8話 能力特訓
明日、つまり、次の日。
もはや日課となった母との勉強を終えてから、俺は昼飯すら腹に入れずダッシュでチャンセバの部屋に向かった。
俺は子供のようにはしゃいでいた。
ま、子供ではあるんだけど。
やっと理術を知れる。
ルイナのような。
あの人を超えた術が俺にも使えるかもしれない、そんな期待感があった。
このようにこの身体になってからは
内面すら子供らしくはしゃぐことも多かった。
きっと精神は身体に引っ張られるとかそういうのだろう。
身体の内側から元気がとめどなく溢れ出てくるのだ。
「おいっチャンセバ!!
約束通り、理術を教えて貰いに来たぞ!」
勢いのままそう、
ノックも断りもなくチャンセバの寝室の扉を開ければ、
「ん、ああ、ゆひさま…」
チャンセバは一人でミートソースパスタを食っていた。
「あ…チャンセバがパスタ食ってる」
「もぐもぐ…。
そりゃあ私も人間です、パスタくらいは食べますよ」
…。
いけない。
人が食っている姿を見たら無性に腹が減ってきた。
「おいっチャンセバ!
俺は飯食ってくるぞ!」
「ああ、はい。いってらっしゃい」
「食い終わったら、来るからな!
そこにいろよ!
待ってろよ!」
「はいはい、分かりました分かりました」
・・・
「そうですね。
まずユキさまは理術のどこまでを知っていますか?」
チャンセバの部屋。
そこの椅子に座って俺はチャンセバの話しを聞いていた。
「どこまでを知っている?
えーっと。
元々理ってのがあって。
それは世界を作る全ての源で、
それを操って不思議なことをするのが理術なんだろ?」
「ええ、まぁそうですね。
理力は森羅万象の元となる力。
それを操るのが理術。
その解釈は間違ってはいませんが、しかしそういっても、勘違いしないでください。
我々人間が操ることができる理力はこの世を司り構成する理力からしたら、ほんの些細でちっぽけなものに過ぎないのです」
大前提。
特殊なケースを除き。
人が操れる理力というものは、その人間から作られたもののみであると、チャンセバは語った。
「理術とは大きく分けて二つに分類されます。
一つが、身体能力の向上。
見ていてくださいユキさま」
チャンセバは机の上に置かれてあった刃渡り20センチほどのナイフを持ち上げた。
「これは、私の扱う戦闘用のナイフ。
全てが、
柄までもが鉄で出来た正真正銘の鉄製のナイフです」
チャンセバそのナイフを手元で一回転させた後、
ぐにゃり。
と、いとも簡単にそのナイフの刃を曲げてしまった。
ぐにゃりぐにゃりと、
まるで水飴みたいにナイフを丸め続けるチャンセバ。
「では、これを差し上げます」
そう俺へ渡したのはもはやナイフとは言えない鉄球だった。
渡されるまま、受け取って確かめれば。
それにはなにかトリックがあったわけでも、
もちろん水飴などではなく正真正銘の鉄でできていた。
「すごい、剛力…なんだなチャンセバは」
(渡されたけどいらねぇな、これ)
しかし驚いた。
鉄のナイフを握力だけで鉄球に変えてしまえる人間が存在するなんて。
うん。
今後、もうチャンセバには逆らわないようにしよう。
次は俺の身もこう丸められる可能性がある。
「これが理術の一つなのです。
このように鉄を丸めましたが、私の筋力は人並みから少し鍛えた程度の成人男性と変わりません。
今のは、身体を巡る理力によって私自身の握力を強化したから出来たのです」
「へぇ、そんなこともできるのか、理術って」
てっきり火とか水とか悪魔とか女神とか出す魔法的なものだと思っていた。
「そんなことも。
というよりはこれが理術の基礎となります。
今回私は握力の強化を行いましたが、
朝に理力を集めれば走力を上げることができたり、目に理力を集めれば普段より遠くを鮮明に見れたりします。
このように理術とは理力を使い、
自身の身体能力を強化する術と覚えてください。
この身体強化を『体理』『体術』『体理術』
そんなふうに呼ばれたりもします。
ここではこれから体理術と呼ぶようにしましょう」
「体理術か、ああ、分かった。
で、それって俺にもできたりするのか?」
「まぁまぁ。
そう話を急がずに。
続きがあります。
次に紹介するのは固有理術。
『能力』とも言われます。
おそらくユキさまが想像している摩訶不思議な現象とは全て
この固有理術によるものでしょう」
摩訶不思議な現象…。
ああ、それがルイナがやったやつか!
あの悪魔や女神みたいなやつか!
「では、今から私の固有理術を見せます。
ユキさま。
私の手のひらをじっと見つめておいてください」
俺はさっきチャンセバから受け取った鉄球を近くの机に置いて、言われるままチャンセバの手のひらをじっと見つめる。
いくつもの傷跡に、破裂した豆の古傷。
しわくちゃのそれは誰が見ても分かるほど、歴戦の戦士の手のひらだった。
「このまま、ずっと見ていてくださいね」
「見てるって。
なんだよ、けど特に何もないじゃないか」
10秒ほど経過してもチャンセバの手のひらにこれといった変化は見られない。
「あれ?おかしいですね。
じゃあ裏とかならどうでしょうか?」
くるりと手のを回転させ、
俺に手の甲を見せるチャンセバ。
「うおっ!!びっくりしたぁ!」
そこには、
目があった。
「…えっ?目?」
チャンセバの手の甲には人の目がくっついていた。
それは瞬きもするし、
キョロキョロと辺りを見回すような仕草もする。
生きている人間の瞳だった。
「そう、これこそが私の固有理術。
【第3の目】身体に第三の瞳を作る能力です」
「瞳を作る…」
「固有理術。
これはさっき話した体理術とは大きく違い、
その人間ごとに使える能力が違います。
つまり私には第3の目以外の能力は使えないってことですね」
「え?
なんで、その、使う人によって能力が変わるんだ?」
「人の持つ『魂』がその人間の能力を決定付けるからです」
魂。
ルイナからも聞いた言葉だ。
「じゃ、じゃあ、『固有能力は1人につき1つのもの』。
ってことか?
そんな魂なんてものいくつもあるわけないもんな」
「ええ、そうです。
能力は人の魂に応じて勝手に決められるもの。
ですので誰であろうと、能力の選択はできず。
そして複数持つ事もできない。
ですから、私自身も望んでこの能力を得たわけではないのです」
ああ、なるほど、理解した。
固有理術。
すなわち、『能力』は人の魂の形によって変わる特性を持っている。だから魂を一個しか持たない人間には、
一つの能力しか持つことができない。
「そっか。
それで、チャンセバは瞳を作り出す能力になったのか。
しかし、なかなか…。
いや、なんていうか、ちょっと扱いづらそうな能力だな」
言葉を濁したけど。
きっと使えない能力だろう。
正直、自分がその能力を得たならがっかりすると思う。
せっかく魔法を使うならもっとさ。
背中から悪魔とか女神とか出す、
華のある能力がいいよなぁ、やっぱ。
「そうですね。
扱いづらいです。
けれども案外扱えれば有用なものですよ、
目を増やすだけというのも」
「へぇ、そうなのか?」
「ええ、
例えば、ここが戦場だとしましょう。
敵は目潰し、金的、奇襲、となんでも使ってきます。
そんな時に、この能力があれば避けられる攻撃もあるのです」
「例えば?」
「例えばー。
そうですね。
以前、私は砂を目にかけられた時がありました。
それは、私が敵を追い詰め、
命乞いをした敵に一瞬の隙をつかれてのことなのですが。
そんな時にこの能力は役立ちました。
私は瞬時に額に瞳を作り、そして敵を捉え、見事倒すことができたのです。
あとは…私は常日頃から後ろの首元に目を作っています。
ですので、私に背後からの奇襲は効きません。
と、このように、
結構、使い勝手は悪くないんですよ、この能力」
それに派手なことしないから省エネですしね。
とチャンセバは付け加えた。
瞳を作るだけの能力。
チャンセバの話を聞けば、悪くないようにも思える。
「まぁ、そうは言いましたが。
私も初めこの能力を知った時は落胆しました。
私の能力は、たかが目を増やすだけの能力か…。
と自身の才能の無さを恨んだこともあります。
ですが、歳を取ってくるとこれが不思議なもので自分の方から能力に歩み寄れるものです。
今では、私は私の能力を誇りに思っています」
「そっか…」
ま、用はどんな能力も使い方次第なのだろう。
人間。産まれと同じように初めに配られた手牌でなんとか頑張るしかないって事だな。
「じゃあ…。
俺のその固有能力はなんなのかな?
どうやればチャンセバみたいに能力を使えるのかな?」
「固有理術はそう簡単に使えるものではありません。
世の中には天才と呼ばれ、
教わらずとも扱える人間がいるようですが、それは一握り。
大抵の人間はまずは体理術の習得から始めます。
なので、理術の基礎。
体理術のトレーニングから始めましょうか」
あ、そうだ。
教える前に一つだけ。
チャンセバはそう言い、
またクイッとグラサンを上げる仕草を見せる。今思ったけど、チャンセバはいつでもどこでもグラサンかけてんな。
俺、チャンセバの目を見た事ないかも。
あ…いや見たか。
さっき。
第三の目だけど。
「理術とは元来、
人を殺す為に作られた大変危険なものです。
賢いユキ様ならば分かるとは思いますが、
これを力なき人間に向けて使えば簡単に命を奪えます。
これから貴方が生きていくうち、
気に入らない人間も出てくると思います。
だから当然喧嘩もすると思います。
しかし、そんな時に、
子供同士の喧嘩でこの理術は使わないで欲しいのです」
「それは、相手を殺してしまうからってこと?」
「ええ、そうです。
覚えておいてください。
理術を学ぶということは、
貴方自身が武器になるということなのです」
…了解。
使い方を間違えんなよと釘を刺してんのね。
ああ…だから、
この世界の子供は物事の良し悪しが分かり始める10歳から理術を習うのか。
なるほど。
その為の…道徳のテストか。
繋がった。
「能力を扱うにしても体理術を扱うにしても、
まずは己が身体に巡る理力を感じとれるようにならなければいけません。
理をコントロールするには理の感覚を掴む他ありません」
「どうやって感覚を掴めばいいんだ?」
チャンセバは、
部屋のクローゼットからなにかの壺を取り出した。
「これは塗り薬です。
生き物の理力を集める性質のあるガビョという虫の体液から練ったものなのですが、
これを首筋や太ももなどの血がよく巡る場所に塗り込むんです」
「これを塗るとなにかがあるのか?」
「一時的に身体が無意識に抱擁する理力量が増えます。
そのように突然理力量が増えれば、身体は驚き危険を感じ、本来持つ理力量に戻そうと調整します。
ユキさまにはその時の感覚を掴んで欲しいのです」
ん~。
よくわかんないけど。
…自転車に乗る際の補助輪みたいな感じ?
「分かった、分かった。
とにかくこれを塗って毎日過ごせばいいんだな?」
「はい。
では、まずはこれを続けていきましょう」
・・・
特別変わったことをしたわけじゃない。
ただ、日々を注意してすごしていた。
風が吹く向き、水の流れ、火のゆらめき。
日常の些細な理力のあり方に注意していただけ。
その日々は退屈じゃなかった。
普段何気なく過ごしているはずの世界が、
どこか全く別のものに見えた気がして不思議と面白さすら感じた。
けどそれは見えただけで、俺自身の変化は未だ感じられない。
そうして、半年が経った。
「ユキくん。
最近、なにか楽しいことでもあった?」
ある日の、午前。
いつものように母から勉強を教わっていると突然、
そう聞かれた。
「え?」
「お母さん、分かるよ。
ユキくん最近ふわふわしてるでしょ?」
ふわふわ…。
それは、勉強に集中できてないってことか?
そんな事は…ない。
いや…なくはないか。
母の言うとおりだろう。
俺は今こうやって母と話している最中も、理のことを考えていたのだから。
「…そのごめんなさい」
俺は焦っていた。
大事な母との時間を理術に回してしまうくらいには焦っていた。チャンセバから理術について習い、半年も経ってもまだ少しも前進がない。
もしかしたら俺には理術の才能がないのではないか。
このまま一生理を感じ取れないのではないか。
俺じゃルイナには追い付くことができないのではないか。
そんな焦燥があった。
「ううん、それについてはいいのいいの。
元々そんな大した勉強を教えてたわけじゃないし。
じゃ、今日のお勉強はここで中断にしようか。
お母さんも今日は勉強より、ユキくんの話を聞きたいかな」
「話?」
「うん。
ユキくん、お母さんになにか隠しているでしょ?」
「えっ?」
母の言葉にドキリとした。
「え?ええ?
そ、そそそそ、ソンナコトナイケド?」
「お母さんには言えない、
それは言ってないだけなのかもしれないけど。
その何かで、ユキくんは躓いてる。
…違う?」
躓いてる。
理術のことだ。
母はおそらく知っている、
俺が理術を学び、今躓いてることを知っている。
けどなぜ知っている?
これは俺とチャンセバしか知らない話のはずなのに。
「…母さん。
それ、チャンセバから聞いたの?」
チャンセバが母に俺の秘密を話したとは思いたくないけど、
チャンセバ意外から情報が漏れることはあり得ない。
「え?…チャンセバ?
ううん?え?なんでチャンセバ?」
母のそのキョトンとした顔は嘘偽りを言っていなかった。
「じゃあ、俺か…」
俺の表情仕草で母に気取られたってのか。
そうか、俺はそんなに焦っていたのか。
母に心配されるような顔をしていたのか。
「お母さんね。
ユキくんが困っているなら力になりたいんだ」
力…。
そうだ。
母はいつだって俺の力になってくれた。
文字が読みたいと言えば、時間をかけて文字を教えてくれた。なにか我儘を言えば嫌な顔せずに叶えてくれた。
だから今回だってきっと、
「かあさん…」
出かけた言葉が喉の奥で止まる。
ちょっと待てよ。
いいのだろうか。
本当に。
母に話してしまってもいいのだろうか?
「話して欲しいな、お母さんに」
母は俺の手を握った。
…。
ああもう。
いいや、どうにでもなれ。
「…母さん。
俺、チャンセバから理術を習ってるんだ」
「理術?
っ……え?ユキくんが?」
「うん。そうなんだ。
けど俺には理術の才能がないみたいで。
半年経ってもまだ理力を感じ取れていない」
「…ユキくんはその歳でもう理術を習ってるんだね」
「母さんは使えるの?理術?」
「ん?
んー、私は…使えた…かな?」
なんで過去形?
ああいや、…そうか。…身体が悪いからか。
「私は生まれつき体が弱かったからあまりちゃんとはやってないんだけどね、それでも10歳くらいの時に少し習ったかな、護身のためにね」
「その時、母さんはどうやって理を感じれたの?
俺にはそれが分かんないんだ。
だからこれ以上、前に進めない…」
同じ血を引く母がやった方法をそのまま辿れば、
俺にだって出来るかもしれない。
そう思って俺は母にアドバイスを求めた。
すると、母は瞼を閉じて語った。
「私はね。
落ちこぼれだったの。
同年代の子が当たり前にできるようなことが私にはできなくて。
理術だって、もちろん苦手だった。
家庭教師の先生から貴方ほど才能のない人間は見た事ないって匙を投げられたくらい。
その上、身体も弱くてね。
私の唯一の取り柄といったら顔が良い事くらいで、
抜群に顔面が良くて男子の視線を釘付けにしまくってたってことくらいで…」
…多分、俺のナルシストはこの人から来たんだろう。
今、強くそう思った。
「でもその長所すら妬みを買って虐められたこともあった。
今のユキくんみたいに悩んだよ。
そりゃ悩んだ。
この身体のことも、
自分の不出来さも全てその時の私にとっては悩みの種でしかなくて。
全てが嫌になった事もあった」
けどね。
「いつしか答えに気づいたんだ。
いくら考えても無駄なことはある。
時間が解決してくれることもある。
お母さんの場合はそうだったの。
だって私は今、こんなに幸せになっている」
「…幸せ」
「急がなくたっていい。
特別になんかならなくていい。
生きていればそれでいい。
ゆっくりだっていいじゃない。
どうしても上には上がいるものよ。
貴方は貴方のペースを一番大事に。
何事も夜明け前が一番くらいの。
ふとした瞬間に明るく、上手くいくこともある。
って、そんなお母さんの経験談。
…はは。
ごめんね…。
ユキくんが求めているだろう直接的なアドバイスは私にはできなくて。
でも、きっとユキならできるよ。
お母さんはいつだって君の成功を応援してる」
母はそう、いつものように優しく俺の頭を撫でた。
「………分かった母さん。自分のペースで頑張るよ、俺」
俺の能力が初めて発動したのは、
その次の日のことだった。




