6話 グレイシア家での日常
ルイナのようになりたかった。
別にそれは彼女のように王様になりたいとか、権力が欲しいとか、そういうわけじゃないんだけど。
宗教国家グランネミアの教皇
ルイナベリン・A・クロークの友人として、
いやその前に、一人の男のちっぽけなプライドとして、
将来大人になり人前に出て彼女と肩を並べ、
この前みたいなたわいもない話をできて、それでいてもルイナが人の目線に恥ずかしさを感じない、
むしろ俺を友人だと周りに誇って言えるような。
そんな人間になりたかった。
一国の皇と肩を並べるだなんて簡単なことじゃないのはもちろん分かってる。
それには今からコツコツとした努力と確かな成果が必要なことも。
だからその為にこれから自分磨きをしていこうと思うのだけど、まず最初に
「文字が読めない」
俺は一つの大きな問題に直面していた。
それは以前、ルイナと遊んだ際に気づいたことなんだけど。
俺は露店の看板の文字が読めなかった。
いやーよく考えればそうなんだよな。
日本人として日本語は読めていても。
ここは異世界。
日本の文字なんてものは誰一人として扱っちゃいない。
「さてどうしようかな、これ」
しばらく頭を悩ませた結果。
人に頼ることにした。
よくよく考えればこんな近くに頼れる大人達が大勢いるじゃないか。
子供は分からないことがあれば大人に聞く。
大人はそんな子供に物事を教え、そうして子供は大人になっていくはずだ。俺だって100%純粋な子供とは言えないにせよ、子供なのは変わりない。
その権利なら十分にあると思うんだよね。
「ねーねーグレン?」
ってことで昼間。
中庭の手入れをしている最中のグレンに呼びかけた。
グレンを選んだ理由としては一番頼みやすかったから。
彼女は、病弱な母の肩を持ち、俺の育児までしてくれた第二の母親と呼べる存在で、つまり俺としてはすごく気楽な間柄。
俺は以前の俺のように。
なるべく子供らしく、可愛らしく無邪気を装う。
「どうしました?お坊ちゃま?」
グレンは相変わらずの無表情で答える。
ほんと何考えてんだか分らん人だよ。
「グレン、いまひま?」
「いいえ暇ではございません」
まぁ、そうだよね。
グレンいつも忙しそうだし。
なんならこうやって話しかけている今も手を止めず庭の手入れしてるし。
「じゃあいつひま?」
「私に暇はございません」
おい!
労働環境はどうなってんだ我が家は!?
「どうしたのですか、お坊ちゃま
なにかご用なのですか?」
グレンはついに手を止め、膝を折り俺と目線を合わせた。
「ぼく、グレンにもじをおしえてもらいたくて」
「……はて、文字ですか?」
「うん。ほんをよみたいんだ」
「本?」
「うん!」
次の日。
昨晩にあったらしい大人達の屋敷会議の結果。
グレンではなく母が俺に文字を教えてくれることになった。
母は病弱で、一日の殆どを睡眠に使わざるを得ないような人で、だからこんな些細な俺の我儘に貴重な母の時間を使わせてしまうのもなんだかなーと思って敢えてグレンに頼んだのだが、
「ユキに文字を教えるのは私の仕事です!」
とマイマザーは譲らなかったそうだ。
いやまぁ俺としちゃあさ。
わざわざグレンでなければいけない理由なんて無かったし、ただ文字を読みたかっただけなので、教えてくれれば誰であろうと構わなかった。
それに5歳である俺に自由権なんてものはないし。
そんなことで、
今現在俺は母の部屋の前で深呼吸をしていた。
母と会うときはいつも変な緊張感があったからだ。
2回コンコンとドアをノック。
「かあさん、おきてる?」
「入ってどうぞ」
そんな母の声を聞き、訪れた母の寝室。
久しぶりに入ったその部屋は、
使い古した病室のような香りがした。
「座ってユキ」
ベットから身を起こした母は俺にそう言う。
俺は言われるがまま、母のその膝近くに座った。
「ねぇねえ、ユキくん。
ユキくんはどうして文字を習いたいなんて言ったの?」
母はそう俺の頭を撫でながら聞いてきた。
それは母の癖のようなもので、
いい大人に頭を撫でられることに少しの気恥ずかしさを感じたが、それが母のやりたいことならばと、堪え答える。
「もじをよめるようになりたかったんだ。
やしきのみんなはよめてるのにぼくだけよめないのは。
やだから」
「うん、そうだよね。
それに気づけるユキくんは偉いね」
偉い、偉い。
とまた俺の頭を撫でる母。
「じゃあ、
そんなユキくんにお母さんが文字を教えてあげる」
「でも、かあさんねてないと。
かあさんはからだがわるいって、みんないってたから」
俺がそう言えば母は、
「…そっか」
そう目を落とし、どこか哀しげな表情をした。
「これくらい大きければもう分かっちゃうよね。
でも、お母さんのことなら心配しなくて大丈夫っ!
ユキくんを立派な大人にすることが、お母さんの望みで最後のお仕事なんだからっ!」
・・・
この世には三言語と呼ばれる3つの言葉があるらしい。
共通語。
上北語。
ベランダ語。
言語を辿れば歴史が見えるとはよく言ったもので、それぞれの言語にはそれぞれの歴史があった。
共通語。
これが一番オーソドックスな言語となる。
今俺が会話に使っている言語で、これを扱えれば意思疎通に困ることはないとまで言われるまさに最強言語。
大体の人間はこの共通語を習うところから始める。
逆にそこまでの言語なので、読めないと馬鹿にされたり差別の対象にまでなるそうだ。
次に上北語。
これは共通語のルーツとなった言語らしい。
元々が寒冷地体の亜人達が扱っていたものを人間が使いやすく変化させたのが上北語だとか。
日本語でいうところの古文とかそういうのらしく。
母曰く、高等学校の試験科目とかにちらほらと出てくるらしいからもうちょっと大人になったらちゃんと学ぼうねとの事。
さて、最後に問題児のベランダ語。
こればかりは共通語、上北語と、語源が丸ごと違う。
「ベランダ?」
「そう、ベランダ。
私達人間はね、昔空に住んでいたの」
なんでも大昔。
はるかはるか大昔。
世界には天井があった。
それは空に浮遊する巨大な天蓋大陸。
その大陸の名前こそがベランダ。
「けどね。
ある日そのベランダが地上に落ちてしまった」
「なんでおちちゃったの?」
「うーんさて。
なんでだろうね。
きっと悪いことをしたからかもね」
「わるいこと?にんげんが?」
「…」
母はそれ以上ベランダについては教えてくれなかった。
もしかしたら母自身もベランダについては詳しく知らなかったのかもしれないし、今は共通語を学ぶ時間だったから脱線しないよう敢えて教えなかったのかもしれない。
「とにかくね。
ベランダ語は考古学…あ、えっーと。
すごくすごく昔の言葉だからあまり使われない。
今ユキくんが学ぶべきなのはこの共通語ってことなの。
ほいと、じゃあ、お母さんと一緒にお勉強しよっか?」
「…はい、かあさん」
・・・
俺が前世の記憶を取り戻してから、
1ヶ月ほどの月日が過ぎようとしていた。
俺は共通語の読み書きを不自由なくできるようになった。
母に教えられ、俺の共通語は鰻登りで上達。
そのあまりの理解度の速さに、母は一時俺のことを神童だと持て囃し始めたので、ああ、これはまずいと、
俺は母の前ではさりげなく不出来を装ったくらいだ。
それもこれも、母が言うように俺が天才とかってそういうわけではなく、ただ勉強方法を知っていただけ。
前世で培った効率的な暗記術をそのまま使っただけ。
それとこの子供身体の吸収力かな。
つまり、
素材と用法が良かっただけ。
俺自身になにかそういう才能があったわけじゃない。
まぁそれもひっくるめて才能だと言われたら、そうかもしれないと頷くしかないんだけど。
…なんていうか。
褒められるのは苦手だった。
人から褒められてばかりだと、そのうち自分が腐ってしまいそうに思えた。
きっと、少しでも腐ったら。
甘えたらもう、
その時点で俺はルイナには追いつけなくなる。
だってルイナも俺と同様に日々、成長しているのだから。
そんなこんなで共通語の読み書きはある程度理解したので、早速、祖父の書庫に潜り込む。
もちろん、それは読む本を得る為である。
ルイナと遊んだあの日。
こっぴどく叱られてから俺の外出は完全に禁止されてしまったので、仕方なく本でも読んで暇を紛らわせようとした。
書庫に辿り着き、そこの本棚、ずらりと並ぶ中から。
歴史書。
文学書。
あと面白そうな理術書というタイトルの3冊を見つけた。
これら全て持って帰りたい所だが、しかし悲しいかな、この身体は5歳でそう何冊も重たい本を抱えられない。
せいぜい一、二冊。
余裕を持って一冊が限度かな。
ではこの中で何を持って帰るか。
うーむ。
悩んだ末、理術書を持って帰ることにした。
内容がまったく推測できなかったから逆に興味をそそられたんだ。
「ぼっちゃまーぼっちゃまー」
俺が書庫から出た先。
そこにはメイド服を着こなしたキッサキが立っていた。
キッサキ・レン。
彼女は犬の獣人だ。
緑色の髪と連結した特徴的な犬耳をピクピク動かし、どこかのほほんとしたオーラを漂わせるキッサキ。
グレンが何を考えているか分からないなら、こっちは何も考えていないのが分かる。
「ねぇねぇどうして書庫にいたんですか?
ぼっちゃま?」
「ん、なんのこと?キッサキ?」
俺は大慌てで手元の本を服の内側に仕舞い込む。
その姿はまさしく子連れのカンガルー。
「とぼけないでくださいよー。
その膨らんでるお腹はなんですか」
「…あ、あかちゃん、あかちゃんだよ」
かなり無理がある言い訳だ。
自分だって分かってるさ。
「んなわけないでしょ、はいばんざーい」
キッサキに両腕を上げさせられる。
く、悔しい。
決して力が入ってるわけじゃないのにキッサキに抗えない自分がいた。
そして、俺の手という支えを無くし、重力のままぼとりと床に落ちる本。
ああっ…!
痛んだらどうしよう…!
本って結構貴重なもんなのに…。
特に現代日本のような印刷技術のないこの世界では貴重オブ貴重なのに。
キッサキはしゃがみ、俺の落とした本を拾い上げる。
「ふむ、理術…?
んー?
なんでぼっちゃまがこんなもの?」
「んー?なんのはなし?」
「あらあらまーた、とぼけようとして。
知らないふりで許されると思ったら大間違いですからね。
なんでこんなもの持ち出そうとしたんですか?
ぼっちゃま?」
「こんなものって…?」
「今ぼっちゃまから飛び出てきた本のことです。
何に使う気だったんですか?
もしかしてまた階段ジェットコースターとかする気じゃないですよね?
あっ。
分かった、ケツに敷く用だ」
んなわけないだろう!
読むために決まったんだろ!
本の使い道にそれ以外あるかい!
はぁ…。
前々から思っていたことだが、
この屋敷において俺はまったく信用されていない。
いや、それもこれも過去の自分のせいなんだけどさ。
「まったく…お転婆もいい加減にしてください。
あの事故でまだ懲りてないんですか?
私、あの時はほんとびっくりしたんですからね。
血の匂いがして起きたら、
血まみれのぼっちゃまがロビーで転がっていて。
私、それ見て、きゃーって叫んじゃって。
そしたら屋敷の人達もどたどた集まってきて。
次にそんなぼっちゃまを見たレア様が倒れて…。
とにかく!私たち大変だったんですからね!」
あからさまに俺を訝しんでいるキッサキ。
これは何かそれっぽい言い訳を考えなければいけなさそうだ。
「それは、ご、ごめんなさい。
でもぼく。いつもぼくに文字をおしえてくれる、おかあさんにご本をよんでかえしてあげたくて。
あ、あの。でもおかあさんはぼくみたいにちいさくないから、りっぱな本がいいとおもって」
「ぼっちゃま…」
「お願い、キッサキ」
ここは見逃してくれ。
俺だってお前が割った屋敷の皿と壺、
グレンにバレないように庭に埋めてたの知ってんだぜ?
「キッサキ…」
子供の潤んだ瞳をキッサキに向ける。
これが効かない大人はまぁいない。
あの鉄仮面のグレンですらこれを使えば少なからずたじろぐ。
母なら物を言わさず一発だ。
「はぁ…。
そういうことなら分かりました。
けれどもその本はぼっちゃまには難しすぎるので新しい絵本を用意しますね」
あーだめだったぁー。
仕方無い。
ならばセカンドプランだ。
戦おう。
「あっ、グレン」
俺はそうキッサキの後ろに指を指す。
「え?」
キッサキが後ろを振り向いたそのタイミング。
俺は理術の本をキッサキから奪い取ると駆け出した。
「あ」
ポカンと口を開け、
暫くして俺に騙されたことに気づくキッサキ。
「あーーーっ!!
ちょっとちょっと!ぼっちゃまー!?
あーはいはい!そういうことするんですか?
いいですよ?それなら受けて立ちます!!」
その後、屋敷内での俺とキッサキとの鬼ごっこが始まった。
役1時間に及ぶ俺とキッサキの死闘の末、
グレンの拳骨2発でその争いは終幕した。
・・・
その夜。
俺は祖父、エドの部屋にいた。
「こんばんは、敬愛するおじいちゃん」
「おうおう、チャーミングでプリティーな孫よ。
こんな夜遅くにどうした?」
「おじいちゃん。
今回は一つ、お願いがあって呼び出しました」
「ほう、なんじゃい。いってみろ」
「おじいちゃんの本をぼくに貸してください」
俺は祖父に直接頭を下げた。
結局あの後、グレンに理術書は没収されてしまい、さらには書庫には鍵がかけられてしまったので、俺にできることと言ったらこうして正面から頼み込むくらいしか残されていなかったのだ。
「うむ、よいぞ?」
「え?」
「だからよいぞ?
好きなだけ読めばいい」
エドは了承してくれた
理由を聞く事もなくただ了承してくれた。
「いや…なんでとか聞かないの?」
「ん?本を読むのになにか理由がいるのか?」
「ないけど…」
強いて言うなら暇つぶしだけど。
「そうじゃろ?
なら書庫にあるのを好きなだけ持っていけばいい。
重くて待てないならワシが手伝ってやろう」
「で、でも書庫には鍵がかけられちゃったんだ。
それで取りたくても取れなくて」
「ふむ、そんな時にはこれじゃな」
お爺ちゃんは懐から何かを取り出した。
テッテレー。
「マスターキー」
ま、マスターキー…だと!?
ふ、すごいなぜか光って見える!!
全然普通の鍵なのに!
なんなら若干錆び付いてるのに!
マスターキーって名前がつくだけで黄金に光って見える!!
不思議だっ!!
「さ、本を取りに行くとするかの」
その後、書庫から
歴史書。
文学書。
理術書。
の初め目星をつけていた三冊を選んでエドに自室へと運んでもらった。
なんだよ。
こんなに簡単に貸してくれるなら、変に小細工せずこうして正面から頼めばよかった。
なんのために俺はキッサキと追っかけこを繰り返したのか。
「3冊だけでいいのか?
全部もってってもよいのだぞ?」
「いや。
とりあえずはこの3冊でいいかな、あんまあっても読みきれないから。
ん、ありがとう爺ちゃん」
「ふむ…そうか…。
足りなくなったらいつでも言いなさい。
図書館ごと買ってやろう」
3冊でいいんです!
・・・・
この世界は前世の俺が住んでいた世界とは全く別軸の世界。
そう、まさに異世界ってやつで、
もとの世界の科学ではいい表せないような原理で成り立っていた。
人はそれを理と呼ぶ。
理は全ての基礎となるエネルギーで全てのルール。
理が全てであり物質から空想に至るまでが理の中に潜み理の中に消える。
その理を操る術こそが理術。
そんなことが開いた理術書の中には書いてあった。
「はて?」
夜の自室。
俺はベットの上で1人でに首を傾げる。
もち。
ちんぷんかんぷんである。
うんうん。
なるほどなるほど。
全然わかんねぇ。
どういうことだこれ?
キッサキから難読だとは聞いていた理術の本。
前世の記憶を持つ俺なら余裕っしょと、正直舐めていた。
これは、ちと本腰入れて解読しなきゃならんかもしれん。
「まぁでもさ」
いいじゃん、いいじゃん。
こういう手強いの。
最近はちょうど、退屈していた頃だった。
理術書の内容を読み進め、それからさらに暫く。
隙間時間にコツコツと読み、
知らないことは母やキッサキ、グレンにさりげなく聞き。
自分の中にそれを落とし込み、多少は理解する。
そう。
理術とは魔法である。




