もう一つの始まり
あの晴れた春の日のことだ。 俺、立崎悠一が高校一年生から二年生へと進級し、退屈だった日々からあの忙しくも懐かしくて、愛しい日々へと一変したのは。
俺の右腕に引っ付き、俺への愛を語る双子の弟の由希やその隣でなめくじの交尾について熱く語る友人の須賀田、そして、そんな須賀田をからかう迢河や秋月を一瞥した後、丁度通りかかった中庭に生えている桜の木を見上げる。
ひらひらと桜が落ちていく中で俺達は、この重ヶ峰高校に新しく入ってくる新入生達を迎え入れる為、止めていた足を体育館へと向ける。
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気怠い式が進んでいく中、生徒会の女子生徒が俺たち生徒の前に出るとマイクに向かって口を開く。
「それでは、新入生代表の”二人”は前に出てきてください」
新入生代表は一人でするものではないだろうか、と考えていると他の生徒たちも俺と同じ事を思ったのか、静まっていた体育館内がざわつきだした。そんな中、その新入生二人は元気良く「はい」と返事せず、二人とも無言で立ち上がる。一人は女子生徒で、誰かを探すように俺たち在校生の列を見ながら、もう一人の男子生徒は前を歩く生徒の姿を面白そうに眺めながらマイクの前へと移動していた。
面白そうに見ている男子生徒は綺麗な紫色の瞳をしているのに、それを台無しにするくらい目付きが悪く、上級生から目を付けられそうなレベルの金髪をしていて、もう一人の女子生徒は藍色の髪で、腰までと長く、顔は⋯可愛い方でって⋯ん、あれ⋯?女の方、何処かで見たことあるぞ。中学の時にいた登山家の例えが好きな親友に凄く似ているのだが⋯。あれか、他人の空似ってやつだな。ほら、世界には自分と似た顔をしてる奴が何人かいるみてぇだし。まぁ吉良崎ユリって名前じゃねぇだろうし。え?何かあいつこっち見てない?やべぇ、めっちゃ可愛い笑顔で下腹の辺りで俺の方に手振ってないか?気のせいか俺の後ろにいる弟の由希も俺の頭上で少し風がくるくらい手振ってる気がするんだが⋯気のせい、きっと気のせいだ。
と、そんなことを一人で悶々と考えていると、二人と由希の反応に困っているのだろう、見比べながら生徒会の女子生徒が二人の自己紹介を始め出す。
「えっと、吉良崎ユリさんと日ノ浦文人さんで…」
「悪夢かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
友人、須賀田曰く俺の叫びは体育館に響き渡った、らしい。
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本日の授業が終わり、とてつもなく嫌な予感を感じたため、誰にも構わず家に帰ろうと思い全速力で教室を出てみると、廊下にドス黒いオーラを放ち、赤い瞳で睨む奴がいるではないか。ははっ、怖い奴だな。よし何も見なかった、さぁ帰ろうと見なかったことにして階段を降りようとするのだが、がしっと右手を掴まれた。
「ねぇ、ちょっと待ってよ。可愛い後輩が迎えに来てあげてるのにシカトはないでしょ?まさか、この十六夜刀夜を忘れた訳ないよね?中学時代、あーんなに一緒に遊んだのに」
「いや、ほとんど“俺で”遊んでただけな気が…」
「え?」
「冗談です、はい。遊ばせて頂きました。ありがとうございます。そして、覚えています」
そう言うと満足したのか、睨むように見るのをやめて口元を緩ませる。掴んでいた俺の手を離すと両手で腕を組む。この俺様でドSな十六夜刀夜は中学時代の後輩で、俺によく突っかかってきてはウザ絡みをしてくる。一言でいうとチワワみたいな奴だ。
「あ、悠一先輩。今日何か用事ある?あったとしても、勿論俺たちを優先してくれるよね?」
このジャイアンのような自分勝手で、しかも優先順位が上だと思える程の自信家な所が懐かしく、思わず笑ってしまう。
「ん?俺、なんか変なこと言った?」
「いや、相変わらず刀夜は刀夜だなって思っただけだ。つか、俺たちってことは⋯」
「悠一先輩の大好きなユリとカノンがいるよ。ところで悠一先輩、由希先輩は?」
そう言われ、教室の方を振り返るが我が弟の姿がなかった。
「まぁ、あいつのことだから先に行ってるだろ」
「だね、んじゃ行こ」
そう言うと刀夜は今度は優しく俺の手を取り、機嫌がいいのか鼻歌まじりにあいつらが待っているであろう場所へと歩き出す。
ついた先は下駄箱だった。そこでは、我が弟、由希が茶髪の男子生徒や新入生代表の女子生徒と楽し気に話していた。俺と刀夜が話し込んでいる間に先に来ていたようで、久しぶりに会えて嬉しいのだろう俺達に気付かず、話し続ける。
「カノン、あの叫び方の点数はどう?100点?」
「⋯45点」
「相変わらず辛口だねぇ」
「⋯そういう由希先輩は?」
「俺の愛する悠一の声だよ。100点だね。ドヤ顔で言ってもいいよ」
「⋯別にそこまで、良い叫びじゃなかった。ユリの邪魔、したし」
「あぁ、それは許してあげてよ。悠一に悪気ないし、寧ろいると思ってなくて驚いて叫んだんだろうし。ユリも気にしてないんでしょ?」
「はい。私は気にしてませんよ」
「ほらね、カノン」
「⋯でも、ユリ⋯⋯」
「大丈夫。本当に気にしてないよ」
納得のいかない表情を浮かべる茶髪の男子生徒、要カノンに優しく笑顔を向け、自分より背の高い要カノンの頭を撫でる女子生徒、吉良崎ユリ、そして、その二人を見守る由希たちの中に刀夜は俺を指さしながら入っていく。
「そうそう、悪いのは全てこのホモ野郎のせいなんだから。ユリもカノンも気にしなくていいって」
俺と刀夜に気付いたカノンは一瞬だけ嬉しそうな表情を浮かべるが、すぐに茶色の瞳は死んだ魚のような目になり、中学の頃と同じ無表情へと変わる。カノンは刀夜と似ており、口数が少ない割に毒舌で、いつもユリと刀夜か由希としか話さないので、ほんの少し俺は苦手である。
そして、吉良崎ユリは刀夜やカノンと同じく中学の頃からの後輩だ。カノンや刀夜と幼馴染らしく先刻も言ったが登山家の例えが得意で、いつも同じ面子ばかりとつるむ刀夜やカノンと違い、愛想がよく社交的で、そのお陰か顔が広く色々なところに知り合いがいる。愛想がいいのだが、こいつも腹黒な部分もあり注意が必要な奴だ。
四人は俺を放って楽しそうに話し出すのだが、話の流れ的に俺をいじる方向へなりそうなので、話を変える。
「⋯んで、何の用だよ」
「取り敢えずユリに謝れよ。邪魔してごめんなさい、あなた様の白くて綺麗な足を俺の汚らわしい舌でぺろぺろと舐めるので許してくだ⋯」
「⋯刀夜ストップ」
「あぁ、そうだユリの前だった、ありがとねカノン。まぁそういう訳だから謝れよ先輩♡」
「色々と解せねぇ⋯けど、挨拶を邪魔して悪かったなユリ。反省してる」
言い方は気になるが、邪魔をしたのは確かなので、俺は謝るべきだろう。刀夜から緑色の瞳を俺に向け、きょとんとしているユリへと頭を下げると、ユリは首を傾げる。
「えっと、私はそこまで気にしてませんよ。二人が勝手に気にしているだけです」
顔を上げた俺が間抜けな表情でもしていたのだろうか、ユリはそう言うと、口元を手で抑えて、笑った。
「そ⋯うか。なら、良かっ⋯あの刀夜くん?何で睨んでんの?」
ユリの笑っている姿を見て、また中学の頃のように笑顔を見れたことに安心していると、またもや俺を睨む刀夜に気付く。
「別に、ユリが直ぐに許したことに怒ってる訳じゃないよ。もっと重い刑を与えればいいのにとか思ってないよホモ」
「完全に怒ってるし、思ってるじゃねぇか。後な、ホモホモ言うな。俺はホモじゃねぇから」
「え~?由希先輩に抱き着かれて嬉しそうな顔をしてる人がそんなこと言っても信じられないんですけどぉ~?」
刀夜は俺と由希の様子を見ながら、やや高めの声を出し、煽るように言い放つ。分かっていたことだが由希は勢いよく俺の右腕に抱き着き、青色の目を細め、見つめてくる。
「悠一!!キュンッ」
「キュンッじゃねぇよ、本気にすんな!!嘘に決まってんだろ!!んで、何の用なの?」
「あぁ、入学祝いにマック行こうよマック。勿論先輩の奢りで♡」
「解せぬ」
学校を出て、電車に乗り、駅近くにあるマックへとつく。刀夜はカノンと二人でスマホをのぞき込み、クーポンを確認しながら俺たちに話しかける。
「さて、何頼む?俺はダブルチーズバーガーね」
「⋯チーズバーガー」
「ユリと由希先輩は?」
刀夜が後ろに並んでいたユリと由希に声をかけると、ユリは申し訳なさそうに断ろうとするが、ユリの頭に手を置く。
「あの、私はやっぱり⋯」
「ユリ、いい。ここまできたらもう吹っ切れたし⋯お前らの入学祝いだ、な?」
「は、はい⋯じゃあ甘えてハンバーガーを⋯」
「あ、俺もハンバーガー」
「ハンバーガーセット二つとチーズバーガーセット一つとダブルチーズバーガーセットを二つください⋯」
それぞれのメニューを頼んでいると、刀夜とカノンは席を探しに行くと言い、歩き出すが途中で立ち止まり、俺を横目で見ながら話す。
「悠一先輩、暗いね?」
「⋯やりすぎた?」
「大丈夫でしょ、単細胞だから直ぐに忘れるって」
「後、こんな俺にスマイルもください」
「⋯刀夜、やっぱり」
「あの冗談が言えるなら大丈夫、さぁ席取りに行こ」
あからさまに落ち込んでいる俺を放って刀夜、カノン、由希は席を取りに行く。ユリが一緒に残ってくれたので病むことなく、無事に席に辿り着けた。席へつくと、ユリが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「あ、あの、悠一先輩。ありがとうございます。い、頂きます⋯」
「おう⋯」
ユリに続いて由希、刀夜、カノンも声をかけてくる。
「悠一!俺と一緒にポッキーゲームならぬポテトゲームしよ!!!!因みに負けたら今日お風呂一緒に入ろうね‼‼」
「全力で断る」
「あ、悠一先輩。水曜サンデー買ってくれない?後、頂きます」
「時間があったら買ってやるが、お前はこの中で誰よりも味わって食え」
「⋯頂きます」
「おう」
食べながらも絡んでくる刀夜、楽しそうに話す由希とカノン、申し訳なさそうにしていたがハンバーガーを美味しそうに頬張るユリを見ていると、今日からまたこの地獄が続くのかと思うと、溜め息が出る。
けれど、ほかの誰でもない、この五人でまたこうして会えて何気ない日常会話を話すことができるという、そんなことが嬉しいと思える辺り、俺は相当の物好きなんだなと思う。