日常
入学式から数日経った日の休み時間、友人の須賀田章がなめくじについて熱く語るので、俺は廊下へと逃げたのだが、もう春だというのに風が冷たく、教室を出たことに若干後悔していた。
「寒いな⋯」
「春に寒いって⋯先輩、風邪?」
「俺は寒がりなんだよ。つか、当然のように二年の廊下にいるのはやめようか、刀夜くんとその他諸々」
「ユリとカノンをその他諸々扱いするとは…舐めてんの?それとも舐められたいの?」
「何言ってんだよ…」
いつの間にか、俺の隣にいた幼馴染組三人に驚きながらも、寒さのせいで淡々と突っ込む。刀夜はそんな俺の反応が気に入らないのだろう眉間に皺を寄せる。つか、肌寒さのせいで刀夜は頭が可笑しくなっているのだろうか。ユリの前でも変なことを普通に言いやがった。そんなやり取りをしていると、いつの間にかさり気なく俺に抱き着き、暖をとる由希が「あ!そういえば寒い時のアイスって美味しいよね」と言い出した。
由希の信じられない発言に俺、刀夜、カノンは驚き目を見開く。
「は⋯?」
「え、由希先輩何言ってんの?」
「⋯それは反対」
「えー⋯あ、ユリはどう?寒い時のアイス」
俺達の反応を見て、不服そうな由希は何も反応していないユリに尋ねた。
「私は好きですよ」
「だよね。食べた後の寒さが個人的に好きだな~」
「あ、それ分かります」
由希は俺からすっと離れると、ユリの隣へ移動し、二人は楽しそうに話し出した。なんとなく、ユリの頭にあるアホ毛が楽しそうに揺れているように見えるのは気のせいか⋯?
「え、ちょ、え?何話してんのあいつら」
「知らないよ⋯ちょっと悠一先輩、ユリにブレーキ掛けるから、ユリから由希先輩離れさせてよ」
「お前、由希のこと本当に苦手なんだな⋯」
ユリと由希が楽しそうに話しているのを見た刀夜は、見て分かるくらい不機嫌な表情になっていた。
刀夜は中学の頃から由希が苦手なようで、自分の幼馴染のユリやカノンと親しくしていると、ヤキモチを妬いてしまう。こうなると後々面倒なんだよな⋯行くかと決意した瞬間、カノンが二人の方へと歩き出した。
「でさ、やっぱりハーゲンダッツも美味しいんだけどさ、色々な味に挑戦するガリガリ君は予想の斜め上をいくよね!」
「分かります!前に出た卵焼き味は賛否両論ですが、私は美味しいと思いました!」
「あ、俺も食べたよ、案外美味しかったよね。プリンっぽい味がして好きだったなぁ」
「⋯ねぇ。ユリ、由希先輩」
「ん?」
「はい?」
二人がアイスの味の話で盛り上がっていると、カノンは二人の会話の中へ混じっていく。
「よっしゃあ‼ナイス、カノン!」
「おい刀夜くん動け」
カノンが二人の会話を止めてくれると思ったのか、刀夜は嬉しそうにガッツポーズをするのだが、その後カノンが「⋯お勧めのアイス、教えて」と二人に言った瞬間、刀夜は拳を下ろし歯を食いしばっていた。
「⋯⋯チィッ⋯」
「刀夜くん、顔が怖いよ顔が」
「私はスーパーカップのチョコがお勧めです」
「俺はハーゲンダッツのイチゴがお勧め」
「⋯スーパーカップのチョコ、ハーゲンダッツのイチゴ…今日、帰りに買ってみる」
「あ、じゃあ三人で行こうよ。アイス買いに」
「いいですね、行きましょう」
「⋯うん!」
三人が俺達を放って約束を交わしていると、刀夜は顔を俯かせて、あからさまに落ち込み出した。
「カノンが俺とユリ以外の前であんな清々しい顔してるの⋯初めて見たよ」
「奇遇だな、俺も由希があんな嬉しそうな顔を俺以外に向けるとこ初めて見た」
「悠一先輩⋯今日水曜だっけ?」
「いや今日は火曜だ」
「そっか⋯」
「帰り⋯ミスドでも寄るか」
「うん⋯」
落ち込んでいる刀夜は、しおらしくていつもより可愛いと思ったが殴られそうなので黙っておこう。
―END――