合流したと知らせが届きました。現在国境のレイダンにて、我が隊が防戦を―――」


 我が国の重鎮が謀反を起こした。少なくない兵士を引き連れて、寝返ったという。城外に居る悪魔たちがクツクツと愉快そうに笑っている。ここ最近、城壁内の悪魔の数に対して、見かける天使の数が少ないことに懸念を抱いていたが。 ――― やはり、殺したか。

 悪魔は快楽や愉悦を好み、人間達には悲劇でしかない人間の戦争を好む。基本的に、悪魔も天使も群れることは無いが、悪魔は趣向の邪魔をさせまいと、正義の道を歩ませる天使達を徒党を組んで戦闘に持ち込むことがある。

 精神体は、戦闘で身体を無くせばそれぞれの世界に返される。死ぬことはないが、戦力が大きく傾けば、新たに追加で天使が加勢に来ることはなく、その世界を悪しき世界として見捨てることもある。


「ソラ」


 ちらりと、目線だけを呼ばれた方に向ければ、アオが不安そうに瞳を揺らしていた。その見るからに、心配といった表情に思わず顔が緩んでしまいそうになる。人間を嫌いと言っていても、俺をぞんざいにせず、心配してくれるアオが愛おしい。

 ソラジュ・ダーマイリンはこの5年で、数多の国の災厄と戦い、守り、功績を収めた。その結果、異例の若さで魔導騎士団副団長を拝命した。人間としては、あと一歩である。


「……お前の望みを叶えてやる。」


「え?」


 口角を上げて、アオに宣言する。格好良く決めたかったというのに、顔に力が入りすぎて不敵な笑みに見えたらしい。アオも隣に座っていた部下もビクッと肩を震わせた。


「私がレイダンに向かいます。敵を進めぬよう足止め役を担いますので、早急に団員の配置検討と兵糧の割り当てなど戦の支度をお願いします。騎士たちは日ごろの訓練から、すぐにでも戦闘は可能

   ―――これは、敵国が引き起こしてくれた勝ち戦にて。」


 部下は顔面を覆って下を向くが、団長は俺と同じくにやりと口角を上げて笑った。


「ダーマイリン副団長殿は、この席が欲しいのか?死んでは手に入らないぞ?」


 団長が自身の机を叩く。俺は首を横に振る。俺はどうやら、日ごろの業務態度から野心家のように思われているらしいが、それは違う。


「いえ、いりません。俺は、この国の英雄とやらになりたいだけです。」


 団長は目を一度見開いた後、大きく声を上げて笑った。この国の王は、唇を噛み締めて頷いている。この国のために戦いたいわけではない。名誉も騎士としての誇りなどというのも、他の者のように清らかではない。

  ―――ただ、我が儘だと切り捨てられた、君のどんな些細な願いも希望も、悪魔(おれ)が叶えてやりたかっただけである。


 アオは美しい蒼の瞳を涙で濡らしながら、声無くして泣いていた。










「領民の避難は済みました!魔法防壁ももうすぐ破られます。ダーマイリン副団長、退いてください!!」


「先に行け!!殿(しんがり)は引き受ける!!」


「貴方の仕事ではありません!!貴方は魔導騎士団に欠いてはならぬ存在です!!どうかお戻りを!!私が出ます!!」


 部下の騎士へと手を伸ばす、彼の天使の蒼白とした顔は哀れに想えるほどだ。だが、存在を認識されてはいない。天使は彼を善き道へと歩ませている。見事な手腕の天使だなと感心した。手に持っていた鎧どおしの柄で、彼の腹部を殴る。


「な、何を…っ」


「君はまだ若い。生を謳歌するといい。」


 気絶して、倒れる直前に抱えてやる。力加減が分からず、(アーマー)を砕いてしまったが、内臓にまで影響が出ていないことを願いたい。後方でやり取りを窺っていた他の団員と天使たちが引いているようにも見えたが、気にしてやる猶予はない。だが、こちらの譲らぬ意志は伝わったらしく、一人の騎士が気絶した同胞を引き受けてくれた。


 ――― 目に余る光景である。隣国の勢いづいた士気の高い兵士達。そして、人類の知る武器に似せて作られた、漆黒の神造兵器を掲げるのは、下級~中級の悪魔の軍団。集められた人間より多いのは、噂を聞きつけて自身の愉悦のために出向いてきたからか。己の担当する人間を放置して仕事をさぼるとは、真面目に悪魔と人間をやってきた此方からすると腹立たしいことこの上ない。まぁ、悪魔業の成果はいまいちであったが。人間業で無数の悪魔共(これら)を倒したところで数には含まれず、敵国兵士分の首級(しるし)しか上げられないというのは、モチベーションも駄々下がりだ。この世から滅びて消え去れ、無償労働(アンペイドワーク)。…だが、


「標的は俺か。」


 様子からして、どうやら、悪魔達の狙いは俺だったようだ。確かに、いびられて恨みしかない()()()にやり返しが出来るとなったら、普段群れない悪魔達も喜んで徒党を組むだろう。今は、アオのお陰もあり、部下にも心優しい善き上司だというのに、鬼上司に戻らなければならないとは、まったく残念なことである。


「いやぁ~なんか同胞たちにめっちゃ誘われるなぁとは思ってたんスけど、ここまで大きくするとは…いやぁ~ねぇ~・・・うん、寝返っていいっすか?」


「ダメに決まってるしょう!!」


「褒めてよ、アオ姉さん!今のは、なかなか悪魔の風上にも置けちゃう発言だったでしょ!?」


「なによ、根に持ってたのね!?」


「オレ、怠慢を知らぬ仕事しっかりやっちゃう系悪魔ですので!記憶力も良いので!」


 戦闘前にハチ助が瀕死になりそうなので、愉快な天使と悪魔の喧嘩も止めておく。一つ息を吐いて、アオの細い身体を折らないように引き寄せて抱きしめる。『え?あ、ぅ!?』とアオは、顔を赤くして言葉を詰まらせながらも、腕を背に回してくれた。・・・あの時は、この腕に抱こうと、手を伸ばして身を寄せるも擦り抜けてしまった。絶望する間もなく腕の中で散っていった命。何年も何百年も願い、想い、求め続けていた熱を懐に感じられて、胸が締め付けられた。そこで漏れ出そうになった言葉を呑み込む。―――ここで言ってはただの卑怯者だ。


「……アオ、天界に避難していろ。流石に敵が多すぎる。」


「…っ…やだ。貴方は、私の、守護対象なの!」


 アオは、たまにではあるが、天使として入力(インプット)された抑制を超えて、個の意思を尊重する発言が出来るようになった。彼女が我が儘だと認識している、我を出せるようになったのである。それが、どうにも嬉しく感じる。さらさらと流れる彼女のブロンドを、出来る限りの優しい力で撫でる。今の髪色も尊く愛おしいが、かつての、濡羽色(ぬればいろ)の美しい彼女の髪にも触れてみたかったものである。

顔が緩む。片手を彼女の頬を包むようにして、顔を持ち上げる。耳に己の唇を寄せて、言葉に魔力を乗せて促す。効いてくれと願いながら、悪魔であった時にそうしたように、


「…何も考えるな。 ――そのまま…」 


「「させるかぁーー!!!」」


 アオに頬を叩かれ、下級悪魔のハチ助に背を蹴られる。


「何か既視感(デジャブ)を感じたんですけども!嫌な予感というか、理解力のある天使(わたし)なもので、貴方のせいでまさかまさかな信じ難い察しをしてしまったのですが、責任追及は何処にすればよろしいかしら??」


「接吻でしょうが!いま、するなら接吻でしょうが!!何してるんスか、アンタばかぁ?今ここでしないとか嘘だろ!?ワクワクして待ってたのに焦らすとかマジ悪魔!マジないわ~萎える~!」


 思い思いに叫ばれる。前からは胸を叩かれ、後ろからは脚部を蹴られる。腹が立つので、後ろは足を払って転ばして黙らせておく。


「……おねがい。一緒に戦わせて。人間同士の諍いに混じることは御法度だけれど、悪魔もその力を使うなら私だって介入しても良い筈でしょう?」


 神造兵器は、本来人間の直接の生死に関わるような使い方は出来ない。だが、俺は、精神体にも神造兵器にも触れることが出来る。それ故、攻撃されれば負傷するし、最悪死にもする。しかし、それは天使も同じである。


「……危なくなったら、逃げてくれるだろうか。」


 彼女の願いを、己が壊すことは決して出来ないのだ。きっと、アオ自身もそれを理解して、俺に言うのだ。『お願い』と。甘えても許されると考えてくれたのならば、喜ばしい事ではあるが、こんな時ばかりに使われては困りものである。


「貴方が退却するその時には!残念ねー。私は、仕事だからあなたの傍を長く離れられないのよ。」


 言ってやったといった風に、口角を上げて嬉しそうに笑ったので、堪らず、強めに懐に仕舞い込んだ。ふがふが藻掻く彼女の小さな頭部に軽く唇を落とし、覚悟を決めた。








*+*+*+・・・+*+*+*







 やがて、この戦は人間界ではレイダンの戦いと呼ばれ、たったひとりの騎士が籠城しながらも、千人余りの敵兵を打ち破り、国を守り抜いたという英雄誕生の戦として後世に伝えられた。

 ―――国の英雄・一騎当千のソラジュ・ダーマイリン国防魔導騎士団副団長 この歴史的防衛戦により、彼は国内だけでなく、国外にも広く知れ渡り、"ソラジュある限り、国の滅びは訪れない”というソラジュに与えられた国王の言葉は、敵対する国々への牽制と抑止として功を奏した。


 また、人間兵に紛れ愉悦を堪能しようと戦に参戦した悪魔達は、すべて魂となって魔界へと送り返された。参戦した悪魔曰く『地獄があった』『地獄より地獄だった』『三千の悪魔が閃光を捉えた瞬間に散った』『人間でもなく、悪魔でもなく、そこには、魔王がいた。』などという感想を残したが、凄惨(せいさん)な殺戮に語彙力も殺されたという。


 魔王と死神天使とキューピッド悪魔。彼らは魔界でも天界でもデータには無い行動を起こした、希少な悪魔と天使として記録に残された。



「えーーーやだ、何、キューピッド悪魔って。キューピッドなの?悪魔なの?どっちなの?あーーーーくまだよ!!!オレちゃん、解せぬ。」


「いつまで言ってんだよ。」


 精神体と、人間の時の流れ方や感じ方は大きく違う。彼らにとっては、つい最近のことでも人間からしてみれば20年も前のことである。ベッドに横たわるソラジュの傍で、アオは楽しそうに笑っている。不治の病に侵されたソラジュだが、『戦いで死ななくていいなら、負け惜しみも言わずに済んで良い』と自身の死を認めて受け入れている。

 ソラジュは国のために働き、貢献し、伴侶も持たぬうちに病を患った。『優秀な子が残されぬ』と、国王を継いだかつての王太子は嘆いたが、この世界に生まれ落ちる前より、ひとりの女性にしか興味のないソラジュからしてみれば、関係のない戯言である。しかし、泣きつかれてしまったため、提示された妥協案として後継の養子をとった。


「……ソラ、お疲れさまでした。」


「あぁ。お前が傍に居てくれたおかげで、最高の人生だったよ。」


 動かすことがいくらか上手くなった表情筋を使って、笑みを作る。皺の乗った手で、シーツに垂れるアオの髪を梳いた。きらきらと光を反射する様が美しい。


「 なぁ、アオ…… アオは―――、」


 聞かなければ、後悔するだけなのに、返答が恐ろしくて言葉の先を続けられない。永遠と見てられると思っていた、彼女の宝石の瞳を見ることが出来ない。臆病風に吹かれていると、皺のない手が重ねられた。





「…本音で話すとね、私、人間のことは分からないの。…けど、貴方が沢山のことを教えてくれたから、もう、嫌悪感は抱いてないわよ。」


「――…そ、う…そうか。それなら良い。嫌いでないなら…っ…。」


 希望を持たせてくれる言葉であった。俺は、これからも彼女と共にありたい。それを、彼女に強制することは出来ないが、少しでも人間への転生につながればと ・・・―――


「 ――…人間に興味は無いけれど、 私、貴方のことは大好きなの。」


 言われて、情けなくも涙が溢れた。うまく力の入らなくなってきた手を持ち上げたら、アオが身を寄せてくれた。死にたくない。今、彼女と離れることが恐い。けれど、死んだ後の幸福が見えた。


「――っ…俺も、俺もなんだ、君が大好きだっ!!!愛していた、ずっと、ずっとだ!!!」


 ぼろぼろ零れおちる涙で、彼女の肩が濡れてしまう。しかし、アオは気にせず、俺の背を宥めるように撫でてくれる。


「どんな人間になるかは分からないし、記憶はお互い無くなるだろうけれど、この想いは忘れません。生まれ変わったら、貴方を探して見つけます。なので…また、傍に居てくれますか?」


 とまらない咳で返事をすること叶わないが、必死で首を縦に振る。情けない愛情表現しかできない。この人生に悔いは無いが、叶うことなら、今だけ抗って病を克服したい。彼女を抱きしめて、思いの丈や内にある愛すべてを彼女に届けたい。


「ずっと、ずっと、守ってくれてありがとう。 ソラ 愛してるわ――」



『 次に生まれ変わったら、また、"貴方の愛する人”になりたい。 』




 この世でも、魔界でも、どの世界の中でも、最上に心地の良い音色を聞いて、意識は途絶えた







*+*+*+・・・+*+*+*

*+*+*+・・・+*+*+*




 『もっと寛容的になりなよ。折角、母さんがいろいろ教えてくれて、君が出来なくても愛を込めて叱ってくれるのに。君も、もう少し迷惑な我が儘を控えたらどうかな。』


 悪魔は、囁いた。


「うるせぇ!好いた女も碌に守ろうとしねぇ男が何言ってやがる。お前ただのマザコンじゃねぇか、お家の事情どうのより先に妻を理解しようとしろ!アオがいつ我が儘言ったんだよ、言ってみろ!!アオの相談を我が儘ってんなら、許さねぇぞ!!――チッ、殴れねぇ。アオ、殴れ!こいつを殴ってしまえ!」


 天使は、囁く。


「あたしっち、無理だわぁ。こんな男選ぶなって言ったじゃんかよぉー、こら、アオっ子~!!悪魔&天使(あぶないやつら)に惑わされないのはすんごいことだけどなぁ~!!でもちょっとばかしは耳をかしてくれ~い!!ほら、両足ジャンプからのドロップキックじゃ~い!!!」



 天塚蒼子には、悪魔の囁きも、天使の囁きも効果は無かった。蒼子は自分の意志ただ一つで、人の道を歩んでいた。なのだから、精神への負荷も彼らに押し付けられない分、割増しになる。


 曲がったことが嫌いで、自分の中の正義を貫く。必要な嘘はつくけれども、他者が安心してくれるならば自身の心ぐらい傷ついてやる。我が儘だから、遠慮して援助を頼めない人がいたら、手を差し伸べる。そんな性格。




『その上から目線が腹立つの!幼馴染とか親友とか言われる度に虫唾が走ってた!』


 悪魔は、囁いた。


「おっま!?正体現しやがったな!!あんたは何目線で人の信頼裏切ってんだ!?嫌なことがあったなら、先に言え!!必要な時ばっかり援助求めやがって…おいおい、待てよ?仲良さそうに遊んでんなぁと思っていたけど、友達してあげてんですよこっちはみたいな顔の上に笑顔張り付けてたってことだよな!?なんだそれ!悪魔より恐ぇよ。言い返せーー!お前だって傷ついても我慢してたこといっぱいあったじゃねぇかよ、アオ!言ってやれ――!!我慢するなーーー!!!」


 天使は、囁く。


「よくもあたしっちのアオっ子の思い出に入り浸ってくれたなぁ!?!?今この瞬間からお前さんとの記憶は、モザイク仕様じゃい!!楽しい笑顔でいた記憶も無くしてくれやがって~!!お前さんの子供達が小さい頃、少しでもお前さんが休めるようにつって、快く子守してたやってたアオっ子見てたじゃろうがい!!アオっ子不妊で苦しんでるのに、また預かって♪って平気で言いやがって、アオっ子は保育士じゃねぇぞぉぉぉおぁぁ、おらヤッてやる、元友人の悪魔を此処で伐採してくれらぁぁぁ!!!我が手甲鉤出でようぃぁ戦争じゃおらぁぁぁ!!!」



 悪魔も、天使も、囁くどころか発破をかけるが、天塚蒼子にやはりその声が届かない。


 蒼子は、人間に恐怖を抱くようになった。そして、自身は思っている以上に酷い人間なのではと、思いこむようになった。蒼子は、自分も嫌いになった。周りの人間も、傍若無人な酷い人間だと認識しているかもしれないと、怯えた。人間という個体に恐れを抱き、蒼子は人間そのモノも嫌いになった。





『 ――― 何も考えるな。そのままでいいんだ。』


悪魔が囁くけれども、やはりその声に効果は無い。蒼子は膝を抱えてひとり咽び泣いた。


 ―――それでも、朝が来れば、彼女はひとりで立ち上がった。悪意をぶつけられても、決してそれをやり返すことはしなかった。人を痛めつけることもなかった。元夫にも、元友人にも、泣きながら他者に失望しながらも、誰も恨まず、例え上辺だけであったとしても、笑顔を張り付けて、困っている人がいれば笑顔で手を差し伸べて愛を与えるその儚い姿に、悪魔は焦がれたのだ。その姿が美しく尊いと、思ったのである。


 彼女は、よく、青い空に手をかざしていた。

「死にたい。」

彼女が唯一求めているモノ。

そんな呟きを聞いても、悪魔は生の解放を促す囁きは出来なかった。

 叶うのならば、傷つけられ、ひとり悲しむ彼女を抱きしめたい。

傍に居て、たくさん甘えさせたい。彼女の言う我が儘と言う名の願いも、己が聞き届けて、叶えてやりたい。思うだけで、慰めの声も届かなければ、触れられもしない。人間に対する己の無力さに、腹が立った。



 朝が来た。気怠そうに身体を起こしながら、ベッド近くの引き違い窓を見る。天塚蒼子は求めるように、今日も窓から見える青の空に手を伸ばす。その蒼子の手を包むように、悪魔は窓を背に手を翳した。感触などない。求められているのが、己ではないことも理解している。


「切ないじゃないかーーそんなん!…アックマンも報われねぇなぁーおい!」


「……天使なら黙って空気読め。」


 天使は空気を読んで、静かに蒼子のもう片方の手に自身の手を翳した。





 変わらぬ日常。否、変えぬように、ひとり生き抜く蒼子は強い。何時も通り、通勤の電車を待っていた出勤時であった。

 混雑して、余裕のない僅かな列の隙間を、強引に走り抜けた学生の大きな鞄が、蒼子の背をはじいた。



「 アオっ子 ―――――!!! 」


「 ――危ない、アオ―――!!!! 」


 天使は弾かれたように周囲の人間に飛びついて、助けてくれと喚くように聖なる力を最大で使用した。

 悪魔は蒼子が落ちたのと同時に、自身も線路上に飛び降りた。だが、蒼子を抱え上げようとするが触れられるはずもない。



 迫りくる急行列車に、悪魔は絶望しながら目を瞑って、蒼子の身体を包むようにして抱いた。


 刹那、悪魔の耳元で、彼女が震える声で呟いた。


『 次に生まれ変わるなら、人間以外がいいな 』


「 ――……アオは、誰もが思い描く、理想の天使になるだろうよ 」


 蒼の身から、朱が、華のように弾けた






*+*+*+・・・+*+*+*

*+*+*+・・・+*+*+*







 濡羽色の長い髪を丁寧に梳く。大好きな母様から受け継いだ、この国では珍しいとされる髪色だ。アオ自身も気に入っている。服は、自身の瞳の色に合わせた水色の、少しばかり背伸びしたオートクチュールのドレス。最終チェック、くるりとその場で一回転してみたら、まるで花が咲くように広がって、嬉しくなった。

 アオは、此処、レイダン辺境伯領の領主の長女として生まれた。2つ下には、ハチェスという弟がいるため、後継の心配をすることは無く、安泰だ。…と、思いたい。少しばかりやんちゃがすぎるので、姉としては心配なのである。アオは先日誕生日を迎え、10歳の二桁レディとなった。大人になったアオは、今日、婚約者との初顔合わせをする。父であるレイダン辺境伯は決めるには時期尚早だと言っていたのだが、先方の希望と、なんと、女王陛下の推薦もあって断ること叶わず、急遽婚約を結ぶこととなったのである。

(因みに、先方の家格が上位にあり、そちらの屋敷に出向きますと気遣って申し出たのだが、レイダン伯爵領を観光したいという返事だったので、此方が迎える事となった。)


 娘を愛してくれている父は嘆いてくれているが、私は、以前絵本で見た『運命の王子さま』とやらに憧れたもので、今回訪れる婚約者が自分にとっての『運命のひと』なのだとわくわくしている。



「アオねぇさま、かわいー!これはコンヤクシャさん、しんぞうばっきゅんヤられるね!」


「ハチ、ありがとう!でも、それは婚約者さんが暗殺されるってこと?」


 ふたり揃って首を傾げていると、お客様がついにやって来たとメイドが慌ただしくしている。レイダン辺境伯領は、気候も過ごしやすく暮らしも安定した良い所なのだが、なにぶん王都からは離れた国境の田舎である。国防の要を担っているからして、大切な土地であるのだが、高貴な方の訪問はそれほど多くない。その為、慣れない格上のお客様に、ここ一週間は緊張が走っている。ハチは、『よゆうがないなぁー』と舌っ足らずで無邪気に笑っている。


「アオお嬢様、旦那様がお呼びです。」


「はい!」


 行って来るねーと、ハチに手を振る。


「一応、また傍で待機しておくね。」


 ハチが、何かを呟いたけれど、距離があって聞き取れなかった。手を振り返してくれているし、問題は無いようなので、後で聞くこととする。





 青空が見える大きな窓のある賓客室。陽光に満ちた部屋の奥には、お客様が大きなベルベットのソファに座っていた。


「おいで、アオ。」


 お父様に呼ばれて、練習したカーテシーでお辞儀をする。自己紹介をしようと、口を開けようとしたところで、向かいに居た男の子が、突然片膝をついて頭を垂れた。驚いて、口を開けたままその子の顔を無作法にも見詰めてしまう。ネービーブルーの髪を後ろに撫で上げ、金色の瞳がきらきらと輝かせた、美しい少年。

 デイダルク公爵の御長男ソラジュ・ダーマイリン卿。御年12歳。200年前のこの国の英雄、ソラジュ・ダーマイリン国防魔導騎士団副団長の御養子の子孫であらせられ、直接の血の繋がりは無い筈なのに特徴が似ているとかなんとかで、そのまま名前を受け継いだそうだ。

 そんな家格が上の御令息に跪かれてしまうと、どうしたものかと目が彷徨ってしまう。父も内心では、大雨に台風で大惨事な心境だろう。手が震えていらっしゃる。


「 ―――レディ・アオ、貴女を愛している。俺と結婚してください。」


 父から、『ヒッ』という不可思議な音が漏れた。娘への初対面でのひと言目がこのようなプロポーズであれば、そんな音が漏れ出てしまうのも仕方が無いかもしれない。

 ソラジュは、唖然とする私たちの前で懐から何かを取り出した。その箱を開いて、笑みを浮かべながら私に見せた。きらりと美しく光を反射させる、アクアマリンを飾った指輪である。

 彼の父であるデイダルク公爵が、『お前いつの間にそんなものを!?今日は顔合わせのみなのだからそこまでする必要は――』などと顔を痙攣させながら言った。

 ソラジュは熱の籠った瞳で、私を見詰めて返事を待ってくれている。どうやら、私の運命のひとは気が早い





 ―――と、いう訳ではない。何年も、何十年も私を愛し、私の決断を待ってくれていた。




「 はい、ソラ。私も貴方を愛しています。 ――生まれるより前から、ずっと。 」



 やっと、人としての確かな感情を彼に送れた。彼を慈しみ、積み上げられた愛情は、人としての価値観を得たことによって、堰き止められていた感情をとめどなく溢れ出す。精一杯の笑顔を浮かべて、指輪を掲げる彼の手を握る。


「 ――あ、お…アオ…!!」


 前世の彼の晩年には、感情がよく表情に乗るようになっていたが、それは引き継いでいてくれたようで、泣き虫になってしまった彼の腕に喜んで抱かれる。


 『ありがとう…アオ、ありがとう。大好きだ。』と、ソラは感謝を口にするが、此方の台詞である。だが、今口にすれば嗚咽が漏れて、しっかりと告げられないのも悔しいので黙っておく。代わりに、想いが伝わるようにと、力を込めて抱き締め返す。

 彼は以前よりも力強さが無く、私よりは大きいが、かつてと比べるとだいぶ小さい背丈。それでも、私の想いを大切にしてくれていた、大好きなあの人なのだと、魂が彼を求めている。私が迎えに行く前に、彼は私を見つけて迎えに来てくれた。


「 今度こそ俺が、お前を何からも守って幸せにする。だから、一生傍に居て俺を幸せにしてください。」


 いつかのように、頬を包まれて上を向かされる。ソラジュは、私の瞳を覗きながら話すのが好きなようだが、今は顔が涙でぐちゃぐちゃである。大好きな人に見せれた顔ではないが、私の愛を、貴方に届けたい。


「 それは、私からのお願いです。ずっと、傍に居させて、ソラ。 」


 彼の返事は、唇に触れたことで音を成さなかった。柔らかい接触。その行為を理解して、顔に熱がこもる。と、ソラジュの腰から鈍い音が聞こえた。


「あーーまにあわなかったーーコンパスみじかいんだもの。でも、うん。ないす、せんぱい!」

 

 ハチがソラジュの腰にタックルを食らわしたようだが、かつてしていたような制裁をするというじゃれ合いはなく、互いにサムズアップをしている。思わず、噴き出して笑ってしまった。


 我に返った父親たちに酷く叱られてしまったが、私たちに反省の色は無い。それどころか、ソラジュに至っては、無の表情でそれを受け入れていたのでそれがソラジュらしくて、やはり笑みが零れた。そんな私を見て、ソラジュも表情を和らげる。


 嬉しくて、幸せで、


 指輪を見て、これからのあなたとの幸福を願う。


 これから先も、そして、きっと、また生まれ変わっても、ずっと貴方を





【アクアマリン 宝石言葉:幸福に満ちる 別名:天使の石】


ご覧くださりありがとうございました。


以下、ちょっとした設定です。↓↓


・天使と悪魔:魂で形造った精神体。神様に授けられた神造兵器を使って敵精神体を撃退する。天使はいろいろ機能を弄られる。どちらも瞳が記憶媒体となっている。


・天塚蒼子:アオ。生前は天使と悪魔の囁きが効かない耐魔法MAX。しかし、そのせいで助言も届かず不運。


・ソラジュ・ダーマイリン:魔界の王の子。何度生まれ変わっても記憶を所持。悪魔の瞳は黄系で金色に近いほど魔力や記憶を蓄えられる。最後のアオの転生にいろいろ手回しして天使の頃の記憶を持ち越させた。(初期の天塚蒼子の記憶は切り捨てた)


・あたしっち:天塚蒼子の担当をした天使。アオが天使になった時に色々教えてくれた先輩。後の女王陛下。『あたしっちの国やで(ドヤァ)。』


・ハチ:ハチェス。初めは当て馬役にする予定が、ビビりな為ソラジュに相対することも不可能とみなし、却下。せめて恋のキューピッド役にしようかと思ったけれど、結局ソラジュが勝手に動いて空気にしかなれなかった残念な子。魔界ではソラジュの子分と思われ、何故か記憶を引き継いだまま転生した。


御感想や評価などいただけますと嬉しいです。最後までご覧下さり、誠にありがとうございました。

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